千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「まったく……どこにいるのよシドは?」
1人ホテルを探索するクレアは、途方に暮れていた。どこもかしこも蛙蛙蛙……1匹1匹にシドかと問いかけるのも、面倒が大きい。試しに何匹か聞いてみたが――
『ねえ、そこのあなた。私の弟を知らない? 私と同じ黒髪で……多分黒い蛙になってると思うんだけど』
『けろけろ』
『そう、知らないのね』
『あなたシド?』
『ゲロッ……ゲロッ……』
『ちょっと、どこ行くのよ!? ……シドならもっと必死に逃げようとするわね』
結果は芳しくなかった。結局クレアは――このまま蛙に話しかけ続けると、頭がおかしくなる――そう思い、話しかけるのをやめてしまったのだ。
「そういえばクライ、どんな言葉も翻訳する宝具を持ってたわね。蛙にも使えるのかしら」
クレアがふと思い出したのは、クライが様々な宝具を飾っている部屋。話ができればいいのにと蛙を見つめ……クレアは気づいた。
(人間に戻せば、会話できるじゃない)
「……ミツゴシの従業員、この中にいる?」
***
七陰と相対したリィズは何気なく提案した。
「あ、そうだ。ルークちゃん競争しない? 先に2人、倒した方が勝ちってのはどう?」
――ルークとの競争、それはリィズにとっていつもの事だった。今回は相手が相手……誰を狙うかを吟味する必要がある。
「あん? バカ犬……リィズちゃんとそんなに戦いたいのぉ? ホントにバカだな。何もわかってないじゃん」
――もし1対1なら、リィズはデルタとの戦いを望んだだろう。だが1対1ではない。だからリィズは……比較的鈍そうな
「きゃっ……!?」
リィズの投げた石礫が、寸分違わずイプシロンの頭部に命中した。もし仮面が無ければ、額を割っていただろう。
すかさず走ると、デルタが身構えるのが見えた。自分が攻撃されると思ったのだろうか? すれ違いざまリィズはハッキリと言ってやった。
「テメエは最後だバカ犬」
驚く顔を見る必要は無い。ルークとアンセムが動く気配をリィズは感じている。そのままイプシロンの眼前に躍り出たリィズは、豊満な胸を蹴り上げた。
「うぐっ……!?」
「ちっ、ハズレか!」
妙な感触があった。おそらくスライムスーツのせいだろう。ならもう1撃――そう考えた瞬間、リィズは横から殺気を感じた。ベータだ。彼女の剣を飛び下がって躱す。
「イプシロン、大丈夫!?」
「平気よ……! いきなりのご挨拶ね、絶影!」
「やっぱテメエら普通じゃねえな……魔導師のクセして剣を持ってるし、リィズちゃんの蹴りだって防ぐ……生意気!」
攻撃的な笑みを浮かべ、再びリィズは走った。ベータの正面でいちど立ち止まり、横へと回り込むフェイント。さらに相手を試すような大仰な回し蹴り。はたしてベータは、かろうじて剣での防御を間に合わせた。その目に余裕は無い。
「は、速い!?」
「テメエが遅いんだよ!」
「っ……下っ!」
今度は身を屈めながら逆足での足払い。ベータは片足を上げて回避、しかしバランスを崩す。すかさずリィズは、立ち上がりながら手を伸ばした。狙うは頭を掴んでの――
「させないわよ!」
イプシロンが剣を振るう。剣の届かない距離だが、リィズは直感的に後ろに下がった。直後、リィズとベータの間を魔力の刃が通り抜ける。
「ああ、やっぱり?」
リィズは呟き、改めて敵の2人を見る。肩を並べて自分を睨む2人を。
「助かったわイプシロン……」
「どういたしまして。それより私の飛ぶ斬撃を見切るなんて……」
「彼女から見たら小細工かもしれないわね」
剣の腕も、速さも、普段から競い合ってるルークほどではない。しかし息は合っている。防御に徹されたら、倒すのに時間がかかるかもしれない――それでもリィズは、自分の判断を信じた。
