千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「ワシを呼びつけるとは……いったいどういうつもりだ」
ノト・コクレア。帝都における《アカシャの塔》の中心人物である大魔導師は、帝都外れにあるとある邸宅の応接間にいた。その邸宅は《ディアボロス教団》のアジトの1つだ。
座る彼の正面には、彼を呼び出した《ディアボロス教団》の幹部、《アカシャの塔》のスポンサー……身なりのいい整った顔立ちの貴族が座っていた。
ノトの問いかけに貴族は小さく息を吐き、問い詰めるような口調で要件を口にした。
「単刀直入に聞こう、ソフィアという女はどこにいる?」
「ふむ……アレクシア・ミドガルの一件の後、しばらく帝都を離れると言っておったな。詳しい行き先はワシも知らん」
ノトの他の弟子と比べ、ソフィア・ブラックは所用で帝都を離れる事が多い。彼女がアレクシア・ミドガルとの接触に向かった後、ノトは彼女の姿を見ていなかった。
すると貴族の男がノトに疑いの眼差しを向ける。
「帝都にはいない……か、それは本当だろうな?」
「何を疑っておる? ソフィアがどうしたというのだ?」
互いに剣呑な態度を見せ……先に態度を崩したのは貴族の方だった。
「まあいい……説明してやろう」
貴族の男は、派遣した部下にソフィアとの協力を命じた事、しかしアレクシアは帝都にあるミドガル家の邸宅に戻っている事、そして部下が行方不明になった事を伝えた。
「派遣した部下はそれなりに腕の立つ
「ソフィアが裏切るだと? ありえんな」
ノトは鼻を鳴らし、荒唐無稽な話を聞き入れなかった。
ソフィアは魔法の腕こそ未熟だが、抜け目の無い女だ。真実に向かう探求心は弟子の誰よりも強い――それがソフィアに対するノトの評価だった。だからこそノトは彼女を一番弟子に選び、裏切るとは微塵も考えなかった。
しかしノトは、彼女が裏切るある可能性に思い至った。向かいでふんぞり返る貴族の男を、ノトは鋭く睨む。
「もしや、先に裏切ったのはそっちではないか?」
「……なんだと?」
「ソフィアはオマエの部下に殺されそうになったが返り討ちにし、身を隠した……違うか?」
それは挑発的な問いかけだったが、貴族の男は冷静に返答する。
「何を言うかと思えば……私はそんな指示は出していない。怪しい動きを見せたら切れ……くらいは言ったけどね」
「あくまで悪いのはソフィアだと言いたいのか?」
「勘違いしないでくれ。私は貴方を信頼している。しかし貴方の弟子までは信頼していない……そういう話だ」
互いに何も言わず睨み合い……沈黙を破ったのはノトだった。
「フン……これ以上は時間の無駄だ。証拠も何も無いのだろう? 他に話が無いならワシは帰らせてもらう」
呆れたような口ぶりで話を切り上げ、ノトは立ち上がった。が、彼が踵を返した直後に、貴族の男がノトを呼び止める。
「待ちたまえ。用件はもう一つある」
「……なんだ?」
「君が成果を見せない事に上がしびれを切らしててね。このままでは資金援助を打ち切る事になるかもしれない」
その言葉にノトは眉をひそめ、貴族の男を睨んだ。まだ研究は半ば……ソフィアのおかげで実験は軌道に乗りつつあるが、完成の目途は立っていない状態だ。
「見せようとして見せられるものではない。そういう研究だとオヌシも分かっているだろう?」
「適当なハンターを騙してテストさせればいい。そうだな……レベル5のハンターなら上も納得するはずだ」
「実験が気取られたら研究を続けられなくなるぞ」
「なに、別の場所でやればいいさ」
「気軽に言ってくれる……」
苛立ちの滲んだその言葉を最後に、ノトは屋敷を後にした。1人残された貴族の男は、静かにため息をこぼす。
「怒らせてしまったか……まあいい。こちらも暇ではない」
そう言って彼が懐から取り出したのは不鮮明な写真。人前に滅多に姿を見せないレベル8ハンター《千変万化》クライ・アンドリヒの顔が写った写真だった。
「《蛇》を壊滅させただけでは飽き足らず、《教団》を嗅ぎまわるネズミめ……我々を甘く見た事を後悔させてやる」
貴族の男……ゼノン・グリフィ侯爵は、写真のクライに向けて攻撃的な笑みを浮かべた。
***
「それでシド、アレクシアとはどこまで行ったんだ?」
「なんにも無いよ。僕と彼女はそういう関係じゃない」
「なんだよつまんねーな。ヘタレすぎるぜ。俺ならもう最後まで行ってるぞ」
「僕でもちゅ、ちゅーくらいはしてますよ」
《探索者協会》の建物の中で僕は、久しぶりにヒョロとジャガと対面していた。このところアレクシアの付き添いばっかりだったからね。
【退廃都区】での騒ぎから既に3日、あれからアレクシアとは一度も会っていない。どうも屋敷に閉じこもっているらしい。まあわからなくもない。《アカシャの塔》って陰の組織に襲われたのだから。でも、そんなに有名な組織なのかな?
