千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
帝都北街道が封鎖されたのは、ロドルフが救助されてからすぐの事だった。《探索者協会》には【白狼の巣】の調査依頼が高額で掲示され、多くの高レベルパーティが【白狼の巣】へと向かっている。しかしそんな時でも、《
クランハウス地下の訓練場にいるのはリィズ・スマート。冷たい目で足元の黒いボロ雑巾……いやボロ雑巾と見間違えるほどボロボロなティノに話しかけている。広い訓練場に立った2人、他に人の姿は見えない。
「早く立ってよ。どうして立たないの? まだ手も足も繋がっているよね? もしかしてもう限界? そんなわけないよね。ほら立って。立たないと殺すよ? ホントに殺すよ?」
リィズの度を越えた「教育」で半死半生のティノ。いつも通りの光景ではあるが、久しぶりだからなのかリィズはいつも以上に厳しい。
「…………はぁ、もういい、いっそ死――」
「はいそこまで! そこまでにしようか」
出入り口から現れ、手を打ち鳴らしながら2人に駆け寄るクライ・アンドリヒ。彼の顔は笑っているが、声は僅かに震えていた。クライの声にティノの体がピクリと震える。だがクライが彼女のそばに近づく前に、リィズが立ちふさがった。
「クライちゃん、止めないでよ。今ティーに教育してるんだから」
リィズの目はいたって真剣だ。「強さ」に関して彼女はとても真剣だ。今ティノにやっている教育も、彼女なりに真面目にやった結果なのだ。
「私ね。ティーには才能があると思ってたんだ。でもすぐクレアちゃんに抜かれて、帝都来たばかりのシドちゃんの方がもっと強くて……おかしいよね? 私が稽古つけてるのに、ティーは全然強くならない」
「うんうん、そうだね……ん、シド?」
リィズの放つ殺気がその場の空気を、入口にいるハンター達の心を凍てつかせた。リィズのせいで訓練できずに困っているが、彼らに口を挟む事は出来ない。しかし、クライも相槌を挟む事しかできずにいる。
「もっともっと厳しく鍛えないと、ティーがまたクライちゃんに迷惑かけちゃう。それはイヤなの。私も舐められるかもしれないし」
リィズが言っているのは【白狼の巣】の件だ。彼女は不甲斐ない弟子に怒り、弟子は地面に伏せながら師匠の殺気に怯え震えている。
「ティノには強くなる義務があるの。遊んでる暇も休んでる暇も無いの。クライちゃんなら、わかってくれるよね?」
リィズは上目づかいでクライに尋ねた。穏やかな声の裏に殺気を隠すことなく。それと相対するクライは笑顔を崩さない。そして、リィズの問いに答えた。
「う~ん……ティノに才能が無いんじゃない? クレアに比べてさ」
その一言でリィズから殺気が消えた。クライの発言にドン引きしている。震えていたティノもピタリと動きを止めた。
「うわっ……クライちゃん辛辣~……」
「才能の差に絶望する気持ちはよくわかるよ。鍛えたくなる気持ちもわかる。でもティノはもう限界みたいだから今日はもうやめようね?」
「えー? ティーはまだやれると思うけど……クライちゃんがそう言うならやめる!」
一瞬不満げな表情になったが、リィズは満面の笑みでクライの腕に抱き着いた。先ほどまでの殺気が嘘のようだ。そしてクライが安堵のため息をこぼすと、リィズは彼に笑顔で尋ねる。
「ねえねえクライちゃん、ティノを《
「一緒に冒険はしたいけど……でもそうだね、リィズはティノよりクレア、それとシドの方が強いと思ってるんだ?」
「そうだよ。あのきょうだいのほうがティーより才能あるのかな?」
「それじゃあ……2人より強くなって、リィズと同じくらい強くなったら?」
クライがそう言った瞬間、ティノの体が動いた。とっくに限界を迎えているはずの体を、震える腕で懸命に起こしている。そんな彼女の姿を見てクライは顔をひきつらせた。
「え? なんで《嘆きの亡霊》の仮面かぶってるの?」
「ます……たぁ……! 私は、まだ、やれます」
「ティー、やっさしいクライちゃんが止めたのに、なんで立ち上がるのかな? 私とクライちゃんの邪魔する気?」
問い詰めるような、しかしどこか嬉しそうなリィズの声。彼女は攻撃的な笑みでティノを睨んでいる。しかしティノはクライの方を向いていた。仮面の隙間から涙が零れ落ちる。
「私は……私は! あの平凡な、レベル1ハンターより弱く見えるんですか!? ますたぁ!」
「いや、それ言ったの僕じゃなくてリィズだよ」
「あは、さっすがクライちゃん! 私が何を言っても立ち上がらなかったティーを立たせちゃった! 私が教えたかったのはこれなの! 私じゃどうしてもダメだったのに、こんなに簡単に教えちゃうなんて!」
困惑するクライを余所に、リィズは歓喜の声を上げ興奮している。彼女の目に再び闘志が漲っていく。
「それじゃあクライちゃん、悪いけど席外してくれない? ティノのもっとボロボロになった姿、流石に見せられないしぃ?」
「……うんうん、そうだね」
クライはおとなしく引き下がり、説得を諦めた。クランメンバーには、今日の訓練所は貸し切りだと説明する他ないだろう。
***
薄暗い洞窟の最奥、様々な実験器具が並ぶここは《アカシャの塔》ノト・コクレアが用意した実験室だ。中央には円錐型の大きなガラス管が鎮座し、その前には白髪の老陣が、大魔導師ノト・コクレアが弟子達を集めていた。
「ずいぶん騒がしいようじゃな」
そう言ってノトが睨むのは監視魔法の光。対象となる場所の音を伝える簡素な、それゆえに長期間効果を発揮できる魔法だ。それが先ほどから大人数の足音を拾い続けている。
「だから私は反対したのです。白狼の巣にハンターを入れるなど」
弟子の1人が前に出て発言した。【白狼の巣】? そう、【白狼の巣】の異変は《アカシャの塔》の仕業だったのだ! 監視魔法が拾っているのは【白狼の巣】の入り口の音だ。調査依頼を見た高レベルハンター達が、ひっきりなしに出入りしているようだ。
「……ワシも反対した、が、出資者の意向には逆らえん」
そう告げるノトの脳裏には、いけ好かない金髪の貴族の姿がよぎっていた。ソフィアを、一番弟子を疑ってきた男の姿が。
(野心と欲望にまみれた《教団》の犬め。おとなしく我らに利用されておればよい物を)
「こんな時にソフィアはどこに消えた? アイツは何をしているんだ」
弟子のもう1人は不在のソフィアに憤っている。アレクシア・ミドガルの血を狙い行動を起こし……それ以降の消息は掴めない。元から私用で帝都を離れる事が多かったが、今回はタイミングがあまりにも悪すぎる。
「落ち着け、先ほどソフィアと連絡がついた。もうすぐ帝都に帰ってくると奴は言っている」
ノトのその言葉に弟子たちは一様に喜び安堵した。しかしそんな弟子達にノトは失意を抱く。彼らには器が足りない。真理を探求する人間には相応の器が必要だ――と考えるノトにとって、それは由々しき問題だった。だからこそノトは、相応しい探求心を持つソフィアを一番弟子に選んだ。
ノトは静かに振り返り、自らが設計した装置を見上げた。円錐ガラス管の中で別のガラス管が二重螺旋を構成している。マナ・マテリアル攪拌装置。地脈のマナ・マテリアルを操作するその技術は、帝都でもっとも重い罪の区分……『十罪』に抵触する物だった。