千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「――それでね、ガークちゃん全然私の動きに追いつけてなかったの。衰えたのかな? 時の流れって残酷~」
「……それはリィズが強くなったんだよ」
クライ・アンドリヒはリィズ・スマートと共に、ある行列に並んでいた。遅々として進まない行列だが、2人の会話は途切れることなく、退屈を感じていない様子だ。
アイリスとカイナの話が終わったその後……1階に戻ったクライ達が見たのは、ボロボロになったロビーとその中央で息を切らすガークの姿だった。ガークと対面していたリィズは汗ひとつかいておらず、挑発的に嗤っていた。カイナがガークを宥めているのをいいことに、クライはその場から逃げ出すようにリィズを連れ、デートを始めたのだ。
余談だが、クライ達が帝都に来たばかりの頃、血の気が多いリィズとルークはガークに挑んで軽くあしらわれていた。しかし……それももう5年も前の話だ。
「最後尾は60分待ちでーす」
係員の声がクライ達の後方から聞こえる。ここは帝都屈指の人気スポット【ミツゴシデパート】の前だ。服飾や家具、インテリアなどを始め、菓子やコーヒーといった嗜好品まで、幅広く高品質な独自ブランドを多数展開する《ミツゴシ商会》。その人気を後押ししたのが、5階建てモダン建築のこのデパートだ。店の前の行列が人気を物語っている。
「あのミツゴシの人の方がガークちゃんより強いよ、きっと」
「へぇ~……え?」
リィズの冗談のような言葉に、クライは思わず振り返った。列の最後尾を案内をする係員、ミツゴシの黒い制服を着たダークブラウン髪の女性、柔らかな営業スマイルが似合う、戦うイメージが欠片も思い浮かばない美人。リィズは彼女がガークより強いと言っている。元レベル7ハンターのガーク支部長よりも。
「前から思ってたけど、ミツゴシの人ってみんな実力ありそうな感じするんだよねぇ。どういう教育してんだろ? 今だってこっちの事ジロジロ見てるし」
「もしかして、ここに初めて来た時に暴れたのって……」
「あれ、言ってなかったっけ?」
どうやら冗談ではないらしい。リィズは上目遣いで首をかしげている。過去の問題行動に合点がいったクライは言葉を詰まらせ……話題を変える事にしたようだ。
「ええと、今朝変な夢見たんだよね。帝都がスラ……大災害で滅びる夢。もしそうなったらリィズはどうする?」
「ん~……一緒に逃げる? 次は南国とか行ってみたいなぁ……もちろんティーも一緒に。クレアちゃんとシドちゃんも連れてく?」
今度も冗談ではなさそうだ。クライを始めとする仲間達と一緒なら、リィズはそれで十分なのだろう。楽しそうに話す彼女を見て、クライも自然と笑みを浮かべる。
「あくまで夢の話だよ。もしそうなったらって……」
「ぐあっ」
その瞬間クライは男の悲鳴を聞いた。慌てて周囲を見回す。リィズがいない。並んでいる他の客達がざわめき始める。クライが悲鳴がした方に顔を向けると……10メートルほど先で、リィズが誰か男を地面に押さえつけているのが目に入った。
「ちょっ……何やってるのリィズ!?」
慌てて駆け寄るクライ。彼がそばに来ても、リィズは男の腕を掴んだまま離そうとしなかった。ただ静かに、無表情で男を見下ろしている。
「コイツ、私達のほう見てた」
リィズが淡々と告げた理由に、クライは呆気にとられた。しかし怯んではいられない。
「……いやいや、気のせいだって。離してあげなよ」
クライが窘めてようやくリィズは手を離した。押さえつけられていた男は体勢を変え、クライ達を怯えた様子で見あげている。
「うちの子がすみません。時々乱暴しちゃうんですよ。ケガはありませんか?」
「……な、ない!」
クライの謝罪と差し伸べた手から逃げるように男は走り去る。残されたのはクライ達と、彼らに突き刺さる他の客からの視線だけだ。いたたまれなくなったクライは……リィズの腕を掴んで歩き出した。
「お騒がせしてすみません。行くよリィズ」
