千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「どれだけ成功を積み重ねても、逃れられぬ業……それは夢の代償か、犠牲か……」
夜の街を見下ろしながら意味深な事を呟く。貰ったマンションのおかげで、陰の実力者やりたい事リストの1つを達成だ。いい仕事をするね。
屋上に佇み思い出すのは……昼のクライとの会話。レベル8ハンターにもなると、金銭感覚も相応になるらしい。クライはシトリーに10桁後半もの借金があるそうだ。それで見るのがアルバイト情報誌だなんて……宝物殿に1人で行く気は無いみたいだね。
でも僕にとって重要だったのはその後、クライに宝具についていろいろと教えてもらった事だ。どんな言語でも翻訳する杖、どんな顔にも変装できる仮面、どんな料理でも作れる包丁、何でも入るポケットならぬ『時空鞄』、空飛ぶ絨毯……この世界にはたくさんの宝具があると勉強させてもらったんだ。
なかでも興味深かった話は2つ。1つは『
ある時、高度魔道具文明の図鑑が宝具として出現し、そこには数多くの宝具の正体が記されていた。発見者は巨万の富と国を手に入れ、世界は知識と宝物殿への強い興味を手に入れたとさ……魔人ディアボロスよりも古い時代の、そんなおとぎ話だ。
その『砂の書』を筆頭に、古代文明の手掛かりとなる宝具は『知識の蔵』に分類され、高額で取引されている。クライでも『知識の蔵』は一度も見たことが無いと言っていた。なかなかロマンのある話じゃないか。
「未知の情報には無限の価値がある――好奇心こそが人の根源。どの世界でも変わらぬ真理」
そしてもう1つ気になったのは……高度物理文明の宝具『スマートフォン』の話だ。薄い板状のそれは、『スマートフォン』同士での通話やメッセージ機能、そして機種……じゃなくて物によってはカメラが付いているらしい。……どう考えても僕が前世で使ってたやつだよね。
前世で当たり前だったものが、古代文明の遺物を再現した宝具として出現する……もしかしたら僕は、異世界転生じゃなくて未来世界への転生をしたのかもしれない。文明が生まれて滅んでを何度も繰り返した遥かな未来に――まあどっちでも僕のやる事は変わらないけど。
「陰に潜み陰を狩る――我はただ、我が道を進むのみ」
さて、眼下の街並みに動きがあった。夜道を歩くピンク髪の少女と、それを狙う不審な人影……どうやら今日は、帝都が陰の実力者を待っているらしい。
***
「
ピンクブロンド髪の小柄な少女……シェリー・バーネットは夜の帝都を1人で歩いている。日没前なら彼女同様に【プリムス魔導科学院】から帰ってくる人間が他にもいただろう。しかし彼女は暗い夜道を気にせず、トボトボと歩く。
「なにか別のアーティファクトと組み合わせるのかな……? つまり本体じゃない部品……」
ブツブツと小声で呟きながら考え込むシェリー。彼女は先輩のシトリーからの依頼を【プリムス魔導科学院】の研究室で行っていた。それに集中するあまり帰宅時間が遅れ、さらに帰途でもウンウン唸って考え続けている。
「明日はもっと幅広い実験を……きゃっ!?」
下を見ながら歩いていたシェリーは、ドサッと何かにぶつかった。驚き、下がり、彼女は反射的にペコリと頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! ちょっと考え事をしてて……」
「我らはシャドウガーデン……」
「ふぇ?」
不可解な返事に、シェリーは顔を上げた。目の前にいたのは黒づくめの男。焦点の会わない目をシェリーに向け……血で汚れた剣を握っていた。シェリーの顔が恐怖に染まる。
「ひっ……!?」
「我らはシャドウガーデン……我らはシャドウガーデン……」
明らかな賊を前に、シェリーは思わず後ずさり……逃げようと振り向く。だが、賊は1人では無かった。さらに2人、シェリーを挟み撃ちにしている。
「こ、こっちにも……」
「我らはシャドウガーデン……」「我らはシャドウガーデン……」
3人の賊がシェリーにジリジリとにじり寄る。シェリーは恐怖でガクガクと震え、その目に涙を浮かべるほどだった。
「こ、こっちに来ないで……」
「我らはシャドウガーデン……」
身を縮こめるシェリーに向けて、賊の1人が剣をこれ見よがしに振りかぶる。
(お養父様、先輩、誰か……助けて……!)
