千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
トレジャーハンターの聖地と呼ばれる帝都だが、当然ながらハンター以外にも多くの人々が生活している。貴族や商人を主な顧客に据えるサービスも少なくない。
ここはそんな高級レストランの1つ。防音の壁に囲まれた個室にゼータはいた。身なりを整え、貴族の使用人に変装している。
そしてもう1人、ゼータと同じ個室にいるのは《
「――オルバ子爵……ですか?」
「ん。そいつを調べればミリアについてはわかる。もう死んでるけど」
「死んでる? だからミリアは……」
ゼータの言葉にニーナは考え込んでいる。彼女の正体はゼータの部下だ。クレアを陰ながら護衛し、情報収集を行うのが彼女の役割である。アーノルドに続き、今はミリアが調査対象だ。
カルパッチョをつまみながら、ゼータは報告を促す。
「シェリー・バーネットについては?」
「それなら、こちらが調査結果です」
「ん。ありがと」
受け取った封書を開き、中の書類に目を通すゼータ。しかし読み進めるにしたがって……彼女の顔は曇っていく。
「ひどいね」
「お気持ちはわかります。私も心を痛めましたから」
「そうじゃない。ひどいのは私」
険しい顔で書類を置くゼータ。シャドウがなぜこの情報を求めたのか? その理由に思い至る。
「――
「……まさか、例の計画を話したのですか?」
「それはまだ。でも主は優しいから……私の罪を問いかけてるんだ。これから先の罪を」
ゼータは自分に言い聞かせるように呟いた。「計画」を推し進めれば、さらなる罪を重ねる事になるのだから。
「きっと主は、私が話すのを待ってる」
「お話になるのですね。……もし止められたら、どうなさいますか?」
「その時はやめる。主が望まないなら、やる意味は無い」
「……ならば、今話すのは良いかもしれませんね。まだ計画は始まってすらいないのですから」
「ん……そうかも」
……密会を終えたゼータは、レストランの外で北の方角を見上げた。遠くに見えるのは【ゼブルディア魔術学院】に並ぶ塔。長い歴史を持つ、帝都最大の学術機関だ。
「入口は見つけた。後は……」
***
僕が見守る中、シェリーは厳重に施錠された扉を見上げた。その手には学長から借り受けた鍵を握っている。
「な、なんだかドキドキします」
「普段は入れないって事だもんね」
ここは【プリムス魔導科学院】の誇る大図書室、その奥まったところにある禁書棚への入り口の前だ。なぜここに来たかというと――
『これはもしかして……マナ・マテリアルに作用するアーティファクトかもしれません』
シェリーの解析の結果、例のアーティファクトは別のアーティファクト、あるいは宝具の部品だということが分かった。単体では何の役にも立たない。
『刻んである術式を解読したところ、
部品から本体部分の能力を逆算すると……『十罪』の「マナ・マテリアルへの干渉」に抵触する可能性が出て来た。僕が悪魔憑きの治療でよくやってたやつだね。
『どうしましょうか……十罪に抵触するような情報は、消されている可能性が高いです。もしあるとすれば、禁書棚にしか無いと思います』
ダメ元で禁書棚の事を学長に頼んでみたら……渋々ながら許可してもらえたんだ。どうやら学院でのシェリーの実績と信頼は、僕が想像してるよりも大きい物らしい。
「開きました!」
「僕は入れないから……入口で待ってるよ」
「ごめんなさいシド君。すぐに戻りますからね」
シェリーが扉を閉めて施錠するのを見届け、僕はひとつ隣の本棚へ移動する。そして今朝届いた手紙を取り出した。
差出人は書いてないけど、あの部屋を知っている《シャドウガーデン》の誰かだろう。暇つぶしに読むとしよう。
「これは……ゼータか」
封筒の中に入っていたのは何枚かの便箋と写真だ。1枚目には新聞の書き写し。それと対応する新聞が写った写真。
日付はだいたい7年前、帝都で起きた強盗殺人事件について書かれていた。
『――被害者は研究者のルクレイア。現場は彼女の家だ。死因は刺殺。全身が刺し傷だらけの遺体は、犯人の残虐性を物語っている。
第1発見者は同僚のルスラン・バーネット。彼は被害者の遺体と、その一人娘のシェリーを現場で発見した。
騎士団はシェリーの目撃証言に期待したが、シェリーは事件のショックが原因か、話せなくなっており――』
「なるほどね」
2枚目には、シェリーがルスランの養子になった記録。3枚目と4枚目には、ルクレイアとシェリーが発表した研究について、それぞれまとめられていた。
