千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「あの女……ホントに《
報告中にもかかわらず、ベータは怒りを露わに立ち上がった。
「アカシャの塔を利用し、それだけでは飽き足らず、私に凶悪な魔法生物をけしかけたんです! マナ・マテリアルを吸収して成長するスライムですよ? この世界の全てを飲み込むって事じゃないですか! 私の剣も魔法も全部飲み込まれました!」
「そう……落ち着きなさいベータ」
声を張り上げるベータに対し、アルファは冷静な相槌を返す。内心の戸惑いを隠しながら。
ここは帝都にある《シャドウガーデン》の活動拠点、その会議室だ。アルファとベータを始め、帝都襲撃作戦に参加したメンバー……七陰の中の5人が集まっている。彼女達は今、一連の事件についてのまとめを行っていた。
「しかも彼女……スライム特効薬を持っていたんです。実験体をそれで処分して……わ、私のスライムスーツも溶けて……うぅ~……とにかく! シトリー・スマートは危険な女です!」
さらに声を張り上げるベータ。彼女の顔が赤い理由は怒りだけではなさそうだ。すると、デルタが欠伸混じりに率直に呟く。
「ん~……今のベータ、イータに遊ばれてる時とおんなじです」
「なっ……!?」
「言われてみれば……」
「確かにそうね」
そのツッコミに、ガンマとイプシロンも同意する。この場にはいないが「七陰の第七席」イータも危険な
「そんな、私……
またしても錬金術師に弄ばれた――その事実にショックを受けたのか、ベータは言葉を詰まらせてしまった。その様子を見て、アルファの口から小さなため息がこぼれる。
「……彼女が危険な事は前々から分かっていたはずよ。あの『キルキル君』でね」
「そう……ですね。油断したつもりはありませんが、想像以上でした」
「スライム特効薬についてもイータに伝えましょう。他に報告はある?」
「……いえ、アカシャの塔に関しては以上です」
落ち着きを取り戻したベータが腰を下ろし、会議は次の話題へと移った。まず口を開いたのはガンマだ。
「ベータ様が《アカシャの塔》から押収した物は、襲撃作戦で手に入れた物と合わせて、解析班に回します」
「……あの女が言っていた研究成果の数々。イータなら喜びそうね」
「それもですが……白狼の巣に異変をもたらしたマナ・マテリアルに関する研究。必ず我らの役に立つものになるかと」
「楽しみね……イータからの報告を待ちましょう」
悪魔憑き……マナ・マテリアルの暴走現象に対する救済と研究、それを《シャドーガーデン》は目的の1つとして掲げていた。研究が進めば……魔人ディアボロス、ひいては《教団》の謎に迫る事にもなるのだ。ノト・コクレアの研究を知れたのは、彼女達にとって幸運だったと言える。
ガンマの報告は続く。帝都での襲撃についてだ。
「アルファ様が遭遇した実験体の件ですが……その後の調査でも所在は掴めませんでした。おそらく騎士団か教団が回収したのだと思われます」
「そう……あの時、彼女より作戦を優先してしまった私のミスね。彼女が何者か、研究資料からわかればいいのだけど」
「……解析班に伝えておきます」
アルファには《シャドウガーデン》には同じような経験があった。目の前で悪魔憑きの少女が怪物に変えられ……救えなかったことが。
しかし、悔やんでばかりもいられない。アルファには気にかかる事があった。
「あの夜の事だけど……《最低最悪》は白狼の巣へ向かい《千変万化》と《絶影》は、帝都で私達の前に姿を現した。そういう事になるわね」
「メス
再戦に向けて意気込むデルタだが、それに比べアルファの表情は険しい。
「そう、デルタは絶影との戦いに夢中になった……それこそが千変万化の狙いだったのよ」
「……んん? どういうことですアルファ様?」
「それで貴方が戻らなくて、私が迎えに行くのを計算してたの。自ら姿を晒してまでね」
アルファの言葉に、ガンマが驚き眉を顰める。
「それはまさか……アーク・ロダンがアレクシアを見つけるまでの時間稼ぎ、という事ですか」