目の前に迫る死に対し、シェリーは声も出せず目を瞑る事しかできない。だが、その時だった。ヒュっと漆黒の風が吹き、振り上げられた腕が斬り落とされる。
「シャドウガーデンの名を騙る愚者よ」
「え……?」
顔を上げたシェリーの前には、漆黒の剣士がいた。漆黒のロングコートを翻し、シェリーを庇うように賊に立ちふさがっている。
「その罪、命で償え」
彼は地獄の底から響くような声を発し、片腕の無い賊をバラバラに切り刻んだ。
「……ッ!?」
その光景を見た他の賊はバタバタと慌てて逃げ出し、シェリーの視界から姿を消した。漆黒の剣士は何も言わず、賊の後を追おうとしている。
「あ、あの!」
シェリーは思わず呼び止めていた。だが言葉に詰まる。振り向いた漆黒の剣士は、仮面で表情を隠していた。仮面の奥の赤い瞳が怪しく輝いている。
「えっと……その、あ、あり――」
「関わるな。すべて忘れろ」
「が……え?」
「その方が幸せだ」
その言葉を最後に、漆黒の剣士はシェリーの前から飛び去ってしまった。赤い瞳の残像だけを残して。
しばらくシェリーは呆然としていたが、やがてその場にヘナヘナとへたり込んでしまった。周囲に漂う死の気配が、幼き日の記憶を……母が死んだあの夜を、彼女に思い出させる。
「お母様……」
***
夜の帝都を駆ける2つの影、全身黒づくめの賊達は何かに追われるように急ぎ、そして焦っていた。建物の隙間から隙間へ、追手を撒くための移動を続ける。
やがてその賊は追跡を確認するため、裏路地で立ち止まった。止まって間もなく、足音が響く。
「ここを墓場に選んだか……それもよかろう。陰の住民の最期に相応しい」
「……ッ!?」
地獄の底から響くような声、現れたのは漆黒の剣士――シャドウだ。シャドウが堂々とした歩みで、賊に接近する。仮面の奥の赤く輝く瞳が《シャドウガーデン》の名を騙った愚者を鋭く見据えていた。
「何を驚いている? 命で償えと言ったはずだ」
シャドウの放つ威圧的な殺気が、賊を怯ませる。踵を返して逃げようとする2人の賊。しかし彼らの前に音も無く着地する姿があった。
「残念、こっちも通行止め」
漆黒のボディースーツと仮面を纏う、金豹獣人。その手に握る漆黒の剣は血に濡れていた。彼女の名はゼータ。《シャドウガーデン》の一員だ。
漆黒の剣士と獣人によって、賊は挟み撃ちの状態になっていた。たじろぐ2人の賊に対し、シャドウは無造作に手を伸ばす。次の瞬間、漆黒の刃が賊の1人を貫いていた。
「アガッ……!?」
それは伸縮自在の刃だった。引き抜かれた刃が縮み、シャドウの手元で漆黒の剣へと姿を戻す。その早業を賊は恐れ、ゼータは笑みを浮かべる。
「お見事」
「ゼータか」
「間に合ってよかった。後は任せて」
「ぬかるなよ」
その僅かなやり取りを経て、ゼータの笑みが攻撃的な物に変わる。しなやかに身を屈め瞬時に走り出すと、次の瞬間には賊を切り裂く。
剣を取り落とし倒れ伏す賊に対し、ゼータは冷たい視線を向けた。
「グァ……き、貴様らは……」
「へぇ、君は話が通じそうだね。一瞬で残す相手を見極めるなんて、さすが
しかしゼータの言葉に返事は無い。既にその場からシャドウは消えていた。
***
偽物に実力の違いを見せつける……うん、なかなか陰の実力者らしい事が出来たんじゃないかな? あれが僕達の真似をしたいファンなのか、恨みを持って罪を擦り付けたいのか……その辺の調査も含めて、後はゼータに任せるとしよう。彼女のおかげで去り際も完璧だったしね。
帰ろうと夜道を駆けていたら、襲われていたあの少女が、まだその場に座り込んでいるのを見つけてしまった。短いピンクブロンドの髪の、気弱そうな少女……あらためて見ると、なんとなく昔のシトリーを思い起こさせる少女だ。
…………僕はモブハンターのシド・カゲノーとして、彼女に声をかける事にした。
「大丈夫?」
「え……? あ……」
その子はハッと顔を上げて……僕の顔をじっと見つめだした。見た感じケガはなさそうだけど……とりあえず手を差し伸べてみる。
「立てる?」
「あ、ありがとう……ございます」
返事はとても小さい声で、震える手で僕の手を弱弱しく握った。それで引っ張り起こしたんだけど……彼女は僕の手を掴んだまま離そうとしない。
「えーっと……僕はシド・カゲノー。君は?」
「…………シェリー……です」
「何があったかは聞かないでおくよ」
シェリーと名乗った声はやっぱり小さい。彼女はすっかり怯えている。でも無理もない。陰の世界の凄惨な戦いを目撃したんだから。まだ死体もそこに残っている。僕がやったんだけどね。
「それで……そうだな。送ってくよ。家どっち?」
「あ……あっちです」
「うん……歩ける?」
「なんとか……」
彼女は震える体を押し付けるように、僕の腕にしがみついてきた。……少しやりすぎたかな。仕方ない、このまま彼女の家まで送る事にしよう。
「ここで、大丈夫……です。ありがとう、ございます」
結局、シェリーがそう言い出すまで、僕達は何の会話もしなかった。相変わらず彼女の顔色は悪いままだ。
……どうしようかな。このまま帰るのは忍びない。とは言え、怯えてる初対面の女性なんて、どう対応すればいいのやら……そこで僕はクライから貰ったある物を思い出した。今の状況にピッタリなアレだ。
「そうだ、コレあげるよ」
「ふぇ……?」
「チョコレート、甘いもの食べると元気が出るから」
どんな物も容量無制限で収納できる宝具『時空鞄』。その説明の時に、クライは自分の持っている『時空鞄』を見せてくれた。チョコレート菓子しか入らない変わった『時空鞄』を。
『この前さ、救助依頼を受けた時……これが役に立ったんだよ。店でガラクタ扱いされてたけど、買ってよかったな』
そう言ってクライは、小さな鞄から何本もチョコバーを取り出して見せたんだ。その時に貰った中の最後の1本を彼女に渡す。
「あ、ありがとう。シド……君」
「やっと名前呼んでくれたね。それじゃお休み」
シェリーの顔に僅かながら笑みが浮かんだ。もう大丈夫だろう。僕は彼女に手を振って別れを告げた。これで心置きなく眠れる。
「シド・カゲノ―……君……おやすみなさい」