千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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嘆きの亡霊VS七陰#3_スライム特効薬

 七陰が《嘆きの亡霊(ストレンジグリーフ)》と戦いを繰り広げている……その一方で、街道沿いに温泉ランドへと向かう1台の馬車があった。

 見た目は地味だが、堅牢な作りの馬車だ。側面には《ミツゴシ商会》の紋が描かれている。そんな時、温泉ランドに現れた局所的な嵐。御者台に座る若い女性は、それに気づき目を細めた。

 

「あれは……」

 

 御者の女性は車内と会話を交わし……温泉ランドへ向かう速度を上げた。

 

 

 

***

 

 

 

 その嵐は《嘆きの亡霊》の魔導師(マギ)《万象自在》の二つ名を持つルシアの魔法だった。

 

「きゃっ……なんなのいったい!?」

「これは……万象自在の魔法!?」

 

 ベータの横でイプシロンも驚き、足を止めてしまった。彼女はかつてこの魔法を経験した事がある。1年前の《蛇》との一件で。

 しかし氷の嵐は、あの時よりも段違いに強烈だ。スライムスーツに裂傷が次々と生じている。だがイプシロンが驚いたのは威力にではない。

 

(こんな威力の魔法に、仲間を巻き込むなんて……!)

 

 仲間への誤射……イプシロンも経験が無いとは言わないが、人として恥ずべき事だと認識していた。もし平気で仲間を巻き込める魔導師がいるなら……それは《ディアボロス教団》のような悪魔だろうと、彼女は思っていた。

 ならルシアが放ったこの魔法はどういう事なのか? ――その答えを、イプシロンは嘲笑という形で思い知る事になる。

 

「足が止まってんだよ!」

「しまっ……きゃぁっ!?」

「このっ……くっ、動けない……!?」

 

 リィズの空中2段蹴りに防御が間に合わなかった。蹴り飛ばされイプシロンの足が地面から離れてしまう。フォローに入ったベータも、嵐のせいか動きが硬い。2人を置き去りにしてリィズは跳んだ。イプシロンが着地した瞬間、リィズは上から踵を振り下ろす。

 

「ぐっ……ぐぁっ……!?」

 

 イプシロンの無防備な腹に、リィズの拳が突き刺さった。

――踵落としを見たイプシロンは剣を上に構えた。だが踵は空を切り、リィズはイプシロンの眼前に着地。踵落としはフェイントだったのだ――

 よろめくイプシロンを、嗤う髑髏がじっと見つめていた。そして嘲笑う声が、仮面の奥から聞こえてくる。

 

「あれぇ~? 隙だらけじゃん。もしかして……嵐の中で戦ったこと無いのぉ?」

「な……なんですって……!?」

 

 顔を上げたイプシロンはリィズを睨み返すが、その目は驚愕に見開かれていた。リィズの言葉は……絶望的な事実を突きつけていた。

 

(今の口ぶり……彼女達にとって、これが当たり前なの……? 魔法の嵐の中で戦うことが!?)

 

 リィズの戦いぶりは嵐の前とさほど変わっていない。平然と氷を躱している。状況を鑑みれば……言われるまでもなく答えは明白だろう。

 七陰が立てた作戦は――例え《嘆きの亡霊》だろうと誤射を恐れている――その前提で考えた作戦は、最初から破綻していたのだ。

 

「っ……だからって! 諦めるもんですか!」

 

 気迫を込めたイプシロンの剣は、空しくも空を切った。体を大きく反らしたリィズは、ブリッジめいた体勢に……そこに間髪入れずベータが迫る。イプシロンと挟み撃ちの状況を作った。

 

「もらったわ! ……えっ!?」

「後ろよ!」

「! このっ!」

「はっ! 半端な剣士だなテメエらは!」

 

 ベータの剣も躱された。リィズはブリッジ姿勢のまま跳躍。ベータを飛び越え空中で身を捻り、2本の足で着地した。ベータが振り向きざまに放った一撃も、後退され躱されてしまう。

 ところが次の瞬間にはもう、リィズはベータの目の前まで来ていた。ベータの防御は間に合いそうもない。だがイプシロンは詠唱を間に合わせた。

 

「『岩槍地撃(スピアーロック)』!」

「ちっ!」

 

 イプシロンの魔法によって、地面から鋭利な岩が何本も出現。その全てを躱して、リィズは2人から距離をとっている。痛手は与えられなかったが……態勢を整える隙は作れた。2人は岩の物陰で肩を寄せ合う。

 

「ありがとうイプシロン、まだ行ける?」

「ええ。ちょっとキツイけどね……」

 

 いつもなら強がりを言うが、その余裕すらイプシロンには無かった。状況は悪い。時間をかければかけるほど不利になっていく。

 そもそもベータとイプシロンは、リィズの速さに完全な対応ができないのだ。それができるのはアルファかデルタ、あるいは……シャドウのみ。

 

「絶影は私達を狙ってきたし、万象自在は味方がいてもお構いなし……作戦がメチャクチャね。どうするベータ。撤退をアルファ様に進言してみる?」

「冗談を言わないで。シャドウ様が見ているのよ。逆に聞くけど……情けない姿、あなたは見せられるの?」

「そうよね……見てるはずよね……!」

 

