千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
それは、七陰と《
命を狙われたクライを連れて、イータは自らが塞いだ穴へと落ちた。穴の底……溶岩の橙色の光が近づくとイータは、スライムソードを穴の壁へと伸ばし、ブレーキをかけて安全に着地した。
そこは地の底、アンダーマンの地底都市だ。溶岩の川の光がイータの顔を照らしている。一緒に落ちたクライはというと、イータの横でスライムの腕に持ち上げられていた。
「え……何ここ? 街?」
安全に着地できたクライは周囲を見回した。そこかしこに家屋のらしき建造物が並んでいる。そして……闊歩していた地底人が、2人の姿を見て驚愕している。
「りゅん!? りゅーりゅりゅりゅ!」
(むっ曲者か!? 暗い髪の人間……報告にあった悪魔だな。すぐに応援を呼べ!)
「りゅ!」
(もう王宮へ向かわせている!)
彼らの言葉に耳を傾けるイータだったが、困り顔で首を傾げた。アンダーマンの言語はある程度の解読情報があるのだが……それをすべて覚えるには時間が足りなかったようだ。
「侵入者……人……増援……うーん、やっぱり難しい」
「な、なにあの人たち……もしかして地底人?」
……その後、イータとクライはアンダーマンに囲まれて捕まり、牢の中に連行された。意識を失って横たわるクライ。彼のその姿を見てイータは口角をあげる。
「ここなら、人の邪魔は入らない……!」
イータは注射器を片手にクライに迫る。ここまでは彼女の思惑通りだったのだ。レベル8ハンターの血、その辺の貴族や皇族よりも貴重な血。彼女が狙わないわけが無い。
ところが……アロハシャツの袖に触れた瞬間、イータは手を止めた。驚いた顔でクライを見る。シャツを掴んだ指が魔力を感じているのだ。
「このシャツ……宝具?」
(よく見たら手は指輪だらけだし、腰の鎖も怪しい……)
思い立ったイータは、宝具らしきアクセサリーを全てクライから外した。しかし効果を判別できたのは一部だけ。もちろん使えば効果はわかるが……それはできない。
『
「……しょうがない」
採血後、イータは白衣を脱いでアロハシャツを羽織り……快適になった。
「お、おお……!?」
目を見開き、声にならない声がイータの口から飛び出る。それもそのはず『
「すやぁ……」
彼女が寝息を立てるのに3秒もかからなかった。
「ちょっと……起きてよ!」
「うん……? あと5分……」
「いやいや、それどころじゃなくて……とりあえず僕のシャツ返して!」
イータが目を覚ましたのは翌朝。クライに宝具を全て返すと、彼は驚きの行動に出た。
「りゅんりゅーりゅ……りゅーりゅー」
(我こそはお前達を導く王となる者。頭を垂れよ、弱者に興味は無い)
(王……弱い……? よくわからないけど、すごいこと言ってそう……)
クライは幻を生み出す宝具で、自分の目と肌の色をアンダーマンと同じに見せたのだ。様子を見に来たアンダーマンの王女とその護衛が、クライの言葉に黄色い目を丸くしている。そしてクライはイータを指さした。
「りゅーがりゅうんりゅりゅりゅーりゅん」
(まずは、その人間を血祭りにあげろ。生かしておけば、必ず我らに災いをもたらすだろう。奴は恐るべき悪魔だ)
(……これはマズい、かも)
疑われたクライはどこかに連れてかれ、取り残されたイータに屈強なアンダーマンが迫る。イータよりも二回りほど大きく、その目には殺気……イータの顔に焦りが浮かんだ。
「もうちょっと観察したかったけど……逃げよう」
「りゅ? りゅーっ!?」
イータはスライム装備を使って逃走。落ちて来た穴を登って地上へ……そしてアルファ達と合流したのだ。
「はぁ……ひぃ……ん……? 誰か戦ってる……?」
***
「りゅーッ! りゅーりゅりゅーりゅーッ!」
「「「りゅーッ!」」」
そして今、アンダーマンに包囲されている七陰。その中でイータは、肩をベータに掴まれ揺さぶられていた。
「ちょっとイータ! さっき時間を気にしてたし……こうなる事わかってたんじゃないの!?」
「今の話、本当なんですかイータ?」
「……私、少し前まで地底にいた。千変万化も一緒に」
「っ!? 千変万化と!?」
イータに詰め寄る一同。しかし警戒を続けたアルファと、デルタの本能が敵意を察知する。
「みんな構えなさい。ゆっくり話をする時間は無いみたい」
「アイツら、やる気みたいなのです!」
小柄な者と巨漢……2種類のアンダーマンが入り混じる包囲陣が、七陰を……そして《嘆きの亡霊》にも襲い掛かった。
アンダーマンは植物の蔓のような髪を1本1本 自在に操り、ムチのように叩きつけようとする。だが……嘆きの亡霊に大きな動揺は無い。平然と対処する。
「『ヘイルストーム』! ……もう! 次から次へと、いったいどうなってるんですか!」
「むぅ……!」
「どこだ!
