千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
地上で様々な騒動が繰り広げられている頃、アレクシアは地下からの脱出を目指していた。帝都の地下は増築に増築を重ねられた複雑怪奇な下水道が張り巡らされている。彼女がいたのは、そんな地下に繋がる《ディアボロス教団》の拠点の1つだ。
「我ながら悪運 強いわね……」
あの怪物が暴れたせいか、近くに生きている人間はいなかった。枷を外し、剣を拾い、アレクシアは地上への出口を探し始める。体力にまだ余裕があるのは、ハンターとして宝物殿に潜っていたおかげだろう。
(誰でもいいから地上に案内してくれないかしら? こんなところにいる人間がまともだと思えないけど)
あても無く通路を進むアレクシア。彼女が変わらぬ景色にうんざりし始めた時、彼女の知る人物が姿を現す。
「困るな、勝手に脱けだしてもらっては」
「アンタは……どうしてここに!?」
「ここが私の拠点で、あの男に投資していたからさ」
ゼノン・グリフィ。容姿端麗にして帝国の剣術指南役を務める侯爵。アレクシアがずっと怪しんでいた婚約者候補が、本性を露わにした。
「よかった……やっぱり頭おかしかったのね。ずっとそうじゃないかと思ってたのよ」
「そうかい。だがどうでもいいさ。私が興味あるのは君の血だ」
アレクシアは剣呑な視線をゼノンに向けたが、彼は自信に満ち溢れた笑みを崩さない。
「どいつもこいつも血の話……【アカシャの塔】もアンタ達も、吸血鬼の研究でもしてるの?」
「アカシャの塔か。彼らの研究には期待していたんだが……まさか《千変万化》に気づかれるとはね。うまくいかないものだ」
「千変万化? 意味が分からないわね。私、ずっとこんな場所にいたから」
「君が理解する必要はない。私と一緒に来てもらうよ」
わざとらしく大仰に手を差し伸べるゼノン。まるで、アレクシアに拒否権が無いと言っているようなものだ。その態度に彼女は眉をひそめる。
「冗談じゃないわ。じきに騎士団が来る……アンタはオシマイよ」
「おしまい、私が? 残念ながらそうはならない」
ゼノンの余裕は崩れない。それどころか憐みの視線をアレクシアに向けた。
「千変万化も今はアカシャの塔に夢中だ。君の血と研究データがあれば私は、ラウンズになれる」
「ラウンズ? 狂人の集まりか何かかしら?」
「ナイツ・オブ・ラウンズ……《教団》の最高幹部さ。その富と名声に比べたら、剣術指南役なんて実にくだらない」
「……話にならないわね」
アレクシアは呆れたように笑う。ゼノンの言葉は理解の範疇を超えていた。しかし、ゼノンが次に発した言葉は、彼女の逆鱗に触れるものだった。
「できればアイリスの方がよかったが、君で我慢することにするよ」
その瞬間、アレクシアは剣を抜いた。ゼノンに対して切りかかるが、彼の剣が奇襲を受け流す。
「ああ……そういえば君は姉と比べられるのが嫌いだったね。これは失礼」
「……っ!!」
そしてそのまま2人の戦闘が始まった。ぶつかり合う剣と剣。一見互角だが……しかし険しい顔で剣を振るうアレクシアに対し、ゼノンは涼しい顔で対応している。
「やはり君の剣は凡庸だな。基本は出来ているが、光るものが無い」
「ごちゃごちゃ……うるさい……わね! そんなこと、私が一番知っているのよ!」
ゼノンは剣術指南役に選ばれるほどの実力者、アレクシアもそれはわかっていた。だからこそ……奥の手を見せる覚悟を決める。
「はあぁぁぁっ!」
「ッ!?」
それはアレクシアが最も間近で見ていた一流の剣士……アイリスの技だった。修練を重ね、ハンター活動でさらに腕を上げた今、アレクシアの思い描いたとおりの技が完成した。
「驚いた。こんなものを隠していたとはね」
ゼノンは腕の傷を見ながら、感心したように呟く。
