千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
かつて地上に君臨した偉大なる神、その名は星神。星の外より訪れた星神は、神と呼ばれるにふさわしき力を持っていた。
しかし星神は人間を知らなかった。それが仇となり、星神は地上を追い出される事になる。
――ここは【帝都ゼブルディア】かつて星神の降臨した【星神殿】の跡地に作られた都市。
――ここは【星神の箱庭】帝都と重なり合うように存在する宝物殿。去り際の星神が作りだした【星神殿】の残滓。
いつか訪れる星神の再臨、その日のために【星神の箱庭】は人間を……特に恐怖の感情を調べている。恐怖を体現する逸話から様々な
気づかれる事は無い。この宝物殿のルールにより、被害者に関するあらゆる情報は忘却される。まさに「神隠し」だ。
しかしある時、幻影達は攫った覚えのない人間達と遭遇する。捕らえるのに手間取ったが……彼らの記憶から《ディアボロス教団》という組織の存在を知った。
どうやら【星神の箱庭】は教団とやらの【聖域】を上書きしてしまったらしい。【聖域】の入り口が今も健在で、そこから侵入したようだ。
それから数十年に一度の間隔で、教団の調査隊が【星神の箱庭】に足を踏み入れる。しかしそれは幻影達にとって好都合だった。教団は大きな組織のようだが、先遣隊しか送ってこない。宝物殿のルールが、後続を送る事さえ忘却させているのだ。
だから幻影達は【聖域】の入口を残す事にした。いつ教団の調査隊が来てもいいように。
***
(残さずちゃんと消しておけばよかった……!)
幻影のリーダー「咽び泣くレディ」は悔やんだ。レディ達が本気で脅かしても恐れを感じないような存在が【聖域】の入り口から来てしまったのだ。
《シャドウガーデン》のゼータ、彼女はレディを見ても眉一つ動かさなかった。過去80人を殺した伝説を持つモンスター・ティギーさえも軽くあしらってしまった。
しかし来てしまった以上、見て見ぬふりは出来ない。恐怖の怪物が逃げ出したら……それは自己否定になる。怪物と人間がいれば、恐怖するのは人間であるべきなのだ。
ゼータの目指す廃教会に先回りし、レディは最後の勝負に臨む。
(大丈夫、記憶を読んだ感じ『
対象の記憶を読み取り、最も恐れるものを再現する……星神が宝物殿に残したシステム、それが『悪夢の檻』だ。ゼータは両親と弟、そして同族の仇である司祭ペトスに強い怒りと恐れを抱いている。逆上する可能性はあるが……そうなったら完全にお手上げだ。だが試す価値はある。
(あのすまし顔が恐怖で歪む姿……ぜひ見てみたいわね)
ところが『悪夢の檻』は司祭ペトスを再現しなかった。現れたのは漆黒のロングコートを纏う少年剣士。ゼータの記憶の中で最も異彩を放つ存在……彼女の命の恩人であるシャドウだ。
偽シャドウは廃教会の上に立ち、地上のゼータを鋭い視線で見下ろしている。その光景にレディは眉をひそめた。
「どうして……? 私が読み違えたの……?」
ゼータが最も恐れていたのは間違いなく司祭ペトスだったはず……ともあれ『悪夢の檻』は発動した。いつもより膨大なマナ・マテリアルを消費してしまったが、さしたる問題ではない。
実力さえも再現された偽シャドウで、一矢報いるのだ。そうすれば恐怖の怪物としての尊厳は守られる。
「フ、フフフ……恩人に剣を向けられる気分はどう? リリムお姉ちゃん」
ゼータに笑みを向ける。当然、彼女が捨てた名前で煽ることも忘れない。返事は無いが、恐怖しているのは間違いない。彼女の恐怖を糧に、自分の力が増していくのがわかる。
後は偽シャドウを援護すれば……ゼータを、実力者を恐怖で倒せる。それはこの宝物殿にとって、とても価値のある勝利だ。
「にらみ合いはもうオシマイ。さあ――」
レディが語る中、偽シャドウが右手を振り上げた。廃教会が両断され、地面が裂ける。その手には数倍の長さのスライムソード。ゼータは横跳びに躱している。
「始め――」
偽シャドウが跳ぶ。その反動で廃教会の天井が崩壊、着地と共に地面が爆ぜる。そのまま偽シャドウはスライムソードで横薙ぎ払い。『漆黒旋』……シャドウの得意とする技が庭木と柵を上下に両断した。偽物の放った技を、ゼータは跳んで躱している。
