千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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最低最悪

「ど、どういうことだ……? 貴様が……ソフィア? バカな、ありえん!!」

「師匠、私は師匠を尊敬しています。そこで伸びているフリックさん達のように。私は真理を探求する貴方の論文に心を奪われたんです」

 

 驚愕で目を見開くノト・コクレアに対し、シトリーは変わらぬ態度で声をかけている。ノト・コクレアの一番弟子、ソフィア・ブラックだった時と変わらず。

 

 その場に居合わせた《シャドウガーデン》のベータも、困惑の只中に遭った。状況を理解しようと、シトリーに問いかける。

 

最低最悪(ディープブラック)……トレジャーハンターのあなたが、アカシャの塔に手を貸していたと言うの?」

「……やめてくれませんか? その二つ名、嫌いなんです」

 

 シトリーの顔から笑顔が消えた。冷たい視線をベータに向ける。

《最低最悪》それは集団脱獄事件の最有力容疑者になったシトリーに対し《探索者協会》がレベルダウンと共に与えたペナルティだった。公式記録では証拠不十分となっているが《シャドーガーデン》の見立てでは――

 すると今度は逆に、シトリーが問いかける。

 

「それより私の事、シャドウから聞いていないんですか?」

「っ!?」

「その反応……やはりシャドウが《シャドウガーデン》のトップなんですね」

 

(落ち着きなさいベータ。シャドウ様とガーデンの関係がバレる事は問題じゃない。それより……シャドウ様が彼女と接触していた……?)

 

 動揺を抑え、ベータは睨み返した。目の前の彼女は《嘆きの亡霊(ストレンジグリーフ)》の参謀。過去に衝突はあったが、まだ敵対はしていない。言葉を慎重に選ぶ必要がある。

 

「……不名誉な二つ名で呼んだ事は謝罪するわ。でも、どうしてシャドウ様の名前があなたの口から出たのかしら?」

「順番にお答えしましょう。まず最初の質問ですが……アカシャの塔には優れた設備と、潤沢な資金がありました。そして……ノト・コクレア、師匠がいました」

 

 名前を呼ばれ、ノトは身をすくませる。しかし彼の目には覚悟の色があった。その目に映るのはシトリーと黒づくめの精霊人(ノーブル)達、4人の敵だ。あと一瞬あれば詠唱が終わる――

 

「『破滅の――グアッ!?」

「見逃すと思ったら大間違いよ」

 

 漆黒の矢がノトの腕に突き刺さった。弾かれた杖が床を転がり、ベータが鼻を鳴らす。彼女の手には……弓へと変形したスライムソードが握られていた。ところが、それを見たシトリーがため息をつく。

 

「もう、師匠の魔法で試したかったのに」

「……何の話?」

「まあいいです。私は師匠の魔法の腕と知識、禁断の知識を求める探求心、再起する執念と慎重さ、《大賢者(マスターメイガス)》ノト・コクレアを尊敬しているんです。裏切ったつもりはありません。もう少し一緒に研究を続けたかったくらいです」

「つまり……尊敬する魔導師(マギ)の下で学ぶため、同じ組織に入った?」

「その通りです。貴方達ならわかるのではないですか?」

 

(……彼女を批判する資格が私にあるのかしら?)

 

 得意気な笑みのシトリーに対し、ベータは何も言えなかった。敬愛するシャドウの下で過ごした日々……《ディアボロス教団》との戦い……ベータの手は血に汚れ過ぎている。

 構わずシトリーは話を続ける。

 

「それで2つ目の質問ですが……あの日、私はクライさんから指揮権をいただいて【白狼の巣】に向かったんです。研究成果を性能試験したくて!」

「性能試験……?」

「はい、魔化ポーションにマリスイーター、そしてアカシャ。私達の研究は《黒金十字(くろがねじゅうじ)》やガーク・ヴェルダーを含めた百人近いハンターを圧倒しました! 不足は多いですが、結果は大成功と言っていいでしょう。この状況を用意してくれた師匠とクライさんには感謝しています」

