千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「僕、話があってここに来たんだけど」
「無駄口は後、いいから構えなさい」
「はーい」
小さく息を吐いて僕は剣を構えた。対峙しているのはアレクシア、彼女も剣を構えている。ここは帝都ミドガル邸の裏手にある訓練場、お互い構えているのは訓練用の剣だ。
どうしてこうなったかというと……まず僕は、彼女に会うために(地図を頼りに)ミドガル家の屋敷を訪れたんだ。そうしたら訓練場に案内されて……
『ちょうどいい所に来てくれたわねポ……シド、ちょっと付き合いなさい』
ちょうど彼女は剣を握っていたみたいで、なぜか彼女の鍛錬に付き合う事になってしまったんだ。思ったより元気そうだね。
「なにボーっとしてるのよ!」
彼女が一息に踏み込み、考え込んでいた僕に剣を振り下ろす。それをギリギリで躱して、突きで反撃。彼女は下ろした剣を再び振り上げて、僕の突きを弾いた。そのまま僕達は、何度も剣を打ち合わせる。
……今の彼女の剣は荒れている。一緒に宝物殿を攻略した時に見た、基本を突き詰めた剣とは大違いだ。地道な鍛錬を重ねただろう技が、見る影もない。
「なんだか機嫌悪そうだね。僕に八つ当たり?」
「うる、さい!」
気迫のこもった一撃が僕の手から剣を弾き飛ばした。そして剣を下ろした彼女は、剣呑な目で僕を睨みつける。どうやら彼女を余計に怒らせてしまったらしい。
「……アンタの剣、やっぱりキライよ。まるで自分を見ているみたい」
「僕は好きだけどな」
「その言葉にどんな意味があるのよ?」
基本に忠実な彼女の剣と、力と技を隠し基本だけが残った僕の剣、似ているのは当然かもしれない。そんな思いを呟いたら、ますます彼女は機嫌を悪くしている。
「質問の意味がよくわからないな。好きな物は好き、それだけだよ」
「……昔、お姉さまにも同じことを言われたわ。《武帝祭》の予選大会で惨敗した時にね。私がどれだけ惨めな気分になったかわかる?」
アレクシアの姉って武帝アイリスだよね。そんな実力者に慰められて……惨めな気分か。なるほど、剣を褒めるのは彼女の地雷のようだ。ひねくれ者の彼女らしいや。
「わからないね。わからないけど……僕は君の剣が好きだ」
「……もう一度聞くわ。その言葉にどんな意味があるの?」
「何も。あるとすれば……好きな物をけなされると腹が立つ。そんな感情かな」
「そう……まあいいわ」
そう言って彼女は僕に背を向けた。何も言わず佇む彼女に、僕も何も言わなかった。こっちもちょっとムキになってたかな……鍛錬を積み重ねてきた事に、敬意を示したかっただけなのに。
結局その日は彼女に追い返され、それ以上話せず帰る事になった。パーティを続けるかどうかは聞けずじまい。
「でももう終わりかな」
あの様子だと僕に愛想をつかしてそうだ。それならヒョロとジャガが言っていたメンバー募集、断る理由が無くなってしまった。
「確か明後日だっけ……姉さんに見つかりませんように」
***
「――やっぱり何度読み返してもグリフィ家の刺客とは断定出来ないわね」
シドが帝都ミドガル邸を訪れた翌日、アレクシアは自室で一枚の手紙を睨んでいた。【退廃都区】で入手した手紙だ。事件の日からずっと彼女は手紙の内容をどう受け止めるか悩み、行動することが出来なかった。
(普通に考えたらゼノンからの警告、アイツが《アカシャの塔》と繋がっているという証拠……でも万が一違ったら?)