素人目線でも、シェリーは亡き母の研究を引き継いで完成させている……ように見える。
そして最後の一枚は、それまでと違う筆跡で「今夜、大事な話がある」とだけ書かれていた。こっちがゼータかな? 調査は別の誰かに頼んだみたいだね。
とりあえず手紙を片付けて、考えながらシェリーを待つことにしよう。
僕の勘が正しければ……過去の事件と偽物騒動が関わっている気がする。なぜなら、それがミステリードラマの王道パターンだからだ。
現代の事件の裏に隠された過去の悲劇、犯人の過去とは……そんな感じのドラマを前世でよく見かけた気がする。
……それから、1時間くらい後。禁書棚からシェリーが戻ってきた。意味深な顔で手元のアーティファクトをじっと見ている。
「やあシェリー、何かわかった?」
「シド君……わかった、と思います」
「それにしては浮かない顔だね」
「そうですか……?」
シェリーは顔を上げて深呼吸……あらためてアーティファクトの説明を始めた。
「これは『強欲の瞳』と呼ばれる宝具を制御するために作られた物です」
「宝具……それってどんな?」
「はい。周囲のマナ・マテリアルに影響を及ぼす宝具で、効果が判明した後に帝国がどこかに隠したそうです。マナ・マテリアルの操作は『十罪』になりますから」
「なるほど……制御装置があるとどうなるの?」
「『強欲の瞳』が集めたマナ・マテリアルを開放……するんだと思います。『強欲の瞳』は集める事しかできないそうですから」
話を聞いた感じ……マナ・マテリアルの吸収を効率化できそうだね。それを偽者連中が狙うって事は……本体はもう向こうが持っている? まあ、偽物の事はゼータと一緒に考えるとして……
「ここまでの情報、よくわかったね」
「……お母様のおかげです。お母様が残した研究資料に『強欲の瞳』についての物と、このアーティファクトに使われている暗号術式と似た記述があって……そっちは書きかけでした」
そう言ってシェリーは俯いて黙ってしまった。亡き母を思って落ち込んでいるのかな。当時の事を聞くわけにもいかないし……彼女の頑張りでも評価しておこう。
「お母さんに感謝だね。でも、解明したのは君だ。もっと胸を張らなきゃ」
「そう……ですね。下を向いてたら、お母様の頑張りにも失礼になっちゃいます」
「そうそう、その調子」
顔を上げ、涙を拭って笑う彼女に、僕も笑顔で応えた。
……それはそうと、僕の勘が当たってしまったか。となると、悪人は過去の事件の関係者になるけど……残念ながら僕は探偵でも騎士団の人間でもない、モブだ。
陰の実力者として犯人と対峙する……その時の想定だけしておこう。
***
その日の夜、僕の部屋にゼータが姿を見せた。相変わらず窓からの入室だ。
「待っていたぞ」
僕はワイン片手に座椅子に腰かけ、彼女をそっと見つめる。今日のゼータはいつにもまして真剣な顔つきだった。
「主……手紙は読んだ?」
「うむ。用件を聞こう」
「……話の前に報告。まず例の噂について」
「うむ」
「《千変万化》の流した噂で、グラディス家が動いた」
「ほう」
クライの噂っていうと、オークションの凄い宝具か。それでグラディス家……確かハンター顔負けの精強な騎士団を持ってる貴族だっけ。それと、ハンター嫌いって話も聞いた事がある。
そんな貴族がハンターであるクライとオークションで戦うのか……手ごわそうだね。
「その宝具を狙って【マギズテイル】に強盗が入った。けど――」
「無謀だな」
「ん」
噂の宝具【マギズテイル】にあったの? あの全身宝具の警備員を相手に強盗なんて……その雄姿ちょっと見てみたかったかも。
「それとガンマから――《アカシャ》の残党に動きあり」
「ふむ?」
「国外から妙な金の動き――だって」
「……復讐か」
「そこまでは」
《アカシャの塔》はシトリーが裏切って壊滅させたはず。いや、壊滅したのは帝都のだけか。それが金で……つまりオークションで何かやろうとしてる。
「ハンター、貴族、陰の組織……役者がそろったようだな」
「主はどう考えてる?」
「この舞台を演出したのはクライ・アンドリヒだ。奴が何を考え、どのような舞台が始まるのか……それは幕が上がるまで分からない。我らは観客か、それとも――」
「……観客でいるつもりは無いよ」
「ならゼータ、貴様は何を成す?」
「主の返答次第」
「ほう?」
そう言ってゼータは不敵な笑みを見せた。なかなか焦らすじゃないか。もしかして、大事な話と関係あるのかな?
