千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「シド・カゲノーですか? レベル1か2の実力に見えましたけど……」
「はぁ? テメエの目ん玉は飾りかよ! シドちゃん汗1つかいて無かったじゃねえか!」
「え……?」
***
「『
「ま、ますたぁ……たす、けて……」
「っ!? ごめんごめん」
***
とある喫茶店で、ティノ・シェイドはひどく落ち込んでいた。昨日は師匠であるリィズに叱責され、今日は敬愛するますたぁであるクライの期待に応えられなかったのだ。
「ごめんよ。ティノなら勝てると思ったんだけどな」
向かいの席に座るのはますたぁ。彼の慰めの言葉がティノにとっては逆につらかった。
(ますたぁ……私なんかに優しくしないでください)
二日続けての失態にティノはすっかり自信を喪失している。昨日はシドの実力についてリィズに尋ねられ、見たままを正直に伝えたら……怒りを通り越して失望されてしまった。
『
その性格と戦闘力から勘違いされがちだが、リィズは盗賊として超一流なのだ。罠の解除、鍵の開錠、気配探知、気配遮断、斥候……リィズは盗賊としてのあらゆる技術をティノに厳しく指導していた。ティノはその教えに従う事が出来なかったのだ。
そして今日は……ますたぁの護衛としての責務を果たせず惨敗したのだ。相手は筋骨隆々の大男、近頃ウワサになっている余所者のレベル7ハンター……アーノルドだ。
レベル4のティノにとっては遥か格上、それでもますたぁにいいところを見せようと、ティノはアーノルドに強気な態度をとったのだが……
『わかった、ティノに任せるよ』
『え?』
『止めないのか……?』
ますたぁはティノに助力せず傍観を決め込んだ。梯子を外されたティノは孤独感を感じ、敵であるアーノルドにすら憐みの視線を向けられてしまった。
(私がコテンパンにされるまでますたぁは何もしなかった……きっと罰。ますたぁの力をあてにした事に対する罰だ)
結局、アーノルド達はますたぁが『暴君の権能』で返り討ちにした。ティノは何もできなかった自分を恥じている。
「ますたぁ……私は調子に乗っていたのでしょうか?」
「……何の話? それより何を頼むか決めた?」
ますたぁの態度はいつも通りだ。甘い物が苦手なのに、ティノのために甘い物を奢ろうとしている。今朝、シトリーに莫大な借金があると言ったにも関わらず――その優しさに、もうティノは耐えられなかった。
「やめてくださいますたぁ! 私を……甘やかさないでください!」
「え……? どうしたのティノ、声が大きいよ」
「私は勘違いしていました。ミリアの世話を焼いて、それで自分が偉くなったと思い込んでいたんです!」
「ミリア? それより静かにして、周りに迷惑だから……」
「ますたぁ、私に名誉挽回の機会をください! ますたぁの借金返済のために……必ず宝具を見つけてきますから! その慧眼でどの宝物殿がいいか教えてください!」
涙目でティノが叫ぶと、ますたぁは困った顔で頭をかいている。
「それじゃあ……アレイン円柱遺跡群にでも行っておいで。そのミリアって子も連れてってさ」
***
その日の朝、帝都南西部に位置するスラム街【退廃都区】の玄関口と言える通りの柱に、黒づくめの男の死体がぶら下がっていた。
その遺体には遺体の下には「愚か者の末路」と書かれた紙が貼りつけてあり、その下には紙がばら撒かれていたという。「シャドウガーデン」「死の制裁」などという文言と共に、髑髏のマークが描かれた紙が。
しかし昼過ぎにもなると、その場にはもう血痕しか残されていない。騎士団が遺体を片付けたのか、それとも【退廃都区】の住民が追いはぎしたのか……
ハッキリしているのは、もはやここは現場ではなく、数人の野次馬が憶測を言い合うだけの場になっている事だけだ。
「遅かった……」
シャドウガーデンの噂を追うミリアは、もう何も残されていない現場を見て肩を落とした。ここに来る途中、道に迷った事を反省している。彼女はまだ帝都に慣れていなかった。
(シャドウガーデンの事を調べる前に、私の事をちゃんとしないと)
正気を取り戻してまだ一カ月もたっていない。今はティノというハンターの先輩に世話になっているが、いずれ1人で生きていけるようにならなくてはならない。ミリアはティノを巻き込みたくないと考えていた。
(シャドウガーデンとディアボロス教団……陰の世界に関わるのは私だけでいい)
決意を再確認したミリア。すると彼女の肩を誰かが叩いた。
「っ!? 誰!」
「おっと、驚かせちゃった?」
振り向いたミリアの前にいたのは、ワインレッドの長髪をなびかせる女性だった。背丈は小柄でミリアと互角だが、胸の大きさではミリアを圧倒している。
「……何の用ですか?」
「そんなに警戒しないでよ。私はニーナ。ティノと同じ足跡に所属するハンターだよ」
そう言ってニーナと名乗った女性は、胸元の《足跡》エンブレムを指で叩いた。
***
体が熱い、全身を何かが駆け巡る。クレアは額に脂汗を流しながら、壁に手をついた。取りこぼしたポーション瓶が床に転がる。それはシトリー製の
「……一滴ずつ飲んで、欲しかったのですが」