「なさ……え?」
偽シャドウは剣の長さを戻し、距離を詰めての袈裟斬り。それを剣で受け止め、反動でゼータはさらに後退。2人の姿は霧の中へと消えていく……レディを独り取り残して。
「……ま、待ちなさいよ!」
置いてけぼりのレディは慌てて視界を飛ばす。この宝物殿の中なら、離れていても様子は伺える。しかし、2人の姿が捉えられない。実力者同士の戦いに追いつけないのだ。
木製の扉を突き破り、窓から外へ出るゼータ。石造りの壁を切り刻み、窓を破壊して後を追う偽シャドウ。次の瞬間には、外で枯れた街路樹が切り刻まれている。
「速……というか……マズい?」
どうやらミドガル士官学校の方にいるようだが、このまま戦いが続けば校舎の被害が甚大な物になるだろう。
宝物殿には自己修復作用があるが、大規模であればマナ・マテリアルの消費が激しくなる。これ以上減少すれば忘却のルールが一時的に弱まり……神隠しが露呈する可能性が出てくる。
「偽フェンリルの時と同じじゃない……!」
凄まじい強さの剣士が現れた事件を思い出し、レディは焦った。あの事件以来『悪夢の檻』は最後の最後に使う切り札になったのだ。二の舞を避けたいレディは、他の幻影達に招集をかける。決着を急がなくてはならない。あの高速戦闘にどうにかして割り込んで、だ。
「やっぱり消しておけばよかった!」
悔やんでも始まらないが、レディはそう叫ばずにはいられなかった。
***
校舎本棟の窓を突き破ったゼータは、並ぶ本棚に左右を挟まれていた。正面には並ぶ長机と椅子……どうやら広めの図書室らしい。吹き抜けの2階建て構造で、上階にも本棚が見える。
咄嗟に本棚の陰に隠れ、ゆっくりと息を吐いた。戦いで高揚していた心が、落ち着きを取り戻していく。
(あの姿は……私が出会った頃の
余計な思考を自嘲するゼータ。まだ余裕がある証拠だ。実際、偽シャドウの剣にゼータは対応できていた。皮肉にも、シャドウの真の実力を知らない事が幸いしている。もし本物と同じ実力なら、勝負にもならなかっただろう。
この状況で考えるべき事は何かを考え……彼女はシャドウの教えを思いだす。
(「わからない物は怖い、わかれば怖くなくなる」私は……自分が怖い物をわかっていない)
この宝物殿は恐怖を与える事を目的としている。あの偽物はゼータの恐怖から生まれた。偽シャドウが乗り越えるべき恐怖なら……シャドウが授けてくれた知恵『陰の叡智』の中には恐怖を乗り越える
(あの姿に何か意味があるはず。私が主を怖がってるとしたら……それは……)
初めて会ったあの時……シャドウは《ディアボロス教団》を一瞬で蹴散らし、自分の「悪魔憑き」をいとも簡単に治してみせた。それはまるで……奇跡、神か悪魔の業だ。
恐怖を感じた覚えはない。しかし……思い出そうとすると、心が震える。あの青紫の光はそれほどまでに強烈だった。
(夢かと思った。あれ以上の光景に、私は出会った事が無い)
この感情は恐怖だろうか? 断じて違う。これは畏怖だ。偽シャドウを生み出した力は、その近くて遠い差を理解できなかったのかもしれない。
(あるいは、勘違いするほどに強い感情だった……のかもね)
あの少女の幻影に聞いても答えを教えてはくれないだろう。しかしゼータの心にもう惑いはない。的外れかもしれないが答えを出したのだ。
あの偽物を倒して……魔人の力を探る。目的は変わらない。
(これは試練だ。例え偽物でも、主に覚悟を示す試練なんだ)
***
やがて……中庭側の壁が崩れた。ゼータは反射的に息を潜める。何者かが足を踏み入れ1歩、また1歩と……ロングブーツが木床を鳴らす。偽シャドウだ。
静寂に包まれた図書室に足音だけが響き、ゼータはいつでも動けるように身構える。
不意に本棚が揺れた。ゼータが身を隠す本棚だけが不自然に揺れた。次の瞬間、青紫の魔力がその本棚を粉々に吹き飛ばす。巻き込まれたポルターガイスト幻影は爆発四散。
しかしゼータは既に動いていた。長机の上に着地し、偽シャドウに向かって方向転換。急接近し漆黒の剣を振り下ろす。難なく剣で受け止める偽シャドウ、そのまま2人は剣技をぶつけ合う。巻き込まれた机や椅子がバラバラになり、周囲の本棚にも大きな傷が刻まれていく。
