千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「人だ! 人が落ちて来たぞ!」
「おい大丈夫か!?」
「あ、えっと……皆さま、どうか落ち着いて――な……なんなんですかアナタ達は!?」
南バルコニーから人が落ちる事態に、1階客席から悲鳴が上がる。司会が騒ぎに気づいたその直後、ステージ上に黒づくめの集団が姿を現した。
数人が司会に剣を向けて黙らせ、1人がステージの中央に立った。声高らかに名乗りを上げる。
「我らはシャドウガーデン、既に3階の貴賓席は占拠した! 抵抗すれば貴族が誰か死ぬことになる。もし貴族を見殺しにしたら……ハンター活動は続けられるかな? おとなしくしていろハンター共」
武器を抜こうとしていたトレジャーハンター達もいたが、その宣言に引き下がるしかなかった。そして、1階2階の客席側の出入り口からも黒づくめの賊が現れ、客席の監視を始める。
熱狂のゼブルディアオークションは、恐るべき占拠事件へと一瞬で変貌してしまう。
そんな中、1階客席のミリアはステージ上の賊を睨みつけていた。その正体を追っていたシャドウガーデンの出現に、心中穏やかではいられない。
(あれがシャドウガーデン……私を治して、そして父さんを殺したやつら……!)
隣のティノも心中穏やかではなかった。過去、人さらいに捕まった記憶がトラウマとなって蘇り、恐怖で顔をしかめている。
(ますたぁ……これが今回の千の試練なんですか!?)
2階客席を見上げても、そこにクライ達の姿はもう無い。
***
客席の外、建物内の通路にも賊の姿があった。隠れている者、逃げ出した者がいないか巡回して見回っている。
そんな状況で、堂々と通路を歩くクライ・アンドリヒ。当然ながら賊と遭遇するが……すかさずリィズによって意識を刈り取られる。武器を抜く暇さえ与えられずに。
「我らはシャドウガーデン。我らは――グアァッ!?」
「……こいつもハズレぇ。まともに話せる奴いないの?」
倒れた賊をリィズは足蹴に扱う。簡単に縛り上げ、うんざりした様子でため息をついた。これまで遭遇した賊は皆、うわごとのように何度も同じ言葉を呟いてばかり。これでは敵の狙いがわからないままだ。
「薬物か何かの悪影響でしょうか? それで数を揃えて、こうやって大きな事件を起こす……相手は非人道的な組織のようですね」
「そんなのが帝都にいたの? なんかイヤだなぁ……」
シトリーの推察を聞いてクライは顔をしかめる。するとリィズが不敵な笑みをクライに向けた。
「イヤなら潰しちゃう? 私ら舐めたんだからいいよね。徹底的に潰そ?」
「う~ん……そこまでしなくていいかな。今まで通り、来たのを追い払うだけでいいよ」
「そう? わかったよクライちゃん。でもぉ~……気が変わったらいつでも言ってね?」
「私も、情報だけは集めておきますね」
「……ほどほどにね?」
にこやかに笑うスマート姉妹に対して、クライの笑顔はどこか引きつっていた。
彼らが目指しているのは、2階東階段。降りると1階の正面玄関ホールに繋がる階段だ。そこから3階に上がり、南北2つの貴賓席の様子を伺おうと考えていた。
南バルコニー席には貴族が、北バルコニー席にはオークションに携わった商会の人間が集まっている。もし両方が占拠されているなら、同時に人質を解放する必要があるだろう。
「両方とも占拠されていたら手が足りませんね」
「『
「そうですね。せめてルシアちゃんがいれば、ちょうどいい魔法で何とかしてくれそうです」
「ルークちゃんは人質ごと斬っちゃいそうだし、アンセム兄はバルコニーが崩れそうだし、やっぱりルシアちゃんかエリザちゃん……しっ」
南側から東通路へ続く曲がり角で、先頭のリィズが脚を止めた。息をひそめて東通路の様子を窺っている。
「リィズ、何か見つけた?」
「……『本物』だ。ちょっと挨拶してくる!」
「え?」
「ちょっと……お姉ちゃん!?」
飛び出したリィズの後をシトリーが慌てて追いかける。彼女が見たのは……床に倒れ伏す賊達と、姉が誰かを蹴り飛ばす瞬間だった。
蹴り飛ばされたのは、黒いボディースーツを纏う翡翠色の髪の
「イプシロン?」
「イプシロン様!? おのれ!」
「アンタ……《絶影》!? どういうつもりだい?」
リィズに2人の精霊人が剣を向ける。長身で片目を金髪で隠すカイと、
しかし2人に剣を向けられてもリィズは動じない。彼女の視線はずっとイプシロンに向けられている。華麗に着地したイプシロンに、ダメージを受けた様子はまるで無い。
漆黒の仮面で表情を隠した精霊人が、翡翠色の髪をかき上げ……鋭い視線をリィズに向ける。
「2人ともやめなさい。私なら平気よ」
「やっぱり無事かぁ……手ごたえ妙だと思ったんだよねぇ」
「いきなり随分なご挨拶ね《絶影》リィズ・スマート。私達とやり合う気?」
「あんな偽物連中とやり合うより、そっちの方が面白そうだな?」
共に不遜な笑みを浮かべ、睨み合うリィズとイプシロン。しかしイプシロンは気づいた。リィズの後方、近づいて来る2人の人影に。
「シトリー・スマート……ってことは、そっちはクライ・アンドリヒね」
「お久しぶりですねイプシロンさん。部下のお2人も、元気そうで何よりです」
「シトの知り合い? てことは……こいつがシャドウガーデンの
リィズは不機嫌に顔をしかめている。1年前の抗争で《
シトリーがルシアと共に遭遇したのは、今彼女達の目の前にいるイプシロン達3人であり、魔導士がいた事を他のメンバーに伝えていたのだ。
姉が不機嫌になるのと対照的に、シトリーは笑顔でイプシロンに問いかける。
「そのスーツに流す
「……答えると思う?」
シトリーの的確な推察にイプシロンは内心で舌を巻く。先日の《アカシャの塔》の一件で、ベータからの報告は聞いていたが……彼女は《シャドウガーデン》の装備がスライム素材である事に気づいているようだ。
体形変化にマナ・マテリアルを使う事をよしとせず、スライムで盛るイプシロン。そんな彼女にとってシトリーは、リィズ以上に警戒すべき相手と言える。
《絶影》リィズ、《
(どうしてここにいるのよ《嘆きの亡霊》……こっちは急いでるのに!)
