千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「くそっ、体力もバカかよバカ犬! まだ遊び足りねえみたいだなぁ!」
「グルルルルッ……」
帝都に破壊をもたらすリィズとデルタの戦い。それもついに佳境を迎えていた。速さで圧倒するリィズが優勢に見えるが、彼女の表情に余裕は無い。体のあちこちが引き裂かれ、そこから血がにじんでいる。
(こっちはマトモに喰らったらアウトなのに、向こうはリィズちゃんの蹴りに全く堪えてねえ! 頑丈すぎるだろ!)
リィズは知る由も無いが、デルタは元「悪魔憑き」の獣人。高い身体能力と魔力を両立し、マナ・マテリアルに対する適正も高い。しかしその能力に驕らず修練を積み重ねて来た。高レベルハンターに見劣りしない実力者なのだ。
――リィズのハンターとしての勘が、常に死の危険を告げている。
一方のデルタは、額からの流血が顔を彩っていた。ボディスーツで隠れているが、全身もあざだらけになっている。
(やっぱりメス
デルタは知る由もないが、リィズの二つ名《絶影》は戦闘術の名前でもある。帝都最速の
――その速度に、デルタは迫ろうとしている。
「うがぁぁぁ……ああぁっ!!」
「ちぃっ!」
またしても、デルタのツメがリィズの腕をかすめた。追撃をブリッジ回避し、リィズはそのままバク転から後退。デルタから距離をとる。速さを増すデルタの攻撃に、苛立ちを隠せない様子だ。対するデルタは、新たな戦い方を見せる。
「これで、どうです!」
デルタは瓦礫を、折れた街灯を、次々と投げつける。しかしリィズにとってそれは遅すぎる攻撃だった。軽々と見切り、呆れた様子でデルタを笑う。
「テメエ、リィズちゃんをバカにしてんのかぁ? こんなのが通用するとでも――」
「デルタの本気は……これから……であぁぁぁっ!」
「っ……!? バカ力かよ!」
咆哮と共にデルタは巨大な瓦礫を持ち上げた。路面電車と同等のサイズの瓦礫、それをリィズめがけて投げつける。大きさ、質量、共に桁外れな瓦礫を、リィズは垂直跳躍で回避した。彼女の後方で、また別の建物が崩れ始める。
「もらったのです!」
しかしそれはデルタの狙い通りだった。人間は空中を自由自在に動くことができない、優れた
空中のリィズに向かってデルタは跳びかかる。鋭いスライム刃のツメがリィズを捉えようとした瞬間……リィズは空を跳んだ。
『
「えぇっ!?」
驚愕するデルタ。一転して、今度は彼女が空中に取り残されている。リィズは瓦礫の1つに着地し再度跳躍、空中のデルタめがけて空中回し蹴りを放った。
「残念だったなぁ!」
「んがぁぁ……!?」
蹴り飛ばされたデルタが地面に衝突し、勢いのまま転がっていく。しかし彼女はまだ立ち上がった。震える肩……それは痛みでは無く怒り。彼女の目には真の怒りと殺意が漲っていた。
「フゥーッ……ころす」
デルタの腕に
「宝具……いやスライムか? そうやって隠してたのかよバカ犬! ますます面白くなってきたじゃねえか……!」
かつてと同じく、巨大な剣を構えるデルタの姿に……リィズの目が爛々と輝く。
巨大な剣に魔力を集めるデルタ、その刃を睨むリィズ。2人は慎重に睨み合う。立ち位置を調整しながらじりじりと近づいていく。次の一撃が勝敗を分ける……そんな予感を両者は抱いたのかもしれない。
どちらが先に動くのか……傷口から流れた血が、2人の足元に血だまりを作っていく……そんな時だった。
「……そこにいるのは誰だ!」
「さすが絶影ね。目の前の敵だけではなく、戦場全体に気を配っている」
「へ……アルファ様!?」
屋上から2人を見下ろす存在に、リィズはいち早く気づいた。それはデルタと同じく漆黒のボディスーツと仮面を身に着ける
遅れて気づいたデルタのそばに、アルファは着地した。彼女に冷たい視線を向けられて、デルタは慌てふためく。
「こ、これはその……違うのです! 帰ろうと思ってたんだけど
「黙りなさい」
「はいぃっ!」
言い訳を並び立てるデルタに、もはやリィズとの戦闘意欲は無かった。デルタの手放した『鉄塊』が地面に落ちて鈍い音を立てる。リィズの蹴りをアルファはスライムソードで受け止めた。一瞬で接近し、リィズはアルファを間近で睨みつけている。
「テメエ……邪魔すんじゃねえ。リィズちゃんはテメエんとこのバカ犬を躾けてやってたんだ」
「あらありがとう。でも必要ないわ。後できつく言っておくから」
「ひぃっ……!」
「ちっ……」
怯えて縮こまるデルタに、リィズは興味を失う。そのまま距離を取ると、次の相手としてアルファを見据えた。鋭い視線に対し、アルファは冷静な態度を見せる。彼女は急ぎ戻らなければならず、リィズと戦う理由は無かった。
「絶影、貴方がどうして帝都に残っているのかはわからないけれど……でももう時間切れ。貴方と遊んでいる時間は無いの」
「は? そっちの都合なんて知るかよ。テメエはここで――」
