千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「おおっと! 二億五千万! 523番が一気に価格を引き上げました! 二億五千万ギール、二億五千万ギールです!」
クライに言われた予算は二億ギール……ここまでか。僕は入札用の札を片付けた。隣のシェリーが残念そうにしてるけど、仕方ないね。
「さすがグラディス家ですね……」
そう言ってシェリーは、離れた席を眺め始めた。僕達と同じ一番下側の、真ん中あたり。そこに座っている少女が噂のお嬢様で523番なのだろう。お嬢様の緊張は、ここからでもよく分かった。
「知り合いなの?」
「私はそうじゃないんですが……お養父様とグラディス卿が知り合いみたいです。それで話しかけられて……少し怖かったです」
グラディス卿……お嬢様の隣にいるナイスミドルか。鋭い目つき、手入れされた髭、まさに武人系貴族って感じだ。って、こっち見てる?
「……ジロジロ見るのも失礼になるのかな?」
「そ、そうかもしれません」
後で因縁つけられても困るし……これからはジロジロじゃなく、こっそり見るとしよう。
「二億六千万! 25番が二億六千万ギールです!」
司会のその言葉に貴賓席もどよめいた。まだ食らいつくなんて……いったい何者なんだ25番。
……「いったい何者なんだ」? 陰の実力者として言われてみたいセリフのトップ10に入る名言じゃないか。バトルトーナメント以外でも出てくるとは……このセリフ、奥が深いな。
「523番が三億ギール! 523番が三億ギールです! 三億ギールとなりました!」
まあ『肉の仮面』の行方はどうでもいいか。こっちはこっちでやる事がある。
「シェリー、これを持っててくれない?」
「ふぇ? なんですかコレ……?」
ニューから貰った書類をシェリーに差し出した。彼女は受け取り、不思議そうに眺めてる。
「……この会場の見取り図ですか?」
「うん。もうすぐそれが必要になると思う」
『肉の仮面』の競売が始まるまで、暇つぶしに読んでたんだ。スタッフ用の通路も、演劇用の仕掛けも、だいたい頭に入っている。僕にはもう必要ない。
「なんで? 何か起きるんですか?」
「何も起きないといいよね。それも必要なくなるし」
「はぁ……?」
首を傾げながらも、シェリーは見取り図に真剣な眼差しを向けた。しっかり覚えようとしてくれてる。でも何も起きないなんてありえない。『肉の仮面』の競売が始まった瞬間から、もう異変は起きているんだ。……マナ・マテリアルの減少。
「残り10秒……さあ来ました! 25番が三億一千万、三億一千万ギールを出しました!」
司会の声が響き、競売は続く……523番が大きく入札して、時間切れ間際に25番が小さく入札。こうしている間にも、地上のもともと薄いマナ・マテリアル濃度がさらに下がり続けている。誰も騒がないし、気づいているのは僕だけか。
「負けじと523番が四億ギールを出しました! 一気に九千万ギールの上乗せ! 523番が四億ギールです!」
この現象……シェリーが言ってた宝具『強欲の瞳』が発動してるのかもしれない。だとしたら、それは偽シャドウガーデンの仕業だ。
……どうやら、陰の実力者として動く時が来たみたいだ。相手が偽物なら、ガンマやイプシロンもやる気を出して動くだろうね。
クライ達はどうするかな? もう動いてそうだけど……同じ陰の実力者として、そのやり方をとくと見せてもらいたい。
「四億一千万ギール! 25番が四億一千万ギール! またしても時間ギリギリ、狙っているのか!?」
こうなると25番も怪しく見えてくる。《
「五億ギール! 五億ギールを超えました! ここからは最小単位が二千万ギールとなります! 523番が五億ギールを出しました!」
横目で523番のお嬢様の様子を伺うと……俯いて浅い呼吸を繰り返している。かなり苦しそうだ。大金を使う大舞台だし、無理もないね。
***
(ご……五億、五億ギールだぞ? 頼む……これで終わってくれ……!)
