千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
リィズと対峙するベータの身に異変が起きた。漆黒のスライムソードが、スライムスーツが崩壊を始めている。
(ガラスの割れる音に、溶けだすスライム……まさか――)
「――
ベータにとって、この異変は2度目だった。あの時は裸 同然にされ、おめおめと逃げ帰ったが……しかし今の状況は不可解だ。薬液を被った記憶が無い。気づかず浴びた可能性があるとすれば……今 頬を濡らす、視認が困難なほど薄い霧。
(まさか万象自在が魔法で……なんて考えてる場合じゃない!)
リィズの銀色の踵がベータの視界いっぱいに迫っていた。
「きゃぁぁっ!?」
蹴り飛ばされたベータは壁に背中を打ちつけ、その場にへたり込んでしまう。彼女の背後で光る壁は、アンセムの張った結界だ。円柱状の結界が七陰を閉じ込めている。スライム特効薬の霧から逃さないように。
(この霧を何とかしないと、アルファ様とデルタも……)
「イプシロン! あなたの魔法で霧を……どうにかして!」
ベータ必死の叫びは、イプシロンの耳に届かなかった。いや……届いてはいるが、聴こえていない。イプシロンは俯き、体を震わせながら、自分の体を抱きしめている。普段の彼女からは考えられないその姿は、いつもより一回り小さく見える。
「ダメよダメこんな所でバレたら私はもうダメ、でも戦わなきゃ戦え戦えない無理バレるバレるくらいならいっそ――」
「ブツブツうっせえ!」
容赦の無い蹴りがイプシロンを襲う。倒されたイプシロンは……やはり自分の体を抱きしめながら、うずくまるばかりだ。すっかり戦意を無くした彼女の姿に、ベータは息を呑む。何か致命的な事がイプシロンの身に起きた……そうとしか考えられない。
(まさか……スライムで傷跡か何かを隠してて……さっきの死亡フラグは、こういう事なの!?)
一方リィズは苛立ちを隠さず、イプシロンの背中を何度も踏みつけている。
「なんで戦わねえんだよ! 裸じゃ戦えねえのか!? ったく……これじゃリィズちゃんじゃなくて、シトがやったみたいじゃん」
もうイプシロンへの興味を無くしたのか、リィズはベータへと近づき始めた。早く立てと言わんばかりに、ゆっくりと歩いて。嗤う髑髏の仮面が、ベータを睨んでいる。
「テメエはどうなんだ? あ?」
「っ……み、『水よ』!」
慌ててベータは魔法で水をまき散らし、周囲の霧を洗い流した。残ったスライムをどうにかやりくりし……きわどい布面積のスライムスーツを纏う。もはや顔を仮面で隠す余裕も無かった。手にはレイピアのように細いスライムソード……あまりに頼りない。それでもベータは構えた。
(今の私とイプシロンなら……私の方がマシ。貸し1つよイプシロン)
2人で苦戦したのだ。1人では勝ち目など無い――悲壮な決意を胸に、ベータはリィズを見据えた。震える声で挑発する。
「そんなに戦いたいなら……あ、相手になるわ」
「へえ? いい度胸じゃん。なら最初に倒すのは――」
「メス
「デルタ……!?」「バカ犬か!」
それは戦場を震撼させる叫び。殆ど裸のデルタが恥じらいも無く、風のような速さでリィズに接近した。身構えるリィズ。デルタはその横をすり抜け、青い魔力ゆらめくツメを、結界へと叩きつける。
「オマエは……後なのです!!」
「バカ犬、テメエ!」
結界が割れた。すかさずデルタは反転し、リィズの蹴りを防ぎながら叫ぶ。
「コイツはデルタの獲物なのです! 2人は邪魔だから、どっか行ってろなのです!」
「デルタ……ありがとう!」
遠回しな気遣いに感謝し、ベータはイプシロンのもとへと向かった。
***
その頃、ルシアは息も絶え絶えに隣のシトリーを睨みつけていた。いつも持ち歩いてる箒を杖代わりにしている。
「霧の1粒1粒を魔力で操作しろなんて……もう……もうにどと……二度とやりませんからね!」
「いえいえ是非もう一度やりましょう。今度はポイズンポーションで――ぐふっ!?」
無言のパンチがシトリーを襲った。そんな2人の間に、1人の
「霧を操ったの? すごい魔法」
「そ……そうですね。ルシアちゃんの頑張りのおかげで、シャドウガーデンを追い詰めてます」
「はぁ……お世辞はいいから、
「ん……? シャドウガーデンと戦ってる?」
「そうですよ。今さら何を言って…………――」
ルシアは仮面を外し、声の主を確認した。そこに立っていたのは……暗色の長髪をなびかせ、漆黒の仮面とボディスーツを纏う精霊人。
その容姿にルシアは驚愕し目を見開く。現れたのはイータ……ルシア達は知る由もないが、クライと共に地底に姿を消したはずのイータである。
「な……な……シャドウガーデン!?」
「えっ!?」
距離を取って身構えるルシアとシトリー。そんな2人を気にせず、イータは戦場をじっと見据えていた。
「うーん……なんでアルファ様は
「行かせま……けほっけほっ! あぁ……もう! けほっ!」
「キルキル君!」
イータを止めようとするルシアだったが、魔力の消耗で体調を崩し咳き込んでしまう。シトリーもキルキル君とノミモノを差し向けるが……イータは自身の影からスライムの手を2本伸ばし、それぞれの攻撃を止めてしまった。
「きる……!?」
「ふしゃぁぁっ!」
「ん……遅く見える」
不敵に笑うと、イータはスライムの腕でキルキル君を殴り飛ばし、ノミモノを地面に押さえつけた。今のイータは【
「興味深い魔法生物……殺したくないんだけど」
