千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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クライに先を越されてたまるか!

 邪魔な死体を片付けろ、とでも言われたのだろう。賊の1人が僕を担いで、客席の外の通路に放り投げた。扉が閉まった事、誰も見てない事を確認し……僕は自分の胸を思い切り叩く。

 

 動け、動け、動けぇっ!

 

「げほっ! げほっ……うまくいった」

 

『モブ式奥義・十分間の臨死体験(ハートブレイクモブ)』で止めていた心臓が動き出す。魔力(マナ)操作で血流をコントロールし、死を偽装する危険な荒業だ。

 死んだと思われたおかげで、客席をうまく脱出する事ができた。これでこの事件……陰の実力者として自由に動けるぞ。

 

「な、なんだお前は……!?」

「ああ、見てたんだ? 君……運が悪いね」

 

 見回りに来た賊を斬り捨て、ひとまず傷を程々に治す。事件が終わった後、傷が消えてたら怪しまれそうだしね。

 とりあえず今は……スタッフ用休憩室に潜り込むとしよう。部屋の位置は見取り図のおかげでバッチリ頭に入っている。

 

「さて……どう動こうかな」

 

 今の状況はかなり難しい。死んだふりしながら客席の様子を伺ったけど……聞いてたクライの席にはもう誰もいなかった。人質になるのをうまく避けて、いまごろ解決に向けて動いているかもしれない。こっちも早く行動しないと、出番をとられてしまう。遊んでいる暇はない。

 

「……急ぐか」

 

 入ったのとは違う扉で部屋を出る。こっちはスタッフ用の通路だ。ここを通れば会場の西側、ステージの裏手に行ける。そこの西階段は、東階段より3階のバルコニー席が近いんだ。

 ステージに乗り込むにしろ、人質救出に向かうにしろ……どちらにしても西階段に向かうのが最良のはずだ。足早に向かうとしよう。

 ――なんて考えながら賊を始末してたら、ニューと遭遇した。

 

「しゃ、シャドウ様……!? 客席から脱出したのですね」

「ニューか」

 

 クライの事ばかり気にしてたけど、そういえば彼女達もいたね。

 

 

 会場の状況が知りたいって言ったら、ニューは快く頷いてくれた。控室の1つに案内されたから、そこで話を聞くとしよう。

 

「会場警備の担当はハリー・コトラ商会。教団に対して彼らの用意した警備員は――」

「そういうのはいいや。ガンマ達はどうしてる?」

「はい、ガンマ様は北貴賓席で人質の中に紛れています。一緒に逃げ出す事も出来ましたが……このタイミングで姿を消すと、逆にミツゴシ商会が怪しまれる……そう判断してのことです」

「なるほど。会長だもんね」

「ですので、アリバイ偽装の余地があるイプシロン様が、現在の指揮を執り行っております。会場各地にいるシャドウガーデンのメンバーを集め、北と南……両方の貴賓席を同時に解放する作戦を指示されました」

 

 やっぱりもう動いていたか。「貴族と商会の人質」という枷が無くなれば、一般客席にいる多くのハンターが解き放たれる……シンプルながら効果的な解決策だ。

 

「私は西側の招集を任されました。終わり次第、イプシロン様と合流予定です」

「……そこまでする必要は無いかもね。クライ・アンドリヒが動いてる」

「っ!? 《千変万化》が……! しかし客席は完全に占拠されています。いくらレベル8ハンターと言えど、シャドウ様のように脱出する事は……」

「彼らの席には誰もいなかったよ。占拠される前に動いたみたいだ」

「まさか……この事態を我々のように察知した……?」

 

 クライも陰の実力者なら……《シャドウガーデン》の動きにも気づくはずだ。イプシロンが人質の救出を考えてるなら――

 

「クライはイプシロンを利用するんじゃないかな。人質救出のために」

「我々に動きを合わせると……しかしイプシロン様は納得するでしょうか? あの方は……」

「彼女プライド高いよね」

 

 その高さは胸に盛ったスライムの量でわかる。マナ・マテリアルで胸を盛らないのは、戦闘能力にマナ・マテリアルの恩恵を傾けているんだろう。戦闘面でもプライドが高い事がうかがえる。

 

「まあ……我慢してもらうしかないかな。試練だと思ってさ」

「試練……ですか。もしや千変万化の千の試練……?」

「どうかな」

 

 この占拠事件が千の試練かもしれない。とにかく、人質救出にはクライとイプシロンが向かってる。そうなると僕はどう動けばいいかな? 陰の実力者らしく救出を援護したいけど……どうにかして賊の注意を引けないだろうか?

 

「……とにかく、1度イプシロン様に確認を取ります。シャドウ様の読み通り、戦力に余裕があるなら……客席以外の解放に向かえます」

「その辺りは任せるよ。僕は僕で動く」

「承知しました。それと報告したい事がもう1つあります。この会場のマナ・マテリアル濃度が下がっていると――」

「あ、気づいた?」

「い、いえ。私では無く、イプシロン様がお気づきに。シャドウ様、いったいこれは……」

「『強欲の瞳』って宝具の能力だね。周囲のマナ・マテリアルを集める宝具だ」

「そんな宝具が……!?」

「奴らはそれでマナ・マテリアルを集めている。集めて……それで……急いだほうがいい。手遅れになる前に」

 

 意味深な言葉とシリアスな顔で誤魔化し、急ぎ足でニューと別れた。マナ・マテリアルが集まると、いったい何が起こるんだろうね?

