千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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黒幕と最後の決着をつけたくて!

 第3騎士団が動いたのは、会場の正面入口からハンター達が続々と出てきてからだった。話を聞くと、賊は全て退治されたと言う。にわかに信じがたい話だが……実際、入口の防備を固めていた賊は一掃されている。傷口を見るに手練れの仕業だ。

 

「……皆さん! 申し訳ありませんが、帰るのは今しばらくお待ちください。事件の全容を把握するため、簡単にですが事情聴取を行います」

 

 団長のアイリスの指示に、一部のハンターは剣呑な視線を向けるが……大きな混乱はなく、会場前広場での一時待機に誰もが従った。すでに疲労困憊で、逆らう気力が無いのかもしれない。

 

(案内と聴取、ケガ人の治療、会場内の捜索……人手が全く足りません)

 

 ともあれ数百人規模の参加者を前に、アイリスは頭を抱える事態になった。騎士達が忙しなく広場を駆け回っている。

 そんな折、彼女を訪ねる貴族が1人。鋭い眼差しの男……ヴァン・グラディス伯爵だ。

 

「変わりはないようだな。アイリス殿」

「! グラディス卿、お久しぶりです」

「積もる話もあるが……今はやめておこう。私にできる事はないかね?」

「お心遣いありがとうございます。では……何があったのか、教えていただけませんか?」

「それは構わないが……あの男からも話を聞いた方がいいだろう」

「あの男?」

「千変万化……クライ・アンドリヒだ」

 

 

 事件の全容をグラディス伯爵から聞き、アイリスは愕然とする。

 

「『強欲の瞳』……なんて恐ろしい物を……!」

「今もあの男が持っているはずだ。回収した後、皇帝陛下に報告すべきだろう。その際は私の名前も使って構わん。厳重に封印すべきだ」

「……わかりました」

 

 部下にクライを呼び出すように指示し、アイリスはグラディス伯爵へと向き直った。しかし、その目には隠しきれない怒りが宿っている。その怒りに対し、グラディス伯爵の視線は冷たい。

 

「相変わらず、感情を抑えるのは苦手か」

「恥ずかしながら……治せそうもありません。しかし許せないんです。騎士団長として平和を乱す存在が、シャドウガーデンが……!」

「……ふむ、そうか」

 

 それはもはや、怒りを超えた憎しみと言ってもいいだろう。力ある者は責務を果たさなければならない――そう考え騎士団に入ったアイリスにとって《シャドウガーデン》は看過できない存在だ。拳を固く握りしめる彼女に、グラディス伯爵の視線は変わらず冷たい。

 

(生真面目なところも相変わらずか)

 

 かつてグラディス伯爵は、アイリスの父……ミドガル伯爵から相談を受けた事がある。「アイリスは1つの事にのめり込む性格、剣の道を進ませて良い物か」と。

 その時は「好きにやらせろ。挫折も経験だ」と彼は返した。しかしアイリスは溢れる才能で《武帝》にまで上り詰めてしまった。

 

(……初めての挫折を味わうかもしれんな。アイリス・ミドガル)

 

 アイリスを諫める事も出来たが、ヴァン・グラディス伯爵はそれをしない。彼はひとかどの武人として、甘えを許さない男だった。

 

 

***

 

 

 その頃、会場裏の搬入口から外へと抜け出す鎧の男がいた。《痩騎士(やせきし)》だ。彼はたった1人、どこへ向かおうとしているのか? 搬入に使われた馬車の間を通り抜けようとしている。

 しかし、搬入口を見張っていた若い騎士達がそれに気づいた。緊張の面持ちで《痩騎士》の前に立ちふさがり、行く手を阻もうとしている。

 

「と、止まれ! お前は何者だ!」

「そこをどけ」

「ぐあぁっ!?」

 

 しかし勝負にもならなかった。騎士達を一太刀で切り伏せ《痩騎士》は先を急ぐ。重傷を負った若い騎士マルコは、立ち上がる事さえできない。彼は無力を悔いた。

 

「申し訳ありません……アイリス……団長……」

 

 遠くなる意識、遠ざかる《痩騎士》……そんな中、どこからともなく石畳を鳴らす足音が聞こえてくる。

 

「どこへ行く気だ? ルスラン・バーネット」

 

 足を止める《痩騎士》の前に、漆黒のロングコートを纏う男が立ちふさがった。

 