やはり優勢なのは偽シャドウだ。洗練された剣技が1つ、また1つとゼータに傷を負わせていく。しかしゼータの心に恐怖はない。偽シャドウの一挙手一投足に目を凝らしている。
(これが主の剣……主の技……)
朧げだった記憶が鮮明に蘇る。偽シャドウの剣を受けるたび、ゼータの剣から無駄が削ぎ落とされていく。そして、研ぎ澄まされた一撃が偽シャドウの腕を僅かに切り裂いた。しかしゼータの表情は変わらない。
「ん。わかった」
ゼータには才能があった。あらゆる道具や技術をすぐに使いこなす器用さだ。ゆえに二つ名は《天賦》。彼女は偽物を通じて、シャドウの剣技……その片鱗を実戦で身に着けたのだ。
(恐怖を与えるのが目的なら……そう簡単に殺しはしないよね。それだけこっちには余裕がある)
これで剣技は互角。2人は鏡写しのように構えなおし、同時に踏み込んで鍔迫り合った。
ところが、ゼータの耳は不審な音を聞いた。同時に距離をとった2人の間に、シャンデリアが落下する。ガラスの砕ける音が空間を支配し、2階の本棚が震え出す。
幻影が集まってきたようだ。ゼータは崩れた壁の方からも気配を感じている。
「邪魔」
そう呟き、ゼータは走り出した。同時にシャンデリアの残骸が真っ二つになる。剣を振り下ろした偽シャドウ、その脇をすり抜け出入り口の扉を目指す。浮かぶ本を切り刻み、ひとりでに震える扉を蹴破り、校舎内を駆ける。
(さすがに時間切れか。場所を移そう)
窓を叩く血の手形を無視し、渡り廊下から外へ抜けると、不気味な怪物の姿が目に入った。骸骨の馬にまたがる首なし騎士……デュラハンだ。それが真っ直ぐゼータに向かって走って来る。踏み潰す気だ。しかしゼータは何事も無く足の間をかいくぐり、走り続ける。
走り続け……たどり着いたのは厩舎の前。振り向けば骸骨馬を駆る偽シャドウの姿が見える。自分の足で走るデュラハンもだ。身を隠す時間はない。ゼータは厩舎の上へと跳ぼうとした。
だが……足を掴まれた。地面から生える無数の白い手が、ゼータを掴んで離さない。そしてあの幻影の声が聞こえた。
「捕まえたよ、リリムお姉ちゃん」
「こいつ……!」
苛立ちと共に白い手を蹴散らすが、骸骨馬がもう目前にまで迫っている。対してゼータは……円刃剣のスライムソードを両手に構えた。骸骨馬をバラバラに切り崩す。この程度の幻影は問題にならない。しかし肝心の偽シャドウの姿は見当たらなかった。
(まずい)
そう思った次の瞬間には、目の前に偽シャドウが降り立っていた。振り下ろされる剣を防御できたのは、両手に円刃剣を構えていたおかげだろう。
そのまま剣と剣をぶつけ合う接近戦が始まる。偽シャドウと互角に渡り合うゼータだが、互角では危険だ。敵は1人ではない。
足元に気配を感じ、咄嗟にゼータは跳び下がった。地面から生えた手が空を掴む。偽シャドウの後ろにはデュラハンが控え、厩舎からも危険な気配を感じる。
逃げ場のない状況にゼータは追い込まれていた。いちど横に逃げ、デュラハンを突破するか。後方の厩舎の罠に飛び込むか……彼女は鼻を鳴らす。
「ちょっと本気出す」
ゼータの目が青く輝きだした。闇の中に魔力の青い光が残像を残す。彼女は両手に直剣を構え、魔力の光を刃に宿らせた。右手のスライムソードが……数倍の長さへと伸びる。
それはシャドウがスライムソードの手本として、最初に見せてくれた技。
「漆黒旋」
横薙ぎに振るわれた剣が、厩舎を両断した。中の殺人鬼幻影ごとだ。その刃は偽シャドウにまで迫るが……彼は忽然と姿を消す。現れたのはゼータの背後、足だけを身体強化しての高速移動。これもシャドウの得意技だ。
しかしゼータは笑みを浮かべた。この『漆黒旋』はゼータ独自の改良が加わっている。
「二式!」
振り向きざま、左の漆黒旋を振るった。偽シャドウは跳んで躱すが、巻き込まれたデュラハンが抱えていた頭部を置き去りにして吹っ飛ぶ。
離れた位置に着地する偽シャドウ、1対1の状況が戻って来た。しかしこのまま戦っていれば、同じように何度も邪魔が入るだろう。ゼータは状況判断し、挑発的に笑う。
「シャドウ! お前がシャドウなら……本気を見せてよ! 本気の技を、私に!」
次で決着をつける……その思いを胸にゼータは走り出した。向かうは中央広場。追いかける偽シャドウの瞳が、赤い残像を空中に残す。