千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
激しい振動が地下を震わせる。朦朧としていたアレクシアも目を覚ました。
(あれから何日たったの……?)
窓の無い部屋では、今が朝か夜さえわからない。ハッキリしているのは、何度も血を抜かれ、無理やり食事を流し込まれてきた事だけだ。
「眠れないわよね。こんなに揺れてたら」
アレクシアは部屋の隅にいる奇怪な怪物に話しかけていた。返事は無いが、怪物はアレクシアへと視線を向ける。監禁されてからずっと、アレクシアはそうしてきた。おかしくなりそうな自分を紛らわせるために。
ともあれ……アレクシアはずっとそばにいた奇怪な同居人に、どこか共感を覚えていた。
「起きてた方がいいわ。きっと面白いことになるから」
何が起きているのかはわからない。だが、数日続いた監禁生活にようやく訪れた変化だ。アレクシアはいい変化であることを祈る。すると、慌ただしい足音が扉の向こうから聞こえて来た。
「――ちくしょう、ちくしょう!」
勢い良く開いた扉から白衣の男が姿を現した。慌てふためきながら、持ってきた実験器具を弄り始める。
「奴らだ。奴らが来た! おしまいだ。皆殺し……皆殺しだ!」
「騎士団はそんなことしないわ。抵抗しなければ命までは奪わないはずよ」
「騎士団なんてどうでもいい! 奴らは、奴らは皆殺し、皆殺しだぁ!」
尋常では無い男の様子を、アレクシアは訝しんだ。彼は騎士団ではない何かに、ひどく怯えている。やがて男は巨大な注射器を取り出した。少なくとも人間に使うとは思えないサイズだ。中には血のように赤い液体が入っている。
「し、試作品は出来た。これなら、出来損ないのお前でも」
怪しげな注射器を持って男は怪物に迫る。怪物はじっと動かない……その光景を見たアレクシアは率直な感情を口にした。
「やめておいたほうがいいわ、なんだか嫌な予感がするの」
「見せて見ろ……ディアボロスの片鱗をぉっ!」
アレクシアの言葉は届かず、男は怪物に注射器を突き立てた。みるみる薬液が減っていく。
すると……怪物の目が怪しく輝いた。体が膨れ上がり、枷が壊れ、天井に背中がついてもまだ止まらない。そして……男を叩き潰した。
「だから言ったのに」
改めて怪物を見たアレクシアは、怪物に左腕がある事にいまさら気がついた。何かを抱きかかえるように胸に癒着している。そして……怪物と目があった。
「さて」
死が目前の状況だというのに、アレクシアは自分でも驚くほど、ひどく落ち着いていた。彼女の中で、恐怖より理不尽に対する怒りが勝っているようだ。
(バカの巻き添えで死ぬなんてゴメンよ)
怪物の右手が動いた。誇大化した爪が突き出される。だが怪物の爪はアレクシアを避けて、彼女を拘束する椅子と鎖を破壊し、壁を砕いた。
「……っ!」
アレクシアは弾かれるように地面を転がり、崩れる壁と天井を避けた。彼女が体勢を立て直した時には、もう怪物の姿は無かった。
「まさか…………助けてくれた?」
瓦礫で塞がった大きな穴に、先ほどまで怪物がいたその場所に向かってアレクシアは呟いた。
***
混乱の只中にある帝都の一角に、突如として怪物が現れた。地下から現れたその怪物は、5メートル程の体躯、右手から生える巨大なツメが特徴的だった。左腕は何かを抱きかかえるように胸に癒着している。
怪物の咆哮が窓を震わせ、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡る。怪物は衝動的に目の前の建物に向けて右腕を振ろうとしていた。だがその時、1人の女性ハンターが怪物に跳びかかる。
「うっせえんだよデカブツ!」
怪物の背中に向けて、銀色のかかとが振り下ろされた。バランスを崩した怪物は、胸を地面にぶつけるように倒れこむ。怪物を踏み台にしたのは、ピンクブロンドの髪をなびかせる
「ギャーギャー騒いでんじゃねえ! 今リィズちゃんはねぇ……獲物を探してたんだよ。テメエのせいで見失ったじゃねえか!」
一方的に怒鳴り散らすと、リィズは怪物から視線を外した。街灯の上でじっと耳を澄ませる。見失った人影を音で探そうとしているのだ。燃える商店の陰にいた、黒づくめの集団を。彼女は最初から、目の前の怪物に興味を持っていなかった。
だが踏みつけられた怪物は黙っていられない。体を起こすと、右腕の爪をリィズに向けて振り上げた。街灯が粉々に砕け散る。その瞬間、リィズは怪物の正面に立っていた。
「邪魔すんじゃ……ねえ!」
リィズは跳んだ。怪物の顎を蹴り上げ、そのまま宙返りして着地する。次の瞬間、怪物の腹にリィズの脚が突き刺さった。怪物は仰向けに倒れ込み、背後の建物を倒壊させる。逃げ惑う人々の悲鳴を聞きながらリィズは、うんざりしたような視線を怪物に向けていた。
「ちっ……もういいや。テメエをボコボコにして、それで……っ!?」
その瞬間、帝都に遠吠えが響いた。リィズは後ろを振り返り、口元に笑みを浮かべる。聞こえたのは間違いなく、彼女が再戦を望んでいた獣人の声だった。
「そこにいるのか、シャドウガーデンのバカ犬!」
***
「お姉さま! ようやく見つけました……」
ティノ・シェイドは帝都を走り回り、逃げ惑う人々の流れをかき分け、ようやくリィズに追いつくことができた。火の手が上がる帝都で、リィズは何者かを見つけ、それを追いかけていた。ティノを置き去りにして。
(お姉さま……あの黒い影は何なんですか?)
