千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
それはかつて、七陰がまだシャドウと行動を共にしていた時の事……雪の降りしきる深夜、雪原が《ディアボロス教団》の血で赤く染まる。
その日《シャドウガーデン》が相手にしたのは、何も知らされていない教団の末端でしかなかった。戦果といえば彼らが運んでいた金品のみ……それも七陰の生活費に消える事になる。
(やっぱり私達は……経済的な意味でも、シャドウから自立する必要があるわね)
当時のアルファは既にシャドウから離れる事を考え始めていた。それは後に実行されることになる――が、それはこの話において重要ではない。
その時シャドウは、教団の隊長格の男を見下ろしていた。その男は既に瀕死……シャドウがトドメをさそうと剣を振り上げた瞬間だった。
「渡……さんぞ、竜の涙……黄金……――」
「っ……!? 黄金……!」
「ガハッ……!」
男の死に際の言葉に、シャドウは笑みを浮かべた。そして七陰に宣言する。
「古より眠りし伝説それは魂の救済……この一帯を掘りつくせ」
「「「っ!?」」」
「どういうこと?」
「見えるはずだ……この地を満たす眩いばかりの輝きが。天から降り注ぐ黄金の涙が」
……彼の言葉通り、七陰は地面を掘った。彼が戻った後も掘り続け……三日三晩の後、掘り当てたのは温泉だった。
シャドウの真意がわからぬまま、七陰は【ミツゴシ温泉ランド】として温泉を利用する事にした。開業したのは温泉を掘り当ててから約2年後の事である。
***
……温泉ランドを黄金色に照らす光に、七陰は自然と当時の事を思い出していた。
「『天から降り注ぐ黄金の涙』……」
「これこそが
「あの優しい竜の魂を救ってあげたかったのね、シャドウ……」
「温泉の効能が変わってるかも……後で調べておく」
「……新たな商機ですね。ぐすっ……」
「温泉……デルタは今すぐ温泉に入りたいのです……」
ようやくシャドウの真意にたどり着いた七陰。しかしアルファの表情は暗い。彼女の視線の先には《
(どうして……私達じゃないの……?)
やがて黄金の光が収まった時、彼女達の前にシャドウ本人が姿を現した。漆黒のロングコートを纏い、漆黒の仮面の奥から、赤い瞳が七陰を見据える。傷だらけの七陰を見ても彼は表情を変えず……ただ問いかけた。
「ここで何をしている」
その単純な問いには、どのような意味が込められているのか……咄嗟に答えられたのは、言葉通りに受け取ったデルタだけだ。
「デルタは……ボスと温泉に入りたいのです……」
「そうか」
それだけ言って、シャドウの視線が他の七陰へと移る。しかし、誰の答えを聞いてもシャドウの反応は変わらない。そして最後にアルファを見据える。彼の鋭い眼光に思わず怯む……それはアルファにとって初めての事だった。
「何も……何もできなかった」
「そうか」
それ以上アルファは何も言えなかった。シャドウの素っ気ない返事は相変わらず、彼は踵を返してしまう。
「……待って、シャ――」
「シャドウ! お前がシャドウだな!」
遠ざかる背中に、アルファが手を伸ばそうとした時。彼女は自身を苦しめた剣士の声を聞く。赤毛の剣士は堂々と近づき、シャドウにわずか3歩分の距離で木剣を向けた。
「千剣……! まだやる気?」
「ようアルファ、お前が代わりでも俺は別に構わないぞ」
挑発的なルークの態度に、アルファも剣を構えた。だが……シャドウは何も言わず、アルファを手で制止する。視線はルークに向けたまま。
(シャドウ……?)