「ったく、面倒だなテメエら。ま、バカ犬よりはマシか」
「っ……舐めないでよね! 『
イプシロンが放ったのは、無数の風の刃。リィズはそれを軽々と躱し、イプシロンへと迫る。
「そんなビビってる魔法が当たるわけねえだろ!」
時間稼ぎのつもりか防御を固める2人に、リィズは全速をもって挑む。
***
「デルタを……デルタを無視するなあぁぁっ!」
怒りのまま叫び、リィズへと向かおうとするデルタ。だがその背後に巨大な影が迫る。リィズの意を汲んだアンセムだ。
「うおおおぉぉぉっ!」
「っ! デカ鎧……!」
デルタの倍以上の体躯、白銀の鎧を纏うアンセムがデルタに拳を叩きつけた。何とか受け止めたデルタだが、彼女の足元で地面が割れる。
だがそれでアンセムは止まらない。力と速さ、そして重さの乗った拳を連打する。これがアンセム・スマートの戦い方だ。
「オマエが……デルタの……相手をするですか!」
嵐のような連打を続けるアンセム。しかしデルタは軽々と拳を躱し続ける。獣人の身体能力のなせる技か。それでもアンセムは止まらない。攻撃と回避の千日手に……先に痺れを切らしたのはデルタだった。
「いい加減にするのです!」
「おおおぉぉっ!」
反撃のツメを突き出すデルタ。アンセムの拳とツメがぶつかり……デルタの体が宙を舞う。
「きゃんっ!?」
膂力だけならデルタの方が上だろう。しかしアンセムの拳には膂力の差を覆す重さがあった。空中でデルタは身を翻し、何とか体勢を立て直そうとする。
だが黙って見ているアンセムではない。空中のデルタを追って、アンセムも跳んでいた。巨体に見合わぬ跳躍力で、空中のデルタへと迫り……拳を振り下ろす。
「むん!」
「ぐあぁっ!?」
アンセムの一撃がデルタを地面へと叩きつけた。続くアンセムの着地と合わせ、大きな衝撃が続けて地面を揺るがす。アンセムは油断せず、大の字で倒れるデルタを睨む……すると間もなくデルタは勢いよく立ち上がった。そして攻撃的な笑みでアンセムを見据えている。
「デカ鎧……こんどはデルタの番です!!」
「……うむ!」
地面が爆ぜる程の踏み込みで、デルタは急接近。今度は脚を止め、力強く速いツメの連続攻撃をデルタは繰り出す。対するアンセムも拳の手を緩めない。まるで鏡写しのような拳の速さ比べだ。拳とツメが幾度となくぶつかり火花を散らす。
「おらぁっ!」
「むん!」
同時に放った渾身の一撃がぶつかり、衝撃が互いの足元を破壊する。力と力のぶつかり合いは、まだ始まったばかりだ。
***
「どうしたアルファ! 今お前が斬り合っているのは、目の前の俺だ!」
「くぅ……千剣……!」
リィズやアンセムと同じく、ルークも真っ向勝負をアルファに挑んでいた。しかし対するアルファは剣筋に乱れがあった。どうやらリィズと戦う2人を気にしているようだ。実際2人はリィズの速さを前に防戦一方……そんな事情などお構いなしに、ルークは叫ぶ。
「俺は本気のお前と斬り合いたいんだ! なのによぉ……『飛竜剣』!」
ルーク気迫の剣がアルファに向けて振るわれる。飛び下がって躱すアルファ。だが……剣から飛び出した斬撃が、アルファのスライムスーツを切り裂いた。傷は浅いが胸元から血が噴き出す。
「ぅぐっ!? 飛ぶ斬撃!?」
「本気を出せよ! お前の剣に対する思いは、その程度なのか! 『地走白虎斬』!」
今度は地面を抉りながら飛ぶ斬撃を放った。これは魔法でも何でもない。戦いの中で自然とできるようになっていた技だ。ギリギリで躱したアルファにルークは接近し、コマのように回りながら新たな技を放つ。
「『真空無限斬』!」
「っ……甘く見ないで!」
叫ぶアルファの瞳に闘志が宿り、剣を掴む両手にも力が入る。……彼女の中で何かが変わった。スライムソードの刀身から溢れだす青い光。その剣でアルファは……ルークの技に正面から挑む。
