千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
蛙化騒動に地底人にドラゴン……今日は盛りだくさんの1日だった。もし夜だったら、僕も地底人を相手に実力を見せつけたんだけどね。
青空に燦々と輝く太陽……そんな真昼間に漆黒のロングコート姿で現れるなんて、僕が美的センスに欠けてるみたいじゃないか!
漆黒の衣装が映えるのは夜だって、アルファ達も分かってると思ったんだけどな……誘い出したクライの方が一枚上手だったか。最後の最後に姿だけ見せて帰るつもりだったけど……勝負を挑まれたら、敗者として勝者の要求には応えないとね。
実力を見せられたのはよかったけど……負けを認めるのはこれで最後にしたい。
ちょっと時間をおいて、僕がホテルに戻ったのはお昼時。玄関ではたくさんの賊を連行する騎士団とすれ違った。賊は全部で何十人もいるように見えるけど……いつの間に来たんだろう?
「ほら、こっちに来るんだ」
「くそっ、離せ! 許さん……許さんぞ千変万化!」
騒いでる銀髪の男がボスかな、めっちゃ高級そうなローブ着てるし。……とりあえず今は、何食わぬ顔で部屋に戻るとしよう。ロビーはブレスの余波でメチャクチャだけど……片付けとかフロントの人がいるし、蛙化騒動はもう終わったみたいだね。
***
温泉ランド支配人室にて。ガンマはアルファ達が《
「――クレア様が?」
「はい。クレア様が蛙から戻る手段を知っていて……それで我々は元に戻る事が出来たのです」
「あとは教団の連中を、お客様の目の届かない場所まで1匹ずつ……いえ、1人ずつ引っ張って確実に捕縛しました」
報告をしているのはカイとオメガ。外で戦闘中だった七陰に代わり、ホテル内での指揮を執ったのは彼女達だ。
「捕縛……ですか」
「ええ。対応するならシャドウガーデンではなく、ミツゴシ商会の従業員として……血なまぐさい事は避けるべきと判断したので」
「……いい判断です。2人がいて助かりました」
「恐縮です」
「ですが蛙化とその解除、我々は完全に弄ばれていますね。あの男……千変万化に」
「……ところでイプシロン様はどうしたのでしょう? 姿が見えませんが」
話題を変えようとしたオメガに対し、ガンマは困り顔のまま奥への扉を一瞥する。
「嘆きの亡霊、そしてアンダーマンにドラゴンの精霊。長い戦闘で皆、心身ともに疲労しています。今はそっとして――」
「た、助けて……!」
ガンマの言葉を遮るように、慌ただしくイータが部屋に入ってきた。そして背中で扉を閉め、そのまま押さえつけるようにもたれている。走ってここまで来たのか、肩を上下させている。
「どうしたのですかイータ? そんなに慌てて……」
「あ、アンダーマン……アンダーマンが、私を捕まえようとしてる……」
「っ!? あの地底人がまた地上へ来たのですか!?」
客の安全、現状の戦力……《シャドウガーデン》の参謀としてガンマは作戦を考え始める。だが続くイータの言葉は全くの想定外だった。
「今度は……侵略じゃない。アンダーマンは、千変万化に手なずけられてる」
「……はい?」
***
日が傾き始めた頃、姉さんに捕まった僕は外に引っ張られ……露天風呂でよくわからない光景を目にしていた。アンダーマンのお姫様らしき個体がクライにベッタリしている。翻訳してるシトリーはどこか迷惑そうだ。
「りゅーりゅりゅりゅ」
「『悪魔を逃してしまったそうです。申し訳ありません。次こそ血祭りにあげて見せます』と言ってますが……悪魔とは何でしょうクライさん?」
「いや悪魔とか血祭りとか知らないよ……」
「なにあれ?」
「さあ……?」
ここまで引っ張ってきた姉さんも困惑している。遠くではたくさんのアンダーマンが一糸乱れぬ団体行動で、壊れた屋根や塀を直していた。
塀の隙間から見える駐車場も、すっかり元通りになってるし……さっき通った場所に、今まさに塀が組み上がっていく。室内の従業員も目を丸くしてるよ。
「何やってるのよクライ……」
「やあクレア。シド君も一緒か」
「やっほー。すごい事になってるけど……ちゃんと許可とった?」
「あはは……」
……アルファ達には僕から言っておこう。それよりクライ達に聞きたい事があったんだ。