「……そうだ。我が名はシャドウ」
シャドウが名乗った次の瞬間、剣と剣がぶつかり合った。ルーク最速の剣技を弾き返し、シャドウは反撃の横一閃。ルークは飛び下がって躱す。
シャドウは横に跳んで躱した、背後から迫ったリィズの足払いを。そこにすかさずルークが再びシャドウに切り込む。
「俺は千剣、ルーク・サイコル! 最強の
「それが望みか……いいだろう。2人まとめて相手をしてやる」
「最初からそのつもりなんだよぉシャドウ! その余裕ぶっ潰してやる!」
リィズの目にも止まらぬ技を剣で弾き、ルークの止まらない必殺の技をひたすらに躱す。シャドウは七陰から離れるように移動し、駐車場の中央で2対1の勝負に臨んだ。シャドウも本格的に反撃を始め、戦いはより激しさを増していく。
「やるなシャドウ! リィズから一緒にやろうって言われた時は冗談かと思ったけどよ……」
「だから言ったでしょルークちゃん! コイツがシャドウガーデンのボスだって! 下手な宝物殿のボスなんかよりずっと強いんだよ!」
「間違いねえ! 俺が今まで戦ってきた中で、コイツが最強の剣士だ!」
「ふっ……1対1にこだわらないその姿勢、さすが帝都最強のトレジャーハンターと言った所か。だが2人でいいのか?」
シャドウの視線は、駐車場脇の歩道にいる《嘆きの亡霊》メンバーへと向けられた。この戦いを見守ってはいるが、彼らに手出しをする気配は無い。
「シト……ホントにあの男が魔法を? 凄腕の剣士にしか見えませんけど……」
「ええ。この目で見ました。彼の魔法『アトミック』が、崖を抉って消し飛ばすのを」
「むぅ……」
「頑張れルークー! 負けるなリィズー! きっともうすぐ勝てるぞー!」
「きるきる」
視線をそらした一瞬、リィズの貫手をシャドウは掴んで止める。
「これはリィズちゃんとルークちゃんの勝負なんだよ!
「……今はまだその時では無い」
「はぁっ!?」
シャドウはリィズから手を離して後退、直後ルークの飛ぶ斬撃がシャドウの眼前を通過した。だが躱されることも織り込み済みで、ルークは再度の接近……身構えるシャドウの前で、ルークの腕と剣が分身する。
「ほう……!」
「『乱れ千流』!」
6本の腕、3本の剣がシャドウを襲った。シャドウも速度重視の剣技で対応するが、分身剣を防ぎきる事はできず……ロングソードが切り裂かれ、鮮血が宙に舞う。戦いを食い入るように見ていた七陰の中から悲鳴が上がった。
「シャドウ様ぁっ!」
その思いが通じた……わけではないが、シャドウは瞬時に対応を変えた。左手にもスライムソードを構える二刀流、新たなスライムソードが木剣を捉えた瞬間……ルークの猛攻が止まった。
ルークの目が驚愕で見開かれる。新たなスライムソードは、剣の形をしてなかった。L字に曲がった先端部分で、器用に木剣を挟んでいる。
「バールだとぉ!? ぐあっ!?」
咄嗟に持ち方を変え、木剣を引き抜くルーク。その隙をシャドウは逃さず、右手の剣を斜めに振り上げた。吹き飛ばされるルークの胸から血が噴出……間違いなく重傷だ。
しかしシャドウは油断せず、バール型スライムソードをトンファーのように持ち替えた。それでリィズのハイキックを防ぐ。
すかさずリィズは足を地に着け、手刀で喉を狙う。ルークを倒されてもリィズの集中に揺らぎは無い。急所狙いの一撃をシャドウは半歩下がって回避。しかしリィズは止まらない。
目にも止まらぬ速さで移動し、前後左右からシャドウに攻撃を仕掛ける。影すら残さぬ速さ……それがリィズの二つ名《絶影》の意味だ。
「その首もらったぁ!」
シャドウの防御を完全に崩し、リィズは渾身の後ろ回し蹴りを放つ。岩をも砕く一撃……だが空を切った。そこにシャドウはいない。リィズの視界からシャドウは忽然と姿を消してしまった。
「……残像だ」
その声を聞く前にリィズは動いていた。振り向きざまの裏拳……だが遅い。紙一重で躱したシャドウは刺突、リィズの左肩を刃が貫いた。リィズの顔が苦痛で歪む。目を見開き、歯を食いしばりながら……刃を左手で掴んだ。
「んあっ……!? くっ……ちくしょう……め!」
あえてリィズは踏み込み、シャドウの顔面へと右拳を突き出す。肉を切らせて骨を断つ――捨て身の反撃、しかしシャドウの左拳の方が速い。殴り飛ばされたリィズは地面を転がって倒れた。
シャドウはスライムソードを1本に戻して残心……観戦するアンセムに目配せをして、ルークと再び睨み合う。
「待たせたか?」