「どうかしら? これでもまだ私の剣は凡庸だって言える?」
「ククッ……本物には遠く及ばないが、面白い物を見させてもらった。そのお礼に私も本気を見せようじゃないか」
不遜な笑みを浮かべるゼノン、すると彼の纏う空気が一変する。それは大量にマナ・マテリアルを吸収した高レベルハンターと酷似していた。しかし決定的に違う物をアレクシアは感じる。それは……恐怖。
「そんな……」
この重圧、この存在感、自分とは格が違う――アレクシアは圧倒的な実力差を本能で理解してしまった。無意識のうちに後ずさってしまう。
「これが本当の私の剣、これが……次期ラウンズの剣だ」
ゼノンの剣が迫る。アレクシアは反射的に剣を構えるが、衝撃で手から弾き飛ばされてしまう。彼女はそのまま尻餅をつき、ただ呆然とする事しかできなかった。
「それが君の限界、才能の無い凡人の限界だ」
そのゼノンの言葉も、アレクシアは遠い出来事のように聞こえていた。アレクシアの脳裏をよぎっているのは、幼い日の記憶。姉と並んで剣を振るのが楽しかったあの頃……剣の才能を発揮する姉と、比較する周囲の声……剣の道を諦めかけた時、慰めてくれたロダン家の――
「やれやれ、感心しないなゼノン侯爵。人の剣を蔑むような言葉は」
新たな乱入者の声が、アレクシアを現実に引き戻した。廊下の奥から聞こえてきたその声に、ゼノンも顔を向け……驚愕で目を見く。
「バカな……貴様は……!?」
「仮にも剣術指南役なら、もっと有意義な助言をするべきじゃないか?」
「アーク・ロダン……《
ロダン一族の末裔《銀星万雷》の二つ名を持つレベル7ハンターが、完全装備で現れた。彼の後ろには《精霊の御子》4人のメンバーが揃い、やはり剣呑な視線をゼノンに向けている。彼らの勇姿にアレクシアは目を奪われた。
「アー……ク……?」
「無事で何よりですアレクシア様。貴方を助けに参りました」
「なぜ貴様がここにいる!? 貴様は【サンドライン領】に向かったはず……」
「アレクシア様が失踪したと聞いてね、慌てて戻ってきたんだ。出発前に貴殿の怪しい動きを教えてもらったからね」
「私の動き……まさか《千変万化》か……!?」
「ご想像にお任せするよ」
「おのれ……!」
険しい顔つきで、ゼノンは剣をアークに向けた。彼に先ほどまでの余裕は無い。アークに隙を見せる事を恐れ、もはやアレクシアすら眼中に無かった。
「さてゼノン侯爵、失踪したはずのアレクシア様と一緒にいる……その理由をお答えしてもらえないだろうか?」
アークもまたゼノンに向けて剣を抜いた。それは初代ロダンが使ったとされる直剣型の宝具、歴史を切り開き、災禍を祓ってきた聖剣『
帝都有数の、勇者と名高きロダン家のパーティを前にして、ゼノンは……不敵に笑った。
「いいだろう……最強の力を見せてやる!」
「それは? いったい何を……」
アークが咎める間もなく、ゼノンは懐から赤い錠剤を取りだし、一気に飲み込んだ。それは人に人を超えた力を与える《ディアボロス教団》狂気の産物。
「ウウゥゥゥオオォォォッ……!」
「な、何よコレ!?」
「お逃げくださいアレクシア様!」
慌てて壁際に下がったアレクシアの前で、ゼノンの体に異変が起きる。全身から発生した赤黒いオーラの中で、筋肉が誇大化、彼の体は一回り巨大化した。そしてマナ・マテリアルによる存在感もはるかに増している。まるで宝物殿のボスのようなプレッシャーを周囲に与えた。
「覚醒者3rd。この力こそ、選ばれし者の証だぁ!」
そしてゼノンは赤く輝く瞳でアークを鋭く睨みつけた。目の前で起きた不可思議な現象に、仲間が呆気にとられ、あるいは恐怖を覚える中で、アークは鼻を鳴らす。
「最強など、あまり口にする物ではないよ」
「ぬかせ!」
勇者対最強。凄まじい力の激突が、帝都の地下を震撼させる。