千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
ゼブルディアオークション本会場であるイベントホールには、すでに多くの参加者が集まっていた。開始を待ちわびる彼らの声は、ステージ裏の控室にも響く。
しかしガンマは、その声をまるで気にせず、出品リストを再確認していた。リストの上で指を滑らせ、その終盤で指を止める。
「――鑑定不可能、ですか」
それは今回のオークションの最大の目玉《千変万化》が求めてやまないと噂の宝具だった。仮称は『肉の仮面』。
仮面型の宝具は実際に装着しなければ効果がわからない事が多く、件の仮面もそれが理由で鑑定不可能とされている。
(ベテランの鑑定士でも鑑定できない宝具……普通に考えたら、そんな宝具を欲しいとは思いません。リスクが大きすぎます。
しかし《千変万化》は、自分がその宝具を手に入れようとしている――と噂を流しました。本当に欲しているのでしょうか? それとも何か別の狙いが……)
ガンマが考え込んでいると、突然入口の扉が開いた。部屋に入ってきたのは、美しい金髪を携えた長身の
「失礼する。ミツゴシ商会のルーナ会長とは貴殿か?」
「あら? 貴方はもしや……《
ラピス・フルゴル。《
彼女の宝石のように美しい紫の瞳が、ルーナ会長……ガンマを真っ直ぐ見据えている。
「自己紹介は不要か……突然の来訪については謝罪する。しかしこうでもしなければ、貴殿と話す機会はそうそう無いと判断した。あのデパートとやらの前に並ぶほど、私は暇ではない」
「まあ……手紙の1つでも送っていただければ、こちらも時間を作りましたのに」
そう言ってガンマはパンフレットを机に置いて、ラピスに一礼した。
「あらためまして、ミツゴシ商会の会長ルーナです。《星の聖雷》の活躍は私共の耳にも届いております。誇り高き精霊人のハンターのみで構成されたパーティが、この帝都にいると」
「世辞は結構だ。貴殿のような精霊人に誇りを説く資格は無い」
「……挨拶に来た――というわけではないようですね」
「そうだ。貴殿に1つ尋ねたい。精霊人でありながら、何故そのような事をしている?」
ガンマは商会の会長として、にこやかな笑みでラピスに応対する。しかしラピスの反応は冷ややかだ。剣呑な視線をガンマへ向けている。
肉体……魔術的資質……寿命……種として人間より優れる精霊人。その多くは無意識の内に人間を下に見る。ラピスも例外ではない。だからこそ、例外であるガンマに問いかけているのだ。
「私が精霊人らしくないと、そう仰りたいのですね」
「貴殿だけではない。ミツゴシ商会に所属する精霊人、全員だ。俗世に染まり人間に媚びへつらう……精霊人としての誇りを捨てているようにしか見えんな」
ラピスに侮蔑され、ガンマは……彼女を憐れんだ。
(ラピス様は知らないのですね。その誇りによって国を追われた精霊人の存在を)
《ミツゴシ商会》の実態は《シャドウガーデン》のフロント組織だ。そしてシャドウガーデンは元「悪魔憑き」によって構成されている。
そして悪魔憑きを発症するのは精霊人が最も多く、シャドウガーデンの構成員も6割以上が精霊人。その殆どが悪魔憑きが原因で捨てられた過去を持っている。ガンマもそうだ。
元悪魔憑きが精霊人の誇りに疑問を抱くのは自然な流れだと言える。
(……しかし、私達を捨てた者達も被害者。精霊人の誇りさえも歪めた《ディアボロス教団》の被害者にすぎません)
魔人ディアボロスが現れた千年前から《ディアボロス教団》は世界を意のままに動かしてきた。精霊人の国々もその影響下にあると《シャドウガーデン》の調査で判明している。
もし影響を受けてない国があるとすれば、それは全ての精霊人の原点、伝説の【ユグドラ皇国】ぐらいだろう。
「……なぜそのような目で私を見る?」
「ラピス様。私は今の仕事に誇りを持っています」
「ほう?」
訝しむラピスに対し、ガンマは穏やかな笑みで言葉を紡ぐ。それは商人としての作り笑いなどでは無く、誠実な、心からの表情だった。
ラピスは静かに腕を組んで、ガンマの言葉に耳を傾けている。
「かつての私はひどい落ちこぼれでした。魔法も剣も苦手な私は、自分には何もできないのだと嘆いてばかり……
そんな私に、道を示してくれた人がいたのです。私には誰にも負けない才能がある――と」
「……それがミツゴシ商会か」
「はい。私は、自らの才を発揮できる今の立場を誇りに思っています。精霊人本来の誇りとは違いますが……我々の誇りを侮辱することは、例え貴方でも許しがたい事です。ラピス・フルゴル様」
シャドウに命を救われ、新たな道を示され、今のガンマがある。彼からの恩寵を忘れたことなど、一瞬たりともありはしない――ガンマは笑顔を崩し、ラピスを睨み返した。主への忠誠と恩義がそうさせたのだ。
ガンマの言葉にラピスは……口元に笑みを浮かべる。
「全ての精霊人が戦う道を選ぶわけでは無い……か。ルーナ会長。貴殿の誇りを認め、先の言葉は取り消すとしよう。そこまで言われて認められぬほど、私は狭量では無い」
ラピスの満足そうな微笑みに、ガンマは安堵のため息と共に笑みを浮かべる。