「いや……でもすげえなシャドウ。まさかリィズより速いヤツがいるなんて……世界は広いぜ」
「言わないでよルークちゃん! リィズちゃんより速いとか……くそぉっ!」
「リィズ、落ち着くんだ」
悔しさと出血で肩を震わせるリィズに、アンセムが駆け寄り回復術を使う。……その一方でシャドウの前に来たルークは、既に傷が塞がっていた。回復術や
「その並外れた再生力……それもマナ・マテリアルか?」
「ああ……シャドウ、最強の剣士ってなんだかわかるか?」
最強。その言葉を聞いてシャドウの瞳が僅かに揺れた。答えを待たずしてルークは話を続ける。
「――単純な話だ。最強の剣士ってのは、いくら斬られても死なねえ奴だ。だって、自分の身で強敵の剣技を体験できるじゃん。だから俺は斬られても平気になった」
「ふっ……面白い。我 好みの答えだ……!」
「! そう言ってくれたのは、お前が初めてだぜシャドウ!」
互いに笑みを浮かべ、第2ラウンドが始まった。だが決着は早々に着くことになる。地面を抉るルークの斬撃を躱し、シャドウは大仰に剣を構えなおした。
「『千剣・乱れ影』」
「なにっ!?」
3人に分身したシャドウが3方向からルークを襲い……一瞬でルークを切り刻んだ。全身から血を噴き出して膝をつくルーク。すると分身が消えると同時に、シャドウは指をパチンと鳴らした。次の瞬間、ルークの握る木剣が炎に包まれる。ルークが立ち上がる前に燃え尽きるだろう。
「っ!? この魔法……ルシアと同じ奴か……!」
「……勘違いをしているようだが、我は剣士ではない。我が目指す最強への途上に剣の道があったに過ぎない。だが――」
語りながらシャドウは歩き……立ち止まると空気が変わった。青紫の光がシャドウの体から溢れ……それが空中に螺旋を描いて彼の剣へと収束していく。
「我が最強の剣、特別に見せてやろう」
それは魔力の光だった。シャドウが垂直に剣を構えると、青紫の光はさらに輝きを増す。魔力の光が刃となって……どこまでも伸びて天を衝く。
「アイ――」
……その光景にルシアは
「あれは……属性の無い純粋な魔力……? でも普通じゃない……なんて密度……!」
「アム――」
……盟主シャドウの最大の技に七陰は目を輝かせる。
「おお~……! やっぱりボスは最強なのです! 嘆きの亡霊にも負けないのです!」
「主様の魔力の輝き……あの光に私達は命を救われた……」
「でも特別にって……シャドウ様はいったい何を?」
そして……シャドウはある一点を狙い、垂直に剣を振り下ろした。
「――アトミック・ソード」
その剣は天を裂いた――厚い入道雲が真っ二つになっている。その剣は地を裂いた――両断の跡が穴となって、地面にくっきり残っている。その剣は……1人の男を斬れなかった。
「眩しかったけど……何が起きたの?」
クライ・アンドリヒ。シャドウから伸びる地面の亀裂は、クライの手前で止まっていた。彼の背後にあった露天風呂も同様。シャドウ最強の剣は……クライに届かなかった。
「え……そんな!? シャドウ様のアトミックが……」
「彼のアトミックを……防いだと言うの……!?」
シャドウの技に《嘆きの亡霊》が、平然とするクライに七陰が言葉を失う中……シャドウは青空を一瞥し、クライへと視線を向ける。そして高らかに声を上げた。
「我らはシャドウガーデン、陰に潜み陰を狩る者……それを白日の下に引きずり出した、貴様の勝ちだ! 千変万化……クライ・アンドリヒ」
「え? うわ……地面が切れてる……!?」
言われた本人は、イマイチ状況が飲み込めていない様子だが……シャドウの敗北宣言に、デルタが声を張り上げる。
「ウソです! ボスが負けるなんて……ウソなのです! ボスは最強で……悪いのは……きっとデルタ……」
「待ちなさい、デルタ!」
ふらつく足取りでシャドウへと近づくデルタ。彼女を追いかけるベータ、そばに来た2人に対しシャドウは……涙目なデルタの頭を、犬のように撫でた。
「うっ……うぅ~……」
「シャドウ様……申し訳ありません。私達が至らぬばかりに……」
「話は後だ。引き上げるぞ」
「……了解しました。行きましょうデルタ」
シャドウが姿を消し、七陰もそれに続いた。最後に残ったのは、ゴーレムを動かしながらの撤退に苦戦するイータだ。そんな彼女に駆け寄る人影が1人――
「待ってください!」
「ん……? 何か用、
振り向いたイータの前に、息を切らしたシトリーの姿があった。