千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
鮮やかな赤髪を持つ女性ハンター、タリア・ウィドマンは尻餅をついていた。
ここは帝都地下下水道。彼女の足元にまで血だまりが広がる。そばで倒れているのは《アカシャの塔》の斥候だ。
「た、助けてくれて、ありがとうございます。あの……アナタ達は?」
「あなたが知る必要はないわ」
タリアが見上げる先には、漆黒のボディスーツを纏う女性がいた。短く切りそろえられた銀髪と、黒い仮面の奥の青い瞳が印象的な
《シャドウガーデン》の情報収集を担当する彼女は《アカシャの塔》についても調査していた。3人の部下と共に地下に入り、ノト・コクレアの隠れ場所を捜索……その最中、タリアを連れ去ろうとする斥候を見つけたのだ。
ベータは淡々とタリアに問いかける。
「《足跡》の
「っ!? どうして、私の名前を……!?」
「なぜ攫われそうになったかわかる? 心当たりは?」
「わ、わかりません……急に物陰に引っ張られて、気が付いたらここに……」
タリアの言葉を聞いてベータは思案する。《
(彼女を連れて行くとしたら、おそらくそこが隠れ家。でもなぜ彼女なの?)
考え込むベータに、部下の1人――430番が声をかける。
「ベータ様、この男は何も言う気が無いようです」
「そう……なら始末しなさい」
「はっ!」
「クッ……アカシャの塔に栄光あれ……グェッ」
ベータの指示で斥候にトドメが刺される。タリアは思わず身をすくませてしまう。
「な、なんなんですかアナタ達は……!?」
「タリアさん、地上に戻りたかったらその道をまっすぐ進みなさい。くれぐれも私達の後をつけようなんて思わないように」
怯えるタリアに冷たくベータは言い放つ。しかしタリアは引き下がらなかった。
「し、質問に……答えてください!」
「死にたいのですか?」
「ひっ……ひえぇっ……!?」
僅かな勇気を振り絞ったタリアの質問に、ベータは剣を向けて答えとした。逃げるように走り去るタリアを、静かに見届ける。
「……431番、念のため彼女を尾行しなさい」
「は~い」
431番と呼ばれた女性獣人は、足音ひとつ立てずに走り出した。
(目撃者は消せ……なんて昔は言ってたけど、もうその必要も無いのね)
《シャドウガーデン》は行動を起こした。その名を世界に知らしめた以上、目撃された程度で消していたらキリがない。それに……隠れ家を見つけるのは時間の問題。タリアが誰かに知らせる前に、全てが終わっている。
「捜索を続けましょう。この先に隠れ家があるはずよ」
「「了解」です」
2人の部下を引き連れ、ベータは地下を進む。隠れ家を見つけるのに時間はかからなかった。
***
扉を僅かに開け、中の様子をベータは伺う。
「あれがノト・コクレア……みたいね」
その一室には老齢の
彼らの会話に耳をそばだてると……「ソフィア」という単語が頻出していた。
(人の名前? さっきの斥候……は男よね。ソフィアはどちらかというと女の名前……)
すると会話に交じって獣の唸り声が聞こえて来た。部屋の奥、獅子の頭を持つキメラが檻の中で身構えている。ベータも仮面の奥で険しい顔を作った。
「2人とも行くわよ。目標は魔導師全員の制圧。キメラが出てきたら私が受け持つわ」
気づかれた――そう判断したベータは小声で指示を出し、堂々と部屋に乗り込む。
「《
「なんだオマエ達は?」
「私達はシャドウガーデン。陰に潜み陰を狩る者……あなた達と教団の繋がり、洗いざらい教えてもらうわ」
互いに獲物を構えるが、戦いは始まる前から結果が見えていた。《シャドウガーデン》の3人は弟子達が戦闘態勢を整える間もなく接近。杖を叩き落とし、意識を奪い、瞬く間に無力化した。弟子の1人がキメラを檻から解放したが、ベータが剣技で渡り合う。
「こんな狭い場所じゃ……その羽根は飾りね!」
シャドウが七陰に教えた革新的な剣術の基本。それに一切のアレンジを加えず、基本に忠実に戦う――ベータの堅実な技が、キメラの攻撃を軽々とあしらう。ツメを弾き、生まれた隙。ベータの渾身の一撃が、獅子の首を切り落とした。
「バカな……マリスイーターが……!?」
「残すはあなただけよ大魔導師様。でも弟子を巻き込んで魔法を撃てるかしら?」
挑発的にベータは嗤う。対してノト・コクレアは何もできない。彼女を前に、詠唱する隙を見つけられないようだ。
「師よ……お逃げください……!」
「うるさい」
「グアッ……!?」
床で叫ぶフリックを、432番が黙らせた。もちろんベータ達にノト・コクレアを逃がすつもりは無い。部屋の唯一の出入口は、ベータの後方にある。3方向から囲まれ、ノトが敗北を認めようとした……その時、部屋の扉が開く。
「遅くなりました師匠。客人が来ているようですが……いったいどちら様でしょうか?」
現れたのは
「タリアさん? いえ……別人……!?」
(431番の気配はない……つまりソフィアと呼ばれた彼女は、タリアさんと別人……)
彼女の顔は先程 出会ったタリアと酷似していた。しかし纏う気配はまるで違う。まるで、マナ・マテリアルを多く吸収した高レベルハンターのような気配だ。
「ソ、ソフィアよ! こやつらは敵だ!」
一番弟子の帰還に、ノトは僅かな希望を見た。それが声にも表れている。一方でベータは仮面の奥で眉をひそめた。430番と432番の2人は、弟子達を縛っている最中だ。彼女達に目を離させるわけにはいかない。ソフィアに対応できるのはベータしかいない。
(ノトも彼女も、魔導士から目を離すわけにはいかない。挟み撃ちの形ね)
単純な魔法なら一呼吸で詠唱が終わる。しかし壁際のノト・コクレアと出入口のソフィア、正面と真後ろを同時に警戒するのは難しい。先ほどまでの優勢が一転、一瞬の判断が問われる状況に陥ってしまった。
ところが、ソフィアを一瞥したベータは不可解な点に気づく。
(杖を持ってない……?)
さらにベータは、ソフィアの目から一切の敵意を感じなかった。彼女はベータを、倒された仲間達を見ても笑みを崩さない。彼女が見ているのは……ノト・コクレアだ。
「なるほど、来ていたのはシャドウガーデンでしたか。それなら問題ありませんね」
「な、何を言っているソフィアよ……? こやつらを知っているのか?」
「名前だけは。それより師匠、私が今日ここに来たのは……これが最後だからです」
ソフィアの言葉に目を白黒させるノト・コクレア。ベータも言葉の意味を判断できなかった。
「最後……どういうことだ?」
「こう言う事です」
そう言ってソフィアは……自分の赤毛を引いた。乾いた音が鳴り、髪が……ウィッグが滑り落ちる。その下から、切りそろえられたピンクブロンドの髪が現れた。
「貴様は……!?」
その顔をノト・コクレアは知っていた。憎き仇敵。【白狼の巣】調査隊を指揮する姿を、監視魔法で何度となく捉えた顔。
「あなたは……!?」
その顔をベータは知っていた。それは《シャドウガーデン》が最も警戒するパーティ《
《