千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
ゼブルディアオークションも前半が終わり、休憩時間となった。嵐のような拍手も、次第に小さくなって……僕達の周りでも席を立つ姿が見え始める。
「66番ってニーナ先輩だったんだね」
「もしかして、シド君の知り合いの人ですか?」
「うん。でもすごい金持ちだなんて知らなかったな。あんなに落札しちゃうなんて」
「そ、そうですね! 見てるこっちもヒヤヒヤしました」
僕はバルコニー席でオークションを眺めてたわけだけど……よくよく考えたら、貧乏人がオークション会場来ても参加できないじゃん。
僕の出品した宝具全部が高額落札されたのは嬉しいけど、そのお金が今すぐ手元に入って来るわけじゃない。参加できない事には変わらない。
「……シェリーは見てて楽しかった?」
「はい! お養父様が宝具を知るのも勉強だって、そう言ってた意味が分かりました!」
「楽しんでるならよかったよ」
もしシェリーも退屈そうなら一緒に抜けだしたけど……仕方ない。彼女につきあって、後半もモブ観客に甘んじるか。
とりあえず席を離れようとした時、貴族らしき男性に話しかけられた。
「君達、少しいいかね?」
「はい?」
「先ほど、君達の会話が聞こえてね……《千変万化》と知り合いなのかい?」
しまったな……クライはああ見えても高名なハンターだ。迂闊に名前を出すべきじゃなかった。どう誤魔化そう……と思ってたら、シェリーが先に答えてしまった。
「はい。私《
「そ、それでは……彼が『
「さあ……僕も詳しい話は知りません」
……周りからの視線を感じる。厄介な事になる前に離れた方がよさそうだ。
「すみません。僕達は用事があるので失礼します。行こうシェリー」
「ふぇ? あ、はい」
「ま、待ちたまえ! 詳しい話を聞かせて欲しい!」
シェリーの手を掴み、何も聞かずまっすぐ外の通路へと向かった。
「あのシド君……無視してよかったんですか?」
「貴族と話すの僕はイヤだよ。緊張しちゃうからさ」
「……そうですね。私も、もっと普通の席の方が良かったです」
さて、休憩時間は60分。その間だけでも、会場から抜け出すとしよう。
「外の屋台でも見て回る? その方が楽しそうだよ」
「……! はい行きたいです!」
オークション期間中の帝都は、屋台や出店がそこかしこにある。この会場の外にも並んでいるのが見えた。豪華な席で優雅にお茶するより、喰い歩きをする方がモブっぽい……かな?
1階に降りると、入口に向かうクライの姿が見えた。隣にはティノとミリアの姿が見える。
「シド君、私マスターに挨拶してきますね」
「……僕も行くよ」
モブとしてはもうなるべく関わらない方がいいのかもしれないけど……今更だね。シェリーと一緒に会いにいくとしよう。
「マスター、こんにちは」
「やあクライ」
「ん? シド君と……誰だっけ?」
「え!? しぇ、シェリーです! シトリーさんの後輩で
「シトリーの後輩……ティノ知ってる?」
「え!? ……いえ、初めて会いました」
「そ、そうですよね……いつも3階にいるので、なかなか他のハンターと会いませんし……」
挨拶のはずが、おかしな事になってるぞ? ショックでシェリーが俯いてるし……フォローしないとダメかな。
「シェリーはさ、シトリーに頼まれてアーティファクトの解析やってたんだよ。ほら、ゼノン侯爵が秘蔵してたヤツ」
「……ああ! シトリーが頼んだ後輩って君の事だったのか」
「!? 私を試したんですかますたぁ!?」
クライはわざとらしく手を打ち鳴らした。僕の説明でようやく思い出したらしい。そしてティノは何を言っているんだ?
