千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

30 / 82
アイリスと《千変万化》の邂逅

 ティノをリィズが教育したその翌日。《始まりの足跡(ファーストステップ)》のクランハウス1階に朝早くから多くの客人が訪れていた。その先頭を行くのは禿頭の大男、《探索者協会》支部長のガークだ。その後ろには、副支部長のカイナと数人の職員が続いている。入口付近にいたハンターが慌てて道を開け、ガークは真っ直ぐ受付カウンターの前へと向かった。

 そして帝都の治安を守る第3騎士団から、団長のアイリス・ミドガルと彼女が信頼する部下達が続く。《探索者協会》と騎士団の合同で、クライ・アンドリヒから話を聞くためだ。

 

 ガークが受付に用事を伝えている間、若い騎士マルコはロビーを興味深く見回していた。吹き抜けの高い天井、その周囲には2階ラウンジが見える。

 

「……このクランハウス、うちの本部より立派じゃないか」

「そうかもしれませんね」

「アイリス団長……!? 今のはその……」

「構いません。それよりよく見ておきなさい。ここまで立派なクランハウスを提案したのは、私達がこれから会うクライ・アンドリヒ本人だそうですから」

「その話は先輩から何度も聞かされました。普通のハンターじゃこんな……あれ?」

 

 マルコの視線は中央奥の階段に注がれていた。ぼんやりした顔の男と、ピンクブロンド髪の女性が並んで降りてきている。男の方に見覚えは無かったが、隣の女性は何度か見た事がある。帝都最速の称号《絶影》の二つ名を持つ盗賊(シーフ)――

 

「リィズ・スマート……!?」

「何だと?」

 

 驚いたマルコの声でガークは顔を上げた。ガークの視線の先では、階段の中ほどでクライが気まずそうに頬をかいていている。隣のリィズは珍しく私服姿で、クライの腕に抱き着いていた。

 

「や、やあガークさん……」

「なぁにガークちゃん? またクライちゃんに用事? クライちゃんはザコの尻拭いなんてやってる暇ないんだよ。帰れ」

 

 高圧的なリィズの言葉に、ガークは一瞬だけ顔を引きつらせた。彼はどうにか怒りを抑え、その場にいるはずの無いリィズを問いただす。

 

「リィズ……もう【万魔の城(ナイトメアパレス)】から戻ってきたのか? 他のヤツらはどうした? レベル7以上の宝物殿を攻略した時は……」

「うるせぇ! デートの邪魔なんだよ!」

 

 その瞬間、ガークは宙に浮いた。リィズに蹴り飛ばされたのだ。着地したガークは交差した腕を振り、鋭くリィズを睨みつける。両肩に闘志を漲らせて。

 

「っ……リィズ、温厚な俺でもいい加減にしねえと怒るぞ」

「あ? クライちゃんは忙しいの。テメエの問題はテメエで解決しろや、クライちゃんばっかり頼ってんじゃねえ」

 

 戦闘態勢のガークを見て、リィズもすかさず睨み返す。一触即発の剣呑な雰囲気が周囲を支配し、《足跡》のハンター達が、《探協》の職員達が狼狽える中、アイリスはガークを止めようと声をかける。

 

「ガークさん、こんなことをしている場合では――」

「止めても無駄だと思うよ」

 

 アイリスの言葉を遮り、彼女のそばに歩いて来る男……クライ・アンドリヒ。彼はうんざりした顔でアイリスとすれ違い周囲を見回す。カイナたち探協の職員とアイリスたち騎士団、ガークと共に来た面々に対して、彼は一つの提案を口にする。

 

「……話は上でお茶でも飲みながら、どう?」

 

***

 

 2階ラウンジの床が揺れ、窓が震える。クライ達が1階に残した短気な2人が、とうとう戦いを始めたようだ。落ち着かないアイリスは、カイナに小声で尋ねる。

 

「カイナさん、ガーク殿を置いてきて本当によかったのでしょうか?」

「気にしないでください。支部長は後できつく絞っておきますから」

「そう、ですか……?」

 

 カイナは慣れているようだが、アイリスがガークのあんな一面を見るのは初めての事だった。彼女は第3騎士団長になってまだ日が浅い。

 

(……ガーク殿もやはり元ハンター、未だ血気盛んという事でしょうか)

 

 アイリスがひとり納得していると、彼女はクライの視線が自分に向いている事に気づいた。

 

「カイナさん、その人は? 見た感じ騎士団の人っぽいけど」

「彼女はアイリスさん、第3騎士団の団長です」

「申し遅れました。アイリス・ミドガルと申します。あなたが噂の《千変万化》……クライ・アンドリヒ殿ですね?」

「そうだね、僕がクライ・アンドリヒだ。…………アイリス? どこかで聞いたような……」

 

 そう言ってクライは、ミルクも砂糖も入っていないコーヒーに口をつける。アイリスはそんな彼の様子をじっと見つめていた。その様子が気になったカイナはアイリスに尋ねる。

 

「アイリスさん、どうかしましたか?」

「あっ!? いえその……実は私、コーヒーが苦手なんです。苦いのはちょっと……」

「そう言えばクライくん、今日は砂糖もミルクも入れないんですね」

「ん? そうだね。僕は甘いのが苦手でね……」

 

 コーヒーをきっかけに世間話がしばらく続いた。気さくに振る舞うクライを見たアイリスは、彼がどのようなハンターなのか推察できずにいた。

 

(クライ・アンドリヒ……恐ろしい噂の数々に比べ、実際の彼はいたって普通。しかし先程、あんなに怒っていたガークさんを平然と横切ったのも事実……底が見えませんね)

 

 そうして和気藹々と場が温まったところで、アイリスは本題を切り出した。

 