この手紙を利用され、ミドガル家が《アカシャの塔》と繋がっている嫌疑をかけられたら? 様々な不安がアレクシアの胸中に渦巻く。
「そもそも白昼堂々の犯行だなんて大胆すぎるのよ。いったい帝都の治安はどうなって……あ」
その瞬間アレクシアの脳裏をよぎったのは姉アイリスの顔だった。帝都の治安維持を担う第3騎士団団長の顔だ。
「アイリス姉様にも限界はあるって事かしら。あのアイリス姉様でも」
アレクシアは事件の事をアイリスに伝えてはいなかった。伝えれば実家に帰らされるのは目に見えている。ゼノン侯爵の裏を調べきる前に帰るわけにはいかない……そう彼女は考えていた。
『私、貴方の剣が好きよ』
不意に姉の言葉を思い出し、アレクシアは顔をしかめた。あれから姉とまともに言葉を交わしたことは無い。
『僕は君の剣が好きだ』
不意に昨日の事を思い出し、アレクシアは戸惑った。いつもは生返事なシドが、あの時だけは真剣な顔で答えていた……気がする。
(そういえばあの時、姉様はどんな顔をしていたかしら……?)
控室でうつむいてた自分、そばにいてくれた姉様……その光景を思い出そうと、アレクシアは目を瞑る。ノックの音が聞こえたのはそんな瞬間だった。
「お嬢様、お客様がお見えです」
使用人の声がドアの向こうから聞こえてくる。
「今日も? 今度は誰?」
「《千変万化》……クライ・アンドリヒ様です」
応接室の扉を開いたアレクシアが見たのは、深々とソファに腰掛けるクライの姿だった。
「やあアレクシア、くつろがせてもらっているよ」
彼はいつかのカフェで話した時と変わらず、「普通」に見えた。
そしてもう1人、彼の隣にカフェの時とは違う女性が座っていることにアレクシアは気づいた。黒い長髪の目つき鋭い女性だ。
「お待たせして申し訳ありませんクライさん。そちらの方は?」
「彼女はクレア、僕の友人で今日の護衛です」
「……よろしく」
一言だけ呟き会釈をするクレア。そんな彼女の存在をアレクシアは疑問に思った。
「護衛……? クライさんの……ですか?」
ハンターが護衛依頼を受ける事はあっても、ハンターが護衛を付けるなんて聞いた事が無い。ましてやクライはレベル8、相当な実力者のはずだ。
(そうよ、カフェの時も変だとは思ったわ。そんなこと気にする余裕が無かっただけで)
どういうことなのか? もしかしたら、彼についても調べるべきだったのでは? アレクシアはそう考えてしまう。
しかしアレクシアは不安を隠し、毅然とした態度で対応しようと口を真一文字に結ぶ。
「……挨拶は抜きにしましょう。本日はどのようなご用件でしょうか」
「実は、先日の一件を謝罪しに来たんです。本当に……申し訳ありませんでしたぁ!」
そう言って深々と頭を下げる……どころか土下座するクライの姿に、アレクシアの態度は一瞬で崩れさった。
「な、なんなんですか急に!? 顔を上げてください」
「勉強不足ですみません! そりゃあね? エヴァには帝国貴族の事をちゃんと覚えてってよく言われますよ。でも当主の名前を覚えるのも大変なんです!」
「あの、ですから……」
「そこまでにしなさいよクライ。彼女、驚いてるじゃない」
呆れたようなトゲのある声、クレアは特に驚きもせず冷ややかにクライを見下していた。彼女の言葉を聞いてクライはゆっくりと顔を上げる。アレクシアを見上げるその目は、まるで捨てられた子犬のようだった。
クライの突飛な行動にアレクシアはたじろいでしまい、思わずクレアに助けを求める。
「なんなんですかこの人!? ハンターというのはもっとこう……堂々としてて、自信に満ち溢れていてる物ではないのですか!?」
「何それ? あぁ……もしかしてアークを基準にしてるんですか? ハンターで彼みたいな優男は一握りですよ。ここまで腰が低いのはコイツくらいですけど」
クレアがそう言ってる間にも、クライは額を床にこすりつけていた。堂の入った土下座である。
観念したアレクシアの口から、大きなため息がこぼれた。
「……先日の件は私にも非があります。だから顔を上げてください。もう怒っていませんから」
「ホント? それはよかった」
アレクシアからの許しが出た途端、クライはすぐさま土下座をやめ再びソファに深々と腰を下ろした。さっきまでの悲痛な態度はどこへやら、背もたれに腕を乗せてふんぞり返っている。
「いやー、皆さん僕を買いかぶっているんですよ。確かに僕はレベル8で《千変万化》なんてたいそうな二つ名を持ってますけどね? 僕にできる事なんてごくわずかなんです。だから頼られても困るんですよ」
(なんなの、この人……?)
