千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
それはオークションの数日前。シェリーがアーティファクトの解析をひと段落させた時の事。
彼女の養父、ルスラン・バーネットが研究室に姿を見せた。シドは席を外し、研究室の外で話が終わるのを待っている。
「シェリー、解析の方は順調かい?」
「はい。解析は殆ど終わったんですけど……このアーティファクト、まだ未完成みたいなんです。少し手を加えれば、もっと効率がよくなりそうなんです。けど……」
「そうか……ならシェリーのやりたいようにやるといい。そのアーティファクトがシェリーの手元にあるのは、きっと運命だよ」
「運命……わかりました。がんばってみます」
養父に背を押され、シェリーは力強く頷いた。それを見たルスランはニコリと微笑み、懐から2枚のチケットを取り出す。
「そうだ。シェリー、これを渡そう」
「お養父様……これは?」
「ゼブルディアオークションの入場券だ。しかし私は用事があって行けなくなってね。代わりに彼を誘ってみたらどうだい?」
「え、えぇ~っ!? 私が、シド君と……?」
「トレジャーハンターなら、宝具の事を知るのも勉強だよ。彼もハンターなら喜ぶはずだ」
「シド君と……」
シェリーは顔を赤くしながら、手元のチケットをまじまじと眺めた。
――そしてオークション当日。シェリーは3階の南バルコニー席でシドを待つ間、貴族に囲まれ肩身の狭い思いをしていた。渡されたチケットは貴族向けの物だったのだ。
「――そうか、貴殿はルスラン殿の……私は彼と旧い知り合いでね。彼が剣を置いたと聞いた時は残念に思ったものだ」
「そ、そうなんですかグラディス卿……」
(お養父様、もっと普通の席がよかったです……)
『肉の仮面』を巡る噂の渦中にあるグラディス家。その当主ヴァン・グラディス伯爵は、鍛え抜かれた肉体を持つ武人でもある。時には陣頭に立ち騎士団の指揮を執る程だ。
威圧感のある風体の伯爵と対面し、シェリーは緊張と恐怖で内心ビクビクと怯えている。
「なんにせよ、彼も君も息災なら何よりだ。7年前の事件……帝国貴族の1人として憤った事を、今でも覚えている」
「そうでしたか……」
緊張のあまり話が耳に入らず、シェリーは返答に困ってしまう。そんな時、グラディス家の執事モントールがヴァンに進言する。
「旦那様、そろそろ開始時刻です。席に戻った方がよろしいかと」
「そうか……ではシェリー殿、ルスラン殿によろしくと伝えてくれ」
「わかりました。グラディス卿……」
グラディス伯爵が去ると、疲労感でシェリーはガクリと肩を落とした。そのまま彼女は、自分の席に体を投げ出す。
(なんだかクラクラする……何か頼もうかな)
3階のバルコニー席はドリンクや軽食のサービスがある。シェリーはキョロキョロとバルコニーを見回し……歩くウェイトレスに向けて、小さく手を挙げた。
「あ、あの~……」
「コーヒー2つ、僕と彼女のを」
「かしこまりました」
「あっシド君!」
小声のシェリーに代わって注文し、そのまま彼女の隣にシドが堂々と座る。待ち望んでいた彼の到着にシェリーは安堵の笑みを浮かべた。
「待たせたかな?」
「いえ……ちょうど始まるところです」
そうシェリーが告げたまさにその瞬間、ステージの上で司会が宣言を始める。
「大変長らくお待たせいたしました。これよりゼブルディアオークションを始めます」
***
「一千万! 一千万ギールが出ました!」
僕がミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを堪能している間にも、オークションは進行していく。天井近くのここまで司会の声が届くのは、そういう魔法か魔道具を使っているんだろうね。
「シド君は、何か気になる宝具はありますか?」
「ああ……そういえばまだリスト見てなかったよ」
シェリーの問いかけで僕はようやくパンフレットを開いた。各種注意事項の後に、まずオークションの流れが載っている。
出品物にはそれぞれ最低金額が設定されていて、入札希望者が買い取り額を宣言、一番高い額を提示した人が落札する。オークションと聞いて連想する通りのスタンダードなルールだ。
その後ろには百を超える出品リスト。最初に確認したいのは……ガンマに頼んで僕が出品した宝具だ。リストには写真が無いけど、出品者の欄に《ミツゴシ商会》と書かれている宝具がいくつもある。きっとこれだろう。
「……『太陽の水筒、入れた水がお湯になる』なかなか面白いねコレ」
「紅茶やコーヒーを入れる時に便利そうですね」
『月の閃剣』『踏みしめのベルト』『水際の指輪』……レベル7やレベル8の宝物殿で拾ってきただけあって、どれも面白い効果だし、高価が期待できそうだ。
それで次は……『
「ん? 『転換する人面、装着者の顔をどんな顔にも変身させる』……んん!?」
僕が出品した宝具の中には仮面型の宝具もあった。それがまさか……クライが欲しがっている『転換する人面』だった?
