千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
蛙が跳ねる。
「けろっ!」
跳ねる蛙を追いかける。
「もう……おとなしくして!」
追いかける者を見守る。
「うーむ……」
部屋の中央でアンセムが唸った。彼の周りを忙しなく動いているのはシトリー。逃げる蛙を追いかけて右往左往している。そんな彼女に捕まらないように、赤目の黒い蛙が懸命に逃げている。
蛙はアンセムに飛び乗り、鎧の凹凸を上手く利用して……肩へと飛び乗った。高所からシトリーを見下ろし……蛙が嗤う。
「けろけろけろけろ……」
「むむむ……2人とも動かないでください!」
シトリーも負けじと兄の体をよじ登る。彼女が蛙のいる左肩へとたどり着いた途端、蛙はアンセムの頭を飛び越えて右肩へ。追いかけシトリーも右肩へ……すると蛙は飛び降りた。
「待ちな……さい!」
シトリーも飛んだ。空中で蛙に向かって両手を伸ばす。その時、部屋の戸が勢いよく開かれた。現れたのは……怒り心頭のルシアだ。
「シト!
「え? きゃぁっ!?」
突如として名前を呼ばれ、シトリーは着地に失敗。うつ伏せに倒れた。すると蛙はシトリーの頭の上に飛び乗り、勝ち誇るかのように鳴きはじめる。だが……
「けろけろ、けろけろけろけろ~……けろっ!?」
「コレもしかしてクレアちゃん? 蛙になっちゃったんだ~可哀想」
「けろ~! けろけろ!」
気配を消したリィズが無造作に蛙を掴み、顔の前まで持ち上げた。鋭い目つきの蛙が手足をばたつかせている。それを見てリィズは愉快そうに笑っている。可哀想な物を見る目をしているのは、隣で立ち上がったシトリーの方だ。
「なんで逃げるんですか。カワイイから捕まえようとしただけなのに……」
「けろっ! けろっ!」
「そりゃシトなんかに捕まるのは嫌だよね~何されるか分かんないし。……ねえルシアちゃん、これどうすれば戻るの?」
そのルシアはというと……魔力回復薬の瓶を片手に、しかめっ面をしていた。大きな魔法を行使したので、少々気分が悪いようだ。
「……殺せばいいんですよ」
「けろっ!?」
「ふ~ん……はいルークちゃん」
「ん? おう」
方法を聞いたリィズは、雑に蛙を放り投げる。ルークは目の前に来た蛙を両断した。
「あ~……もう……! 私で遊ぶな~!」
元に戻ったクレアの叫びに、リィズは生暖かい視線を送った。
「悪いのは変化の耐性を鍛えてないクレアちゃんだよ。今度ティーと一緒に鍛えてあげよっか?」
「それは……ちょっと受けたいかも。じゃなくて! やっぱりルシアの魔法が原因だったのね。おかげでシトリーに追い回されるわ、ルークに斬られるわ……散々よ」
「知りませんよ、そんなの。それより――」
「それより!?」
クレアの驚愕に聞く耳を持たず、ルシアは毅然とした態度で目的を提案した。
「……それより、リーダーの居場所がわかりました。迎えに行きましょう」
「クライさんの? わかりました。心配で気が気じゃないんですよね、ルシアちゃん? ……そう睨まないでください」
「うむ」
詳しい事情も聞かずシトリーとアンセムは快諾。一方でクレアは渋い顔で悩んでいる。
「クレアは?」
「そうね……決める前に1つ聞かせてルシア。蛙の魔法、範囲と対象はどうなってるの?」
「とにかく広く……温泉ランド全体を範囲に収めたつもりです。対象は……要するに、それなり以上にマナ・マテリアルを持ってる人間」
「ああ『
「相変わらず過保護ですねクレアは」
「アンタに言われたくないわよ、ルシア」
……こうして《
***
その妙な魔力を僕が感じたのは、朝食を待ちながらトレーニングしてた時だった。この感じ……ルシアの魔力? でも何も起きてない。
……気にせずトレーニングを続けていると、部屋の入口の方が騒がしくなった。朝食……ならノックだろうし、何があったんだ?