「えっと、その……解析は終わったんですけど、マスターもシトリー先輩も忙しそうで……」
「うんうん、そうだね……それじゃあ今聞くよ。一緒にお茶しながら……どう?」
「え……私はいいですけど……」
「ますたぁがみんなでと言うなら私は……別に……構いません」
「……それじゃあ私がニーナ達の分、何か買っておきますね」
シェリーが視線を送ると、嫌々ながらティノは頷き、ミリアは別行動を提案する。僕も離れるならこのタイミングかな。
「僕は食べ物買ってこようかな。シェリーは何がいい?」
「えーっと……アイスクリームを」
「僕は苺クレープがいいな。ティノは?」
「じゃあ……ますたぁと同じ物を」
僕もだけど、みんな甘党だね。
クレープの屋台を探してると、なんだか聞き覚えのある声を耳にした。
「ジャガバターいかがっすか~出来立て熱々のジャガバターっすよ~」
「これはこれは騎士団の皆さん、どうかお1つ……え、許可?」
無許可の屋台が騎士団に怒られてる。どこかで見たようなヒョロい金髪と、イモっぽい坊主頭……そういえば入場案内してた時、2人の姿を見なかったな。……今はクレープを優先しよう。
***
「やっぱり、66番のニーナさんがマスターの代理人だったんですか」
クライ、ティノ、シェリーの3人は、移動式のカフェの前でテーブルを囲んでいた。テーブルの上にはカフェオレが並んでいる。
「そうだよ。最初はティノに頼んだんだけど、オークションの参加法を知らなくてね」
「……ニーナ、魂が抜けたような、今にも死にそうな顔してました。わ、私には荷が重いです……」
「あっはは……ちょっとやりすぎちゃったかな?」
どこか怯えた様子のティノに、引き笑いをするクライ。事情を知ったシェリーは、見ず知らずのニーナに同情した。
「つ、使いすぎですよマスター。『肉の仮面』はどうするんですか?」
「あれはもうどうでもいいかな」
「「えっ」!?」
「まあ二億余ってるし、それで戦う事にするよ。多分負けると思うけど」
今回のオークションの一番の目玉を「どうでもいい」と言い放ち、カフェオレ片手に気楽な態度をクライは見せる。使ったのはシトリーの集めた資金で、新たな借金になるにも関わらずだ。
普段からクライのそばにいるティノも、あまり関りの無いシェリーも、クライの発言に声を上げて驚いてしまった。
「私……ますたぁがあの貴族に勝つのを見に来たのに……」
「見るだけじゃもったいない、オークションは参加してこそだよティノ。だから代理人を頼んだんだけど……」
「ま、ますたぁのお気持ちはありがたいのですが、私なんかでは応えられそうもありません……」
ティノが意気消沈していると、そこにシドが戻ってきた。両手に抱えたクレープをシドとティノに差し出す。
「お待たせ。何の話をしてたの?」
「ああ、ありがとう。オークションは参加する方が楽しいって話をしてたんだ」
「なるほどね……僕だってお金持ってたら、今回のオークションいくつか入札してたんだけどな」
「じゃあさシド君、僕の代理人やる?」
「っ!?」
クライの提案に、ティノは息を呑んだ。
(こ、今度は彼に、レベル1ハンターに頼むんですか……!? ますたぁ、本当は誰でもよかったんですか?)
***
クライの代理人……なかなか魅力的な提案だ。オークションへの参加、一度やってみたかったんだよね。
「面白そうだね。でも後で聞かせてよ。シェリーと僕の分も買ってくるからさ」
「そっか……ところでコーヒーは何がいい? 注文しとくよ」
「じゃあカフェオレ」
クライに注文を伝えて、僕はアイスの屋台に向かった。ちょっとした行列に並ぼうとすると、カジュアルなドレスの女性が僕の隣に我が物顔で並ぶ。
「ニューか」
「はい。例の物をお持ちしました」
「助かるよ」
「それはこちらもです。貴賓席でのお渡しはその……少々問題が」
「そうなんだ」
知り合いに会いたくないとか、そんな感じなのかな? とりあえず彼女から受け取った封筒を懐に収める。するとニューは体を寄せて、小声で僕に話しかけてきた。彼女も演技派だね。
「シド様。《千変万化》に近づかれたようですね」
「いろいろあってね」
「気をつけてください。奴は神算鬼謀とも称されるハンター……すでにミツゴシ商会の秘密に近づきつつあります。シド様の正体にも勘づくかもしれません」
「もう気づかれそうだよ」
「っ!?」
リィズに実力がバレそうだけど、どうやって誤魔化そうか……その答えはまだ出そうにない。
「……シド様、我々にできる事はありませんか? どんな些細な事でも構いません。微力ながらお手伝いさせていただきます」
「ん? 些細……微力……そうか、その手があったか」
僕がモブを演じるのは実力を隠すためだ。でも一口にモブと言っても、微細な違いがある。対リィズ用に相応しいモブ個性を見つければ……何とかなるかもしれない!
「何もしなくていい。いい解決策が浮かんだ」
「そんな方法をこの一瞬で……!?」
「驚くような事じゃないよ」
ニューの演技力も大したものだ。もしかしてアルファが認めた実力って、演技力の事なのかな?
