千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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策動

「師匠、ソフィア・ブラック、ただいま戻りました」

 

 帝都に点在する《アカシャの塔》の隠れ家の1つに、ノト・コクレアとその弟子達が集まっていた。帝都に戻ってきたソフィアが、ノト・コクレアに恭しく頭を下げる。

 それを眺める他の弟子達は、ソフィアを忌々しげに睨んでいる。彼女が不在の時には不安を顔に出していたにも関わらず。

 

「待っていたぞソフィアよ。今の我々はとても厳しい状況に置かれている。しかしその話をする前に確認する必要があるな」

「確認……ですか。いったいなんでしょう?」

「《教団》の人間と共にアレクシア・ミドガルを狙っただろう。その時に何があったか、説明してもらおう」

 

 ソフィアが帝都から離れる直前に起きた事件……ノトはその件で《ディアボロス教団》から問い詰められていた。《教団》の人間が姿をくらまし、一方でソフィアは無事に目の前にいる。《教団》はソフィアが裏切ったと疑っていたが……

 

「ああ、その事ですか……」

 

 師匠に睨まれてもソフィアは平静を崩さず、落ち着いた様子で説明を始めた。

 

「アレクシア・ミドガル、彼女は帝都で調べ物をしていました。婚約者候補のゼノン・グリフィ侯爵を怪しんでいたのです」

「ゼノンじゃと?」

「……ゼノン侯爵がどうしましたか?」

「いや……話を続けよ」

「はい。私はそれを利用し、《教団》の拠点に彼女をおびき寄せました。それで採血をする予定でしたが……」

 

 すると突然ノトの二番弟子、フリックが話に割り込んだ。侮蔑的にソフィアを睨んでいる。

 

「それで失敗して雲隠れしていたというわけか」

「……そうです。教団が彼女の血を独り占めしようと私に剣を向けたんです」

「ハッ! とんだ失態だな! 一番弟子に選ばれたからと油断したのではないか?」

「やめるのだフリック。魔導師(マギ)が突如 剣を向けられて逃れる事が出来た……その意味が分からぬわけではあるまい」

 

 どんなに優れた魔導師でも、魔法を行使する寸前には隙が生まれる。敵が目前まで迫った魔導師が生き延びるのは困難だ――ノトはそんな当たり前の事実をもってフリックを窘めるが、フリックは態度を改めず、これまでソフィアに抱いていた不満を爆発させる。

 

「それが不可解なのです師匠! ここにいる中で魔法が最も下手なコイツが生き延びるなど、おかしいではありませんか!」

「やめろと言っているのがわからんのか! そんな些事にこだわっている時では無い!」

「ッ!? 申し訳……ございません」

 

 師匠からの叱責を受け、フリックは引き下がるしか無かった。彼が黙るのを待ち、ノトは話を再開する。

 

「よくぞ無事に戻ったなソフィアよ」

「運が良かっただけです。それと、成功しても失敗しても用事で帝都から少し離れる予定でした」

「帝都を離れるのも計画の内だった……と、そういうことか」

「はい。ですが師匠、教団とはなんなのですか? 我々同様、陰に潜んで活動する組織だとは思いますが……」

 

 ソフィアの問いにノトは目を細めた。《ディアボロス教団》の事を知ったら、弟子たちはどうするだろうか……そんな考えが頭をよぎる。

 

(ソフィアなら危険を判断できるかもしれんが、他の弟子は……論外だ)

 

「……詳しくは教えられん。教えられるのは……奴らが『英雄の血』と『悪魔憑き』を研究している事だけだ」

「悪魔憑きを?」

「聖教が始末してるはず……」

 

 他の弟子達がざわめく中、ソフィアだけは何も言わず、じっと考え込んでから口を開いた。

 

「……師匠、お教え下さり感謝します」

「ふむ、まあ良いだろう。ここからが本題だ」

 

 ノト達を取り巻く状況は非常に悪かった。《探索者協会》と帝国が本腰を入れて【白狼の巣】の調査を始めている。マナ・マテリアルかく拌装置の存在が露呈する可能性は高い。ここで捕まれば『十罪』を犯した罪で極刑は免れないだろう。

 仮に研究所を破棄した場合、実験の再開は容易ではない。実験に適した宝物殿の捜索、場所に合わせた装置の調整、同様の結果を得るのに時間がかかるのは目に見えていた。

 装置を一時的に止める、という手段もある。その場合、異変は収まり探索者協会や帝国は欺ける。ほとぼりが冷めた頃に再開すればいい。

 

 だが不安材料があった。《千変万化》だ。【白狼の巣】の異変に気付き、彼を探っていた《教団》は、隠れ家の1つが何者かに襲われたと聞く……あの男はどこまで知っている? レベル8のハンターに睨まれている事実が、判断を難しくしていた。

