千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「そうか、66番は《千変万化》の代理人だったか」
「確証はありませんが、その可能性が高いかと」
休憩時間が終わる直前、南貴賓席前の通路にて。ヴァン・グラディス伯爵は執事であり右腕のモントールから報告を受けていた。
オークション開始直後に流れた『
「勝負を降りた、という事か」
「左様ですな。オークションとは言え、我がグラディス家と戦えば遺恨が残る。ハンターとしてそれを避けたのでしょう。大量に落札したのは我々や他の貴族に対するメッセージだと思われます」
「負けを認めて引き下がる……か。面子を気にするハンターらしからぬ慎重な判断だ。アークが認めているのも頷ける」
ハンター嫌いで有名なグラディス家が唯一認めるハンター……それがロダン家だ。現当主のアーク・ロダンはまさに勇者と呼ぶべきハンターだが、そんな彼はライバルであるクライを「面白い男」と評していた。
その理由を垣間見たグラディス伯爵の顔は渋い。
「……それで、噂を流したあの少年についてはわかったのか?」
「はい。彼は無名のハンターでしたが、共に来ていたシェリー殿は《足跡》に所属しております」
「ふむ。《千変万化》が彼らに噂を流すよう仕向けたやもしれんな」
「知らず知らずのうちに――という可能性もありますが、どちらにせよ《千変万化》はやはり降りた、と見るべきでしょう」
モントールの言葉を受け、ヴァンは貴賓席への方へと視線を移す。例の宝具を手に入れようと、クライとの対決に張り切る娘、エクレールはまだ何も知らない。
「お嬢様には、如何なさいますか?」
「聞かれるまで伝えるな」
「……よろしいので?」
「これもいい勉強になるだろう」
「かしこまりました」
グラディス伯爵はエクレールの待つ貴賓席へと戻った。
***
シェリーと一緒に席に戻ると、ちょうど休憩時間が終わった。オークション後半の前に、これからピアノコンサートが始まる。
客席の方を見ると、それなりに空きが目立つ。音楽に興味が無いハンター達だろう。
パンフレットによると演奏するのは「天才音楽家シロン」との事。シロンという名前は初耳だ。正直、この世界の音楽について僕は勉強不足と言わざるを得ない。体を鍛えたり、ハンター活動をしたりで忙しかったからね。
ちなみに僕はピアノが好きだ。前世の僕は家庭の方針でピアノを習っていたし、習ううちにピアノのカッコよさに惚れた。陰の実力者が華麗な演奏をすれば、相乗効果でもっとカッコよく見えるに決まっている。
「シロン先生の演奏……楽しみですね」
「シェリーは知ってるの?」
「はい! ミツゴシデパートに行くと彼女の演奏を毎日聞けるんです。魔道具で録音してそれを流しているとか」
「どんな魔道具なのか、
「それは気になりますけど……彼女の作った曲はどれも素晴らしいんです。私『子犬のワルツ』が大好きで……」
ん? 知ってる演奏曲の名前が出て来たぞ。
「他にはどんな曲があるの?」
「えーっと……『トルコ行進曲』とか『G線上のアリア』とか……」
どれも知っている曲だ……まさかシロンは僕のような転生者なのか? それならこの目でその姿、しかと拝見しなくては。
「あ、始まるみたいです」
会場が暗くなり、スポットライトの光がステージに落ちる。舞台袖から姿を現したのは……湖を思わせる碧い髪の
「何やってんだアイツ」
腕は見せるが胸元は完全ガードのドレス、シークレットブーツを隠すタイツ。この距離からでもわかる。彼女は僕が良く知る人物だ。
そんな彼女が挨拶もそこそこに、ピアノの前に座って演奏を始める。最初の曲は僕が一番好きな、僕が彼女に最初に聞かせた曲だった。