「納得していただけたようで、なによりです。ぜひオークションをお楽しみください」
「それは遠慮させてもらう。目ぼしい宝具でもあればと思ったが……興味深い物は無かった」
「まあ。それは残念ですね」
「だが……あのシロンという音楽家、彼女の演奏だけは聞くつもりだ」
「彼女のピアノの腕は天才的です。友人の私が保証します」
「それは楽しみだ」
笑みを浮かべたままラピスは控室を後にした。すると彼女と入れ替わるように、ミツゴシ商会の制服に身を包んだニューが入室する。
「申し訳ありませんガンマ様。止めようとはしたのですが、実力行使に出るわけにもいかず……」
「よいのですニュー。いつか彼女のような精霊人と話さなければならない……ずっとそう考えていましたから」
(我々シャドウガーデンの戦いは精霊人の未来にも繋がっている。そう確信する事が出来ました)
ガンマがどこか晴れやかな表情を浮かべていると、再びノックの音が控室に響く。
「ガンマ、入っていい?」
2人が聞いたのはシャドウガーデンの盟主、シド・カゲノーの声だった。
***
「わざわざ挨拶に来ていただけるなんて……このガンマ、
そう言って恭しく一礼するガンマ。ちょっと顔見せに来ただけなのに大げさだね。シェリーを待たせてるし――
「手短に済ませよう。オークション開始までもう時間が無いようだからな」
「お心遣い、感謝いたします」
「それで……今回のオークション、自信はどうだ?」
「ミツゴシ商会としては完璧な準備ができたと自負しております。ただ……会場の警備や受付などは他の商会が行っており、そこが不安材料です。このまま何事も無ければよいのですが……」
「ふむ」
ガンマの言いたいことはわかる。参加者の半数以上はトレジャーハンターだ。そんな状況で事件を起こそうとするなんて普通は考えない。しかし、僕の直感は事件が起きると告げている。
「警戒は怠るな」
「っ!? もちろんです主様。このガンマにお任せください。シャドウガーデンの参謀として、どんな状況にも対応してみせましょう」
「ぬかるなよ」
まあ大事件が起きるとは限らないけどね。どうなるにせよシェリーが鍵を握ってそうだし……僕が彼女の近くにいれば、それで十分かもしれない。
「それと例の宝具についてですが……主はご覧になりましたか?」
そう言ってガンマは今回のオークションのパンフレットを掲げた。そういえば入口で受け取ったような……リィズの事考えてたから、まだ見てないや。
「いや、まだだ」
「でしたら、こちらをご覧ください」
ガンマが広げたページは出品リストになっていて、噂の宝具はリストの最後の方を飾っていた。そこには名前や見た目の特徴の他に「鑑定不可能」「使用リスク:S」の文言が並んでいる。
鑑定人の欄に書かれているのは【マギズテイル】のマーチスさんの名前だ。
「仮面の宝具は鑑定が困難と聞きます。それでこのような結果を出したのでしょう」
「ふむ……」
仮面……仮面……そういえばクライの所に遊びに行った時に『
持ってたけどリィズに壊されたとかなんとか……もしかして、それじゃないか?
「そういうことか」
「っ!? わかったのですか主様!」
「これは大した宝具ではない。トレジャーハンターや貴族が欲しがるような宝具では無く……物好きしか手に入れようと思わない。そんな宝具だ」
「……戦闘や冒険には使えず、持つ事が名誉にならず、しかし珍しい……という事ですか」
そうそう、そんな感じ。変身系の宝具は持ってるのバレたら白い目で見られるって、あの時クライは言ってた。
「そんな宝具は星の数ほどある。物好きしか欲しがらない宝具がな。例えば空飛ぶ絨毯、どんな料理も作れる包丁、どんな言語も翻訳する杖――」
「『
僕の説明の途中で、ガンマは杖の名前を呟いた。眉をひそめた困り顔をしてる。
「知っているようだな」
「ええ……先日、イータが買おうとしていたんです。それもガーデンの予算を勝手に使って。彼女の浪費癖にはいつも困っています」
「ふむ?」
七陰の7番目イータ。元悪魔憑きで魔法も使えるけど、
『丸い世界』を欲しがるなんて、地底人とか半魚人とか研究材料にする気なのかな?
イータの事を考えてると、部屋の隅で待機していた女性がガンマに声をかける。
「ガンマ様、そろそろお時間です」
「もうですか……主様、後は彼女とお話しください。私の補佐を担当しているニューです。まだガーデンに入って日は浅いですが、その実力はアルファ様も認めています」
「ふむ」
「……よろしく、お願いいたします」
ガンマに紹介されたニューは、ミツゴシの制服を着こなすダークブラウン髪の女性だ。緊張しているのか、その声は少し震えている。
「ふむ……なら――」
「ふぎゃ」
部屋を出ようとしたガンマが躓いて、ドアを開けながら倒れ込んだ。通路で助け起こされているのが見える。……起こすの手馴れているね。
「……ニューよ」
「はい」
「1つ頼みがある」
気を取り直して、僕はニューに指示を伝えた。バイトで手に入らなかった情報を、代わりに用意してもらおう。
「――僕は3階の貴賓席にいるから、用意が出来たら持って来てほしい」
「かしこまりました」
これでよし……何か起きてもスムーズに動けるはずだ。その時が来るまでモブに徹しよう。