千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
ガンマと別れて……翌日。オーナーとなったマンションを訪れ、その威容を見上げていた。帝都中心部と住宅地のちょうど境目に立つそのマンションは、《
壁や柱に余計な装飾の無い洗練されたデザインは、前世で見た高級タワーマンション(を紹介する広告)を思い出す。建築デザインは……イータあたりの仕業だろうか。
ひとまず中に入り、管理人を尋ねてみた。
「あの、信じてもらえないかもしれませんが、僕はこのマンションのオーナーなんです」
「承知しておりますシド・カゲノー様。ガンマ様より、6階を案内せよと命じられております」
ガンマの言ってた通り、管理人にも連絡が届いていた。不動産業までやっているとは……ミツゴシ商会、恐るべし。
「これは……広すぎるな」
案内された6階は、他の階より狭い代わりに1フロアが丸ごと1つの家という構造。8人くらいで住めそうな広さだ。大きな窓に面したリビングはとても開放的。隣のダイニングキッチンからは、香ばしい香りと何かを焼く音がする。……このニオイは魚だな。
キッチンに足を運ぶと、金の髪、金の猫耳、金の尻尾……見覚えのある金猫獣人がラフな格好でフライパンを握っていた。
「何やってるのゼータ?」
「ん。
《シャドウガーデン》七陰の6番目、ゼータ。彼女も僕が助けた「悪魔憑き」の1人だ。それが目の前で、我が物顔で魚を焼いている。どこから入ったんだろう? そんな風に考えてると、彼女は自然体な笑顔を見せる。
「これはお土産、焼くと美味しい」
「……一緒に食べようか」
久しぶりの再会だけど、ゼータは相変わらずクールで口数が少ない。そんなわけで、ちょっと早めの昼食は焼き魚の身をほぐしたサンドイッチとなった。
後片付けを終えて、テーブルを挟んでゼータと向かい合う。彼女から話を聞くため、なんだけど……僕は見逃さなかった。彼女が尻尾をソファに擦りつけているのを。
「こら、マーキングはやめなさい」
「ごめん主」
クッションを叩いて毛を落とし……改めて彼女から話を聞く。僕はシリアスな顔を作った。
「それで……ゼータよ。例の件について教えてくれ」
「ん。被害者は3人。共通点は無い。現場はバラバラだけど、全部
「ふむ……なにか根拠があるようだな」
「これ、現場に何枚も落ちてたらしい」
そう言ってゼータが取り出したのは、赤黒いシミが目立つ1枚のビラ。「シャドウガーデン」「死の制裁」そんな文言と共に、髑髏のマークが描いてある。
「髑髏か……まるで
「だね。
「挑発か」
「ん。対立を煽ってる。共倒れでも狙ってるのかな」
うーん……思ったより事態はややこしそうだ。犯人は《シャドウガーデン》に憧れているのか、《嘆きの亡霊》を恨んでいるのか。そうなると、この前ボコボコにした《アカシャの塔》が絡んでる可能性もあるね。
「――でも1番の目的は、シャドウガーデンを悪党に仕立てる事。こんなことをするのは……教団以外ありえない」
「……やはり教団か」
なるほど。彼女達の設定だとそうなるのか。《シャドウガーデン》に対して強い恨みを抱えているのは、5年間戦い続けた教団だけ――せっかく用意してくれた設定だ。乗っかるとしよう。
「――罠だな」
「だね。一体なにを企んでるのか……でも何もしないわけにはいかない」
「ならどうする?」
「ん……この広い帝都を探して回るのは現実的じゃないし、拠点を探す方が早いと思う」
「あてはあるのか?」
「全然。この前の襲撃で、知ってる拠点は全部潰したからね」
そう言ってゼータは肩をすくめてる。デルタが暴れたあの襲撃で、盗賊や
「焦るなゼータ。教団の狙いが我らなら……必ず裏に大きな陰謀があるはずだ」
「大丈夫、この程度で主の手は煩わせない。私は私で、他に調べたい事もある」
すると、ゼータがそれまで以上に真剣な顔を向けて来た。その瞳には不安の色も見える。
「もし嘆きの亡霊がこの挑発に乗せられて、私達と敵対したら……どうする?」
そっか《シャドウガーデン》はクライ達を警戒してるんだ。それもゼータが不安を見せるほどに。喧嘩っ早いルークやリィズなら、偽物とか関係なく襲って来るかもだけど……クライは違う。
「嘆きの亡霊か。奴らのような強者と雌雄を決するのも一興。だが奴が……クライが乗せられるとは思えんな」
「千変万化……主にあの男はどう見えてる?」
「さて、な。奴は実力を隠している。誰にも気づかれぬよう……巧妙にな」
「主でもわからない?」
「奴を例えるなら……無限の色だ。ありとあらゆる色を内包し、その時々に応じて違う色を見せる。今見えている色は、奴があえて見せている物に過ぎない。だがその全ては混ざり……いずれ闇より暗い漆黒へと変わる。全てを塗りつぶす漆黒へと」
「無限の色……まさに千変万化だ」
「そして今の奴は、金と陰謀の渦巻く祭典に目を向けている。陰の世界の小競り合いではなく……表の大舞台にだ」
クライは陰の実力者だ。それも戦闘力とは違う実力を持つタイプ。だったら既に動いているに違いない。オークションで起きるであろう事件に向けて。
「祭典……オークションの事? ……そっか、主が小競り合いって言ったのがわかった」
「気を悪くしたか?」
「別に。でもさすが主だね。私達は千変万化に翻弄されてばかりなのに……主には見えているんだ。奴の狙いが」