「そう言えばお昼頃にさ、たくさんの賊が騎士団に連行されてるの見たけど……何か知ってる?」
「アレか。クレアがやったんだよね?」
「違うわよ。やったのはここの警備、それに手柄を押し付けられたの。蛙から戻してくれてありがとう……って」
「へー。よかったね姉さん」
「……素直に喜んでいいのかしら?」
ミツゴシの警備って事は、元悪魔憑きも混じってそうだね。それも蛙になってたなら……かなり強力な魔法って事になる。さすがルシアって事かな。
……なんてのんびり話してたら、アンダーマンが地面と塀の修理を終わらせてしまった。元と微妙にデザイン違うけど、出来栄えに遜色は無い。男湯と女湯の仕切りまで完璧だ。この速さと完成度……イータも驚くだろうな。
だけど1つ、重大な問題が残されている。
「……塀が直ったから駐車場側に出られないね」
「そう言えばそうね。私なら飛び越えられそうだけどクライは……聞くまでもないか」
「僕なんかよりアンダーマンの方が問題じゃない? どうやって帰ってもらおう……」
クライの言う通り、露天風呂内に多くのアンダーマンが取り残されている。お姫様は得意気だけど……ホテルの中を通ったらパニックになりそうだ。自然と皆の視線がクライへと向く。
「クライさん。先ほど言ったとおり、私はアンダーマン語を話せませんので……」
「し、仕方ないな……りゅりゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
クライが叫ぶとアンダーマンのお姫様は目を見開き……髪でクライを掴んで走り出した。その背に向かってシトリーが叫ぶ。
「『地底で一生暮らす』なんて、クライさん、いったいどういうつもりですか!」
「……そんな事、言ってないりゅう」
「またクライは……待ちなさい!」
姫がクライを掴んだまま塀を飛び越え、他のアンダーマンもそれに続く。その後を姉さんが追いかけ、シトリーも塀に向かって跳びついた。一瞬で大変な事になったな……
でもこれはチャンスだ。今のうちにアルファ達と合流しよう。アンダーマンの事を伝えて……ついでにみんなと話をするのもいいかもしれない。
「誰かいる? 僕だけど――」
「シャ……シドさん!? 今、開けます!」
ホテル館の奥、支配人室の扉を開けたのはベータだった。眼鏡をかけた私服姿……でも顔から疲れがにじみ出ている。
「何か御用でしょうか……?」
「そんな大げさな用事は無いけど、やっと時間がとれたからさ。みんなと話せるって思ったんだ。中に入ってもいいかな?」
「! もちろんです。どうぞお入りください」
支配人室の奥は客室になっていた。僕の泊っている部屋より広い作り……こっちは何人を想定してるんだ?
部屋にいたのはガンマとイプシロン、それにイータ……アルファとデルタの姿は見えない。僕に気づいて、ガンマとイプシロンが慌てた様子で立ち上がる。
「
「先ほどは助けていただき、その……ありがとうございます」
「ん……来たんだマスター」
マイペースなイータはさておき、ガンマもイプシロンもなんだか落ち込んでる。特にイプシロンはすごくしおらしい。
もしかして敗北宣言した僕を気遣っている? 実力負けしたわけじゃないし、気にしてないよ。それともアトミックソードが通じなかった方かな……でもあれって『
「そんなに落ち込む必要は無いんじゃないかな」
「っ!? しかし私達は主様の言いつけを忘れ、あんな失態を……」
「実力者同士の戦い、そういう事もあるよ。次、気をつければいいからさ」
「……承知しました」
しっかり釘を刺したし……これでもう昼間に姿を見せたりはしないだろう。
「それよりアルファとデルタは?」
「デルタは、負けを認められず1人でどこかへ……」
「そっか……一緒に温泉 入ろうかと思ったんだけど」
「「「っ!?」」」
「でも混浴はさすがに無いよね……まあいいや。アルファの方は?」
アルファについて尋ねた途端、みんな顔を見合わせている。なんだか言いにくそうだけど……意を決したのか、真剣な目つきでベータが口を開いた。
「シド様、アルファ様をどうか……元気づけてください」
「うん?」
つまり……アルファがいちばん落ち込んでるって事?