 シャドウ。イプシロンにとっては命の恩人であり、戦う術と生きる術を教えてくれた師でもあり、敬愛する男性だ。恋敵にその名前を出されたら、イプシロンも弱気になってなどいられない。

 

(嘆きの亡霊に勝つためには……もっと、本気の連携をベータとしなくちゃダメよね、きっと)

 

 イプシロンは僅かな逡巡の後、ベータに不敵な笑みを見せた。彼女に自分が本気だと分かってもらう必要がある。そのためにイプシロンは……プライドを捨てる。

 

「ベータ、この戦いが終わったら……2人でシャドウ様に褒めてもらいましょ。一緒に……ね」

「い、イプシロン……!?」

 

 ベータが面食らうのも無理はない。1人の男性を巡る恋敵にこんな提案をされたら、驚くに決まっている。

……いや、ベータの様子がおかしい。ただ戸惑っているわけではなさそうだ。青ざめた顔で口を震わせている。

 

「こ……『この戦いが終わったら』……!? それは陰の叡智『死亡フラグ』よ!? 死ぬ気なのイプシロン!?」

「……はぁ? ちょっ……いったい何の話よ……?」

 

 怪訝な顔を浮かべるイプシロンだったが……彼女達は気づいていなかった。嵐が収まりつつある今、頭上高くにポーション瓶が浮かんでいるのを。

 

***

 

 一方でアルファはルークの使う奇抜な技に苦戦……それ以上に疲弊していた。傷だらけなのはルークだが、表情に余裕が無いのはアルファだ。

 

(この男……耐久力もずば抜けてる。これなら一撃でやられかねない私の方が不利ね……)

 

 予想不能な技に対応するための長時間の集中、そして氷の嵐への対応も相まって、アルファの精神的疲弊は重い。だがルークは容赦なくアルファに襲い掛かる。

 

「『飛翔斬』! おらぁっ!」

「また、わけのわからない技を!」

 

 素早く長い踏み込みで放たれた技が、直前までアルファのいた地面を抉った。足場が崩れていけば、場所を問わないルークの剣技が有利になる。……彼がそこまで考えているかはさておき。

 

「『爪牙竜尾剣』! うおおおおおおぉぉっ!」

 

(2つに見える高速剣。本命は……どちらでもない!)

 

 2段斬りを布石に放たれた横薙ぎの一閃、それをアルファは跳んで躱した。すかさず空中からスライムソードを投擲する。剣に回転を加えて放つ『漆黒旋・擲式』……狙うはもちろんルークだ。

 

「そこっ!」

「『昇破――うおっ!?」

「やっぱり対空の技! 読めてる!」

 

 ルークが弾いたスライムソードは、当たり前のようにアルファの手に戻った。魔力で形成されるスライムソードは、手から離れてもコントロールできる。

 そしてアルファは落下する勢いを乗せ、ルークの胸を深く切り裂いた。並の人間なら致命傷だろう。だがルークはすぐに反撃、予期していたアルファは距離をとって躱した。

 

「俺の『昇破斬』を破るとは……やるなアルファ!」

「……馴れ馴れしくしないで」

 

 嫌悪感を露わにアルファは構え直し……不意に、硝子の割れる音を聞いた。不可解な音にアルファは目を細める。

 

(近い……何が割れたの?)

 

 気にはなってもルークから視線を外せないアルファ。しかし、その視界に異変が起きる。スライム製の仮面が溶け、視界を塞ぎ始めたのだ。

 

「っ!? これは……!?」

 

 狭まる視界の中でアルファは見た。スライムソードが溶けていくのを。スライムスーツも、肩や腕周りから溶ける感触がある。

 

「なんだよシトリーか? 余計なことしやがって……」

 

 ルークのつまらなそうな声を聞きながらアルファは焦った。いくら魔力を送っても、スライムを操作できる気配は無い。そして気づく。顔を濡らす霧の存在に。

 

***

 

「ううぅぅぅ……んん? なんか変なのです」

「む……」

 

 異変はデルタにも起こった。アンセムと睨み合う中……溶けだすツメのスライムソードを見て、デルタは首を傾げる。気にせず顔を上げた時、アンセムは距離を取っていた。

 

「あ! 逃がさないのですデカ鎧!」

「むん!」

「ふぎゃっ!?」

 

 アンセムに飛びかかろうとしたデルタは、彼の展開した結界に顔をぶつけてしまった。デルタの仮面だったスライムが周囲に飛び散り、彼女の顔を汚す。

 

「うう~何するですかデカ鎧! デルタと戦うのです!」

 

 まるで乱暴なノックのように、デルタは結界を叩き始めた。しかしアンセムは帝都で一二を争う聖騎士(パラディン)。彼の結界はそう簡単に破壊できない。

 結界を叩いている間にも、デルタのスライムスーツは穴だらけになっていく。彼女がイプシロンの悲鳴を聞いたのはそんな時だった。

 

「い、いやぁぁぁぁぁっ!!?」

「……いったいなんなのです?」

 

 怪訝な表情を浮かべながらもデルタは振り向いた。早く獲物を追いかけたいと思っていても、仲間の悲鳴を無視するわけにもいかない。デルタの目に映ったのは……リィズに足蹴にされるイプシロンの姿だった。

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