「『月光』か……」
「シロン先生の代表曲、シド君もこれは知ってるんですね」
「まあね」
それはとても見事な演奏だった。粗暴なハンター達も彼女の演奏に聞き入り、1曲 終わるたびに挟まる拍手も次第に大きくなっていく。最後の演奏が終わると、万雷の拍手が会場に鳴り響いた。
偉大な音楽家たちよ……すまない。あなた達の曲は、この世界では彼女が作曲した事になっているようだ。
「ご清聴いただき、ありがとうございました」
最後の挨拶を終えた彼女は僕の方に向かって軽く手を振り、そのまま舞台袖から退場した。
「……シロン先生、こっちを見ませんでしたか?」
「近くに知り合いでもいるんじゃない?」
オークション再開は15分後……僕は怪しまれない程度に急いで、1階のステージ裏に向かった。
到着したのは彼女が控室に入ろうとする瞬間。僕の姿を見つけて微笑んでいる。
「! シャ……シドさん、来てくれたんですか」
「中で話そうか」
彼女はイプシロン。僕が治療した元悪魔憑き「七陰」の5番目だ。今日もスライムで身長を伸ばしているし、胸も盛っている(スライム率85%)。演奏中にも崩れる様子は一切なかった。いつもながら見事な
付き人らしき2人を控室の外で待たせ、イプシロンは僕と2人きりの空間を作った。
「ピアニストやってるんだ?」
「はい。
教えたつもりは無いんだけど、僕の聞かせた曲で成功してるみたいだね。僕の聞かせた曲で。
「トレジャーハンターも最後にはみんな拍手してたね。大盛り上がり間違いなしだよ」
「そんな、全ては主様のおかげです」
そういってイプシロンは優雅に一礼した。顔を上げると、彼女は真剣な表情を僕に向けている。 ここからはピアニストでは無く《シャドウガーデン》の1人として話すみたいだ。なら僕もシリアスな顔を作ろう。
「シャドウ様、ガンマから話は聞きました。帝都に我らの偽物が現れたと」
「うむ」
「その調査にシャドウ様とゼータがあたっているとの事ですが……しかし、ここ数日ゼータからの連絡がありません」
「ゼータが?」
「彼女に限って何かあったとは思えませんが……シャドウ様、何かご存じではないでしょうか?」
「ふむ……」
ゼータ……あの時、なんて言ってたっけ? 魔人ディアボロスの力を手に入れるとか言ってたのは覚えてるけど……
《シャドウガーデン》は魔人ディアボロスを崇拝する《ディアボロス教団》と戦う設定のはずだ。この矛盾はどういう事だろうか?
シンプルに考えるなら……反抗期だ。それもアクティブな……いわば家出系の。
「奴は言っていた。ずっと考えていた事があると」
「……考え? 彼女はなんと言ったんですか?」
ゼータはアルファ達に反抗期を起こし、僕にそれを打ち明けた……味方になってほしいって事だ。その気持ちを裏切るわけにはいかない。僕だって姉さんからもっと離れたいんだ。
「ふっ……ゼータは、もう戻ってこないかもしれんな」
***
「戻っ……えっ?」
主、シャドウの言葉にイプシロンは戸惑った。聞き間違いかとも思った。
元「悪魔憑き」という同じ境遇を持ち、同じ主に救われ、同じ家で肩を寄せ合った「七陰」。その繋がりが永遠の物だと、彼女は無意識のうちに思っていたからだ。
しかし続くシャドウの言葉が、聞き間違いではなかった事を告げる。
「奴は選択した。1人で行く事を」
「そ、そんな……嘘ですよね? シャドウ様」
思わずそう言った瞬間、イプシロンは手で口を覆った。自分の口から出た言葉に驚いている。
(私、今……シャドウ様の言葉を疑ったの? シャドウ様が嘘を言うはずなんて――ならゼータは、ホントに戻ってこないの……?)
