千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
ステージの上に血だまりが広がる。倒れているのは黒づくめの男……シャドウガーデンに扮する《ディアボロス教団》のチルドレンだ。まだ息はあるが、処置をしなければ死んでしまうだろう。
しかし《
「なるほど……確かに強力な宝具だ」
「ハ……ハハ……《千変万化》……奴の見る目は本物だったようだな」
ワイズの偽名を使った《アカシャの塔》の
《痩騎士》とワイズは、チルドレンの1人を『肉の仮面』の実験台にしたのだ。被せた途端、仮面から伸びた触手が頭部を覆い、実験台を豹変させた。仮面は実力を向上させる能力があるらしい。
しかし実験台は奇声を上げて暴れ出した。他のチルドレンでは止める事が出来ず《痩騎士》が切り伏せる事態に陥ったのだ。
繰り広げられた凄惨な光景と死の匂いに、客席の空気が変わる。ハンターの多くは血に慣れているが、そうでない一般人や、貴族や商人達の集う貴賓席は動揺が大きい。
(私は……あんな物を手に入れようと、アークに送ろうとしていたのか……!?)
『肉の仮面』を欲していたエクレールを始め、精神の限界が近い者もいる。例えるなら、破裂寸前の風船のような……危険な空気が会場を支配していた。
そんな状況で、2階客席の正面扉が開いた。漆黒のロングコートを纏う男が、客席に足を踏み入れる。その堂々とした振る舞いに、見張りのチルドレン達は違和感を覚えなかった。
そのまま漆黒の男シャドウは悠然と歩き……手すりを兼ねた柵に飛び乗った。そこでようやく見張りの1人が、彼が侵入者だと気づく。
「貴様、何者だ?」
シャドウは何も答えず跳んだ。そして……静かに「天井」に着地した。ロングコートの裾も重力に逆らって揺れている。
彼を見失ったチルドレン達が1階を見下ろす中……石造りの天井が足音を響かせた。
(あれは……
最初に気づいたのは北貴賓席の人質の1人、ミツゴシ商会のルーナ会長……すなわち《シャドウガーデン》のガンマだ。盟主シャドウが姿を見せた事に、思わず声を上げそうになる。
(どんな魔法で……いえそれより、いくらなんでも早すぎます。例えイプシロンでも、こんなに早く準備が終わるとは思えません。いったい何故……)
《シャドウガーデン》の参謀として、彼の思惑を理解しようとガンマは考え込む。すると次第に、他の人質たちも彼に気づき始めた。
「なんだあれは……人だ。人がいるぞ」
「天井に立っている男がいるぞ!」
2階客席にも気づく者が現れ、その騒ぎは1階にも伝播する。見張りのチルドレン達も困惑し、ホール内の空気が一変した。その変化にガンマは息を呑む。
(これは……恐怖を驚きで上書きした……? これが主様の狙いなのですか?)
誰かがパニックを起こし、それが連鎖する……そんな最悪の状況が先程まではありえた。しかし今は、天井を歩くシャドウに誰もが注目している。次の実験台を客席から選ぼうとしていた《痩騎士》さえも。
「シャドウ……!」
その声が聞こえたのかシャドウは立ち止まり、天井から《瘦騎士》を見上げた。表情を隠す漆黒の仮面の奥……赤く輝く瞳が《痩騎士》に鋭い視線を送る。
しかしそれは一瞬だけ。彼は視線を戻して左右を……南北2つの貴賓席を見回した。視線の合ったガンマは、周囲に気づかれないよう静かに頷く。
(主様には見えているのですね。私の知らない何かが……ならば私は従うまでです)
シャドウは……待っているのだ。もう1人の陰の実力者を。そして……南貴賓席に探していたハンターを見つけた。ピンクブロンドの髪を揺らす帝都最速の
「もう来ていたか」
小さな呟きは誰の耳にも届かず……シャドウの足が天井を離れた。自由落下を始める体、空中で身をひるがえし、音も無く1階へと着地する。そしてステージを睨みながら……仰々しく漆黒の剣を頭上へと掲げた。
「我らはシャドウガーデン」
地獄の底から響くような声が、魔法の力か……客席全体に反響する。
すると次の瞬間、様々な事が同時に起きた。不意打ちで南貴賓席から落ちるチルドレン。北貴賓席の扉を
そして……2階1階の客席扉が全て開き、漆黒のボディースーツを纏う女剣士が次々と姿を現した。彼女達は声を揃え……名乗りの続きを口にする。
「「「陰に潜み……陰を狩る者」」」
口上が終わると同時に、シャドウは剣を振り下ろした。その切っ先はステージを指し示している。それは総攻撃の合図。《シャドウガーデン》による偽物退治の幕が上がる。
***
(シャドウ様が作ってくれた隙……七陰の1人として応えないとね!)