 

 ノト・コクレアの顔が青ざめて見えるのは、決して出血だけが原因ではないだろう。彼は震える声を絞り出した。

 

「クライ・アンドリヒ……《千変万化》ヤツが用意した状況だと?」

「はい。私はクライさんからメッセージを受け取りました。そろそろ潮時だと。しかし研究成果を試さず終わるのは勿体ないと、その機会をくれたんです」

 

 彼女の言葉をベータも理解したくなかった。それがもし本当なら《千変万化》とシトリーは――

 

「あなた達は……クランメンバーを実験台にしたてあげた?」

「その通りです。死者を出さないように手加減するのが大変でしたが……そこに彼が、シャドウが現れました」

「……そうね、私は白狼の巣に向かうシャドウ様を見送ったわ」

「彼は素晴らしい人ですね。私がアカシャの塔の一員であることを見抜きつつも、私の操るアカシャと剣を交えてくれました。彼がその気になればすぐに終わったはずなのに……」

 

 そこでシトリーは、自らの首を手刀で軽く叩く。

 

「彼はその剣を(もっ)て、アカシャの欠点を教えてくれたんです。剣士(ソードマン)が鍛錬を重ねて習得した技を見た目だけ真似ても、完成度がまるで違うと」

 

(シャドウ様は、彼女がアカシャの塔の一員だと知っていた……? だからその真意を探るため白狼の巣に……そういう事でしたかシャドウ様)

 

 満面の笑みを見せるシトリー。彼女はシャドウからの指南を心から喜んでいる。それほど衝撃的だったのだろう。

 話を聞いたベータも僅かに笑みを浮かべる。シャドウの見ている景色……その一端を理解できたのだから。

 

 一方で、ノト・コクレアは絶望していた。徹底抗戦を主張するソフィア、犠牲者0のハンター達、そして白狼の巣に直接乗り込んだだけの《千変万化》、全ては……マッチポンプだったのだ。膝から崩れ落ちる彼に、ベータの部下――430番と432番、2人の精霊人が剣を向ける。

 

「おっと、動かないでくださいね」

「あなたで最後」

「……好きに、するがいい」

 

 出血による消耗と絶望……もはやノト・コクレアは限界だった。その言葉を最後に意識を失う。

 

 

 弟子達を含めノト一派を捕縛したベータ達。すると今度は、シトリーに対して剣を向ける。

 

(ある意味、ここからが本番かもしれないわね)

「さて、あなたの目的を聞かせてくれないかしら? 私達は彼から教団の情報を聞きたいの」

 

 しかし、ベータに睨まれても、剣を向けられてもシトリーの表情は変わらなかった。

 

「私はまず、師匠達に自分の正体を明かしたかったんです。これまでお世話になった事に対する誠意、とでも言いましょうか。ただの自己満足です」

「言わんとすることはわかるわ。それで?」

「そうですね……目的はいろいろありましたが、ひとまず私の《最低最悪》を彼らに引き取ってもらおうと思ってます」

「……罪を擦り付けるの?」

「そんな言い方しないでください。証拠不十分という事になっています」

「シャドウガーデンを甘く見ないで。あなたがよく引き連れてる魔法生物……キルキル君と言ったかしら? アレの素材は……っ!?」

 

 その瞬間、ベータは死を予感した。マナ・マテリアルは人間の第六感さえも強化すると言われている――それがシトリーの手にあるカプセルを警戒している。

 

「どうしましたか? 顔色が悪いですよ」

 

 シトリーは笑顔を崩さない。声の調子も変わらない。しかしベータは、ハッキリと殺意を感じ取った。あの事実はシトリーの逆鱗なのだろう。

 

「……なんでもないわ。それより、あなたの悪行を彼らが証言したらどうするつもり?」

「大丈夫です。『色水』を使いますから」

(色水……もしかして記憶操作系の薬品? これも違法のはずよ。彼女……どういうつもり?)