いや、出品者が僕とは限らない。《ミツゴシ商会》からの出品で他に仮面の宝具があれば、そっちが僕の出品した宝具かもしれない。慌ててリストを再確認する。
「……無い」
「? どうかしましたか?」
「えっと……この『転換する人面』って宝具、クライが欲しがってた奴だよ」
「マスターが? でも噂になってるのはこっちの『肉の仮面』の方ですよね?」
「いや、噂が出回る前に聞いたんだ。クライはこっちの宝具も欲しがってた」
「へえ~……そうなんですか」
クライが欲しがっている宝具を僕が拾ってたなんて。しかも噂の宝具も仮面……すごい偶然。
***
「今の話、聞いたか?」
「仮面の宝具が2つ。《千変万化》はどちらも狙っている?」
***
『転換する人面』
その名前をリストから見つけたクライ・アンドリヒは、パンフレットを閉じた。深呼吸を挟んで、もう一度パンフレットを開く。そして同じ欄を二度見した。
「り……『転換する人面』……しかも鑑定済み……!」
「クライちゃん、そんなに驚いてどしたの? 気になる宝具でもあった?」
クライの隣に座るリィズが、彼の手元を覗き込む。視線を追って……『転換する人面』の名前を見た瞬間、顔をしかめた。
「クライちゃんまさか……アレがまた欲しいの?」
クライは何も言わず、リィズの反対側、自分の隣に座るシトリーを見つめ……ある決断をする。
「……? クライさん、どうかなさいましたか?」
「予定変更だ。例の宝具は諦める事にするよ」
あっけなくそう告げると、クライは真剣な目で楽しそうに出品リストを眺め始めた。彼の言動にシトリーは呆然となり、リィズは戸惑っている。
「そんな……また私を騙したんですか」
「クライちゃん、もしかして怒ってる? 私があの宝具壊したの怒ってる? でもだって……あの宝具キモいじゃん!」
2人の嘆きはクライの耳に届かない。予算は9億ギール。いざとなれば切り札もある――彼はパンフレットを閉じると、ハードボイルドな笑みを浮かべた。2階席から1階のティノ達を見下ろす。
「時は来たか」
幼馴染に借金をして宝具を買い漁るレベル8ハンター《千変万化》クライ・アンドリヒ。彼がついに、その本気を見せる。
***
「! ますたぁが合図を出しました!」
「りょーかーい」
ニーナは手を挙げ、司会に入札を伝えるハンドサインを送る。
「66番! 千百万ギールです! 他にいませんか!」
「おお……通じたぞ」
ギルベルトが感嘆の声を上げる。なぜティノでは無く、ニーナがサインを送っているのか? それはティノ達5人の中で唯一ニーナだけが、オークションのハンドサインを知っていたからだ。
「代わってくれてありがとうございます。知らないのに私、安請け合いしてしまって……」
「気にしないでよ。前半の代理人は私に任せて」
「あっ、ますたぁがまた……」
「はいよ~」
クライの指示通り、ニーナは入札額を上げる。そのやりとりをミリアは訝しんだ。
「待って、クライさんの目的は『肉の仮面』のはずですよね。なんであの宝具に入札を……?」
「いつもの事よ」
「え?」
「クライの浪費癖が始まったの。百近い宝具のリストを見て……我慢できなかったんでしょうね」
呆れたような口調でクレアは断定した。実際、クレアが説明してる間にも、ニーナは再度ハンドサインを掲げている。
***
「『太陽の水筒』はニ千万ギールで66番が落札しました!」
「『蛍火のランプ』五千万ギールで66番が落札です!」
「またしても66番だ! 『反発の盾』は八千万ギールです!」
(相変わらずマスターはお金遣い荒いねぇ。例の仮面に使うお金、無くなっちゃうよ?)
「六千万ギールで『月の閃剣』を落札! 66番が六千万ギールで落札!」
「億品です! 億品が出ました! 66番が『雨詠みの杖』を一億ギールで落札です!」
「まだ66番は止まらない! 『踏みしめのベルト』を四千万ギールで落札だ!」
(いやいや……なんで……何で止まらないの……? 冗談きついよ……)
「『夢無き枕』は九千万ギールで66番が落札しました!」
「またしても億品だ! 『狂い無き腕輪時計』を一億二千万ギールで落札したのは66番!」
「落札です! 『水際の指輪』を66番が四千万ギールで落札しました!」
(嘘、ウソ、うそ、待って、どうして?)
