千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
ティノをリィズが教育したその翌日。《
そして帝都の治安を守る第3騎士団から、団長のアイリス・ミドガルと彼女が信頼する部下達が続く。《探索者協会》と騎士団の合同で、クライ・アンドリヒから話を聞くためだ。
ガークが受付に用事を伝えている間、若い騎士マルコはロビーを興味深く見回していた。吹き抜けの高い天井、その周囲には2階ラウンジが見える。
「……このクランハウス、うちの本部より立派じゃないか」
「そうかもしれませんね」
「アイリス団長……!? 今のはその……」
「構いません。それよりよく見ておきなさい。ここまで立派なクランハウスを提案したのは、私達がこれから会うクライ・アンドリヒ本人だそうですから」
「その話は先輩から何度も聞かされました。普通のハンターじゃこんな……あれ?」
マルコの視線は中央奥の階段に注がれていた。ぼんやりした顔の男と、ピンクブロンド髪の女性が並んで降りてきている。男の方に見覚えは無かったが、隣の女性は何度か見た事がある。帝都最速の称号《絶影》の二つ名を持つ
「リィズ・スマート……!?」
「何だと?」
驚いたマルコの声でガークは顔を上げた。ガークの視線の先では、階段の中ほどでクライが気まずそうに頬をかいていている。隣のリィズは珍しく私服姿で、クライの腕に抱き着いていた。
「や、やあガークさん……」
「なぁにガークちゃん? またクライちゃんに用事? クライちゃんはザコの尻拭いなんてやってる暇ないんだよ。帰れ」
高圧的なリィズの言葉に、ガークは一瞬だけ顔を引きつらせた。彼はどうにか怒りを抑え、その場にいるはずの無いリィズを問いただす。
「リィズ……もう【
「うるせぇ! デートの邪魔なんだよ!」
その瞬間、ガークは宙に浮いた。リィズに蹴り飛ばされたのだ。着地したガークは交差した腕を振り、鋭くリィズを睨みつける。両肩に闘志を漲らせて。
「っ……リィズ、温厚な俺でもいい加減にしねえと怒るぞ」
「あ? クライちゃんは忙しいの。テメエの問題はテメエで解決しろや、クライちゃんばっかり頼ってんじゃねえ」
戦闘態勢のガークを見て、リィズもすかさず睨み返す。一触即発の剣呑な雰囲気が周囲を支配し、《足跡》のハンター達が、《探協》の職員達が狼狽える中、アイリスはガークを止めようと声をかける。
「ガークさん、こんなことをしている場合では――」
「止めても無駄だと思うよ」
アイリスの言葉を遮り、彼女のそばに歩いて来る男……クライ・アンドリヒ。彼はうんざりした顔でアイリスとすれ違い周囲を見回す。カイナたち探協の職員とアイリスたち騎士団、ガークと共に来た面々に対して、彼は一つの提案を口にする。
「……話は上でお茶でも飲みながら、どう?」
***
2階ラウンジの床が揺れ、窓が震える。クライ達が1階に残した短気な2人が、とうとう戦いを始めたようだ。落ち着かないアイリスは、カイナに小声で尋ねる。
「カイナさん、ガーク殿を置いてきて本当によかったのでしょうか?」
「気にしないでください。支部長は後できつく絞っておきますから」
「そう、ですか……?」
カイナは慣れているようだが、アイリスがガークのあんな一面を見るのは初めての事だった。彼女は第3騎士団長になってまだ日が浅い。
(……ガーク殿もやはり元ハンター、未だ血気盛んという事でしょうか)
アイリスがひとり納得していると、彼女はクライの視線が自分に向いている事に気づいた。
「カイナさん、その人は? 見た感じ騎士団の人っぽいけど」
「彼女はアイリスさん、第3騎士団の団長です」
「申し遅れました。アイリス・ミドガルと申します。あなたが噂の《千変万化》……クライ・アンドリヒ殿ですね?」
「そうだね、僕がクライ・アンドリヒだ。…………アイリス? どこかで聞いたような……」
そう言ってクライは、ミルクも砂糖も入っていないコーヒーに口をつける。アイリスはそんな彼の様子をじっと見つめていた。その様子が気になったカイナはアイリスに尋ねる。
「アイリスさん、どうかしましたか?」
「あっ!? いえその……実は私、コーヒーが苦手なんです。苦いのはちょっと……」
「そう言えばクライくん、今日は砂糖もミルクも入れないんですね」
「ん? そうだね。僕は甘いのが苦手でね……」
コーヒーをきっかけに世間話がしばらく続いた。気さくに振る舞うクライを見たアイリスは、彼がどのようなハンターなのか推察できずにいた。
(クライ・アンドリヒ……恐ろしい噂の数々に比べ、実際の彼はいたって普通。しかし先程、あんなに怒っていたガークさんを平然と横切ったのも事実……底が見えませんね)
そうして和気藹々と場が温まったところで、アイリスは本題を切り出した。
「あらためてクライ殿、私が今日ここに来たのは貴方からお話を聞くためです」
「えーっと……アレクシアの失踪だっけ? 僕は無関係だよ」
「ではお尋ねしますが……なぜアレクシアを訪ねたのですか?」
「それは……う~ん……」
角砂糖を片手に唸り、返答を詰まらせるクライ。アイリスは厳しく追及する。
「答えられないのですか?」
「いやそうじゃなくて……これ言っていいのかな」
「……クライくん、最初から話したらどうかしら? アレクシアちゃんと最初に出会ったのは?」
「ああ、それなら――」
カイナの出した助け舟に乗ったクライは、まずアレクシアがこのクランハウスを訪ねていた事を話した。そこでアーク・ロダンに紹介されたと。
「――その時アークは【
「アレクシアはアーク殿を訪ねていた……そのような報告は聞いてませんね」
アイリスはアーク・ロダンと面識があった。故郷のパーティで初めて出会い、団長就任の折に再会し、模擬戦をしたのも記憶に新しい。しかし今聞いた話は全くの初耳だった。
(私がアレクシアに聞いても教えてくれなかったと思うけど、私の部下は何を調べていたの?)
