千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「おい、何をしている」
突如うずくまったソフィアを、男は……《ディボロス教団》の構成員であるその男は訝しんだ。
ソフィア・ブラック。《教団》の協力組織である魔術結社《アカシャの塔》の
しかしソフィアはうずくまったまま考え込み、アレクシア・ミドガルと共に来た男ハンターの傍を離れない。
「彼がここにいるのはおそらく……だとしたら……」
《教団》の2人はしびれを切らし、頷き合った。剣を抜いた2人は、ゆっくりとソフィアの背後に忍び寄る。
《教団》から派遣された2人は「《アカシャ》の
ソフィアのそばに近づいた男が剣を構えようとした……その時、横から何か音が聞こえた。
「どうした……ッ!?」
思わず視線を動かすと、《教団》の仲間が倒れていた。顔を半透明の何か……スライム? に覆われて動かない。あれでは呼吸できず、悲鳴を上げる事すら出来ないだろう。足元には開いた金属カプセルが転がっている。
(これは……マズい)
男の勘が警鐘を鳴らす。彼はソフィアに視線を戻し……立ち上がっていた彼女と目があった。炎のように赤い目が、氷のように冷たい視線を男に向けている。そして彼女は呟いた。
「ここからはプランBです」
「き、貴様……何を言って」
返事を待たず、彼女は1本の金属カプセルを放り投げた。
(叩き落とすか? いや危険だ)
コンマ1秒の思考。男は金属カプセルを躱すべく身をよじり……ソフィアが投げたのは金属カプセルだけでは無い事に気づいた。金属カプセルの陰に隠れていたポーション瓶が、男の足元に向かって落ちる――
――激しい衝撃、眩い閃光、反転する視界……何が起きた? それを理解する前に男は地面を転がった。
焦げ付いたニオイの中、全身の痛みを堪え男は立ち上がろうとする……彼が顔を上げた時、ソフィアが最初に投げた金属カプセルが目に入った。
(あれの中身は何だ?)
次の瞬間には口を、いや顔全体をスライムに塞がれていた。呼吸ができない、引きはがすこともできない。もがき苦しみながら、男は意識を失った。
***
「さて、どうしましょうか」
そう独り言ち、ソフィア・ブラックは倒れ伏すアレクシアを見下ろした。先ほどはプランBと口にしたが、それはただの出まかせ。実際には新たなプランなど無い。だが……備えはあった。
「立っているのは私ひとり……なら最初のプランに戻せばいい」
ソフィアは倒れて動かない《教団》の2人を一瞥した。彼らの意識を奪った対人用のスライムが、今も首に纏わりつき次の指示を待っている。しばらく起きる事は無いだろうし、もし起きたら再度スライムに指示を出せばいい。窒息させろ――と。
ソフィアは視線をアレクシアへと戻す。最初のプラン……1人での実行を考えていた時は、アレクシアを眠らせるだけで、攫う予定は無かった。その時に準備した器具は、今も持ち歩いている。
「スリープポーションの効果が切れる前に、手早く済ませるとしましょう」
ソフィアはプランを実行するため、注射器を手に取った。
***
「うぅ……ん……ここは? 私は確か……っ!?」
(そうよ何故か急に眠くなって……アイツは!?)
アレクシア・ミドガルが慌てて体を起こすと、そこは【退廃都区】のアイス屋の前だった。焦げ付いたニオイが鼻をつくが、それより目の前で倒れているシド・カゲノーに意識が向いた。アレクシアは彼のそばに近づいて、その体を揺さぶる。
「アンタ無事? とっとと起きなさい!」
「ん……ふわぁ……よく寝た」
「寝ぼけてんじゃないわよ……」
すると気の抜けた言葉と共にシドが目を覚ました。彼の無事とのん気な態度にアレクシアは安堵と呆れの入り混じったため息をつく。
改めて周囲を見回したアレクシアは、地面の一部が放射状に焦げ付いている事に気づいた。爆発の跡だろうか? それと何かを引きずった跡……大きな……まるで人を引きずったような跡を2つ見つけた。
「いったい何があったの……?」
「あれれー? そこに落ちてるのは何だろー?」
戸惑うアレクシアを余所に、シドはわざとらしい口調でアレクシアの横を指さした。そこに落ちていたのは小さな鞄、少なくともアレクシアの物ではない。そして、鞄を重し代わりにして、下に紙が挟まっていた。なにやら文章が書き連ねられている。
「あれは……手紙? いったいどういう事……?」
アレクシアは震える手を伸ばし、恐る恐るその紙を手に取った。書いてある文面を読み進める……
『
拝啓、アレクシア様。
私の手紙を信じて来ていただき、ありがとうございます。しかしずいぶんと不用心ですね。それとも、そうまでして情報が欲しいのでしょうか?
私はどこにでもいる真理の探究者です。3英雄の1人、フレイヤの末裔と呼ばれるミドガルの血筋に前々から興味がありました。
そんな折、貴方がハンターになったと聞き、今回の件を計画させていただきました。申し訳ありませんが、グリフィ家に関する情報提供は嘘です。貴方に来てもらうために、利用させてもらいました。
もし調査を続けるなら用心した方がいいですよ。私はもう充分ですが、私の同類が貴方を狙うかもしれませんから。
アカシャの塔の名もなき一員より
』
読み終えたアレクシアはめまいに襲われた。血の気が引き、気分が悪くなり、口元を手で覆う。
「アカシャの塔……!? まさか……実在していたの……」
《アカシャの塔》。様々な国で存在が噂される怪しげな組織の名だ。帝都から遠く離れた【ミドガル領】でも噂は聞こえていた。学会を追放された
帝都に来る前のアレクシアなら一笑に付しただろう。《アカシャの塔》はあくまで噂、それを名乗るイタズラだと。しかし今は、一瞬で眠らされたという体験と目の前の光景がアレクシアの認識を揺るがしている。
不安に駆られたアレクシアは、もう一度手紙を見て……最後の一文に気づいた。
『
追伸、鞄に入っているのは私特性の増血ポーションです。早めに飲むことをお勧めします。
』
増血ポーション? アレクシアにとって馴染みのない言葉だが、彼女は意味をそれとなく理解できた。おそらく医療用だろう――と。だが、そんな物を渡されたという事態に、アレクシアは嫌な胸騒ぎがした。
(この気分の悪さ、左手の痺れ……まさか)
その可能性に思い至ったアレクシアは袖をまくり……予想通り、左腕に注射の跡を見つけた。