止まらない入札、ざわめく会場、集まる視線、重圧でニーナは追い詰められていた。顔面蒼白で左胸を抑え、浅い呼吸を繰り返す。憔悴する彼女を見て、ティノもパニックに陥っていた。
「あわわわわ……」
「今ので、何ギール使った?」
「5億は……超えて、6億……?」
「マジかよ……」
言葉を失うミリアとギルベルト。その横で、クレアは2階席のクライを見上げていた。見上げながら、呆れた顔で鼻を鳴らす。
「噂の宝具は諦めたのかしら? あの宝具のために集めたお金、全部使う気かも」
「そんな……このペースじゃみんなに教える暇なんて……」
「……ニーナ、また合図よ」
「は、はは……」
震える手を司会に向けて掲げるニーナ。彼女にとってこれは完全な誤算だった。
そもそも彼女の目的はクレアの護衛と情報収集を行う密偵。だからクレアとパーティを組み、《
おかげで密偵である事はバレずに、何とか今日までやってこれた。
今日だって、自信満々なティノがオークション初心者だとは思わなかったし、実演しながら教えればいいと考えていた。例の宝具は後半の最後の方なのだから。
(こんな、こんなことされたら……何もかもが台無しだ)
ゼブルディアオークションでは公平性を保つため、落札者の名前は簡単に調べる事が出来る。そのための代理人制度なのだが……矢面に立たされたニーナは疑心暗鬼に陥っている。
(マスターは……《千変万化》は、オークション初心者のティノに代理人を頼んで、ボクを罠にはめたんだ。ボクの正体に気づいてたんだ……)
「――時間終了です。千五百万ギールで『透明浮き輪』を落札したのは66番!」
ここまで目立ってしまえば、ニーナの事を調べようとする商会や貴族が必ず現れるだろう。《足跡》所属であることを知れば、代理人だと判断はするかもしれない。
しかし「《千変万化》がわざわざ代理人に選ぶほどのハンター」と思われ、目をつけられる可能性は高い。
仮に代理人である事を休憩時間にでも明かせば、追及は少なくなるだろう。
しかしニーナにその行動をとる事は出来ない。「依頼人の情報を漏らす信頼できないハンター」として悪目立ちするからだ。
(クレアに迷惑をかけたらゼータ様に……シャドウ様に申し訳が立たない……!)
「続いてはエントリーナンバー44。ミツゴシ商会預かりの宝具はこれで最後……いったいどんなルートで預かったのか? 『転換する人面』です!」
「クライが合図を出したわ」
「わかったよクレア……」
覚悟が定まらないまま、ニーナはまた手を挙げる。
***
「八千五百万! さあ八千五百万を超える入札はありませんか? あと30秒で締めきります!」
司会の声を聞きながら、3階北バルコニー席……商会向けの貴賓席でガンマは眉を顰めていた。
(66番……なぜ
ミツゴシ商会として出品しているのはシドの宝具だけではない。商会として入手した美術品や《シャドウガーデン》として手に入れた宝具も含まれている。
しかし66番は息をひそめ、シドの宝具が掲示されてから入札を始めたのだ。
「ガンマ様、こちらを」
「ご苦労様」
部下に頼んでいた参加者リストを受け取り、ガンマはその中から66番を探す。
(66番は……トレジャーハンターのニーナ。クレア様や《絶影》の弟子と連番になっていますね。という事は《足跡》所属の可能性が高い。《千変万化》の代理人でしょうか……? ベータ様なら知っていたかもしれませんね)
足跡に限らず帝都のハンターを調べていたベータは今、帝都を離れている。今頃は表の顔を利用し、次の作戦の準備を進めている事だろう。
「八千五百万で落札です! 66番が八千五百万ギールで『転換する人面』を落札しました!」
さらなる落札。これで66番が使った金額は7億ギールとなった。これ程の大金を無名なハンターが用意できるはずはない。ガンマはニーナが代理人だと結論づける。
(こうなると……《千変万化》の目的は『肉の仮面』を手に入れる事ではなさそうですね。すでに7億もの大金を使っているんですもの。価値を吊り上げ、人を集め……同時に主様の出品した宝具を手に入れる。何を企んでいるのでしょうか?)
考えながら、参加者リストを睨むガンマ。すると彼女は、ある名前に既視感を覚えた。
「『ミリア』……この名前、どこかで……?」
――その名前を見たのは、まだ《シャドウガーデン》が主と「七陰」だけだった時の事件。クレアを誘拐した《ディアボロス教団》幹部のオルバ子爵、彼について調べた時に見た名前。
(まさかそんな筈は……しかし……オークションが終わったら、教団の資料をあらためて確認しなくてはなりませんね)
66番を調べた結果、思わぬ名前を見つけてしまったが……これ以上ここで出来ることは無い。ガンマはリストを届けにきた部下に、状況の確認を取る。
「トラブルの報告は?」
「ありません」
「なら当初の予定通りに、と皆に通達を」
「かしこまりました」
ガンマが指示を伝えるのと同時に、司会が休憩の開始を伝える。ゼブルディアオークションの前半がこれにて終了した。
「最後に……ライバルとの熾烈な争いにことごとく勝利し、数多くの落札を果たした66番――トレジャーハンターのニーナ様に、皆さま盛大な拍手を!」
興奮冷めやらぬ会場に、万雷の拍手が響く。