「おそらくね。私が向かった時にはもう《
「……申し訳ありませんアルファ様。それは私に責任があります」
どこか諦めたように笑うアルファに対し、目を伏せ謝罪の言葉を口にしたのはガンマだ。
「絶影の察知能力を警戒するあまり、監視がおろそかになっていました。白狼の巣に向かったメンバーをしっかり確認できていれば、そのような事には……」
「それなら私にも責任があります。あの時……監視魔法で馬車の中を覗いていれば……」
イプシロンも口をそろえて悔やんでいる。そんな2人を気遣い、アルファは笑みを浮かべた。
「……2人とも気にする必要はないわ。《絶影》を警戒するように言ったのは私よ。それより……《千変万化》について、皆に伝えておきたい事があるの」
「あの男について……」
話題を変え、真剣な面持ちを作るアルファに皆の視線が集まる。そして彼女はあの夜……何があったのか淡々と話し始めた。
「私は目の前に現れた彼に尋ねたの。『あなたの目的は?』って。すると彼は……大切な友達の夢を応援する事……そう言ったわ」
「それは……本当ですかアルファ様? それはあまりにも……」
「デルタも聞いたのです。間違いないのです」
「単純、よね。神算鬼謀と噂される男とは思えない答え。私も聞いた時は、はぐらかされたと思ったもの」
そこでアルファは一度言葉を区切り、視線をベータへと向ける。
「でもベータの報告を聞いてわかったわ。千変万化は本気で言っていたと」
「……! 《最低最悪》とアカシャの塔の関係ですね」
「千変万化はそれを容認した。例の脱獄事件もね。そして私達の目の前で教団の間者を見逃した」
「ニューの件もですか……」
帝都ミツゴシデパート前での一件。《千変万化》の見逃した間者を、ガンマの補佐役であるニューが追跡した。そこで手に入れた情報自体は有益だったが……
「千変万化は、あれで私達の襲撃を促した……そう思えてならないの」
「そこまで計算づくだなんて……まさかそんな……」
「あの男にとって《ディアボロス教団》も《アカシャの塔》も、私達や自分のクランメンバーだって駒に過ぎないのかもしれないわ。《
アルファの意見に、誰も異を唱えられなかった。襲撃作戦は成功したが、言い知れぬ敗北感が会議室の空気を支配する。
「もしかしたら……千変万化は『彼』の夢も……」
「? アルファ様、今なんて言ったですか?」
小さな呟きにデルタが首を傾げた時……会議室の扉が開いた。
「なんだか重苦しいね。襲撃はうまくいったって聞いたけど」
姿を見せたのは、鋭い眼差しの金豹獣人。「七陰の第六席」《天賦》のゼータ。彼女を見た途端、デルタが机から身を乗り出す。
「メス猫、どうしてここにいるです! 今回メス猫は何もしてないです!」
「いきなりご挨拶だねバカ犬。私だってガーデンのために働いてる事、いい加減覚えて欲しいな」
「今日はこの前の振り返りで、メス猫は関係無いのです! それとデルタは犬じゃない!」
吠えるデルタとそれを挑発するゼータ、いつも通りの口喧嘩にアルファは眉根を寄せる。
「2人ともやめなさい。……おかえりゼータ。予定よりずっと早いけど……何かあったの?」
「緊急……かどうかはわからないけど、急ぎの報告が出来たから戻ってきた」
そう言ってゼータは、一枚の報告書をアルファに手渡した。それは未完成の物だったが、とあるハンターについて事細かく書かれている。
「諸国の高レベルハンターの調査……その対象の1人がこの帝都に向かってる。もしかしたら、もうたどり着いてるかもしれない」
「【霧の国ネブラヌベス】の英雄《
「《ディアボロス教団》と繋がってるか、調べてる途中に動いたんだ。もし繋がってたら……厄介な事になるよね」
英雄は何を求めて帝都に来るのか? 英雄の到来は帝都に何をもたらすのか? その報せに七陰の面々は……皆、困った表情を見せる。
「レベル7ハンター……気になりますが、私は表の仕事で帝都を離れる予定です」
「私も手が離せません。ガーデンの今後のため、次のイベントは必ず成功させなくては……」
