千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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動き出す《千変万化》

 夜空の星々が帝都の空を彩る中、いよいよゼブルディアオークションは大詰めとなった。ステージの中央に運び込まれたのは……見る者を不安にさせるグロテスクな仮面。

 しかしハンターが、商人が、貴族が、会場中の視線がその仮面へと集まる。漂う緊張感、静まり返った会場で司会が声を張り上げた。

 

「皆さま、大変長らくお待たせしました。続いてはエントリーナンバー93……正体不明の『肉の仮面』です! 国外からのハンターが持ち込んだこの仮面……鑑定不能、使用リスクはS。はたしてどのような効果があるのか? それは落札しなければわかりません! 『肉の仮面』は一千万ギールから開始です!」

 

 司会の開始宣言が出された瞬間、狙う参加者が一斉に入札の合図を送る。声を張り上げる者、札を挙げる者、ハンドサインを送る者……南バルコニーの貴賓席で、エクレール・グラディスはすっかり出遅れてしまった。

 帝都中に噂が広まった宝具に対し、その入札額は瞬く間に跳ね上がる。エクレールが一度も入札できないまま、一億ギールを超えてしまいそうだ。

 

「お嬢様、焦ってはなりませぬぞ」

「わかっておる!」

 

 執事のモントールに諫められ、エクレールは深呼吸……入札の機会を伺う。彼女に家から貸し出された予算は五億ギール。さらにヴェルズ商会から五億の融資も可能だとモントールから告げられている。まだ慌てるような状況ではない。

 

(お父様は「勝負するからには勝て」と言った……これは剣の勝負と同じだ。焦れば勝ちを手放してしまう)

 

 最大の障害はクライ・アンドリヒ……レベル8とは言えトレジャーハンターだ。ハンターに気後れしたとなればグラディス家の名に泥を塗ってしまう。

 あの男もチャンスを窺っているのだろうか? ――エクレールは会場のどこかにいるライバルを意識し、表情を険しくする。

 

「ついに一億を超えました! ここからは一千万ギールが最小単位となります! さあ他に入札はありませんか? このまま入札が無ければ、25番が一億ギールで『肉の仮面』を手に入れる事になります!」

 

 ついに入札が途切れ、司会が促し始めた。訪れた好機にエクレールは息を呑む。「523」の番号の書かれた札を手に取り……その瞬間、司会は南バルコニーで挙がる札を見つけた。

 

「おおっと、一億一千万! 509番が一億一千万ギールを出しました!」

「っ!?」

 

(一体誰が……あの男か!?)

 

 バルコニー内を見渡したエクレールは、札を挙げている男を見つけた。黒髪の、どこにでもいそうな凡庸な見た目の男だ。

 貴賓席に相応しい男には見えなかったが、護衛か何かなのだろう。隣にいるピンクブロンドの少女が、自分の事のように喜んでいる。

 

(……落ち着くのだ。ライバルが近くにいた。ただそれだけでは無いか……!)

 

 対抗心をむき出しに、エクレールは衝動的に札を挙げた。

 

「一億二千万! 一億二千万……523番が一億二千万ギールです!」

 

 

 エクレールが入札に集中している横で、ヴァン・グラディスは目を細めた。509番の男に警戒を払っている。

 

「ご主人様、あの男は……」

「わかっている」

 

 オークション開始直後……《千変万化》が『転換する人面(リバースフェイス)』を欲しがっていると噂を流した男だ。おそらくは……《千変万化》と繋がりがある男。新たな代理人の可能性がある。

 

「モントールよ。《千変万化》はニ億用意したと……そう言っていたそうだな」

「はい。正確にはシトリー・スマートがですが、お嬢様にそう宣言したようです」

 

 モントールに確認を取ると、グラディス伯爵は509番の男をじっと睨みつけた。《千変万化》はオークション前半で既に七億ギールを使っている。そんな状況で509番は『肉の仮面』に一億以上の入札をした。

 彼が代理人だとすれば……まだ《千変万化》には余裕があるのだ。509番が代理人というのは憶測にすぎないが、警戒するに越したことはない。

 

(ニ億まで付き合うと……そう言いたいのか《千変万化》)

 

***

 

「一億八千万! 一億八千万です! 509番が一億八千万を出しました!」

「そろそろ二億ギールか……シド君も頑張ってるね」

 

 司会の声を聞きながら、クライは他人事のように呟いた。実際、資金を用意したのはシトリーだし、シドに代理人を任せている。

 一方、隣にいるリィズとシトリーは退屈そうに競売を眺めていた。

 

「あーあ……早く終わんないかなぁ」

「やっぱり今回も、クライさんの『いつもの』でしたね……」

 

嘆きの亡霊(ストレンジグリーフ)》のメンバーで宝具に興味があるのはクライだけだ。にもかかわらずリィズとシトリーが手を貸したのは、クライがどうしても欲しい宝具があると言ったからである。

 集まったのは九億一千万ギール。しかしクライは既に七億ギールもの大金を使っている。グラディス家を相手に、たった二億では勝ち目は無いと言ってもいいだろう。

 そしてクライは『肉の仮面』をあまり欲しいとは思っていない。2人が望んでいたエクレール嬢への勝利を、すでに降りているも同然なのだ。

 