エクレール・グラディスは祈るように両手を合わせた。入札額が大きくなればなるほど、不安も大きくなる。五億ギールがどれほどの大金か、わからぬほど彼女は愚かでは無い。
父とモントールが用意した十億は「貸し」なのだ。いつか返してもらうと、父に言われている。落札すれば、幼くして家への借金を背負う事になってしまう。どうやって返せばいいのか、今の彼女には皆目見当がつかない。
そして……そこまでして手に入れても、果たしてアークは喜ぶだろうか? ――そんな疑問が今更になって浮かんでくる。
(これが……この苦しさが「責任」なのですか? お父様)
「またしても残り10秒で25番! 五億二千万です! 25番が五億二千万ギールです!」
無常にも司会の声が、新たな入札をエクレールの耳に伝える。
***
「時間終了です。正体不明の『肉の仮面』は、25番ワイズ・フェイカー様が落札しました! 五億二千万ギールの落札です!」
長い戦いがついに決着を迎えた。あのお嬢様はというと……顔面蒼白で俯いている。最後は手の震えで札を取り落としていた。心が折れた……ってとこかな。
会場には万雷の拍手が響いている。席から立ち上がる人もいた。その音を隠れ蓑に、出入口の方から気配がする……
「来る」
なんとなくそう呟いた瞬間、バルコニー左右2つの出入口が同時に開いた。武装した黒づくめの集団がバルコニーに入って来る。
気づいた貴族達がどよめき、もうオークションどころじゃない。でも、眼下の一般席では拍手はまだ続いている。
「な、なんだお前達は!?」
「我らはシャドウガーデン。この会場を占拠する」
予想通りの展開だ。予想通りの展開に……ワクワクを抑えられない! 武装集団による占拠事件、その当事者になる。男子なら誰もが妄想する夢のシチュエーションだ!
特に男子学生は、自分の学校が占拠される事態を妄想する。僕も前世でよくやったものだ。
「わ、私を守れ! 何のために高い金を払っていると思っている!」
「警備は何をやっていたんだ!」
一部の貴族が、連れて来た護衛に指示を出す。でも統率の取れた武装集団に対して、それは多勢に無勢だ。囲まれたら1人の護衛に出来る事なんて無い。
「お父様……」
「狼狽えるなエクレール。グラディス家の者なら、戦の駆け引きを知っているはずだ」
一方で、グラディス伯爵のようにじっとしてる貴族達の方が多い。反撃のチャンスを伺っているのは一部の武闘派貴族だけだろうけど。
「シド君……もしかして……これがわかって――」
「しっ、静かに」
怯えた様子のシェリーに、何も言わないように伝える。妄想なら無限の可能性があるけど……今、僕の隣には重要人物のシェリーがいる。このイベントは彼女を中心に考えるべきだろう。
改めて周囲を確認しよう。バルコニー席は前後3列の構造、列ごとに結構高さに差がある。僕達は一番下の列、出口に近い席だ。隙を見て逃げ出すべきだろうか……?
様子を伺っていると、黒づくめの賊が1人、僕達の方に近づいて来た。そのままシェリーに向かって話しかける。
「シェリー・バーネットだな?」
「え……? 私……ですか!?」
「こっちに来い」
「イヤ……離して!」
シェリーの腕を賊が掴む。まだだ、ここじゃない。シェリーは無理やり立たされてしまう。まだ……動いちゃダメだ。
「シド君! 助けて!」
賊がシェリーの腕を引っ張って連れ去ろうとしてる。彼女の涙声が僕を呼んでいる。賊が鼻で笑い、完全に僕から視線を外した……今だ!