それにしても……あの時は一体何が起きたんだろうか? 《アカシャの塔》の人が僕の顔を見て急に仲間を裏切った。裏切りってのは大体の物語において重要なイベントだ。迂闊に邪魔をするわけにはいかない。だから僕はあの時、何もしなかった。もしアレクシアの命を奪おうとしたらさすがに止めたけど、そんなそぶりも見せなかったし。
問題は裏切ったあの人が――真っ赤な髪だからスカーレッドさんって呼ぶ事にしよう――スカーレッドさんが誰かって事だ。知り合いにあんな赤い髪の女の子はいない。もしかしたら昔、盗賊狩りをしている時に助けた子かもしれないけど……顔は隠していたし、あの頃の僕はスタイリッシュ盗賊スレイヤーと名乗ってたはずだ。
「もしかして姉さんの方の知り合い? いや顔を知っている謎が残るな……」
「何ブツブツ喋ってんだよ。そんな事よりシド! お前にいい話があるんだ」
「……仕事の話? 悪いけど2人で行ってよ。アレクシアに怒られるからさ」
僕と違って2人は生粋のレベル1ハンター、懐事情が厳しいのは想像がつく。だからなのか、背伸びした依頼を受けて、僕を巻き込もうとする。そんな事がこれまで何度もあった。でも今回はいつもと雰囲気が違う。
「違いますよシド君。《
「大通りにバカでかい白い建物あるだろ? あれが《足跡》のクランハウスなんだぜ」
「今度《足跡》のパーティが合同でメンバー募集をやるみたいなんですよ。僕達3人で一緒に行きませんか?」
これは……ヘタな依頼より厄介な頼みじゃないか。《足跡》には姉さんがいるんだぞ。
「メンバー募集って事はソロハンター向けでしょ? 今の僕はパーティ組んでるからなー」
「おいおい、アレクシアとのパーティまだ続ける気なのかよ。さっきはうんざりしてたのに」
「貴族とお近づきになりたい気持ちはわかりますけどね。ハンターで成功する最短ルートです」
「そんなんじゃないよ。ワガママに付き合ってるだけ」
返事をしながら考えてみる。あれからいろんなクランについて調べたけど、主人公ポジションのハンターはやっぱりアークで、その彼が所属しているのが《足跡》だ。この目で他の所属ハンターも見ておきたい。でも姉さんとは会いたくない。
「……《足跡》のメンバー募集って事はだいぶレベル高そうだね。僕達が行っても場違いになるんじゃないの?」
「ふっふっふ……甘いですねシド君。僕達が狙うのは《足跡》加入ではありません。参加する中堅ハンターと知り合いになるのが目的です」
「そうそう、運が良ければお姉さまに手取り足取り教えてもらって……大人の階段をそのまま駆けあがっちまうかもな!」
「パーティ斡旋なら、そこの受付でやってるよ」
そうツッコミを入れた次の瞬間、僕の視界が暗くなった。何かが明かりを遮ったようだ。
「あ? あ、あ、あなたは!?」
「ぼ、僕達、まだ何もやってません!」
モブ友2人は誰かを見上げながら怯えている。僕の背後にいる誰かを。
「シド・カゲノーってのはオマエだな?」
話しかけられた僕はゆっくりと振り向き、いかつい顔の大男と目を合わせた。浅黒い肌のスキンヘッドが良く目立つ大男だ。探協の制服こそ着ているけど、筋骨隆々の体はまるでハンターのようだ。それもそうだろう、僕の予想通りなら彼は……
「ガーク……支部長?」
「ほお、顔を合わせるのは初めてだが、ちゃんと俺の顔と名前を知ってたみたいだな」
そう言って大男はニヤリと笑った。彼は《探索者協会》帝都ゼブルディア支部長、元レベル7ハンターのガークさん。モブとして決して関わるべきではない重要人物の1人だ。それが僕を名指しして睨んでいる。
「改めてシド・カゲノー、お前だな?」
「……はい」
「お前とパーティ組んでる嬢ちゃんについて、いろいろ話を聞かせてくれないか」
「……はい」
断れるわけもないので、奥で支部長と話をすることになった。陰の実力者として普段はモブっぽく立ち回りたいのに……どうしてこう目立ってしまうんだろう。
ちなみにヒョロとジャガは、僕が離れていっても置き物みたいに黙りこくっていた。