「これが……シャドウガーデンの剣よ!」
「なんだこの光……!? ぐわあぁぁっ!?」
青い魔力が爆発的に広がり、ルークを派手に吹っ飛ばした。アルファはヒビだらけになったスライムソードを再形成し、ルークに鋭い視線を送る。
「剣に対する思い……そう言ったわね。私達シャドウガーデンは彼の剣そのもの。彼のために技を磨いてきた。彼から受けた恩、彼への思い、その全てを剣に乗せて……私は貴方と戦う。千剣……ルーク・サイコル!」
アルファの言葉にルークは一瞬動きを止めるが……剣を構えなおし、仮面の裏で不敵に笑った。
「何を言ってんのかよくわかんねえが……その彼ってのがシャドウで、お前らの師匠ってわけか……おもしれえ」
「……面白い?」
「ますますシャドウと斬り合いたくなったって事だ!」
「そんなことはさせない!」
ついにアルファは本気の剣でルークに立ち向かう。彼女の剣は無駄の無い洗練された剣だ。シャドウから教わった剣技に実戦的な改良を加え、対人戦においては無類の力を発揮する。
しかし、その剣をもってしてもルークの勢いはとどまる事を知らない。アルファの本気に合わせ、彼も本気を出したのだ。
「っ……なんてデタラメで、真っ直ぐな剣なの!?」
「魔力を使う技か! ちくしょう俺には真似できねえ! 『雷神斬』!」
ルークの剣はいわばトレジャーハンターの剣。相手を選ばず場所を選ばず、全力を出す事を目的とした剣。誰にも真似できないその剣は、どんな姿勢からでも必殺の一撃を繰り出す事ができる。アルファが躱すたびに、ルークの木剣が地面を抉った。
「うおおおおぉぉっ! 『狼牙銀星斬』!」
「っ……この相手しにくさ。まるでガンマね……!」
2人の剣は対照的だった。そして仮面の下の表情も……鬼気迫る真剣な顔で剣を振るうアルファに対し、ルークはどこまでも楽しそうに剣を振るう。
「これはどうだ! 『絶空流転』!」
「……『漆黒旋』!」
「剣が伸び――ぐあぁっ!?」
アルファはスライムソードを数倍の長さへと伸ばして振りぬいた。スライムソードの特性を活かしたシャドウの得意技……それが『漆黒旋』だ。
刃を腹に受け、地面を転がるルーク。しかし彼はすぐに立ち上がり、再び剣を構えた。傷口から大量の血を流しながら。
「思い出した……蛇の時もその技を使ってたよな。あん時もこうやって吹っ飛ばされたっけ……」
「……あの時は聞きそびれたけど、その傷で、なぜ落ち着いていられるの?」
「決まってる。楽しいからだ!」
笑いながらルークは堂々と答えた。それも当然だろう。敵を斬る事ではなく、強敵と斬り合う事こそ彼の生きがいなのだから。
***
一方、戦いの前線から離れた位置でルシアとシトリーは……ただ見ているだけではなかった。シトリーの作戦にルシアが確認を取っている。
「――で、それが例の切り札ですか? 対シャドウガーデンの」
「はい。クライさんが調合を禁止していたので、これ1本しかありませんが」
シトリーが鞄から取り出したのは、1本のポーション瓶。それを手に取って眺めながら、ルシアが呆れている。訓練禁止を言い渡されたのは温泉ランド到着時、シャドウガーデンとの遭遇はその後、という事は――
「いつも持ち歩いているんですか……シトらしいというかなんというか」
「おかげで今、役に立ちますね。というわけで。ルシアちゃん、今なら全員を巻き込めると思います。やっちゃってください」
「……もし効かなかったらパンチしますよ」
一抹の不安を覚えつつも、ルシアは魔力を集中する。見据えるのは仲間達が戦う戦場全体。行使するのは自身の最も得意とする魔法。いつもは戦闘の最初だが……今回は逆だ。仮面を被り、ルシアは詠唱を始める。
「『ヘイルストーム』!」
戦場に氷の嵐が吹き荒れる。