***
一連の騒動と天井の破損を原因に、臨時休館となった温泉ランド本館。照明が灯ること無く夜が訪れると、天井の穴から月光が照らした。ドラゴンの精霊――と形容する他ない存在――が消え、水が戻ってきたプールは水面に月を映している。
すると客のいないはずのプールに1人、白い水着を着た誰かが入った。波紋が水面を揺らし、月光が金髪の精霊人……アルファを照らす。全てを諦めたような……力のない笑みを照らしだす。
(ここなら……誰も……)
全身を脱力させ水面を漂うアルファ。静寂の支配するプールで彼女は独り、そっと目を閉じる。頭をよぎるのは……自分の愚かさ。
(陰に潜み陰を狩る……彼の理念を忘れてしまうなんて、私はどうかしていた。そのせいで……皆を危険に晒し、彼に尻拭いをさせてしまった)
アルファの心を支配するのは罪悪感、そして自分への怒り。シャドウの力になるどころか、足を引っ張ってしまった……彼女はそんな自分を許せなかった。仲間の心配する声が視線が、逆に心苦しかった。しかし独りになっても自責の念が収まる気配は無い。
(結局、竜の涙についても解き明かしたのは千変万化……私達じゃない。彼の考えの理解さえ先を越されるなら、私達の……シャドウガーデンのいる意味って……?)
無意識にアルファは息を吐いた。肺から空気が抜けて体が水の中へと沈んでいく。彼女は自分でも何をしているのかわからなかった。
ただ何も考えずに沈み……背中と水底がぶつかる。思わず目を開けると闇夜を照らす小さな光が見えた。月光。
(キレイ……)
ふと我に返ったアルファは勢いよく水から顔を出した。肺に空気を取り込み、ゆっくりと呼吸を落ち着かせる……そんな彼女に、シドが声をかける。
「何してんのアルファ?」
「っ!? シド……」
「ってか流れるプールなのに流れてないじゃん。あ、温水も切ってる……」
水着姿のシドはプールの縁で屈み、手を水に浸していた。そして不思議そうな顔で、再びアルファに問いかける。
「ここで何してんの?」
「……1人に、なりたくて」
「それじゃあ邪魔しちゃったかな」
「そんなわけない! あ、いえ……貴方は別よ、シド」
声を荒げた事を恥じらいながら、アルファはシドの隣……プールの縁に腰掛けた。しかし罪悪感で、シドの顔を見る事が出来ない。
「貴方はどうしてここに?」
「ちょっとね。ベータが……アルファと話してほしいって言うから、探したよ」
「そう……私、心配をかけてるのね」
「うーん……アルファは真面目だし、悩み多いでしょ。ベータ達に言えないような悩みがあるなら、聞くけど」
シドの問いかけにアルファはすぐ答える事は出来なかった。彼の言う通り悩みは多い。しかし今一番の悩みは……自分自身の存在意義。
「シド、私は……貴方にとって必要な存在なの?」
(私は彼に命を懸けている。もし彼が私を必要としていないのなら、その時は――)
アルファの命懸けの問いかけに、シドは平然とした様子で口を開く。
「必要とか必要じゃないとか……そんな目で君を見た事は無いよ。ああ、でも……会えてよかったと思ってる」
「えっ……それって、どういう意味?」
「おかげで今……――」
シドは急に立ち上がり、プールへと飛びこんだ。大きな水飛沫が起こり、アルファは思わず目を瞑ってしまう。
「ちょっとシド……!」
「ぷはっ……君達のおかげで! こんな広いプールで遊ぶことができる。夜のプール……いちど泳いでみたかったんだ」
「シド、私は真剣に――」
「ありがとうアルファ、最初に助けた悪魔憑きが君でよかった」
「っ……」
ようやくアルファが見たシドの顔は、笑顔。初めて会った日にも見せた、自信に満ち溢れた笑顔。月光に照らされながら彼は、アルファに向けて手を差し伸べる。
