千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
(この男、頼りになるのかしら……)
クライ・アンドリヒ……アーク・ロダンのライバルと評される男。アレクシアから見た彼の第一印象は「普通」だった。ハンター特有の気配や迫力というものがまるで無い。あまりにも自然体だ。
それに相談場所にこの喫茶店を指定した理由も謎だ。クランハウスで話を聞けばいいのに、なぜわざわざ移動を?
訝しむアレクシアの前に、メニュー表が差し出された。向かいの席に座るクライからだ。
「……これは?」
「注文を決めてください。僕のオススメはバウンドケーキ、紅茶味でおいしいんですよ」
「はあ……では、それと紅茶を」
「ティノは何にする?」
「……ショートケーキで」
「シド君は?」
「僕もいいの? ならアップルパイ」
テキパキと注文を確認するクライはどこか浮かれていて……まさかケーキが理由で喫茶店に? そんな考えがアレクシアの脳裏に浮かぶ。
(まさかね……)
気を取り直し、アレクシアは話を切り出した。
「改めまして、私はアレクシア・ミドガル。今はハンターとして活動しています」
「うん、僕はクライ・アンドリヒ。こっちは護衛のティノ、あっちは友達のシド」
「護衛……?」
護衛と紹介された女性ハンターは、アレクシアとシドに睨みを利かせている。何か気に障るような事をしただろうか? アレクシアに心当たりは無かった。
一方シドは、アレクシアの視線に気づき愛想笑いを返す。
「僕の事はお構いなく」
アレクシアはシドの顔に見覚えがあった。彼を見てアレクシアは今朝の光景を思い出す……人の噂で盛り上がる2人のハンターと「お話」した時、アレクシアに目もくれずその場を離れたハンターの姿を。
(あの時、彼もいたわね。私の事を全く気にしなかった……それはそれでムカツク)
既視感の理由に納得したところで、アレクシアは話を続ける。
「私、ハンターに依頼したいことがあるのですが……順を追って説明します」
アレクシアが話したのは3つの事実。先日、父から婚約者候補を紹介された事。その第一候補がゼノン・グリフィ侯爵と言う事。彼が剣の腕も性格も良い、欠点の無い男という事。
「――しかし欠点の無い人間なんているのでしょうか? 私はゼノンが何かを隠している……そう思えてならないのです」
ゼノンは帝国の剣術指南役で評判もいい。アレクシアも彼から剣を教わったことがある。人当たりが良く礼儀正しく……しかしその姿にアレクシアはどこか違和感を覚えていた。するとクライから疑問の声が上がる。
「アークだって欠点の無い人間に見えますけど」
「……彼のあけすけに物を言う所は欠点だと思います」
「うんうん、そうだね……あっ続けてください」
そう言いながらクライは、運ばれてきたパウンドケーキに目を奪われていた。
(……まるで子供ね。これがホントにレベル8なの?)
クライの態度を不安に思いながらも、アレクシアはさらに話を続ける。
「私はゼノンの事を探るため帝都に来ました。力を貸してくれませんか?」
「なるほど……つまりゼノン侯爵の事を調べて欲しいんですね」
「はい。貴族という立場からでは、見えない情報もあると思うんです」
アレクシアにとって、これは賭けだった。客観的に見れば自分の行動はただの――
「ただのワガママですね。ますたぁは子供のワガママに付き合う暇なんて……むぐぅっ!?」
唐突にまくしたてるティノ、その口をクライがケーキで塞いだ。
「ティノ、少し黙ってようね」
「むぅ~!?」
「……ま、まぁ確かに子供のワガママに聞こえるかもしれません。ですが私は本気です。報酬もできる限り用意します」
出鼻をくじかれてしまったが、アレクシアは依頼交渉を始めた。《千変万化》の二つ名を持つ男は今の話を真面目に受け止めてくれるのか……彼女の手に自然と力が入る。
さて、依頼に対するクライの反応は……何やら考え込んでいる。
「調査だけか……それなら……う~ん」
子供の戯言だ――と、あしらわれる事もアレクシアは覚悟していたが、ひとまずは話を聞いてくれたようだ。しかし、神算鬼謀と評される男がこんなにわかりやすい反応をするだろうか? おそらくは演技――アレクシアの目にはそう映った。
(私を試しているのね、上等よ)
「……何か私の話に疑問があるのでしょうか?」
「ん? いやそうではありません。でも僕は忙しいですから……」
「それは私も承知しています。だって貴方はアークを超えるレベル8ですもの」
高レベルハンターとは忙しない物なのだろう。例えば、アークの多忙さは貴族社会でも有名だ。彼のパーティが高名な宝物殿を攻略すれば、様々な貴族が彼らを称えようと招待状を出す。当然アレクシアもそれは知っている。
彼のような帝都有数の高レベルハンターに依頼するのなら……もうひと押しが必要。
「しかし期待外れですね。神算鬼謀と称される貴方なら、既に何か知っているのではないかと思ったのですが……」
アレクシアは挑発を始めた。もちろん通じると思ってはいない。しかし何かしらの反応は見せるはず……例えば依頼を受ける条件、例えば彼の知るゼノンの情報。それがアレクシアの狙いだった。
「ますたぁに向かって失礼な……」
「はいはい、黙っててねティノ」
ティノを再び黙らせたクライは、アレクシアに真面目な目を向ける。そしてその口から出た言葉は、アレクシアの予想外の物だった。
「君の言う通り、僕は依頼に相応しくありません。別の誰かに頼んだ方がいいでしょう」
「……はい?」
「こういう情報収集が得意なのは……エヴァにシトリー、どっちも身内か。他には……」
「まっ、待ってください。貴方にプライドという物は無いんですか?」
貴族からの依頼を誇るハンターは多い。専属ハンターを持つ貴族だって少なくはない。だからクライも「受ける事を前提に、条件を迷っている」そう考えていると、アレクシアは決めつけていた。
「ん? どうかしましたか?」
しかし……実際の彼はどうだ? 挑発の言葉をあっさりと認め、とりつく島も無く依頼を断り、たらい回しを考えているではないか。そしてアレクシアの問いかけに愛想笑いすら浮かべている。「私にプライドはありません」と言わんばかりに。
(まさか、受ける気は無かった? 私の挑発を……断る理由にしたの?)
その可能性に思い至りアレクシアは愕然とした。《千変万化》を甘く見ていた。貴族からの依頼を断るのはアークのような特別なハンターだけだと思い込んでいた。《千変万化》は……普通のハンターではない。
「も、申し訳ありません。貴方を試すような真似をして……」
「いや受けないとは言ってませんよ。でも僕は忙しいので、より相応しい者がいいと思っただけです」
頭を下げるアレクシアに、クライは変わらぬ調子で話を続ける。しかしその視線はアレクシアではなく……手元のケーキに注がれていた。
彼の態度がどの程度本気なのか、あるいは全てが嘘なのか、アレクシアにはもう判断できなかった。交渉の主導権はクライが握っている。それでもアレクシアは交渉を諦めるわけにはいかない。
「しかし私には味方がいません。家の者は皆ゼノン侯爵を気に入っています。姉様もきっと同じでしょう」
「へえ、お姉さんがいるんですか」
「はい……え?」
クライの言葉に、アレクシアの頭は真っ白になった。
「え? 姉様を知らないんですか?」
「…………うん?」
眉根を寄せ、首をかしげるクライを見て、アレクシアは察した。目の前の男は……何も知らないのだ。
(なにが神算鬼謀よ、なにが千変万化よ! 姉様の事すら知らないじゃない!)
アレクシアは拳を震わせながら立ち上がった。