「25番が一億九千万を出しました! おっと、次いで509番が二億ギール! ついに二億ギールに到達しました! 509番が二億ギールです!」

「お、被せに行ったか。シド君もなかなかやるね」

 

 クライは気楽にシドを応援。さながらスポーツ観戦のように競売を楽しんでいる。本当に欲しかった宝具『転換する人面』を既に手に入れた彼は、もう負けてもいいとさえ思っているのかもしれない。

 

「おおっと! 二億五千万! 523番が一気に入札額を引き上げました! 二億五千万ギール、二億五千万ギールです!」

「あちゃー……やっぱり二億じゃ足りなかったか」

 

 しかし入札額が二億を超えると、クライは苦笑い。名残惜しそうにステージを一瞥し、立ち上がってリィズとシトリーの2人に声をかける。

 

「2人とも、もう帰るよ」

「え? 最後まで見なくていいのクライちゃん?」

「手に入らないならどうでもいいかな。それより混雑する前に行こう」

「はーい」

「わかりました」

 

 まだオークションは終わっていないが、クライはステージに背を向けて移動する。客席から通路へと続く扉を開き……そこで黒づくめの集団に遭遇した。

 

「ッ……!?」

「せ、《千変万化》!?」

「ん? ああ……ご苦労様」

 

 客席から出て来たクライに驚き、戸惑う黒づくめの男達。顔を半分隠し、腰には剣……あからさまな3人の賊に対し、クライは何と勘違いしたのか……ねぎらいの言葉と共に素通りした。

 階段へと向かうクライ、その油断しきった背中を見て……賊の1人は意を決して剣を振るう。しかし剣は見えない障壁に弾き返された。クライの持つ宝具『結界指(セーフリング)』が発動したのだ。

 

「バカな……!?」

 

 そう口にした次の瞬間、男は激痛と共に意識を失う。彼が最後に見たのは、揺れるピンクブロンドの髪だった。

 

「え?」

 

 不審な物音にクライが振り返ると、まず残心するリィズの姿が目に入った。次に地面で倒れる男が、その次は壁にもたれるように倒れる男が目に入った。

 クライが驚愕で目を見開いた瞬間、天井照明に引っ掛かっていた男が落ちてくる。

 

「ちょ……何やってんのリィズ!?」

「こいつら、クライちゃんを斬ろうとしてたよ? クライちゃんなら平気だってわかってたけど、さすがに無視できなくてぇ……あ! でもちゃんと寸止めしといたから!」

「き、気のせいじゃなかったのか……ありがとうリィズ」

 

 晴れ晴れした笑顔のリィズに、狼狽えながら礼を言うクライ。そんな2人の横では、シトリーが我が物顔で賊の持ち物を漁っている。すると彼女は、1枚の紙に興味を示した。

 

「これは……クライさん。この人たち、面白い物を持っていましたよ」

 

 シトリーが手に取った紙には「シャドウガーデン」「死の制裁を」そんな文言と共に、髑髏が大きく描かれていた。その紙を見てクライは首をかしげる。

 

「シャドウガーデンって……この前、帝都で事件を起こした連中だよね?」

「その偽物ですね。指示書は持ってないようですが、このタイミングでここにいるという事は……おそらく『肉の仮面』の競売に合わせて何かするつもりなのかと」

「本物が見せしめに吊るしたのに、まだこんな事するんだ? ムキになってない?」

「偽物? 見せしめ?」

 

 困惑するクライを置き去りに、シトリーとリィズは話を進める。2人の目にもはや失望も退屈も無かった。生き生きとした表情で、現れた敵に闘志を滾らせている。

 

「なるほど。クライさんが噂を流したのは、偽物連中を誘い出すためでしたか。最初から宝具は囮……だから裏工作は不要だったんですね」

「さっすがクライちゃん! この髑髏マーク、うちら嘆霊(ストグリ)も挑発してるもんね。だからぁ、クライちゃんも見せしめにしたくなったんだ?」

「……うんうん、ほどほどにね?」

 

 クライが許可を出すと、リィズとシトリーの目に活力が満ちる。退屈だったオークションが一転し、戦いの場へと変わったのだ。

《嘆きの亡霊》は数多くの襲撃を体験し、そのことごとくを返り討ちにしてきた。人間が相手だろうと容赦はしない。

 

「うっし! シト、作戦!」

「とにかく移動しましょう。『肉の仮面』の競売が終わる前に隠れて、様子を伺いたいですね。クライさん、それでよろしいですか?」

「うんうん、そうだね」

「賊が狙うとしたら人質目的に3階の貴賓席か……宝具のある倉庫でしょうか? あるいは同時に襲うかもしれません」

「どこ行くクライちゃん? あ、でもクライちゃんにケンカ売って来た貴族や商人なんかどうでもいいか。じゃあ倉庫行こ?」

 

 上目遣いで懇願するリィズに、クライはハードボイルドな笑みでキッパリと宣言する。

 

「なら貴賓席だ。人命優先」

「え~っ? あのガキも助けるの?」

「もちろん。命は大切にしないと……ラブ・アンド・ピースだ」

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