「せっかくだし、一緒に泳がない?」
「……貴方が望むのなら」
シドの言動がどこまで本気なのか、アルファにはわからない。それでも手を差し伸べてくれた優しさを、彼女は信じて手を伸ばす。彼と共に《ディアボロス教団》と戦うと決断したあの日のように――アルファの脳裏をあの日の記憶がよぎる。
(……思い出した。あの日、彼は治ったばかりの私を戦いから遠ざけようとしていた。でも彼は私の怒りを尊重してくれた。
組織が必要だと私が言ったから、彼はシャドウガーデンを命名した。私が……望んだから? それって――)
「ボス~っ!」
その時、大きな叫び声が2人の上から聞こえてきた。アルファが見上げると……天井の穴の縁、犬獣人らしき影が見えた。月光を背に尻尾を振っている。
「デルタ?」
「あんなところにいたんだ」
2人が呟いた次の瞬間、迷い無くデルタは飛び降りた。着水の衝撃で大きな水柱が上がり……目を開けたアルファが見たのは、抱き着こうとするデルタを押しとどめるシドの姿だった。
「ボス~どうして負けを認めたのですか? デルタあれから1人で考えてみたけど……どうしてなのか、全然わからないのです!」
「えーっと……何かいい例えないかな……」
押さえられながらデルタは腕を振り回し、周囲に水飛沫をまき散らしている。当然ながら、そばにいるアルファはずぶ濡れだ。辟易した顔でデルタを睨みつける。
「っ……デルタ、やめなさい」
「はいなのです!」
アルファの存在に気づいてはいたようだ。デルタは直ちに動きを止めた。両腕を上げた姿勢、チューブトップの赤い水着が胸で主張している。
するとデルタは鼻をひくつかせた。獣人の鼻が僅かなニオイを捉え……フードコートの方に視線を動かす。その顔に警戒は無かった。
「そんなとこに隠れて、何やってるのですか?」
「ちょっ……ああもうデルタ! アルファ様の邪魔しちゃ駄目でしょ!」
「その声……ベータ?」
姿を表したのは銀髪の精霊人……ベータである。白いレース水着の彼女に続き、ガンマ、イプシロン、そしてイータまで次々と姿を見せる。
「申し訳ありませんアルファ様。その……アルファ様が心配で――」
「隠れて様子を見ようと、そういうわけなのです」
「別に、主様の水着姿が見たかったわけでは……」
「アルファ様にやる気が無いと、調子が狂う」
揃って現れた仲間達にアルファは目を白黒させ、隣のシドに問いかける。
「シド、貴方もグルなの?」
「違うよ。知ってる気配がするとは思ってたけどね」
「お~……みんな揃っているのです! ボスも一緒に遊ぶのです!」
「おっと」
「えっ……きゃっ!?」
飛びつこうとするデルタをシドが躱すと、その先にはアルファが……勢い余って2人は共に転んでしまう。水中へ沈んだアルファはデルタを引きはがし、水上へと顔を出す。
「もう……デルタ!」
「ひぃっ!? わざとじゃないのですぅっ!」
「アレは元気になった……でいいのでしょうか?」
「どうかしら……?」
デルタを怯ませるほどの眼光を放つアルファ。その姿に戸惑うベータ達。そんな皆を眺めながらシドは呟く。
「惜しいなぁ。あとはゼータがいれば全員集合だったのに」
デルタの耳は聞き逃さなかった。ゼータの名前を聞き、忘却していた記憶が脳内に溢れ出す。
「んん? ゼータ……? あぁ~っ!? メス猫ぉっ! デルタ、メス猫の事すっかり忘れてたのです!」
「メス猫……? あっゼータの事ね……えっ?」
デルタの叫びが、他の七陰の記憶をも蘇らせた。戸惑いと困惑の声が上がる。その一方、既に思い出していたイータは、しまったと言いたげな表情を作っていた。
「あ……忙しくて、言うの忘れてた」