「ったく、いい所だったのに邪魔しやがって……テメエら、バカ犬の代わりになってリィズちゃんと遊べ!」
魔法が、拳が、木剣が、脚が、そしてキルキル君とノミモノが、アンダーマンの攻撃を退けている。一方シトリーは仲間に攻撃を任せ、髪のムチを躱しながら状況の把握に努めていた。
「……洞窟の奥に住む着く亜人種、アンダーマンに似てるけど……この数は普通じゃない。それに、なんで地上に……?」
「絶っ対、兄さんのせいでしょ! コイツら地面から出て来たし、賊は兄さんが穴に落ちたって言ってたし!」
「なるほど。私達とシャドウガーデンの戦いを止めるために、アンダーマンを利用した……?」
ルシアの苛立ちを聞き、シトリーは沈黙したゴーレムを一瞥する。あのゴーレムが現れてから、戦闘の流れが変わりつつあった。
しかし操者が乱戦に巻き込まれれば、もう動かす余裕は無いだろう。悠長に魔力切れを待つよりも、手っ取り早い無力化。だがシトリーは腑に落ちなかった。
「……クライさんが、たったそれだけの理由で動くでしょうか?」
「よしクライを探そうぜ! 俺もクライに剣士がいねえって文句が言いてえ!」
「私もさんせーい! こいつら蹴っても蹴っても向かって来るし……ルシアちゃんがデカいのやんないとキリ無い!」
そう悪態をつきながらも、リィズがまた1体アンダーマンを蹴り飛ばす。しかしアンダーマンは恐怖を感じていないのか、いくら仲間が倒されても攻撃の手を緩めない。それに数が多すぎる。
クライを探すにしても、この包囲網をどうにか突破しなければならない。そこでシトリーは、鞄から何かのケースを取り出した。
「ルシアちゃん。水をお願いできますか? できればたくさん」
「はぁ!? こんな時に何を……」
「実は新作のゴーレムを売ろうと持ってきてたんですよ。液体ゴーレム。後輩のシェリーちゃんのアイデアで――」
シトリーが言い終える前に、ルシアは詠唱を終えた。突如として噴水のように地面から水が噴き上がり、アンダーマンを何体も吹き飛ばす。
そして水は空中で滝となってシトリーへと落下。びしょ濡れになる彼女の手の上、小さな魔道具……ゴーレムの核が瞬く間に水を吸収して、半透明の体を作り出す。それも10体。
「りゅー!?」
突如として出現した水のゴーレム軍団にアンダーマンも驚きの声を上げた。水ゴーレムが隊列を組んで壁を作ると、アンダーマンの一部がそれを狙い始め……包囲網が僅かに緩んだ。
生じた隙に迷わずアンセムが飛び込む。巨漢のアンダーマンをさらに超える巨体の
「うおおおぉぉぉっ!」
アンセムの開けた隙間にまず水ゴーレムが滑り込んだ。シトリーのゴーレムは自立制御に優れている。アンダーマンは水ゴーレムの突破を試みるが、髪のムチは水の体を僅かに揺らすだけ。並ぶ水ゴーレムの隙間を《嘆きの亡霊》が駆け抜ける。
「ルシアちゃん……何も滝にしなくても……」
「たくさんって言ったのはシトです!」
《嘆きの亡霊が》が南へ……温泉ランド本館側へと向かい、残されたのは水ゴーレムの一団と七陰。戦いながらアルファは、嘆きの亡霊の鮮やかな手際に舌を巻いていた。
(見事な物ね……事前に作戦を立てていたようにしか見えない。もし即興ならお手上げよ)
潜入と殲滅作戦を中心に活動してきた《シャドウガーデン》にとって、包囲された状態……守りの戦いは経験が浅い。そのせいで判断が遅れ先を越されてしまった。
標的が減った事で、アンダーマンの攻撃が激しさを増す。戦士を標的にしているのか、アンダーマンがホテルに向かう気配は無い。
「獲物がたくさん! 全部デルタが狩ってやるのです!」
……1人だけいつも通り暴れるデルタはさておき、焦りの声がベータの口から飛び出す。
「イータ、コイツらはいったい何なの!? 知ってる事……簡単に教えなさい!」
「ガンマに言われて、新しい温泉を掘ってたら、地底都市を見つけた。アンダーマンの街」
「え!? ちょっと……そんな報告は聞いてませんよ!」
名前を出され驚くガンマを、イータは不満気な視線で睨みつける。
「あと『
「それは、ミツゴシリゾートの時の話じゃないですか! あの時は結局、海底人なんて――」
「ああもう! そんなくだらない話は後にしなさい! ……『
熱くなる言い争いを冷ますかの如く、イプシロンは氷の嵐を巻き起こす。ルシアの『ヘイルストーム』とよく似ているが、氷の礫が少ない。
イプシロンは威力の差に渋い顔をするが……それでもアンダーマンを倒すには十二分の威力を発揮している。
(やっぱり向こうの得意属性じゃ敵わないか……でも氷は効いてる!)
「アルファ様! ここは私が突破口を開きます。私達も一度下がって態勢を整えましょう」
「……待ちなさいイプシロン。様子が変よ」
アルファの言うとおり、アンダーマンは動きを止めていた。全員が揃って、1つの方向を見上げている。それまでの激しい攻撃が嘘のように静止する姿は、かえって不気味に見えた。すると、彼らの意図を本能で察したデルタが叫ぶ。
「この感じ……ボスです! コイツらのボスが来たのです!」
「「「りゅーーーーー!」」」
デルタの叫びに応えるかのように、アンダーマン達も一斉に叫んだ。しかしそれは戦いの高揚ではなく、歌のように聞こえ……そして踊り始める。何かの儀式のように。その様子を見てイータがそっと呟いた。
「アンダーマンのボス……つまり王……」
「アルファ様! あそこに何かいるのです! きっとあれがボスなのです!」
デルタが指さした先……温泉ランド本館の屋根の上。そこに地上の巨漢アンダーマンよりも、さらに巨大なアンダーマンがいた。
だが、それよりも目を引くのは巨大アンダーマンの上に立つ人影……そのアンダーマンは黒髪の上に王冠を被り、まるで人間のような背格好で……アロハシャツを着ていた。
「えーっと……りゅんりゅんりゅーりゅりゅ!」
(我こそが王。地上人よ、我らの力に恐れ慄くがいい。皆殺しだ)