***
(いかなる難題でも最適解を導き出す……これがシャドウ様、我ら《シャドウガーデン》の盟主)
ニューは自分の隣にいる少年に畏怖の感情を抱いた。たった1人でディアボロス教団との戦いを始め、その知恵と力によって多くの「悪魔憑き」を救ってきた救世主……そんな神のような存在が、現実の存在としてニューの隣にいる。
(私も……彼の同胞の1人……)
帝国貴族としての人生を「悪魔憑き」になって失ったニューは《シャドウガーデン》によって救われ、世界の真実と敵を知った。共に戦う仲間がいる。信じるに足る盟主がいる。
(真実を知らずに生きるよりは、今の方がいい)
ニューが考え込んでいる間にも行列は進み、シドが注文する番が回ってきた。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」
「そうだな……チョコとリンゴと……何がいい?」
「……え? 私も、いいんですか?」
「せっかく並んだんだからさ、遠慮しないで」
シドに促され、ニューはショーケースの中に並ぶ、色とりどりのアイスを見回す。
「では……ブドウ味を」
注文を選ぶその瞬間だけは、ニューは年頃の普通の女の子だった。
***
ニューと別れた僕は、クライ達の所に戻った。シェリーにアイスを渡して、話を聞くとしよう。
「そういえばリィズとシトリーは?」
「2人ならニーナを連れて、落札した宝具の手続きに行ったよ。重いトランクを持ってね」
なるほど。当たり前だけど、オークションには支払うタイミングもあるよね。僕が納得していると、ティノが口を挟んだ。
「……お姉さま方、どちらもなんだか元気がありませんでした」
「『転換する人面』のせいかな? 2人とも僕が顔変えて遊ぶの嫌がるんだよね。ティノはどうしてかわかる?」
「ますたぁ……私も、その……き、嫌いです」
「あ……そうなんだ……」
ティノとクライは互いに顔を背けた。……何がイヤなんだろ? 僕にはさっぱりわからない。
「確かに……ちょっとイヤかも……」
シェリーが僕の顔をチラチラと見ながら言った。……どういう事だろう? 僕にはさっぱりわからない。
「ところでシェリー、例の話はもうした?」
「え……あ、はい。アーティファクトはマスターにお渡ししました」
「『強欲の瞳』って宝具の専用部品なんだって? いつか見つかるまで預かる事にしたんだ」
「それなら……クライが持ってる事が知られれば、シェリーがもう襲われる事はなさそうだね」
「「え?」」
クライとシェリーが声を揃えて驚いた。
「え、襲われたの? これ持ってたせいで?」
「うん。学院にも賊が入ったんだ。でもクライなら別に襲われても平気でしょ? なんたってレベル8なんだから」
「……うんうん、そうだね。ティノに護衛を頼もうかな」
「これが終わったら、もうシド君とは……」
クライが苦笑いする一方で、シェリーは小声で何か呟いている。僕がどうしたんだろうね。
「それでクライ。代理人の話だけど……やってみたいな」
「あ、ホント? 助かるよ」
「でも、やり方とかわからないんだよね。教えてくれない?」
「いいよ。何から教えようか?」
「それなら、まず――」
クライからオークションの参加方法を教わった。自分の番号が書かれた札を上げれば、それで自動的に最少額が加算されるらしい。これが一番簡単なやり方だそうだ。
「ますたぁ……私の時も教えて欲しかったです」
「じゃあなんで聞かなかったの?」
顔をしかめるティノはさておき、オークション後半でクライが狙う宝具はただ1つ『肉の仮面』だ。予算は2億ギール。
「この前エクレール嬢……グラディス家のお嬢様に『2億ギールを用意した』ってシトリーが言っちゃったんだよ。もし2億も余って無かったら、僕はもう帰ってたよ」
「へえ……そんなに欲しいと思ってない?」
「そうだね。『転換する人面』はもう落札しちゃったし、他の宝具に使ってもいいけど……今回はもういいや。前半で使いすぎたよ」
「『転換する人面』って……やっぱりニーナ先輩がクライの代理人だったんだ」
「そうだよ。シド君にはまだ言ってなかったか」
クライはカフェオレ片手に満足そうな笑みを浮かべている。本当に興味が無さそうだ。
話に一区切りがついたところで、僕達はクライと別れた。オークションの再開まで、シェリーと2人で出店を見て回る事にしたんだけど……「焼きそば」に「たこ焼き」? アルファ達の仕業だな……まるで前世の縁日を思い出す光景だ。
「シド君……その、この件が終わったら……その……」
「その……何?」
「い、いえ! 全部、全部終わってから話します!」