「あらためてクライ殿、私が今日ここに来たのは貴方からお話を聞くためです」

「えーっと……アレクシアの失踪だっけ? 僕は無関係だよ」

「ではお尋ねしますが……なぜアレクシアを訪ねたのですか?」

「それは……う~ん……」

 

 角砂糖を片手に唸り、返答を詰まらせるクライ。アイリスは厳しく追及する。

 

「答えられないのですか?」

「いやそうじゃなくて……これ言っていいのかな」

「……クライくん、最初から話したらどうかしら? アレクシアちゃんと最初に出会ったのは?」

「ああ、それなら――」

 

 カイナの出した助け舟に乗ったクライは、まずアレクシアがこのクランハウスを訪ねていた事を話した。そこでアーク・ロダンに紹介されたと。

 

「――その時アークは【白亜の花園(プリズムガーデン)】に出発するタイミングでさ、代わりに話を聞いてほしいって頼まれたんだよ」

「アレクシアはアーク殿を訪ねていた……そのような報告は聞いてませんね」

 

 アイリスはアーク・ロダンと面識があった。故郷のパーティで初めて出会い、団長就任の折に再会し、模擬戦をしたのも記憶に新しい。しかし今聞いた話は全くの初耳だった。

 

(私がアレクシアに聞いても教えてくれなかったと思うけど、私の部下は何を調べていたの?)

「それで、アレクシアとはどんな話を?」

 

 気を取り直したアイリスは、クライに続きを促した。だが、クライはコーヒーをかき混ぜながら頭を悩ませている。

 

「アレクシアは婚約者の……名前なんだっけ……」

「ゼノン侯爵ですか?」

「そうそう、そのゼノン侯爵について調べて欲しい――って彼女は言ったんだ」

 

 婚約者候補を調べて欲しい。極々ありふれた話だ。しかしアレクシアは行方をくらませている。

 

(本当かどうか見極めるためにも、もう少し話を聞く必要がありますね)

「それで、調査結果を知らせるためアレクシアを訪ねた。そう言う事ですね」

「…………うん、そうだよ。でも特に怪しい所は無かったな。うん」

「待ってクライくん。その依頼、探索者協会を通しての依頼ですか? そうじゃないならこっちも話を聞きたいのだけれど」

「いやそれは……その……」

 

 誤魔化そうとしたクライだったが、カイナのツッコミでしどろもどろになってしまう。

 

「クライくん?」

「……依頼は受けてないんだ。受けてないけど調べて報告したんだよ」

「それは……一体どういうことですか?」

 

 アイリスの問いにクライは……観念したかのようにため息をついた。

 

「実はアレクシアを怒らせちゃってね……私の姉を知らないのか! って。そのお詫びとしてタダ働きをしたんだ」

「私の事をアレクシアが?」

「ん? いやアレクシアは自分の姉の事を……あれ?」

 

 クライはハッとした様子で身を乗り出し、アイリスをじっと見つめ始めた。アイリスは戸惑う。

 

「どうしましたクライ殿? 私の顔をそんなじっと見て……」

「アイリス・ミドガル……もしかしてアレクシアのお姉さん?」

「は……はい? いま気づいたのですか?」

 

 目を丸くするアイリスに対し、クライはスッキリした表情で、わざとらしく手を打ち鳴らした。

 

「そうだアレクシアはアレクシア・ミドガルだ! だからアイリスって名前に聞き覚えが……あ」

「クライくん……」

「あはは……」

 

 苦笑いするクライ、それに呆れるカイナ、その一方でアイリスは笑みを浮かべていた。

 

(クライ殿の態度は不可解ですが……それより、アレクシアは少しは私の事を気にかけてくれてるみたいですね)

 

「話は分かりました。全面的に信じる事は出来ませんが……あなたが嘘を言っているようには見えません。なのでゼノン侯爵にも話を聞き、その後あらためて判断させてください」

「ふ~ん……早くアレクシアが見つかるといいね」

「ええ、本当に……」

 

 

 アイリスが話を終えると、今度はカイナが話を切り出した。【白狼の巣】の異変について、クライにさらなる情報を求めたのだが……

 

「そう言われてもな……僕は別件が気になってたし」

「別件?」

 

 聞き返されたクライは思わず手で口元を押さえた。しまった――と言わんばかりに。

 

「聞かせてくれませんか?」

「……悪いけどまだ教える事は出来ない。どこで誰が話を聞いているかわからないからね」

 

 その言葉は、探索者協会も騎士団も信用できない――そう言外に伝えていた。カイナは表情を曇らせ、アイリスは息を呑む。

 

(『真実の涙(トゥルーティアーズ)』の名前を出してまで証言を断ったのは、【白狼の巣】の件だけが理由では無かった……!?)

 

 一瞬だが気まずい沈黙が流れ……クライは立ち上がった。

 

「僕は動けないけど、クランとして協力は惜しまないつもりだよ。そうだな……白狼の巣の件はアークに頼んでみるよ」

「……ご協力、感謝します」

「私たち第3騎士団も、クライ殿の邪魔をするわけにはいかないようですね」

 

 俯くように頭を下げるカイナと、真剣な眼差しを向けるアイリス。2人に背を向けているクライは……やはり気まずそうに笑っていた。

 

 

***

 

 

「……これは」

「指示書にはなんて?」

「監視は終わり。《絶影》が戻ってきた」

「えぇ!? 私達まだ何も情報つかんでないよ?」

「いや……情報を得られない事より、バレる方が問題だ。ベータ様もそう仰っていた」

「支度、終わった」

 

 《始まりの足跡》クランハウス向かいの宿から、慌ただしく3人組の女性が走り去っていく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。