「それで、アレクシアとはどんな話を?」
気を取り直したアイリスは、クライに続きを促した。だが、クライはコーヒーをかき混ぜながら頭を悩ませている。
「アレクシアは婚約者の……名前なんだっけ……」
「ゼノン侯爵ですか?」
「そうそう、そのゼノン侯爵について調べて欲しい――って彼女は言ったんだ」
婚約者候補を調べて欲しい。極々ありふれた話だ。しかしアレクシアは行方をくらませている。
(本当かどうか見極めるためにも、もう少し話を聞く必要がありますね)
「それで、調査結果を知らせるためアレクシアを訪ねた。そう言う事ですね」
「…………うん、そうだよ。でも特に怪しい所は無かったな。うん」
「待ってクライくん。その依頼、探索者協会を通しての依頼ですか? そうじゃないならこっちも話を聞きたいのだけれど」
「いやそれは……その……」
誤魔化そうとしたクライだったが、カイナのツッコミでしどろもどろになってしまう。
「クライくん?」
「……依頼は受けてないんだ。受けてないけど調べて報告したんだよ」
「それは……一体どういうことですか?」
アイリスの問いにクライは……観念したかのようにため息をついた。
「実はアレクシアを怒らせちゃってね……私の姉を知らないのか! って。そのお詫びとしてタダ働きをしたんだ」
「私の事をアレクシアが?」
「ん? いやアレクシアは自分の姉の事を……あれ?」
クライはハッとした様子で身を乗り出し、アイリスをじっと見つめ始めた。アイリスは戸惑う。
「どうしましたクライ殿? 私の顔をそんなじっと見て……」
「アイリス・ミドガル……もしかしてアレクシアのお姉さん?」
「は……はい? いま気づいたのですか?」
目を丸くするアイリスに対し、クライはスッキリした表情で、わざとらしく手を打ち鳴らした。
「そうだアレクシアはアレクシア・ミドガルだ! だからアイリスって名前に聞き覚えが……あ」
「クライくん……」
「あはは……」
苦笑いするクライ、それに呆れるカイナ、その一方でアイリスは笑みを浮かべていた。
(クライ殿の態度は不可解ですが……それより、アレクシアは少しは私の事を気にかけてくれてるみたいですね)
「話は分かりました。全面的に信じる事は出来ませんが……あなたが嘘を言っているようには見えません。なのでゼノン侯爵にも話を聞き、その後あらためて判断させてください」
「ふ~ん……早くアレクシアが見つかるといいね」
「ええ、本当に……」
アイリスが話を終えると、今度はカイナが話を切り出した。【白狼の巣】の異変について、クライにさらなる情報を求めたのだが……
「そう言われてもな……僕は別件が気になってたし」
「別件?」
聞き返されたクライは思わず手で口元を押さえた。しまった――と言わんばかりに。
「聞かせてくれませんか?」
「……悪いけどまだ教える事は出来ない。どこで誰が話を聞いているかわからないからね」
その言葉は、探索者協会も騎士団も信用できない――そう言外に伝えていた。カイナは表情を曇らせ、アイリスは息を呑む。
(『
一瞬だが気まずい沈黙が流れ……クライは立ち上がった。
「僕は動けないけど、クランとして協力は惜しまないつもりだよ。そうだな……白狼の巣の件はアークに頼んでみるよ」
「……ご協力、感謝します」
「私たち第3騎士団も、クライ殿の邪魔をするわけにはいかないようですね」
俯くように頭を下げるカイナと、真剣な眼差しを向けるアイリス。2人に背を向けているクライは……やはり気まずそうに笑っていた。
***
「……これは」
「指示書にはなんて?」
「監視は終わり。《絶影》が戻ってきた」
「えぇ!? 私達まだ何も情報つかんでないよ?」
「いや……情報を得られない事より、バレる方が問題だ。ベータ様もそう仰っていた」
「支度、終わった」
《始まりの足跡》クランハウス向かいの宿から、慌ただしく3人組の女性が走り去っていく。