「でも本題の前にもう1つ。シェリー・バーネットに関して」
「うむ」
「偽物を釣るために彼女をエサにした。アーティファクトを彼女が持っているって情報を流して」
「ふむ?」
僕とゼータで偽物を見つけた時の話か。それで偽物の狙いがアーティファクトだって判明したわけだね。
「あのアーティファクトは単体では機能しない。『強欲の瞳』という本体が必要になる」
「……教団は本体を持っている?」
「そうなるな」
「なるほど」
ゼータは僕の言葉に頷くと、今度は躊躇いがちに口を開いた。
「……彼女は、私と同じだった。目の前で家族を殺されて……私は、そんな彼女を酷い目に合わせたんだ」
「そうか」
「……それだけ?」
「罪は裁く物ではなく。背負う物だ。我々、陰の世界の住民にとってはな」
「ん……わかった」
僕にゼータを叱る資格は無いんじゃないかな。僕ももっと早く行けばよかったと思ってるし。互いに次は気をつけよう。
そしてゼータは深呼吸を1つ挟んでから、本題を切り出した。
「それで大事な質問。主は…………今も『永遠の命』に、興味ある?」
「もちろん」
僕は即答した。長生きすれば、それだけ陰の実力者として楽しむことができるじゃないか。数百年おきに設定を最初からやり直すのも楽しそうだ。マナ・マテリアルを駆使して寿命を伸ばせないかと常々思っている。
そういえば昔、ゼータに同じように聞かれたっけ。その時も即答した覚えがある。
僕の答えを聞いたゼータは、ゆっくりと、重々しく頷いた。
「……わかったよ。主の気持ち」
「どうする気だ?」
「聖域に眠る、魔人ディアボロスの力を手に入れる。そのために動いてきた」
「……そうか」
もし魔人ディアボロスが君臨する宝物殿があったとしたら、今ならレベル10認定されるような宝物殿が千年前にあったとしたら……《ディアボロス教団》がその跡地を聖域って呼んでてもおかしくはない……か。いい設定じゃないか。
「やっぱり、止めないんだ」
「その選択を否定するつもりは無い」
「……私は主がなんで『永遠の命』を求めてるのかずっと考えてた」
「そうか」
「主の考えはずっと先を見ていて、理解するのは難しかった」
「……それで?」
「主は優しすぎる。だからできない選択がある」
「そうかな」
「でも私は優しくないから。あのシェリーって子を平気で囮にするくらいに」
「……そうだろうか」
「だから私が代わりに罪を背負う。それで主の願いを叶えて……世界を変える」
「いいのか?」
「これが私のやるべき事、主に拾われた子猫の役目……そう信じてる」
そう言いながら、ゼータはどこか悲しそうに笑っていた。
「もし私がしくじって、大きな災いが起きたら――」
そしてゼータは窓の外へと飛び出す。縮こまった背中が小さく見え、悲壮感を漂わせている。
「――私を切り捨てて」
その言葉を最後にゼータは僕の前から姿を消した。その口ぶりはまるで……今生の別れのように聞こえた。
「……ゼータめ。見せつけてくれるじゃないか」
さすが七陰、アカデミー級の演技力だ。……いつか真似してみよう。