千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
訓練場に、金属同士がぶつかる甲高い音が響いた。ティノ・シェイドの目に映ったのは、短剣を突き出したミリアと、後ろによろけるシド・カゲノー。
「……え?」
決して見えない速度では無かった。しかし予想以上のミリアの速さに、ティノは一瞬だが呆気にとられる。それはハンターなり立ての少女とは思えない速さだった。
(速い! やっぱり彼女、体を弄られて……)
ミリアは普通の人間ではなかった。怪しげな組織に監禁され、怪物にされて……あの日、衝動のままに帝都を破壊していた。黒づくめの
(人をバケモノに変えるなんて許せない、けどどんな組織が……それもアカシャの塔なの?)
考え込むティノだが、視線は目の前の模擬戦に集中していた。ハンターになったばかりとは思えないミリアの速さ。それにシドは防戦一方だ。ふらつきながら短剣を受け流す様は、見ていて危なっかしい。
(でも防げてるって事は見えてる。 目はよさそう)
ミリアは攻撃と退避を繰り返す、所謂ヒット&アウェイな戦い方をしている。一度距離を取ってもう一度接近……その合間にシドは体勢を立て直して防ぐ。それが何度も続いている。ミリアの攻めは単調だった。
そして十何回目かの攻撃……ついにシドは防ぎきれず、弾かれた剣が宙を舞った。尻餅をつくシド、その脚の間に、落ちてきた剣が突き刺さる。それが決着の合図となった。
「ま、参りました……」
シドは震える声で、しかしハッキリと負けを認めた。対してミリアは目を白黒させながら、自分の手とシドを見比べている。
「え、あ、うん……大丈夫?」
ミリアがシドを助け起こし、それを見届けてからティノは2人に話しかけた。
「お疲れさまですミリア。貴方の実力はよくわかりました」
「私も驚いてる。まるで自分の体とは思えなかった」
「ですが……」
ティノはへらへらと笑うシドを睨みつける。
「シド・カゲノー。私にはわからない。お姉さまがなぜあなたを強いと言ったのか」
「だから……勘違いじゃないの?」
「私はお姉さまを信じている」
ティノがハッキリそう告げると、シドは困ったような顔をして頭をかきはじめた。ティノが追及しようと口を開きかけた時、先にミリアが口を開く。
「あのねティノさん。最初に聞こうと思ってたんだけど……私も彼も足跡の所属じゃないよね。訓練場を使ってもよかったの?」
「え? …………あ」
ミリアの指摘にティノは一瞬、頭が真っ白になった。
「だ、大丈夫! 前にギルベルトってハンターが……あれ、その時は私が相手だった? でも今は……ま、まずいかも、しれません」
焦って目を泳がせるティノ。それをまるで見計らっていたかのように、訓練場の出入り口が勢いよく開く。
「ティー! 最近ずっと特訓サボってたよねぇ? 今日という今日は逃がさないからなぁ!」
「ティーちゃん。ちょうどいいので、ノミモノの散歩に付き合ってくれませんか?」
現れたのは怒れるリィズ・スマートと、凶暴なキメラを引き連れたシトリー・スマートの2人だった。
「お、お姉さま方!? これは……その……」
「言い訳すんじゃねぇ! まずは死ぬまで走れ!」
「は、はいぃ!」
「ノミモノ、ティーちゃんの事は好きにしていいですからね」
「え、シトリーお姉さま!?」
「ティーちゃん、頑張って逃げてくださいね」
……ティノは必死に逃げた。大理石すら切り刻むツメを持つノミモノが、ティノにじゃれつこうと飛びかかる。ティノはただ、ガムシャラに走り続ける。ノミモノに追いかけられながら。
***
『モブ式奥義・
……なんて自画自賛してたら、いつの間にかティノが大変な事になってる。訓練場の真ん中で地獄の追いかけっこを眺めていると、リィズとシトリーが僕達の方にやってきた。
「シドちゃ~ん。遊びに来てくれたの? でもゴメンねぇ。私ティーを教育しなきゃいけないの」