 

 ベータは戸惑う。ここに現れてからシトリーは……悪びれる様子を一切見せていないのだ。彼女はタガが外れている。おおよそ表の世界の人間とは思えない。

 抱える不安を隠し、シトリーと交渉を始める。

 

「取引をしましょうシトリー・スマート。ここでの情報は共有して、お互いを見なかった事にする。私達はあなたの罪を黙っているし、あなたもここで私達を見た事を黙っている……どうかしら? 悪い提案じゃないと思うのだけど」

「ふむ………………1つ条件があります」

「……何かしら?」

「シャドウの一撃がアカシャを消滅させましたが、あれにはすごく困りました。アカシャには大金をつぎ込んだので」

「弁償しろって言うの?」

「それも悪くないですが……師匠の代わりに、この子の性能試験に付き合ってください」

 

 そう言ってシトリーは金属カプセルを開けた。ベータは警戒心を露わに跳び下がる。カプセルの中身が零れ落ちると、床の上に透明な不定形の魔法生物が姿を現した。

 

「研究の副産物……シトリースライム8号です。周囲のマナ・マテリアルを吸収して成長するんですが、逃げ出してしまって……さっき捕まえたばかりなんです。貴方ほどのマナ・マテリアル保持者なら……いい実験台になりそうですね」

「こっちが許可する前に出してるじゃない!」

 

 ベータは叫びながら剣を構えるが、シトリーの説明が本当なら……相性は最悪だ。

 

(スライムソードも、スライムボディスーツも、魔力(マナ)の塊よ!? 喰われるって事!?)

 

「ベータ様……!? 行くよ432番!」

「了解」

 

 事の成り行きを見守っていた430番と432番が同時に剣を構えた。無謀な2人にベータは叫ぶ。

 

「逃げなさい、上よ!」

「え? んぐっ!?」

 

 天井から降ってきた透明な何かが、430番と432番の顔に覆いかぶさった。その魔法生物は2人の口を覆い、呼吸を阻害している。

 

「対人用のシトリースライム5号と7号です。安心してください、殺すつもりはありません。ただ……邪魔はしないでください」

「むぅぅっ……ぷはっ!?」

「げほっ……このスライム、離れない……!?」

 

 部下2人の首に纏わりつくスライム、それはいつでも殺せるという意思表示だろう。2人を人質に取られたベータに、もはや選択の余地はなかった。

 

「……やってやるわよ。やればいいんでしょ!」

 

 ベータは半ば自棄になって、シトリースライム8号に剣を振るう。しかし刃が触れた瞬間、スライムソードは半分の長さになっていた。

 

「ぐぬぬ……」

「先ほどの弓といい、その剣……もしかしてスライム製? スライムの魔力伝達率は99%以上。それを武器に変えるということは……」

 

 真剣な眼差しで観察を始めるシトリー。するとその時、部屋の扉がまた開いた。そして新たな人影が入って来る。

 

「ベータ様~……」

「431番! いいところに戻っ……て……っ!?」

 

 ベータの視界に映った431番は……逆さまだった。後ろにいる人型の何かに片脚を掴まれ、逆さづりにされている。脱力して垂れ下がる両腕が、彼女の戦闘不能を物語っていた。

 

「ごめんなさい~やられちゃいました~……」

「きるきる……」

 

 甲高い鳴き声が響く。それは431番の後ろにいる人型が発している。頭にかぶった袋で顔を隠し、筋骨隆々、灰色の肌を持つ。それは、脱獄囚を素材にシトリーが作りあげた魔法生物……「キルキル君」だ。捕まえた獲物を自慢するかのように、431番を高く掲げている。

 

 ――これで人質は3人。

 

「ほらほら、休んでないでもっと頑張ってくださーい」

「うぅ~……! 覚えてなさいよ最低最悪、嘆きの亡霊! いつか後悔させてあげるんだからぁっ!」

 

 帝都の地下にベータの悲鳴が木霊する。

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