堂々と情けない発言をするクライにアレクシアは引いた。時に不敵に、時に怯え、時にふてぶてしい態度を見せる彼に、アレクシアはただただ翻弄されるばかりだ。
「そういえばクライ、何か渡す物があるって言ってなかった?」
「うんうん、そうだね。アレクシアさん、お詫びと言っては何ですが……これを」
クレアに促されクライが取り出したのは大きな封筒。突き出されたそれをアレクシアは恐る恐る受け取り、中の書類に目を通す。
「これは帳簿……少し違うわね。ってグリフィ家……!?」
「はい。クランの方で調べておきました。お詫びの印と言う事で……どうかお受け取り下さい」
「どうして? あの時、私は結局アナタに依頼なんて」
「ええ、だからそれはお詫びの品です。私達は依頼を受けていません。私達が勝手にやったことで報酬は不要です」
「そう……ですか……ありがとうございます」
にこやかに話すクライに見つめられながら、アレクシアは手元の資料に再び視線を落とす。そこにはグリフィ家に関する様々な取引の情報が書かれていた。
(この資料だけだと怪しいってだけだけど、調べる価値はあるわね。いいタイミング……ね?)
ふいにアレクシアは疑念を抱く。調査を続けるか迷っていた所に今回の訪問、神算鬼謀と噂されるハンターの訪問だ。そして情報提供……タイミングが良すぎる。そう思った途端にクライのにこやかな笑みが不気味な物に見えてくる。
するとクライはわざとらしく手を叩いた。
「あ、そうだ。それともう1つお土産があるんですよ」
「もう1つ、それは……?」
息を呑むアレクシアの前で、クライはテーブルの上で紙箱を開き……中のケーキをアレクシアに見せた。
「この前の喫茶店のケーキです。あの時アレクシアさん一口も食べなかったから、今日こそ食べていただこうと買ってきました」
「そ、そう……後でいただくわ」
「最近はコーヒーが流行ってますけど、このケーキは紅茶と一緒に食べるのが一番です。コーヒーと合うのは、もっと甘い――」
何かと思えばケーキ、しかも饒舌な説明が始まった。途端にクライのにこやかな笑みが能天気な物に見えてくる。
(なんだか彼について考えるのバカバカしくなってきたわね。タイミングがいいのも偶然よ偶然、私の考えすぎよ)
***
ミドガル邸を後にしたクライ達。その道すがらクレアが質問する。
「ところでクライ、あの封筒の中身って一体何なの? 彼女随分と驚いていたみたいだけど」
「ふっ……君は知らない方がいいだろう……」
「そういう冗談はいいから教えなさいよ」
ハードボイルドな返答をクレアが斬り捨てると、クライは苦笑いを見せた。
「……わかんない」
「は?」
「エヴァから報告を受けて確認したけど、正直よくわからなかったんだよね」
「何それ? 無責任ね」
「大丈夫だよ。エヴァは僕より優秀だし、一緒に見たシトリーも納得してたからね」
相変わらず人任せなクライに、クレアは何かを言おうとしたが……諦めた。
「……まあいいわ、私には関係ないし。それより護衛の報酬、約束通り何か奢りなさい」
「うんうん、今日はミツゴシでタルトでも食べようかと思ってたんだけど、どうかな?」
「ミツゴシのスイーツ、私も好きだけど……今日はパス。混んでない場所がいいわ」
「それなら――」
クライは得意気に歩く。常日頃は自信の無い彼だが、おいしいスイーツ店の知識だけは自信があった。