「けろけろ! けろけろ! けろけろけろ~!」
「うわっ……蛙?」
部屋の外にいたのは蛙、それも毒々しい赤色。それがピョンピョンと廊下を跳ね、なんだか喋ってるみたいな鳴き方で僕を呼んでる……気がする。ずいぶん頭がよさそうな蛙だ。何か伝えたい事があるのかもしれない。
「うん、わかった。ついていくよ」
「! けろ! けろけろ、けろけろ!」
……蛙の後をついていくと、そこにあったのは台車。上に食事が乗っている台車だ。
「もしかして僕の?」
「けろ」
「……もしかして、君が運んでいた?」
「けろ!」
僕の問いかけに、蛙は頷いている。まるで人みたいな仕草……なるほど、そういう事か。僕は案内してくれた蛙を台車に乗せて、一緒に自分の部屋まで運ぶことにした。
「人を蛙にする魔法か……」
「け、けろ!?」
「どこかで聞いた気がするな」
「けろけろ!?」
あれはまだ、僕とクライ達が故郷の村にいた頃だ。クライが「おとぎ話に出てくる魔法を再現してくれ」って、ルシアにお願いしてた事がある。当然ルシアは無茶だと言ってた。
その中の1つに蛙に関するのがあった……ような? さっきのルシアの魔力が原因なら、ホントに再現しちゃったんだね。
戦闘用の属性魔法はひととおり習得したけど、この世界の魔法はここまで荒唐無稽だったのか。そうだと知ってたら、もっと陰の実力者っぽい魔法を考えて……イプシロンにも教えたのに。
そんなこんなで朝食を終えた僕は、これからどうするかを考えてる。仕事熱心な給仕さんのために、戻し方を聞きに行ってもいいけど……蛙になっていないのを見られたら100%怪しまれる。
今の僕はモブ、モブは状態異常にかかるべきなんだ。でも自分から蛙になる事は出来ないし……どうしよう。
とりあえず廊下に出ると、何やら聞き覚えのある声が遠くから聞こえてくる。
「シド~! どこにいるの~! もう! なんで部屋の場所、教えてくれなかったのよ!」
……ひとまず隠れる事にしよう。昨日は姉さんと鬼ごっこ……今日は姉さんとかくれんぼか。
***
温泉ランドホテル館のロビーには、人質が集められるはずだった。今そこにいるのは蛙、無数の蛙。人間はおよそ10人と少し、それも全員が一般客だ。
賊は1人残らず蛙になり、従業員ももれなく蛙になっている。リンドブルムに観光客が集まる時期だったのは不幸中の幸いだろう。もし客足が多い時期ならパニックになっていたはずだ。
そんな中、ロビーに姿を現すのは、嗤う髑髏の仮面を被る集団……《嘆きの亡霊》だ。戸惑っている他の客達を前に、シトリーが仮面の奥で口を開いた。
「私達は嘆きの亡霊、トレジャーハンターです。この問題は私達が解決いたしますので、皆さんは部屋に戻って、解決するまで外に出ないでください。念のため鍵もお忘れなく」
戸惑いながらも他の客はシトリーの指示に従いロビーを後にする。そんな中、彼らの足元に4匹の蛙が近づいた。黒、白、灰色、そして銀色の4匹である。しかし嘆きの亡霊は気にも留めず、ホテルの外へ出た。
「工事ってアレでしょ。駐車場の向こう」
リィズの言う通り、工事現場はホテルの入り口から駐車場を挟んだ向こう側にあった。《嘆きの亡霊》は駐車場を横断する。キルキル君とノミモノも一緒だ。彼らが駐車場の中央に差し掛かったその時――
「――『
青空を切り裂くように、稲妻が降り注いだ。《シャドウガーデン》の
「なんだよ、また雷精か? 雷竜か!?」
「んなわけないじゃん! 近くにはいない……ルシアちゃん!」
「今 飛ばした!」
駐車場の外、林に身を潜めるイプシロンは、仮面の奥で顔をしかめた。
(そんな気はしてたけど、やっぱり効いてない……想定通りとは言え、ちょっと腹立たしいわね)
同じ頃、別の位置に潜むベータがスライムソードの弓を構え、狙いを定める。
(クレア様もいない……戦えという事なのですねシャドウ様)
標的は……帝都で恥をかかされた、危険な