「デルタは……アルファ様と《狐》狩りに行くのです。アーモンド? の相手はできないのです」
「私も一度【オリアナ】に行かないといけないのよね」
皆の反応にゼータは目を白黒させる。思わずアルファに視線を向けるが、彼女も困った笑顔を見せていた。
「……ちなみにイータは?」
「イータには、今回の件で回収した資料の解析をしてもらうわ」
「帝都に残るのはガンマだけで……そのガンマも忙しいって事だね」
「そういう事になるわね。それでゼータ……貴方が――」
「アルファ様、私は帝都に残る」
アルファが頼むより早く、ゼータは了承した。その言葉にガンマは安堵の笑みを浮かべる。
「ありがとうゼータ。でも貴方の任務は大丈夫なの?」
「問題ない。最初からそのつもりだった。帝都で少し気になる事があってね。559番にも、しばらく戻らないかもって、もう伝えてある」
すらすらと答えるゼータだったが、そんな彼女をデルタは訝しむ。
「ウソです! メス猫は……こっそりボスと遊ぶつもりなのです!」
「なっ、何を言い出すんだバカ犬!? 私はそんな事しない! ベータやイプシロンじゃあるまいし……」
「……今のはちょっと聞き捨てならないわね」
「あら? 珍しく気が合うじゃないベータ」
「いや、その……今のは言葉の綾だ。悪気があったわけじゃ……」
「あっても無くても問題よ!」
「イプシロンはともかく、私は――」
それまでの真面目な会議はどこへやら……姦しい面々に、アルファの雷が落ちるのは、時間の問題だった。
***
《
仏頂面で手荷物を片付け、そのまま着替えようと上着のボタンに指をかけ……その時、窓からガラスを叩く音を聞いた。まるで扉をノックするような軽い音。警戒心を露わに、ニーナはカーテンを開く。すると、鋭い眼差しの金豹獣人が気安く片手をあげていた。
「やあニーナ」
「ゼータ様でしたか……お久しぶりです」
構えていた白いスライムソードを収め、ニーナは窓を開いた。入ってきたゼータに対して、恭しく一礼する。
「ハンターのふりはどう?」
「おかげさまで、始まりの足跡の情報網を使えるようになりました。あとは、目立たないように、《千変万化》に近づかないようにと、心がけていましたが……クレアが――」
「クレア様、ね」
「失礼しました。……クレア様が、自ら積極的に試練に飛び込むので、私も千の試練に何度も巻き込まれました」
「どうだった?」
「……巻き込まれるたび、本気を出すかどうか、正体がバレそうになる恐怖を味わいました」
「ん……そう」
静かに落ち着いた声で報告するニーナは、普段とはまるで別人だ。白いスライムをローブに変えて纏っている。
「それとゼータ様、クレア様について1つご報告が」
「何?」
「クレア様は……嘆きの亡霊の幼馴染です」
「……間違いない?」
「クレア様の口から直接聞きました。つまりシャドウ様も……」
「幼馴染、か……」
「……気づけなかったのですか?」
「ん……もしかしたら、とは思ってた」
《シャドウガーデン》にとってクレアは盲点だ。盟主シャドウの姉君……シャドウ共々、わざわざ調べるような真似はしない。《嘆きの亡霊》を調べて「カゲノ―姉弟と出身地方が同じ」と認識するのが関の山だ。
《シャドウガーデン》と因縁を持つ《嘆きの亡霊》。それが盟主シャドウと幼馴染……その事実はゼータを悩ませる。
「
「シャドウ様の見ている景色は……私達には遠すぎます」
「でも私は、主の願いを叶えたい」
決意の言葉にニーナも頷く。彼女はゼータの個人的な部下だ。元「悪魔憑き」だが《シャドウガーデン》には属していない。クレアを陰ながら見守る密偵である。
「ゼータ様、それでは……」
「ん。魔人ディアボロスの力が眠る【聖域】……その1つが、帝都のどこかにある」
主シャドウのために……七陰を抜け駆けし、ゼータ独自の計画が動き出す。
これで1章は完全完結。連続投稿もここで終わりです。
2章がいい感じにまとまったら、投稿を再開します。
感想と評価、お待ちしています。