「先に……言いなさいよ!」
……過剰魔力をスライムに再び流し込み、クレアは息も絶え絶えに壁にもたれた。シド達がいなくなった後もシトリースライム9号の実験は続き、今ようやく終わりを迎えたのだ。
「そう言えば聞きました? 最近帝都に出没する辻斬りの話」
「……聞いたわ。シャドウガーデンって書いた紙ばら撒いてるそうね」
「私も聞いた~。紙に髑髏のマークって……ウチらも舐めてるよね?」
休むクレアに対して、後片付けを終えたシトリーが話かけた。実験を手伝って(?)いたリィズも話に割り込む。
「それが今朝、退廃都区の方で遺体になって見つかったそうです。柱に吊るされていたとか」
「へえ~見せしめじゃん。やっぱ偽物だったのかな」
「にせもの……?」
「あんだけコソコソ隠れてる連中が、そんな目立つ事するわけないじゃん。クレアちゃんも蛇の時にシャドウガーデンの誰か見たでしょ?」
「ええ……見たわ。銀髪の
息を整えながらクレアは思い返す。1年前……《
「あの後シトリーが調べても、シャドウガーデンの情報は見つからなかったのよね?」
「はい。クレアちゃんの言う通りです。なので先日の帝都襲撃を聞いた時は驚きました」
「バカ犬と決着つけたかったのに……アイツらすぐにいなくなりやがって」
標的との決着がつかなかったことを思い出し、リィズは不機嫌そうに顔をしかめている。
「そうだ、お姉ちゃんに聞きたかったんだけど……そのバカ犬、スライムを使ってなかった?」
「そういや使ってたな……最初はスライムを指に纏わせてツメみたいにして、最後はアンセム兄の背丈ぐらいの剣にしてた」
「私が出会った精霊人達も、スライム製の剣を振るってたの。きっとシャドウガーデンの基本装備だと思う」
「待ってシトリー。それじゃあ実験したスライムって……」
「ええ。彼らの武器を参考にして作った物です」
事もなげに言い放ったシトリーに、クレアは尊敬と驚愕の入り混じった表情を向ける。
「……簡単に言うけど、そんな一目見ただけで真似できたの?」
「原理は単純でした。でも……実験した通りだと、クレアちゃんの
「魔力かぁ。どうりで私が使ってもフニャフニャなわけだ」
「……つまりシャドウガーデンのメンバーは、一流
「へぇ……は? 何それ」
シトリーの言葉を聞いたリィズは、怪訝な眼差しをシトリーに向けた。信じられないと言わんばかりに。
「それってアークちゃんと同じって事? あのバカ犬も?」
「そういう事。いったいどうやっているんだか……」
マナ・マテリアルは人の意思に応える。だが二つの道を同時に進むことは難しい。トレジャーハンターの聖地と呼ばれるゼブルディアでも、剣と魔法を両立しているハンターはアーク・ロダンただ1人だった。
だが、その常識の外に《シャドウガーデン》はいる……それがシトリーの出した結論だった。
話を聞いたクレアは鼻を鳴らし、そして冗談めかして呟く。
「その秘密がわかったら、歴史に名を残す偉業ね」
「そうですね。でもシャドウガーデンは陰に潜んでいる……公表できない方法かもしれません」
「シャドウガーデンって精霊人と獣人ばっかりだしぃ、人間には無理なんじゃない?」
「だとしたら残念ね。私もアークみたいになれるかもって、一瞬期待しちゃったわ」
息を整えたクレアが立ち上がり、体を伸ばす。話に一区切りがついたので、シトリーは話題を変える事にした。
「話は変わるけど……さっき上で面白い話を聞きました。クライさんが《
「護衛は? ティノかしら」
「ですね。クライさんは一度ティーちゃんに任せたそうです」
「クライちゃんきびしー。ティーじゃまだ勝てなくない?」
「ええ。だからクライさんは『暴君の権能』を使ったみたいですね」
「ああ、ルシアちゃんが愚痴ってたアレか。アレ無駄にすごいよね」
「ルシア……ってことは『
『異郷への憧憬』とは、どんな魔法も一つだけストックできる宝具の総称だ。詠唱時間を無視できるメリットはあるが、ストックするには通常詠唱の約百倍の魔力量を必要とする。
『暴君の権能』とは、一般人や建物に全く被害を出さず対象を殺さない……そんなクライの無茶な要求にルシアが考案した重力魔法である。
《嘆きの亡霊》のルシア・ロジェが超一流の魔導師になったのは、『暴君の権能』のような無茶な要求に応え続けたのも、理由として大きい。
……話をクレア達3人に戻そう。
「どうする、お姉ちゃん。アーノルドさん達……消す?」
「別にいいんじゃない? クライちゃんがやれって言うならやるけど」
「物騒ねアンタ達……クライの心配はしないの?」
軽く冗談めかして言うクレアに、リィズもいたずらっぽく笑みを返す。
「クライちゃんなら大丈夫でしょ。クレアちゃんって心配性だよねぇ。アンセム兄みたい」
「お兄ちゃんとは少し違う気もするけど……きょうだいの一番上ってみんなそうなの?」
「知らないわよ、そんなの」
どこか楽しそうに話すスマート姉妹に、呆れながらも笑うクレア。3人共、クライを全く心配していなかった。
《嘆きの亡霊》の2人はクライを信頼しているし、クレアも心配するだけ無駄だと知っているからだ。帝都ゼブルディアはクライ・アンドリヒの庭なのだから。