破壊したばかりの扉を蹴破り、イプシロンは北貴賓席に突入した。まずは目に付いたチルドレンに向かって、漆黒の剣を振り上げた。
相手に構える暇を与えない奇襲の一撃。勢いのまま回転し、今度は横薙ぎ。踊るような華麗な技が、もう1人のチルドレンの胸を切り裂く。
「上側を頼むわ!」
「「「はっ!」」」
連れて来たメンバーに指示を出し、イプシロンはバルコニー中央の賊を見据える。向かって来る
手近な3人の敵に対し、イプシロンは左手の指先と右手の剣に
それはイプシロンが自ら考案した魔法のような剣技。緻密な魔力制御と巧みな剣技、その両立により剣から魔力の刃を飛ばすのだ。
イプシロンに向かっていた剣士が驚愕の表情で両断され、奥の魔導師も切り裂かれ倒れる。
「動くな! コイツがどうなっても――アガッ……!?」
もう1人の剣士は、突如として胸が陥没して倒れた。圧縮空気の塊を銃弾のようにして放つ魔法『空気砲』によってだ。
シャドウが七陰に与えた知識『陰の叡智』の1つをアレンジして作り上げた、イプシロンのオリジナルスペルである。左の指鉄砲を下ろし、彼女は別の敵へと急ぎ向かう。
もう1つの入り口からは、カイとオメガの別動隊が突入している。挟み撃ちの形となり、チルドレンの全滅も時間の問題だろう。しかしイプシロンの内心には焦りがあった。
(早く終わらせないと……《
イプシロン達が目の前で戦う中、ガンマにメンバーの1人が耳打ちする。その報告内容に彼女は眉をひそめた。
「……千変万化が?」
「はい。なのでニュー様は南ではなく、1階正面玄関の制圧に向かいました」
(だからこんなに早くイプシロンは戻って来たのですね。客席にいながら教団の動きに気づくなんて……千変万化、やはり侮れない男のようですね)
ガンマの目は、クライがいるであろう南貴賓席を睨みつける。
***
リィズの後に続き、クライ・アンドリヒも南貴賓席に足を踏み入れた。しかし、その足取りは重い。彼は周囲から聞こえる戦闘音に顔をしかめている。
「クライさんの期待に、応えて見せます……!」
「ローズ王女に後れを取るな! 帝国貴族の意地を見せろ!」
「派手にやってるね……」
「はい。グラディス卿とローズ王女がいて助かりました。武闘派で知られる伯爵と、『剣聖』門下生のトップクラスですから」
クライの隣で、シトリーが満面の笑みを浮かべていた。リィズが盗賊の技術で潜入し、密かに賊を倒して武器を奪い、実力者に渡す。ここまではシトリーの立てた作戦通りだ。クライのためのお膳立ては整った。
「さあクライさん。後は貴族の解放を皆に宣言しましょう」
「う~ん……まあ、僕がやるしかないのか」
レベル8ハンターの責任を果たすべく、クライは恐る恐る落下防止の柵へと近づいていく。しかし、眼下の光景に目を白黒させた。すでに戦闘が始まっていたのだ。
黒づくめの賊が、ボディースーツを纏う女剣士達と戦っている。客席のハンター達も、もう好き勝手に暴れているではないか。
「……どうやら、僕が宣言するまでもないみたいだね」
「そのようですね……イプシロンさんが準備していたのは、この人数でしたか」
クライは安心した様子を見せるが、隣のシトリーは真剣に下の様子を観察していた。もし彼女が剣士なら技を見て流派を考えただろう。しかし彼女は
「全員がスライムソードとスーツ……剣の腕と魔力を両立している……特異体質だとしても人数が多すぎます。やはり何か、特別な訓練方が……」
「ねえクライちゃん! 私、下に行っていい? シャドウって奴と戦いたいの!」
「シャドウ……って本物の方? じゃあダメ」
「え~っ!? どうしてクライちゃん!?」
「悪い事してるのは偽物の方なんでしょ? だったら倒すのは偽物だけ。会うにしたって、まずはここの安全を確保しないと……」
「わかった! 全員ぶっ飛ばしてから『挨拶』だけするね!」
「え? あー……行っちゃったよ」
シトリーが考え込んでいる間に、リィズが近づき、もう去って行った。直後、賊がまたしても1階に落ちていく。このバルコニーの安全確保は時間の問題だろう。クライはそっとため息をつき、柵に寄りかかった。そのまま1階の様子をのんびりと眺め始める。
「ティノ達はどこかな? 無事だとは思うけど」
「シド君! シドく~ん!」
一方、クライと同行していたシェリーは、シド・カゲノ―を探していた。とは言え、戦闘に巻き込まれないように、入口付近から呼びかけている。彼女の呼びかけに対し、返事は返ってこない。
(まさか、シド君に何かあったんじゃ……)
不安と恐怖で嫌な想像をしてしまう。胸が締め付けられるような感覚を覚えた。すると彼女に気づいた女性が近づいて来る。ローズ・オリアナだ。
「貴方はあの時の……シド・カゲノーを探しているのですか?」
「! そ、そうです! ご存じなんですか?」
「彼は……賊に切られ、その衝撃で1階へと落ちていきました。私達を庇って……」
「そんな……!?」
悲痛な面持ちでローズが告げた事実に、シェリーは目を見開き絶句してしまう。足元がふらつくほどのショックを受けている。だが……すぐにかぶりを振り、決意の表情を作った。
「1階で探してみます。教えて下さりありがとうございました!」
「お待ちなさい! 1人では危険です!」
しかしローズの呼び止めを聞かず、シェリーは走り去ってしまった。シドを思う気持ちが、彼女にそうさせている。
(私も彼を探したい……ですが今は!)
「『剣聖』の弟子として……成すべきことを違えたりはしません!」
歯を食いしばり、ローズは剣を強く握りなおした。身を挺して守ってくれたシドのように。幼き頃……自分を助けてくれた美しき技の剣士のように。今は目の前の脅威と戦う事を選択する。