「お~い、リィズ~……!」
その時、四つ角の向こうから気の抜けた男の声が聞こえて来た。姿を現したのは……クライ・アンドリヒ。《千変万化》の二つ名を持つ男がのんびりと歩いて来る。アルファは息を呑んだ。
「千変万化……!? どうしてここに……」
(あれだけの人数を送り込んで、自分は白狼の巣に向かわなかったと言うの……? まさか私達が動く事を予期していた? だから絶影もここに……)
「クライちゃ~ん! アイツぶっ飛ばしていい? いいよね? だめぇ?」
一方リィズは、笑顔でクライに懇願を始めた。先程までの剣幕が嘘のようだ。血濡れで笑う彼女の姿に、クライは引いている。
「リィズ……血まみれじゃないか!? 大丈夫なの?」
「これくらい平気! それよりぃ……アイツと戦わせて!」
「大丈夫ならいいけど……アイツって?」
「そこの《シャドウガーデン》の! 多分ルークちゃんが斬りたがってるヤツ!」
リィズが指さす先……アルファを見つめて、クライは首を傾げた。
「シャドウガーデン……覚えてないなぁ」
(覚えてない……笑えない冗談ね。こっちは随分と頭を悩ませてるのに)
仮面の奥でアルファの瞳が揺れる。《千変万化》……《シャドウガーデン》にとって因縁の相手。盟主シャドウが警戒した男。予期せぬ対面に焦りながらも、アルファは平静を装う。
幸いなことに、クライが現れてからリィズはすっかりおとなしくなっていた。そうでなければ、クライと話すどころではなかっただろう。
「私はシャドウガーデンのアルファ。こうして会うのは初めてね、千変万化。《蛇》の時は随分と世話になったわ」
「蛇? ……蛇ってなんだっけリィズ?」
「もう~クライちゃ~ん! 知らないふりするのうますぎ!」
とぼけているのか、本当に忘れているのか……クライの反応にアルファは虚しさを覚えた。
(そう……《蛇》も私達も、彼にとっては取るに足らない存在って事かしら。なら彼が帝都に残った理由は……アレクシア、そう考えるのが妥当でしょう)
「千変万化、私達は貴方達と戦うつもりは無いわ。貴方もそうでしょ?」
彼女が改めて《シャドウガーデン》としての意思を表明すると、クライは迷うことなく頷いた。
「うんうん、そうだね。帰ろうリィズ」
「えーっ!? もっとやらせてよクライちゃん! 絶対負けないから。ね?」
「ダメだよリィズ、ケガしてるじゃないか」
「こんなの大したこと無いよぉ。クライちゃん『
「ダメ」
「後で同じの用意するから……」
「ダメなものはダメ。帝都がメチャクチャになっちゃうよ」
「やはり……千変万化、貴方も気づいているようね」
帝都襲撃には大きなリスクがある。それは、帝都にいるクライ以外のレベル8ハンターだ。《シャドウガーデン》が電撃的な同時襲撃を決行したのも、アルファが急いでいるのも、それが理由だ。
(《深淵火滅》……帝都最強の
作戦予定時間は残りわずか。これからアレクシア捜索に向かう必要がある。しかしそれでも……アルファはこの機会を逃したくなかった。今後も帝都で活動するうえで、クライの真意を確かめる必要がある。
「最後に1つだけ聞かせて……千変万化、貴方の目的は何?」
「そんなの決まってるじゃん! クライちゃんは世界最強のハンターになるの! それで《
「リィズ・スマート、貴方には聞いてないわ」
「目的……そりゃ引退……いや」
クライは隣のリィズを一瞥すると、ハードボイルドな笑みでアルファに答えた。
「大切な友達の夢を応援する事……かな」
「クライちゃん……もう、カッコつけすぎ!」
「わっちょっと、リィズ!?」
感極まったのか、リィズがクライに勢いよく抱き着いた。よろめきながら、困ったように苦笑いするクライ。仲睦まじい光景にアルファは何も言えず……不愉快そうに目を細めている。クライが真面目に答えていないと、彼女はそう感じたのだ。
「そう……千変万化、敵にならない事を祈るわ。行くわよデルタ」
「は、はいなのです!」
踵を返したアルファ。その後をデルタが慌てて追いかける。身軽に去っていく2人を、クライはのんびりと眺め……リィズは名残惜しそうに叫んだ。
「あぁ~逃げられた! もう……クライちゃん、次いつアイツらに会えるかな? 私、もっと強くなってバカ犬をぶちのめすから」
「うんうん、そうだね……あ、そうだ」
リィズの宣言を聞き流したクライは、嗤う骸骨の仮面を取り出した。デルタのツメの跡が刻まれた仮面を、リィズの手に返す。
「これリィズのでしょ? 向こうに落ちてたよ」
「ありがとうクライちゃん! でも傷つけちゃってごめんね」
「別にいいよ。また作ればいい」
「それはそうなんだけど~……やっぱりこれが私達のシンボルじゃん? クライちゃんが考えてくれた私達のシンボル」
「そうだね。僕が考えたんだよね……」
2人は腕を組みながら、クランハウスに帰っていく。街の惨状からは眼をそらして。