「全部で4、囲まれてる!」
「むん!」
シトリーを狙った矢は結界によって阻まれた。探知魔法を使ったルシアの言葉に、即座にアンセムが反応したのだ。
「もういいアンセム! そこかぁぁっ! ルーク流、飛剣『流閃』!」
「!? ウソでしょ届くの!?」
結界が消えると同時に、ルークが助走をつけて木剣を投げた。狙いは矢の飛んできた方向、つまりベータのいるホテル屋上だ。ベータは慌てて屋上から飛び降りる。しかし屋上に届く前に、剣は空中で炎に包まれ燃え尽きてしまう。
「なんでいつも燃えちまうんだ!? ルシア! 新しい剣くれ!」
「こんな時に遊ぶな!」
「っ! バカ犬……!」
「メス
風のような速さでデルタが走る。リィズが弾き飛ばした。殺気をいち早く察知したリィズが、デルタの振るうツメに蹴りを合わせたのだ。反撃の回し蹴りを躱し、デルタは大きく跳び下がる。
「ぐるるるるるぅ……!」
「その黒い恰好……本気で私らとやり合うんだな? バカ犬ぅ!」
「デルタは犬じゃない! 今日こそ狩ってやるのです!」
「そういう事よ」
デルタの言葉に同意し、横に並び立つのは……漆黒のボディスーツと仮面を纏うアルファ。そしてベータとイプシロンも集った。
挨拶代わりの奇襲が終わり……七陰は《嘆きの亡霊》と正面から睨み合う。そしてアルファは漆黒の剣を握り、嘆きの亡霊へとその切っ先を向けた。
「我々はシャドウガーデン。これ以上、貴方達を看過する事はできない。まずは貴方達を倒して……千変万化に出てきてもらいましょう」
白昼堂々、正面きっての宣戦布告。その言葉を証明するかのように七陰は陣形を整えた。前に出るのはアルファとデルタ。2人の間、中央でベータとイプシロンが待ち構えるV字の陣形。それに対し《嘆きの亡霊》は3人の前衛が一歩踏み出す。
「嬉しいぜアルファ! 俺も同じことを考えてたんだ……お前らを倒して、俺は
「あ、そうだ。ルークちゃん競争しない? 先に2人、倒した方が勝ちってのはどう?」
「いいぜ。だけどアルファは譲らねえからな」
「ふむ……なら2人は先に行け。こちらで合わせよう」
「さんきゅーアンセム兄!」
「わかった、いつもと逆だな」
相手が七陰でも《嘆きの亡霊》はいつも通りだ。後衛の2人も戦闘準備を整えている。
「彼女達が相手だと……キルキル君とノミモノは前に出しにくいですね。力不足です。護衛に専念してもらいましょう」
「もしかしてだけど……アイツら仲間が蛙になって怒ってるの?」
「ルシアちゃんのせいですね」
「だからそう言ってるでしょうが! もう! 責任は取ります!」
いつ戦端が開くのか……緊張感が漂う中、互いの前衛は1歩、また1歩と距離を詰めていく。
「メス盗賊……今日こそ、今日こそデルタが……!」
「あん? バカ犬……リィズちゃんとそんなに戦いたいのぉ? ホントにバカだな。何もわかってないじゃん」
吠えるデルタと、手で石を弄ぶリィズ。2人のやり取りを横で聞いて、アルファは心の中で安堵していた。
(絶影はデルタが、千剣は私が受け持ち、不動不変はベータとイプシロンの2人で抑える……ここまでは作戦通りね)
ハンター風に言うならベータは
2人も前線に立ち、それで乱戦状態を作れば……誤射の危険が生まれ、ルシアとシトリー……2人の後衛を封じられる――それが七陰の作戦だった。
(後は私とデルタ次第。ベータとイプシロンが時間稼ぎをしている間に1人でも倒せれば……)
ルークは帝都屈指の剣士、全力を傾ける必要がある――アルファは正面の、木剣を握る赤毛の剣士に意識を集中している。だから気づくのが遅れた。不意の風を切り裂く音。
「んあっ……!?」
短い悲鳴……イプシロンの声。反射的に振り向こうとした半ば、アルファの視界をリィズが横切った。身構えるデルタの横でわざわざ止まり――
「――テメエは最後だバカ犬」
声を置き去りにするほどの速さで、リィズがイプシロンに襲い掛かる。