そう聞こうとずっと思っていたティノ。しかし見つけたリィズは様子がおかしかった。人の気配が無くなった大通りで、どこか遠くを見つめ、満面の笑みを浮かべている。
「お、お姉さま……いったいどうしたんですか?」
「ティー、あのデカブツはテメエがやれ」
振り返らず後ろを親指で指すリィズ。ティノが聞き返すより早く、怪物が起き上がった。瓦礫の中に埋もれていた体を起こし、リィズ達に向けて叫んでいる。
「な、なんですかあの怪物は!?」
「四の五の言わずにやれ! シャドウガーデンは私の獲物なんだよぉ!」
弟子を置き去りに、目の前の建物をリィズは駆けあがる。屋上から屋上へと飛び移る姿を、ティノは見送るしかなかった。巨大な怪物と共に取り残されたティノは、恐る恐る振り返り……怪物と目を合わせてしまった。
「しゃ、シャドウガーデンって何なんですかお姉さま!?」
叫びながら、横薙ぎに振るわれたツメをティノは躱した。巨体の怪物を相手どる状況は【白狼の巣】のウルフナイトが記憶に新しい。しかしあの時と違い、今ティノは独りだった。心細さと不安を押し殺し、ティノは怪物を見上げる。
***
第3騎士団の本部、アイリスの元には様々な報告が入って来ていた。
(一体なにが起きているの?)
建物が真っ二つになったという報告を先触れに、帝都各地で事件が発生し帝都は混乱の只中にある。大規模な同時襲撃、そう結論付けるしか無い状況だ。トレジャーハンターの聖地と呼ばれる帝都でここまでの事態が起きるとは、誰も夢にも思っていなかった。
「商業区3番から8番、住民避難完了しました!」
「駅は閉じろ、列車は3駅先に退避だ急げ!」
「こんな時にハンターはどうしたんだ!? いつも我々を邪険に扱うアイツらは!」
「それが……白狼の巣の件で高レベルハンターの多くが不在です。ガーク支部長も自ら白狼の巣に向かったそうで……」
部下達の怒号が飛び交う中、アイリスは出動の準備を整えた。既に第3騎士団の殆どが現場に向かっているが、同時多発的な事件に対応が追い付いていない。
「私も現場に向かいます。他の騎士団が応援に駆け付けるまで、なんとしても持ちこたえ……」
アイリスの言葉を遮るように、重低音が響いた。距離は遠いが、またしても何かが起きたのだ。
「くっ……後は任せます!」
「団長!? お、お気をつけて!」
部下の声に答える事さえ忘れて、アイリスは走った。高レベルハンター顔負けの速さで。
(アレクシア……あなたもこの騒動に巻き込まれているの?)
***
同じ頃、帝都の西門を1台の馬車が通り過ぎた。
「まったくクライめ……今回もやっぱり千の試練じゃないか」
そう呟いたのはアーク・ロダン。馬車の中にいるのは彼がリーダーを務める《
「これは……間に合わなかったのでしょうか……?」
「もう! いつもいつもあの男は! こんな大ごとになるなら事前に教えなさいよ!」
「アーク、行かなくていいのか?」
「……私は第3騎士団のアイリス団長の事をよく知っている。彼女なら被害を最小限で食い止められると信じているよ」
口数少ない盗賊のベネッタに問いかけられ、アークは今すぐにでも飛び出したい気持ちを抑えた。そして御者台に座る
「アルメル、行き先はわかっているな?」
「ゼノン侯爵の邸宅、ですね」
「ああ。行けるところまででいい。急いでくれ」
ロダン家と古くから縁のあるミドガル家の危機に、アーク・ロダンは帝都に戻ってきた。その手には、ゼノン侯爵についての調査報告書が握られている。クライの指示で《