「や、やめろおおおぉぉぉっ!!」
「なッ……コイツ!?」
モブらしく叫んで、賊に跳びかかる! タックルからの押し倒しで、シェリーから引き離した。
「シド君……!」
「逃げるんだシェリー! この事を誰かに伝えるんだ!」
「は……はい!」
彼女は裏返った声で返事すると、出口に向かって走り出した。でもすぐに他の賊が彼女の進路を塞ぐ。マズい、ここから間に合うだろうか? こうなったらスライムで――
そう思った瞬間、出口へ続く道に誰かが飛び降りた。
「助太刀します!」
「グァッ……!?」
「あ、ありがとうございます!」
金髪縦ロールの美人剣士が賊を切り捨てた。ローズ・オリアナだ。最上段の席から一息に飛び降りて、そのまま踏み込んでの一太刀。彼女なかなかいい腕してるね。
ローズ王女に礼を言って、そのまま走らり去っていくシェリー。これでよし。
「この……調子に乗るな!」
「うわぁっ!?」
「させません!」
「ガァッ!?」
感心してたら、僕の下にいた賊が動いた。僕を突き飛ばして立ち上がったけど、剣を抜く間もなくローズ王女に斬られて倒れる。残心した彼女は、僕に向けて手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「あ……ありがとうございます」
「あら、あなたは今朝……クレアと話してましたね」
「シド・カゲノーです。クレアは姉さんで……」
なんてのんびり話している場合じゃない。彼女に助け起こされ、すぐに身構えた。数は……4、4人の賊に囲まれている。
「無謀なお嬢様だな……見せしめにはちょうどいい」
「誰が見せしめになど!」
賊の挑発にローズ王女が吠える。しかし見せしめか……いい事を思い付いた。最初の犠牲者は、僕のようなモブの役目なのだ。彼女のような重要人物であっていいはずが無い。
「や……や、やらせるもんか! うあああぁぁぁっ!」
「待ちなさいシド君!」
半ばパニックになっての無謀な突撃。当然ながら返り討ちにされる。
「素人め!」
「うわぁっ!?」
賊の剣をかろうじて防いで……よろけた先には、柵を兼ねた手すり。手すりにぶつかった僕を、賊は見下すような目つきで嗤う。
「見せしめは……貴様だ!」
「あがっ……!?」
賊の剣が僕の胸を切り裂いた。これでいい。後ろに倒れ込んで、そのまま1階客席へと落ちていく。後は少し死んだふりでもしていよう。この程度の高さもケガも、なんてことはない。
***
ローズ・オリアナは思わず彼の名を呼んでいた。賊に切られたハンターの名を。
「シド君!」
しかし、彼に駆け寄る事は出来ない。目の前には賊が2人、背後にも1人。ローズを阻むように剣を向けている。ほんの数メートル、僅かな距離が遥かに遠い。
なすすべもなく、シドが空中に倒れ込むのを見ている事しかできなかった。この事態に貴賓席の各地で悲鳴が上がる。
「……おのれ!」
ローズの手に自然と力が入る。目の前で起きた非道に彼女は憤った。シドとは会うのも話すのも今日が初めてだが、そんな事は関係が無い。
だが……賊に四方を囲まれ、彼女は身動きが取れない。
「アイツみたいに死にたくなければ、剣を捨てろ」
「くっ……!」
――剣を捨て、腕を縛られ、ローズは席に連れ戻された。彼女は悔しさで歯噛みしながら……シドの不可解な点を思い返す。それは……落ちる瞬間の表情。
(シド君……どうして、笑っていたの?)
友人のクレアから話は聞いていた。シドという生意気な弟が、ハンターになるため帝都に来たと。少女を助け、逃がした勇気と判断力。その姿に心動かされて、思わず助太刀をしていた。
そんな彼が最後に見せた……満足げな笑顔。その意味を考える内、不意に賊の言葉を思い出す。
『見せしめにはちょうどいい』
「……まさか」
顔をあげてバルコニー内を見回す。座席の間を武器を抜いた賊が見回り、緊迫感のある静けさが支配していた。一部の護衛がケガをしているようだが、シド以外の犠牲者は見当たらない。
その事実に気づいた時、雷に打たれたような衝撃を受ける。
(私や他の貴族の身代わりになったのですか? 自らを犠牲にして……)
そう考えれば笑顔で落ちていった事に説明がつく。あれは……斬られる事が計算づくだったのだ。胸を斬られたシドは1階へと落下……しかし、トレジャーハンターは簡単に死にはしない。
あの日……模擬戦でルーク・サイコルに腕を切り落とされ、アンセム・スマートに治療してもらったあの日、ルークは確かに言っていた。
『悪い悪い。つい本気を出しちまった。でもよお……その程度のケガ、トレジャーハンターならかすり傷だからさ。つまり、たいしたこと無いんだ。そんな顔すんなって』
アンセムは渋い顔をしていたが……ルークのその言葉を信じてローズは今、シド・カゲノーの無事を祈る。
(シド君、生きていて……貴方のような人はこんなところで死んでいい人間じゃない)