「……わかりました。キルキル君、もういいです」
「きる……?」
イータは本心から願ったのだが、シトリーは果たしてどう受け取ったのか……? ともあれ、シトリーとルシアを突破したイータはアルファ達のいる戦場へと向かう。
***
戦場で膝をつく。それはアルファにとって初めての経験だった。肩の傷を手で押さえ、突きつけられた木剣を忌々しく睨むが……反撃の手段は残されていない。
穴だらけになったスライムスーツはもはや残骸、防御の役割を果たせない。残りのスライムで形成したスライムソードは、簡単に叩き折られてしまった。
「勝負あり……なんだろうけど、勝った気がしねえな……」
そう言って仮面を外したルークの目は、どこか冷めていた。彼の言葉は『スライム特効薬』の使用を知らされていなかったと、暗に語っている。彼はアルファとの真剣勝負を望んでいたようだ。しかし対するアルファは……強い敗北感に打ちひしがれている。
(彼らは何もかも想定以上だった……私は悪魔憑きを克服したからって、いい気になっていたのかもしれない)
アルファは自身の胸元へ手を伸ばす。この戦いで最初につけられた傷がそこにはあった。ルークの飛ぶ斬撃……魔力を使わず斬撃を飛ばすなど、アルファは考えた事も無かった。
(剣だけじゃない。彼らの連携に私達は……連携? 七陰が揃って戦ったのって……そんな――)
記憶を辿ったアルファは愕然とする。数多くの悪魔憑きを救い《シャドウガーデン》が組織として巨大になるにつれ、七陰は顔を合わせる回数が減っていった。戦いの場で肩を並べる事もだ。
七陰が揃って戦った経験は……トレジャーハンターのパーティに比べて、あまりにも少なすぎる。アルファは思わず顔を背けてしまった。
すると視界の端……温泉ランドの入り口側から、近づいて来る人影が見えた。漆黒のボディスーツと仮面を纏い、身の丈ほどの長さがある大太刀を握る、藍色の髪の精霊人。
「アルファ様! 助太刀いたします!」
「貴方……ガンマ!? どうしてここに……?」
「ん……おおぉっ!?
振り向いたルークが歓喜の声を上げた。アルファからは見えないが……きっと笑顔を浮かべているだろう。木剣を構える彼に、ガンマは正面から当たる。
「そこをどきなさーい! しゅしゅしゅしゅしゅしゅしゅー!」
「なっ……なんだその技は!?」
気の抜ける掛け声と共に、大太刀をデタラメに振り回す。技もへったくれも無いが……刃は魔力で青く輝き、威力だけは無駄に高い。
運動神経が壊滅的だったガンマに、シャドウが(剣を教えるのを諦め)享受した戦い方だ。デタラメな太刀筋をルークは何とか掻い潜り、反撃の飛ぶ斬撃をガンマの背中に向けて放った。
「ふぎゃっ!?」
「ガンマ!?」
「だ、大丈夫です……さすが千剣のルークですね。私の技をたやすく見切るとは」
もんどりうって地面を転がったガンマは、アルファのそばで立ち上がった。どうやら戦う気のようだが……アルファは彼女に聞きたいことが山ほどあった。
「ガンマ、どうしてここにいるの? 直接、拠点に戻るって聞いてたのだけど」
「当然、アルファ様が温泉で休めているか確認するためです! なのにどうして嘆きの亡霊と戦っているのですか!?」
「……私達の仲間が、奴らの無差別攻撃でやられたの。カイとオメガも……」
「そ、それは本当なのですか……!?」
ガンマが目を見開く一方、ルークは大太刀を構えるガンマを睨み、笑顔で剣を構えていた。
「なんてデタラメで真っ直ぐな剣なんだ! お前みたいな剣士は初めてだ! 俺と斬り合え!」
「! 私をご指名のようですね……アルファ様、ここは退いてください。私が時間を稼ぎます」
「無理よガンマ。貴方の腕じゃ――」
「大丈夫です! ラムダに鍛えなおしてもらいましたから」
ガンマは自信にあふれた強気の表情をアルファに見せた。しかしアルファの不安は晴れない。
(他の皆は無事なの? もし戦えるのがガンマ1人なら……勝負にもならない)
アルファが苦渋の決断を迫られる中……突如として、戦場に漆黒の剣が降り注いだ。
「うおっ!? 今度はなんだ!」
ルークは当然のごとく迫る剣を叩き落とし――
「ガンマ、上!」
「え? ひぇ~っ!?」
ガンマは必死に逃げ回った。地面に次々と刺さるのは……無数のスライムソードだ。技の使い手を知るアルファとガンマは。近づいて来るその姿を発見した。
「この技は……イータ!」
「ちょっとイータ! 危ないじゃないですか!」
「ん……? ガンマも来たんだ」
「イータ、この剣 使わせてもらうわ!」
「構わない、最初からそのつもり」
アルファは突き刺さるスライムソードを回収し、スライムスーツを再構成――
「メス盗賊もデカ鎧も……まとめてデルタが狩るのです!」
デルタは十数本のスライムソードをまとめ、身の丈の数倍の大剣『鉄塊』へと変える――
「これでよし……イプシロンは――」
「ありがとう……ありがとうイータ……! 後で実験台でも何でもしてあげる!」
「もう大丈夫みたいね!」
イプシロンはベータの前で、絶望の淵から復活を果たした――心強い仲間の声を聞き、アルファはそっと息を吐く。
(さっきまで私は負けを認めていたのに……今は負ける気がしない。現金なものね)
余計な気負いの無くなったアルファは不敵な笑みを浮かべた。ルークと同じように。
「勝負はここからよ、嘆きの亡霊!」
「いいぜ……何人でもかかってこい! 剣士ならまとめて相手してやる!」