「ゼータの目は本気だった。これが正しい選択だと、奴は信じている」
落ち着いた様子で淡々と話すシャドウ。口元に笑みさえ浮かべる彼に対し、イプシロンは取り乱しそうな不安を押し殺して問いかける。
「……ゼータは、何をするつもりなのですか?」
「それは………………知ってどうする?」
「彼女を探して、会って、直接話します。ゼータが本気で隠れたら、私では見つけられないでしょう……それでも、探し出します」
イプシロンは知りたいと思った。ゼータがその選択をした理由を。共にこれまで戦ってきた大切な仲間として、話せばわかると信じていた。
しかしイプシロンの返答に対し、シャドウは冷たい視線を投げかける。
「ならば、言うわけにはいかんな」
「なっ!? ……なぜですシャドウ様? 私は間違っているのですか?」
「イプシロンよ……貴様の内には無いのか? シャドウガーデンを、七陰を、そして我を裏切ってでも成し遂げたい野望は?」
「何を、仰るのですか? そんな物、あるわけ……」
シャドウの言葉には人を試す圧力があった。しかしイプシロンは答えに詰まってしまう。仲間を、友を、敬愛するシャドウを裏切るなど、考えるわけがない。
――気づけば、シャドウは失意の表情を浮かべていた。
「……夢、と言い換えてもいいだろう。ゼータはそれを見つけた。貴様はどうだ?」
「夢……私の夢はシャドウ様と――」
続く言葉をイプシロンは飲み込んだ。それは全てが終わった後で《ディアボロス教団》を打倒した後で言うべき言葉……代わりに彼女は、自らの覚悟を口にする。
「シャドウ様。私が、シャドウ様を裏切る事は決してありません。醜く腐り落ちるはずだった命を、シャドウ様に救っていただいたあの日からずっと……私の想いは変わりません。
そして……七陰は皆、同じ気持ちだと信じています」
シャドウガーデンを、七陰を裏切らないとは言えなかった。なぜならイプシロンにとって彼女達は仲間であり、同時に夢のライバルでもあったからだ。
(我ながらずるい言い方ねイプシロン……でも言えるわけ、無いじゃない。シャドウ様にだって)
思いの丈を正直に答えられず、イプシロンは自己嫌悪で顔を歪める。しかし俯く彼女を見て、シャドウは再び口元に笑みを浮かべた。
「どうやら貴様にもあるようだな。胸の内に秘めた野望が」
「っ!? …………はい。わ、私は――」
「言う必要は無い。他の全てを切り捨ててでも成し遂げたい目的……そう簡単に口にしていい物ではないだろう」
「全てを……シャドウ様はそこまでの覚悟が……!?」
「だがゼータは、我の願いを叶えると言っていた」
「! それでは、ゼータは独りで教団と……!?」
「さて、どうだろうな?」
シャドウは笑みを崩さない。ゼータが危険を冒していると知りつつ、シャドウはまるで動じていない。そしてその意味をイプシロンはすぐに理解し、真剣な表情で頷いた。
「……わかりました。私もゼータを信じましょう」
「うむ」
素っ気ない返事と共にシャドウは立ち上がった。そのまま彼は部屋の出口へと向かう。
「僕はそろそろ行くよ。友達を待たせてるんだ」
「わかりました。ゼータの件は、私からガンマに伝えます」
「それと……今日もイプシロンはスタイルいいね」
「!!? そ、そんなわ、わた、イプシロンはまだまだです……!」
シドの世辞に、イプシロンはひどく赤面した。
***
ゼータは『永遠の命』なんて言って遺跡とか聖域とか……考古学の道を行くみたいだし、イプシロンも夢とか目標とか……ちゃんと自分の生き方を考えて欲しい。それこそピアノとかね。
七陰のみんな、僕の設定につきあってくれるのは嬉しいけど、時々心配になるんだ。なんだかんだ長い付き合いだし。
「シド君、もう始まってますよ」
「ごめんごめん、思ったより混雑しててさ」
バルコニーに戻った僕は自分の席、シェリーの隣へと座る。再開したオークションは既に2つ目の出品と入札が始まっていた。
例の宝具は……まだまだ先、しばらくは眺めているだけだね。