「師匠だから?」
「そうなの。今日はいつもより厳しく教育しようかなって。あ、そうだ。シドちゃんも走る? 私、今のシドちゃんが見たいなぁ……ダメ?」
身を屈めて上目遣いでお願いするリィズ。彼女には悪いけど今の僕はモブだし、実力バレするわけにはいかない。
「僕の実力ならティノに聞くといいよ。僕とミリアの模擬戦、しっかり見てたから」
「模擬戦やったの? ホントに?」
「ホントホント」
「汗ひとつかいてないけど」
さすが一流の
「……あっという間に負けたからね。僕なんて大したこと無いよ」
「ふーん……ニーナちゃんと同じかぁ。ま、いっか。今日はティーの教育ちゃんとやんないとだし。また今度ね~」
どうにかリィズは引き下がってくれた。あんまり納得はしてなさそうだけど……たぶん名前の出たニーナ先輩のおかげだろうか。
僕の隣では、シトリーがミリアに話しかけている。なんだか目を輝かせてるね。
「あなたがミリアちゃんですね。お姉ちゃんから話は聞いています」
「あの……ティノさんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。私は
「え、ええ……」
「とても興味深いですね……あなたの体、調べさせてくれませんか?」
「……イヤ、目つきがイヤだ! 何を企んでるの!?」
シトリーはミリアに興味津々のようだ。僕の見立てだと彼女は元悪魔憑き、それも治療が中途半端になってる。アルファ達が治療しようとしたけど、そこから逃げ出したのかな? 僕が治してもいいけど……今は見られてるから無理だね。
とりあえずシトリーにも挨拶しておこう。
「こんにちはシトリー。あのキメラ……ノミモノ? ずいぶん大きくなったね」
「そうなんです。マリスイーターは私の……アカシャの塔の自信作みたいです。なんと他のキメラと違って、交配で増やす事が出来るんですよ」
「……それはすごいね。だいぶ物騒みたいだけど」
ティノを追いかけてるキメラ……マリスイーター。そのツメがすでに壁や床を抉っている。爪痕を指さすと、彼女はにこやかな笑顔を見せた。
「大丈夫です。私とクライさんには攻撃しないように躾けてますから」
「なるほど。それは安心だね」
うん。深く考えない方がよさそうだ。
「僕はそろそろ帰るよ。ティノに連れてこられたけど、それはもう済んだからね」
「もう帰るのですか? クライさんにはお会いになりましたか?」
しまった、クライの事すっかり忘れてたな。モブとしては、今のクライにあまり会うべきじゃないんだけど……でもオークションに向けて話を聞きたい気持ちもある。
「……まだ会ってないけど、でもクランマスターって忙しいんじゃないの?」
「クライさんなら大丈夫ですよ。むしろ話し相手を欲しがってると思います」
忙しいから話し相手が欲しい……シトリーが言うならそうなのかもしれない。ミリアとは1階で別れ、シトリーの案内で5階のクランマスター室を訪れた。扉が開くと、奥の執務机にいたクライが雑誌から顔を上げる。
「やあシトリー……とシド君? よく来てくれたね。でもクレアならいないよ」
「別に姉さんに会いに来たわけじゃないよ」
クランマスター室は、白を基調とした広くて綺麗な部屋だった。中央にはテーブルとふたつのソファー。奥にはクライがいる執務机。後は本棚と、バルコニーに続く大きなガラス扉。まさに組織のトップに相応しい部屋だ。
「それでは私は戻りますね。お姉ちゃんがうっかりノミモノを始末しないように見張らないと」
そう言ってシトリーが退室し、僕はクライと2人きり……友人として話すか? 陰の実力者として話すか? 迷っていると、クライの方から話題を切り出してくれた。でもそれは僕の全く予想だにしない言葉だった。
「ねえシド君。いいアルバイト知らない?」
……よく見たらクライが握っているの、アルバイト情報誌じゃないか。