「奴の狙いがなんであれ、我らの進む道は変わらない。奴には奴の目的があり、我らには我らの目的がある……そこを違えるなよ」
「ん、わかった。今、私達が追うのは偽物。それと……ふっ」
言い淀んだゼータは、誤魔化すように笑って立ち上がった。そのまま軽く伸びをして……窓を開ける。そこから出ていくみたいだね。
「これはまだ主に言えない。調査が進んだら報告する」
「行くのか?」
「主のおかげで迷いが晴れた。もう少し大胆に動く」
「そうか」
「必ず見つける。偽物も……【聖域】の入り口も」
その言葉を最後に、躊躇いなく彼女は跳んだ。何を探すのかは知らないけど……迷いが晴れたなら何よりだ。
「それがゼータ、貴様の目的か。ならば我も我の目的で動くとしよう。陰とはうつろう物……天が動けば、陰もまた動く」
部屋を借りてるアパートに戻って、引っ越しの準備だ。
***
シドがマンションを訪れていた頃、クライ・アンドリヒは……自分の作り出した地獄に冷や汗を流していた。
「何この宝具……全然チャージ終わらないんだけど!?」
「っ!? げほっ! ごほっ! まっっずぅっっ!!?」
「はぁ……はぁ……次! 持ってくるのです!」
《足跡》クランハウス2階のラウンジでは、所属する
「まだまだ魔力回復薬はありますよ? 頑張ってクライさんの宝具をチャージしてください」
楽しそうに声を上げるのは、この事態を仕掛けた張本人、シトリー・スマート。先ほど彼女はラウンジにいたハンター達に告げた。
――魔力枯渇を意図的に引き起こし、魔力回復薬によって超回復……魔力量の増加現象を狙う。《嘆きの亡霊》のルシア・ロジェを超一流魔導師に鍛え上げた訓練法とは、クライの宝具コレクションに対するチャージだった――と。
シトリーの巧みな言葉に乗せられた魔導師達は、超回復を狙うため競うように宝具をチャージしている。そしてシトリーが用意した魔力回復薬は、ルシア用に調整された特製品。並の魔導師を数滴で回復させるほどの効果があった。ただし、魔力回復薬の例に漏れず味は最悪だ。
「い、いやぁ~……助かるよ。僕のコレクションは後すうひゃ……数十個はあるからね」
「そ、そんなにあるのかよ……」
宝具のチャージどうしよう?――シトリーへの何気ない相談が生み出した惨状に対し、クライは苦笑いを浮かべる事しかできなかった。魔導士ではないクランメンバーは、クライの発言にドン引きしている。
そんな時、
「おいヨワニンゲン! 宝具じゃないのが混ざってるです!」
おかしな言葉遣いをする彼女は、精霊人の魔導師が集うパーティ《
しかし、クリュスにヨワニンゲンと呼ばれてもクライはどこ吹く風。まるで気にせずクリュスに話しかける。
「そんな筈はないと思うんだけどな……どれ?」
「これです! 全然チャージできなくて変だと思ったんです!」
クリュスが見せたのは、銀色のX字の物体。昨日クライが手に入れたばかりの、ゼノン侯爵の秘蔵品だった。
「あれ、ここに運ぶときに紛れ込んだのかな……というか宝具じゃなかったのか。残念」
「な……!? 落ち込んでないでちゃんと謝るです!」
ガッカリしてそのまま戻ろうとするクライに、クリュスは叫ぶ。
「ああ、ごめんごめん。鑑定の手間が省けたよ。ありがとうクリュス」
「ちゃんとって言ったです! ヨワニンゲンは私の事、なんだと思ってるですか!」
「え……友達?」
「誰が! ヨワニンゲンなんかと、友達なんですか!」
「まあまあ、そんなに怒らないでよ。ほら、次の宝具があるからさ」
「~~っ!! とっととよこせ! です!」
クリュスを適当にあしらい、クライは手元の秘蔵品に意識を向けた。シトリーも彼の隣に立って、秘蔵品を覗き込んでいる。
「宝具じゃないって事は……ただのアクセサリー?」
「には見えませんが……特殊な魔道具、それもアーティファクトの可能性はありますね」
「魔道具」とは人間の手によって生み出された魔力を使う道具の総称である。『高度魔道具文明』を由来とする宝具が最も有名だろう。
ただし、わざわざ「魔道具」とだけ呼ぶ場合は「宝具ではない魔道具」を意味する事が多い。そんな魔道具の中でも、ある特定の時代に作られた魔道具は「アーティファクト」と呼ばれ、現代の技術では再現が困難とされている。
アーティファクトは宝具に引けを取らない能力と価値を持っているのだが……クライは困った顔をシトリーに向けた。
「宝具じゃないなら興味ないなぁ……どうしようかこれ?」
「魔道具の類は
「それならシトリーに預けるよ。何かわかったら教えて」
アーティファクトを受け取ったシトリーは、阿鼻叫喚の地獄を尻目に3階へと向かう。
《足跡》クランハウス3階は、錬金術師用の研究室になっている。そこでシトリーは並ぶ机の1つでピンクブロンド髪の少女……後輩のシェリー・バーネットが論文を書いているのを見つけた。研究ノートと資料を見比べ、真剣にペンを走らせる姿は、彼女が一流の錬金術師である事を物語っている。
シェリーはシトリー同様【プリムス魔導科学院】にも籍を置くハンター、その専門は魔力だ。人体と魔力の関係性、そして魔力を使う魔道具やアーティファクトの研究である。
シェリーがペンを止めるのを待って……シトリーは考え込む彼女に声をかけた。
「シェリーちゃん、ちょっといいかな? 頼みたいことがあるんだけど……」
「ふぇ……? は、はい! シトリー先輩の頼みなら、何でも聞きます!」
憧れの先輩からの頼みに、シェリーは興奮気味に襟を正した。