千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「え? レベル5?」
クライ・アンドリヒが依頼の危険度を詳しく知るのは、ティノ達が出発して数時間後……日が傾き始めた時だった。
「ほら、このロドルフ・ダヴーってレベル5ハンターですよ。探協でもよく見かける……」
「マスターなら知らないわけないですよね? ティノがよく言ってますよ、帝都のハンターと付近の宝物殿を全て把握してるって」
クランハウス2階のラウンジ、ティノに使った『
曰く――【白狼の巣】すぐそばの街道で隊商がはぐれ
――おもむろにクライは立ち上がった。
「悪いけど、野暮用を思い出したから行かなきゃ。チャージありがとう」
「え、ええ……役に立ったなら何よりです」
クライは『狗の鎖』をベルトの定位置につけると、足早に5階クランマスター室を目指した。
「いや大丈夫……大丈夫? ホントに大丈夫? 不安だどうしよう誰か行かせる? 今から間に合う? 無理だ」
口早に不安を吐露しながらマスター室に入り、そのまま本棚に取り付けられた仕掛けを起動する。音ひとつ無く本棚が動き、隠し階段が姿を現した。
その奥にはクライの私室がある。クランマスター室より広いそこには、本棚、家具、ベッド、シャワールーム、金庫、そして所狭しと様々な種類の宝具が並べられていた。《
「ティノはともかく、クレアはパーティ組んでるしちゃんとしたハンター誘うはず……でももう依頼なんていいからとっとと帰ってこないかな? 依頼なんかより命が大事だよ」
不安に駆られたクライは室内の宝具を見て回り、今の状況で使えそうな物をかき集めた。指輪、剣、ボウガン、外套……そして、金庫の前で足を止める。
『
クライは生唾を飲み込み、意を決して金庫を開く。必要だと判断したからだ。そのまま『08』と書かれたカプセルに手を伸ばした。
***
「騎士団に向かって『
「はい、間違いありません。この耳で聞きました」
すっかり日も落ちた夜。帝都第3騎士団の団長室では、赤髪の女騎士アイリス・ミドガルが報告を受けていた。就任したばかりの彼女は、まだクライと対面した事が無く、知っているのはいくつかの実績と噂だけだった。
「それで彼が受けたという依頼の詳細は? 場所はどこです?」
「そこまでは……《探索者協会》でガーク支部長に尋ねたところ、『アイツは一番ヤバい依頼を持っていった』との事です」
部下から具体性の無い情報を聞き、アイリスは思案。次の方針を明示する。
「……わかりました。私がガーク殿に問いましょう。明日一番に《探索者協会》に向かいます。それまでは彼に手を出さないように」
「しかし『真実の涙』はそう簡単に許可が降りません、彼もそれはわかっているはず……アイリス団長、やはり彼が犯人なのではないでしょうか? 依頼の詳細を漏らさなかったのも時間稼ぎが理由なのでは?」
推察を口にした部下にアイリスは厳しい視線を向ける。
「まだ事件と決まったわけではありません。なぜ逮捕を急ぐのです?」
「それは……」
「短慮は慎みなさい。彼はあくまで重要参考人です」
「ハッ! 失礼しました」
部下の敬礼をうけ、アイリスは報告の続きを促す。
「それで、もう1人の方はどうです? アレクシアとパーティを組んでいたという少年は」
「シド・カゲノーですね。取り調べても『知らない』『わからない』と喚くばかりでした。拘留しているので明日も取り調べる予定です」
「そうですか……あまり手荒な真似はしないように」
「了解しました」
報告を終えた部下が退室すると、アイリスは毅然とした態度を崩した。背もたれに体重を預け、今回の事件について思案する。
「冗談とは言えなぜ千変万化は『真実の涙』と……騎士団が信頼できないと言っているようなものではないですか」
『真実の涙』の使用には厳重な手続きが必要だ。ただ疑わしいと言うだけで使えるものではない。帝都で最も重い罪である帝都十罪レベルの事件で、ようやくなのだ。
「神算鬼謀と噂されるほどのハンターなら何か意図があるはず……いったい何なの?」
思案を続けるアイリス。だが次第に不安が顔に現れる。妹を心配する気持ちが口に出てしまう。
「アレクシア……最後にちゃんと話せたのはいつでしたか……」
あの日、アレクシアの剣を好きだと言ったあの日から、アイリスを見るアレクシアの視線には、嫌悪が滲んでいた。彼女が帝都に来たと知ったのも、《探協》のガーク支部長から教えられてだった。トレジャーハンターのライセンスを取ったと聞く。
(使用人に任せず、ちゃんと帰っていれば……いや、だとしてもアレクシアは私と話そうとしないでしょうね)
アイリスが自嘲気味に笑みを浮かべた時、彼女は部屋の外が騒がしくなるのを聞いた。その音に反射的に立ち上がると、間もなく息を切らした部下が部屋に飛び込んでくる。
「団長! 大変です!」
「何事です?」
「《千変万化》が……《千変万化》がどこかへ飛びました!」
アイリスは部下の報告を訝しんだ。
「飛んだ? それはどういうことです。報告は明確にしなさい」
「し、失礼しました! 足跡のクランハウスを見張っていた所、屋上から飛び立つ影が見えたのです。おそらく何かしらの宝具、宝具コレクターの《千変万化》の仕業ではないかと」
「……にわかには信じがたいですね」
アイリスの目には部下が嘘を言っているようには見えなかった。だとしても突飛な報告だ。困惑を落ち着けようと、ゆっくりと腰を下ろし静かに考え込む。不明瞭な報告から唯一推測できそうな飛行手段について。
――そして彼女は、遠く故郷まで噂が届いたある事件を思い出した。
「飛ぶ、飛行、そのような事が出来る宝具は貴重なはず……まさか『
***
『夜天の暗翼』身に着けた物を飛行させる外套型の宝具だ。室内で使用したハンターが天井に激突死した「人間ロケット事件」がこの宝具の特性を物語っているだろう。この宝具は高速飛行しかできない。曰くつきの宝具ゆえ飛行能力があるにも関わらず、比較的安価でクライは入手することができた。
「んんんんんんんっ!!??!?」
クライは今、森の上を高速で飛んでいた。空気抵抗で顔が歪む。行き先は帝都北の宝物殿【白狼の巣】だ。高度を下げ森の木々にぶつかる。しかし止まらない。岩肌の洞窟、【白狼の巣】の入り口に跳びこむ。しかし止まらない。『夜天の暗翼』にブレーキは無い。
クライは洞窟の岩壁に何度も激突しながら奥へ奥へと進んでいく……