 かつては粗暴なハンターを見下していたノトだが、マナ・マテリアルの研究を始め考えを改めた。増長するのも頷けるほどマナ・マテリアルは強い力だと。だからこそ陰に潜み研究を続けて来た。だからこそレベル8の《千変万化》に強い警戒心を抱いている。

 交戦か撤退か……ノトと弟子達はその二つを選びかねていた。

 

 話を聞き終えたソフィアは目を瞑り、静かに考え込む。…………やがてようやく目を開けたソフィアは、自分の意見をハッキリと口にした。

 

「戦いましょう。そうあるべきです」

 

 その赤い瞳には一切の迷いが無かった。絶対の意志。他の弟子が持ち得ぬ、真理の探究者に相応しい器。

 

「相手は高レベルハンターの集団……構築してきた防衛システムの試験に最適ですね。全滅させれば情報が広がる事もありません」

 

 どこか楽しそうにも聞こえる彼女の言葉と自信に、ノトも決意を固める。無傷で切り抜けられない状況ならば、一網打尽にするのみ。

 

「よかろう、指揮はお前に任せる。存分にやるがいい」

「お任せください師匠」

 

 他の弟子達はその決定に否を唱える事は出来ず、ただ畏怖の視線をソフィアに向けるばかりだった。

 

 

***

 

 

 クライがアイス屋を訪ねたその翌朝。帝都中心近くの大通りにそびえる《始まりの足跡(ファーストステップ)》のクランハウス、その前には何台もの馬車が並んでいた。貴族が使うような移動用では無く、魔獣や幻影(ファントム)の攻撃を想定した鋼鉄の馬車だ。繋がれた馬も通常の馬より一回り大きい。

 その馬車の周りには《足跡》所属のハンター達が数十名、それぞれが出発の準備をしている。そしてその誰もが、これから死地に向かうかのような、絶望的な表情を浮かべていた。

 

「なあクライ。何か……注意点とか教えてくれねえか?」

「う~ん……出るかどうかわからないけど、スライムっぽい奴には気を付けてね」

 

 

 同じ頃【白狼の巣】の内部で、調査依頼を受けたパーティの1つ《黒金十字(くろがねじゅうじ)》が脚を止めた。メンバー全員が回復能力を持つ彼らは、その安定感から高い評価を得ている。また《足跡》創設パーティの1つでもあった。

 黒い鎧を纏う黒髪の男……リーダーの《嵐撃》スヴェン・アンガーが淡く輝く石を、宝具『共音石』を自らの顔に近づける。それは2個1対の宝具、遠く離れた相手とも会話することができる高額宝具だ。『共音石』でスヴェンは、《足跡》クランハウスの状況を知り……顔をしかめる。

 

「ああ、わかった。助かった」

(この宝物殿にスライムだと? クライめ……今度はどんな未来を視やがった?)

 

 

***

 

 

 帝都北門を複数の馬車が通り過ぎる。その様子を双眼鏡で確認する2人の精霊人(ノーブル)がいた。【ミツゴシ商会】が保有するホテルの一室で、共に険しい顔をしている。

 

「御者が身に着けてるのは《足跡》のシンボル……《足跡》の馬車で間違いないわね。合わせて何人が乗っているのかしら?」

 

 翡翠色の長髪を左右にまとめている彼女はイプシロン。《シャドウガーデン》「七陰の第5席」で、緻密な魔力操作を得意とする魔導師だ。

 

「【白狼の巣】には、既に調査依頼を受けたハンターが数多く集まってる。中にはあの《黒金十字》もいるわ」

 

 短い銀髪、青い目に眼鏡をかけた彼女は「七陰の第2席」ベータ。《シャドウガーデン》の情報収集を担当している。

 

「《黒金十字》って……あなたがファンの?」

「そ、それは今 関係ないでしょ! 私が言いたいのは、今《足跡》が出せる全戦力が【白狼の巣】に集まろうとしてるって事よ。《聖霊の御子(アークブレイブ)》は自前の馬車を持っているし、《星の聖雷(スターライト)》はあんな金属製の馬車に乗るとは思えない。《灯火騎士団(トーチナイツ)》が帰ってきたって報告も無いわ」

「ならあの馬車は……人数で補おうって事? それだけ《千変万化》は本気って事ね……」

 

 【白狼の巣】で何かが起きようとしている。《千変万化》も馬車のどれかに乗っているのだろう。それは……《シャドウガーデン》にとってはまたとない好機だった。ベータとイプシロンは互いに不敵な笑みを見せる。

 

「急いでアルファ様に伝えましょう」

「それと、シャドウ様にもね」

 

 ディアボロス教団と戦うため、盟主シャドウのため《シャドウガーデン》は動き出す。

 

 

***

 

 

「クライさん、私に指揮権をください。恐らくこのままでは……【白狼の巣】に向かった調査隊は全滅します」

「……うんうん、そうだね。そっちもシトリーに任せるよ」

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