「えっ、クライちゃん!? せっかく並んでたのに~!」
不満の声を上げるリィズを無理やり引っ張るクライ。この状況ではミツゴシデパートに入れないと考えたのだろう。するとリィズは何かに気づいたのか、目を丸くして周囲を見回す。
「そっか……ミツゴシの人を試してたんだねクライちゃん。だからあの変態を泳がせてたんだ!」
「うんうん……いいから別の店行くよ」
「ゴメンねクライちゃん、クライちゃんの演技うますぎて気づかなかったよ。もしかして余計なことしちゃったかな?」
「うんうん、おとなしくしてようね」
「はーい」
再び上機嫌になったリィズは、またしてもクライの腕に抱き着いて一緒に歩きはじめる。
2人が去ると、ミツゴシデパート前の行列はいつもの様子に戻る。和気藹々とする家族連れや貴族たち。その誰もが気づいていなかった。ダークブラウン髪の係員が忽然と姿を消した事に。
***
「ハァ……ハァ……ちくしょう《千変万化》め。一体何を考えているんだ」
先程、クライ達の前から逃げ去った男が、《ディアボロス教団》の密偵が息を切らせながら薄暗い路地を進む。ここは帝都南西の【退廃都区】。騎士団でもめったに近づかないスラム街を、男は何かから逃げるように走る。
(少し様子を伺っただけなのに気づいて、しかも見逃すなんて……)
その密偵は上からの指示で、《千変万化》の監視をする事になっていた。だから人ごみに紛れ、僅かに意識を向けた……その瞬間、《絶影》に押さえ込まれたのだ。ところが《千変万化》は密偵を見逃すという不可解な行動をとった。しかし今、その事を考える余裕が男には無かった。
密偵の男は何度も背後を振り返りながら、何度も道を変える。それはまるで追手を振り切るための行動、しかし彼は自分を追う者を見たわけではない。ただ時折……家の隙間から、屋根から、気配と視線を感じていた。
(なんだ……なぜずっと視線を感じる? どうして俺は真っ直ぐアジトに向かわない?)
言うなればそれは勘、このまま戻れば悪いことが起きるという漠然とした不安、密偵の男は無意識に感じた恐怖から逃げている。そうして男は、とある行き止まりで息をひそめた。
(ここで待って、何も無ければアジトに戻る……追手がいるなら来るはずだ)
……どれ程待っただろうか。結局何も起こらず、密偵の男は肩の荷を下ろした。気のせいだったと結論付け、男はアジトへと向かう。
たどり着いたのは【退廃都区】では珍しいアイス屋、シドとアレクシアが襲われた現場のすぐ近くのアイス屋だ。密偵の男が扉に手を触れた、その瞬間だった。彼が女性の声を聞いたのは。
「なるほど、こんなところにアジトがあったのですね」
「ッ!? 誰だ!」
密偵の男が振り向くと、そこには黒い制服を着たダークブラウン髪の女性が立っていた。息も服も乱れていないその女性は、男の後ろにあるアイス屋をじっと眺めている。
「アイスで子供を手なずけ、それを攫って戦闘員に仕立て上げる……そんなところでしょうか」
「貴様……何者だ!?」
「見ての通りですよ。私はミツゴシ商会の人間です」
「ふざけるな!」
密偵の男は懐からナイフを取り出し、躊躇なく目の前の女に向かって突き出す。ここは【退廃都区】、殺しがあっても隠蔽は容易だ。しかしそのミツゴシの女は、男が振りかざす白刃を前に眉一つ動かさなかった。
「あ? グアァァッ!?」
地面の上で男がのたうち回る。一瞬の交錯で彼は……両手の指を全て切り落とされていた。何が起こったのか?
女の手には漆黒の剣。そして彼女が纏うのは漆黒のボディスーツ。漆黒の仮面で顔を隠した彼女は振り向き、剣の切っ先を男の眼前へ突きつける。
「さて、《千変万化》の思惑通りというのは不本意ですが……今帝都で起こっている全てを、洗いざらい吐いてもらいます」
「その姿、その剣!? オマエはシャドウガー……アガァッ!?」
ミツゴシの女は――シャドウガーデンのニューは、容赦なく男の顎を蹴り上げた。衝撃が意識を揺さぶる。
「我々は、《千変万化》ほど甘くない」
密偵の男が意識を失う直前に聞いたのは、どこまでも冷たいニューの声だった。