 

 

***

 

 

 オークション会場、そのステージの上に佇む全身鎧とマントの男。《ディアボロス教団》の幹部《痩騎士(やせきし)》だ。彼がその手に握るのは『強欲の瞳』と呼ばれる宝具。銀色の球体から放たれる赤い光を《痩騎士》はじっと眺めている。

 ステージの上には他にも黒づくめの賊や……『肉の仮面』を落札したローブの男、ワイズという偽名を使った《アカシャの塔》の魔導師(マギ)がいた。そしてもう1人――

 

「か、数え終わりました……五億二千万ギール、確かにあります」

 

 涙目で帝国白貨を数えていたのは司会の男。黒づくめの賊に脅され彼は『肉の仮面』の落札額を確かめさせられていた。

 台車に積まれた五千二百枚の硬貨の山が、ステージライトの光を受けて煌めいている。すると賊の1人が、拡声の魔道具を司会に差し出した。

 

「五億二千万ギール……確認したことを、これで会場全体に宣言しろ」

「な、なぜそんな事を……? 私はただの司会で、ただ数えただけで、正式に取引が行われるわけでは……」

「言う通りにしろ!」

「ひっ……はいぃ!」

 

 剣を突き付けられ、言われるがまま司会は宣言する。これで、この作戦における《アカシャの塔》の役割は完遂する。

 

 ノト・コクレアが密かに興味を抱いていた宝具『強欲の瞳』を《ディアボロス教団》が使うと聞き、《アカシャの塔》の別の一派がこの作戦に協力を名乗り出た。その役割は3つ。

 1つ目は『肉の仮面』の競売を長引かせ、時間を稼ぐ事。

 2つ目は『肉の仮面』という強力な宝具を落札し、手に入れる事。

 そして最後に、落札したのが自分達だと知らしめる事だ。ノト・コクレア一派を苦しめた《千変万化》に対するささやかな勝利宣言である。

 

「回りくどいやり方だが……我々があの仮面を使う事に、これで誰も文句を言うまい」

 

 鼻を鳴らすワイズ、その視線の先には硬貨が積まれた台車があった。高額な取引は普通、小切手が使われる。ワイズがあえて現金を選んだのは、オークションの現場で直接確認させるためだ。

 非力な魔導師が、硬貨の詰まったトランクを運ぶのは骨が折れる行為だった。しかし、おかげで落札を知らしめる事ができる。

 

「よし、運べ」

「えぇっ!? 私は司会でしかなくて、他の運営スタッフの仕事はわからなくて……」

「つべこべ言うな!」

「わ、わかりましたぁ!」

 

 黒づくめの賊に見張られながら、司会は硬貨の乗った台車を慎重に運び始める。

 

 

 その一方、ステージの脇で《痩騎士》は、報告に来たレックスに苛立ちの声を上げる。

 

「回収に失敗しただと?」

「護衛のガキに上手い事やられて逃がしたらしい。今、チルドレン達に探させてる」

 

 黒づくめの集団、偽シャドウガーデンは《ディアボロス教団》の戦闘員……ディアボロスチルドレンが変装した姿だ。ネームドチルドレンであるレックスが、実質的な隊長を務めている。

 彼らが狙っているのはシェリー・バーネット、彼女の持つアーティファクトだ。本来なら作戦前に、ゼノン侯爵を通じて届くはずだったが……紆余曲折あり、未だ《痩騎士》の手元には無い。

 

「見つからなければどうなるか、わかっているだろう?」

「この会場が吹き飛ぶんだろ? それはそれで計画通りじゃねえか」

「……それで済めばよいがな」

「あん?」

 

《痩騎士》の呟くような言葉をレックスは聞き取れなかった。しかし聞き返す程の興味は無い。

 

「貴様も探せ。必ず回収しろ」

「わかってるさ。それより、会場のどこかにやべえ奴がいるかもしれねえ。チルドレンがもう何人もやられてる」

「……ほう? シャドウガーデンがついに来たか」

「アンタも気をつけろよ? 元ラウンズさん」

 

 嘲るように笑い、レックスはステージを離れた。再び《痩騎士》は『強欲の瞳』を見つめる。後はアーティファクトさえ見つかれば……野望が実現する。許容限界までまだ余裕はあるが、早く見つけるに越したことはない。兜の下で《痩騎士》は笑う。

 

(あと少し、あと少しで私は……ラウンズに返り咲ける)

 

 そんな《痩騎士》に近づいて話しかける者がいた。ワイズだ。

 

「痩騎士殿、少しよろしいか?」

「……なんだ?」

「兵を1人、貸してもらえないだろうか?」

 

 彼は不敵に笑いながら《痩騎士》に向けて『肉の仮面』を掲げてみせる。

 

「この宝具の能力……試してみないか?」

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