千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「どうしたんですかクライさん? 顔色悪いですよ」
「はは……」
《
彼女はハンターではないが、《足跡》には彼女の他にも非ハンターの職員が多く在籍している。他のクランでは見られない先進的な特徴は、ハンター界隈でクライを評価する声の1つとなっている。
「ねえエヴァ、ミドガル家って知ってる?」
「はい、旧ミドガル王家の流れを組む伯爵家ですね。領地が離れているので帝都の政にはあまり参加していませんが、最近はアレクシア・ミドガルさんがアークさんを訪ねて何度かここに……クライさん。今度は何をしたんですか!?」
「実はね――」
クライの話を聞きながら、エヴァは眼鏡の奥で眉根を寄せた。クライの奇行に振り回されるのはいつもの事だが、いつになっても慣れる気はしない。
「――それで『お姉さんがいるんですか』って言ったら、突然怒りだして出てっちゃったんだ。『貴方には期待できません』って」
「それはまた……怒るのも無理はないですね。彼女の姉は《武帝》アイリス・ミドガルですから」
「武帝……あー……思い出した。武帝が帝都に来るから斬りたいって、ルークが騒いでたっけ」
《武帝祭》は1年に1度開かれる世界有数の武闘大会だ。その優勝者は《武帝》と呼ばれる。おそらくアレクシアは……「帝都のハンターなら武帝である姉を知らないはずがない」そう考えていたのだろう。
しかし出場と観戦どちらも困難なため、《武帝祭》が帝都のトレジャーハンターの話題になる事は少ない。
(アレクシアさんは姉の事を相当気にしているのでしょうね……それより)
「クライさん、ちゃんと貴族の家々の情報も頭に入れておいてください。貴方は有名なんですから」
「いや、グラディス家とか色々覚えてるよ。ミドガル家はちょっと忘れてただけで……」
そう言って目をそらすクライを見て、エヴァの口から小さなため息が零れた。クライは帝都に3人しかいないレベル8ハンター……そのネームバリューは絶大で、様々な貴族や商人からクライ宛の手紙がひっきりなしにクランに届いている。
しかしクライはそれらに辟易としていた。詳しい理由を語った事は無いが……ただでさえ問題行動の多い《
「それで、アレクシアさんが帝都に来たのは婚約者の裏を探るため……でしたね」
「謝りにいかないとダメかな……悪いけど調べておいて。結果を手土産にするからさ」
「依頼として受ける前に調べるんですか?」
エヴァが尋ねると、クライは諦観の表情で顔を上げた。
「依頼は受けないよ。後が面倒だからね。でも僕は謝罪して穏便に済ませたいんだ」
「……なるほど、依頼は受けずに情報は探ると」
「ダメかな?」
「いえ問題ありません。徹底的に調べます」
「そんな気負わなくていいよ。多分アレクシアの考えすぎ、勘違いだって」
クライは気楽そうに言うが、しかしエヴァは知っていた。これまでクライが何度も前兆のない事件を言い当ててきたことを。クライが調べて欲しいと言うなら、今回もおそらくは……エヴァは「いつも通り」気を引き締める。
「他には何かありませんか?」
「他……ああそうだ。彼女、一口もケーキ食べなかったから持ち帰って来たんだ。食べる?」
***
帝都地下。長い歴史の中、度重なる増築で迷宮と化した地下下水道。その片隅に設備の整った研究施設があった。薄暗いが数人の研究者の姿が確認できる。
「師よ、1つ頼みがございます」
師と呼ばれた老人……ノト・コクレアは一番弟子を一瞥した。ノトはかつて
「言ってみろソフィアよ」
ノトの前で跪く一番弟子……ソフィア・ブラックは師の言葉に頭を上げた。彼女の血のように赤い髪と炎のように赤い瞳は、薄暗い地下研究室でも目立っている。
ここは《アカシャの塔》のアジトの1つ。今はノトとソフィア以外にも、数人の弟子がそれぞれの研究を進めていた。
「アレクシア・ミドガル……失われた王家の血を調べたいのです。許可をいただけますか?」
「ほう……」
ソフィアの言葉にノトは興味を示した。ミドガル家。それはかつて存在したミドガル王家の流れをくむ貴族だ。そしてミドガル王家は……『魔人ディアボロス』を封印した3英雄の末裔と言い伝えられている。ミドガルの血を調べるという事は、伝説を調べるという意味を持つのだ。
「アレクシア……彼女は今、帝都に来ています。狙うなら今かと」
「孤児での人体実験では満足できんか。しかし危険は承知であろう。なぜ狙う?」
「ふふ……今のアレクシアはハンター登録をしています。ハンターなら一般人ではなく、襲われても自己責任になりますから」
アレクシアの情報を知るソフィア独自の情報網にも驚きだが、それより彼女の発言をノトは訝しんだ。ソフィアはこれまで多くの成果を上げて来たが、人体実験においては目立った成果を報告していない。その躊躇は彼女の甘さ、唯一の欠点だとノトは認識していたのだが……
「ハンターなら……か。妙なこだわりだな」
「そうですね、そう聞こえるかもしれません。でも私にとっては大切な約束なんです」
アカシャの塔に所属する魔術師は皆、一様に後ろ暗い過去を持っている。ソフィアの言う約束もそう言った類の物だろう――ノトはそう判断し、詮索を無駄だと切り捨てた。
「……ミドガルの血を欲しがるなら《教団》に話を通す必要があるな」
「教団? 例の支援者ですか」
「そうだ。奴らもミドガルの血を欲しておる。ぬけがけして向こうのメンツを潰すわけにもいかん」
ノトが帝都に戻ったのは、《ディアボロス教団》が彼の研究を評価したのが理由として大きい。多額の援助が無ければ研究を続ける事は出来なかった……だからこそノトは、《教団》に対して慎重だった。
「ワシが奴らに連絡を付けよう。共同での計画なら向こうも文句は言うまい。よいなソフィアよ」
「わかりました。《アカシャの塔》の名に恥じない働きをしてみせます」
許可を得たソフィアは静かに笑う。しかし抑えきれない興奮が、彼女の瞳に渦巻いていた。