イプシロンは周囲のマナ・マテリアルが減少している事に気づき、危機感を抱いている。こんなところでのんびり立ち話をしている場合では無い。急ぎ会場各地の《シャドウガーデン》構成員と合流する必要がある。
睨み合いながら、どう話をつけるかイプシロンは慎重に考える。そんな時、それまで黙っていたクライが気安く口を開いた。
「あ、そうだ」
「っ……!?」
「ちょっといいかな? 会場を占拠してるのが偽物で……君達が本物のシャドウガーデン、って事でいいんだよね?」
これまで《シャドウガーデン》を幾度となく出し抜いた男、クライ・アンドリヒ。この場で最も警戒すべき男の言葉に、イプシロンは身構える。だが同時に、これはチャンスだと考えた。
(《嘆きの亡霊》と話をつけるには……リーダーの彼と話すのが一番よね)
気を取り直し、クライを見据えるイプシロン。会話の主導権を握り、手早く話を終わらせる――そう意気込んで彼女は口を開いた。
「……そうよ《千変万化》、あの偽物の正体……あなたならわかっているでしょう?」
「え? それはどうでもいいかな」
「!? ど、どうでも――」
「そんなことより、本物の君達は、偽物がとっている人質をどうするつもり?」
「助けるに決まってるじゃない。あんな偽物と一緒にされたら困るわ」
「なるほど……それなら協力しない?」
「……は? はぁっ!?」
あまりにも意外なクライの言葉に、イプシロンは叫んでしまう。周囲の驚きを無視し、クライは得意気に話を続ける。
「君達は偽物退治に来たんだよね? それなら僕達と目的は一緒だ。それに貴賓席は北と南の2つ。僕達と君達で分担すれば……同時に人質を解放できる!」
「な、なるほど……その手がありましたか」
「まあ……確かに? ルシアちゃんの代わりにはちょうどいいかも」
ハードボイルドな笑みでクライは自信満々に何度も頷いている。彼の提案にシトリーもリィズも驚いてはいるが、好意的に受け止めている様子だ。
一方で《シャドウガーデン》の3人は反応に困っていた。《嘆きの亡霊》は因縁の相手。心情的に協力は難しい。戸惑いながらイプシロンはリィズ達に問いかける。
「……今の提案、アンタ達はどう思っているのよ?」
「ん~……クライちゃんが言うならいいよ」
「クライさんが言うなら、従うまでです」
リィズもシトリーも、あっさりと頷いた。《嘆きの亡霊》を舐めた偽シャドウガーデンへの報復はまだ終わっていない。それに、クライの言葉は全てにおいて優先される。
想定外の返答に、イプシロンは手で顔を覆った。しかし今の彼女にとって……因縁よりも事態の収拾が大事だ。戦力的には十二分以上の助っ人と言える。
悩みぬいた末、顔を上げた彼女は大きなため息をついた。そして苦渋の決断を口にする。
「いいわ、協力しましょう。時間をかけたくないもの」
「イプシロン様、それは――」
「よしなよカイ」
「う……むぅ……」
口を挟もうとしたカイを、オメガが手で静止する。《嘆きの亡霊》に思う所があるのはイプシロンだけではない。
2人の戸惑いに気づきつつも、イプシロンは話を続ける。
「……北側には私達の仲間が潜り込んでるの。だから南側はそっちに任せるわ」
「おや、そこまで言っていいんですか?」
「どうせ言わなくてもアンタは調べるでしょ《最低最悪》」
「むう……その二つ名で呼ぶの、やめてくれませんか?」
シトリーとイプシロンがにらみ合い、2人の間に険悪な雰囲気が漂う。すると、2人を窘めようとクライが話に割り込んだ。
「ダメだよ2人とも、これから協力するんだから……仲良く、ラブ・アンド・ピースで行こう」
「ら……ラブ?」
どこまでもマイペースなクライに、イプシロンはただただ困惑するばかりだった。