(ルスラン……バーネット……? それって……)

 

マルコの意識はそこで途切れた。

 

 

 

「シャドウ……なぜわかった」

「見ればわかる」

 

 淡々とした返答。それは《痩騎士》の目の前にいる男が……シャドウが、並外れた実力者であることを端的に示していた。

 何も言わず《痩騎士》は兜を脱ぎ……ルスラン・バーネットの素顔を晒す。

 

「質問を変えよう。いつ気づいた?」

「最初からだ」

「ほう……最初とはなんだ?」

「プリムス魔導科学院への襲撃……手引きしたのは貴様だろう」

「なるほど……どうやら私は、シャドウガーデンを見くびっていたようだ」

 

 邪魔な鎧を脱ぎ、動きやすい服装の細身の体を晒す。それだけルスランは本気と言う事だ。しかしまだ終わりではない。さらに彼は眼鏡を外し『肉の仮面』を眼前に掲げた。

 

「私も剣に生きた人間だ。向かい合えば大体の実力はわかる。このままでは分が悪い事もな。だが私は運がいい。ここにこの仮面がある!」

 

 躊躇なく『肉の仮面』をルスランは身に着けた。仮面から伸びる触手が、ルスランの頭部を追い隠していく。やがて……彼の肉体は一回り大きくなった。

 

「ククク……ハーッハッハッハッ! 素晴らしい……素晴らしいぞ! 力が戻る! 病が癒えていく! 私はかつての力を取り戻した!」

 

 仮面と一体化したルスランの顔が残忍な笑みを浮かべる。そして、ゆっくりと仰々しく腰の剣を抜いた。かつて武の頂に立った剣技は未だ健在のようだ。

 

「どうやら仮面も私の力を認めたようだ。すっかり黙ってしまったぞ! この力……まずは貴様で試すとしよう!」

 

 叫びながら踏み込むルスランに対し、シャドウは何も言わない。ただ漆黒の剣を構える。

 

***

 

「客席にもいなかったし……シド君、どこにいるんだろう?」

 

 シドを探し1階に降りたシェリー・バーネットは、スタッフ用エリアの西側にまで足を運んでいた。ここまで迷いなく来れたのは、シドの見せてくれた見取り図のおかげだろう。

 搬入口のそばまで来た彼女は、不意に剣がぶつかり合う音を聞いた。隙間の無い連続音は、まるでひと繋がりの音のようにも聞こえる。

 

(この音……外から?)

 

 恐る恐る搬入口に近づき、扉をそーっと開ける。すると2人の剣士が戦っている光景が目に入ってきた。1人は、以前黒づくめの集団から守ってくれた漆黒の剣士。もう1人は『肉の仮面』を被った……見覚えのある背格好の男性。

 

(あれは……お養父様!? なんでここに……?)

 

***

 

『肉の仮面』を被ったルスランは確かに一流の剣士(ソードマン)だった。だが、シャドウの一撃が彼の肩を切り裂く。

 

「バカな……!?」

 

 肩を押さえ、ルスランは膝から崩れ落ちた。対してシャドウは無傷。『肉の仮面』を使っても埋まらない圧倒的な実力差が、そこにはあった。

 

「かつての力を取り戻した――だったか? その程度ではないだろう。元武帝が聞いて呆れるな」

「ッ!?」

 

 ルスランを睨むシャドウの目には余裕が……それ以上の落胆があった。期待外れだったと言わんばかりに。――それでもなお、ルスランは不敵な笑みを浮かべる。まだ《ディアボロス教団》が負けたわけではない。

 

「認めよう、貴様は強い。だが、いくら強かろうと無意味だ。一連の事件は全て《シャドウガーデン》の仕業になるように仕向けている。そうでなくとも……もう間もなく全てが終わる。貴様も、シャドウガーデンも全てだ!」

「……滑稽だな」

「何ィ!?」

「まだ脚本家を気取る貴様が、滑稽だと言ったんだ」

 

 強がりではない、シャドウの口ぶりには絶対の確信があった。

 

「例え我らがいなくとも、この帝都には奴がいる。全てを見通す目と知恵が終焉を許すはずが無い。だが、もし奴が我らの破滅を望むなら……それでも僕は……我は最後の1人になろうとも、陰の道を進んでみせる」

「奴? いったい何の話をしているシャドウ!」

 

 怒りで顔を歪ませながらルスランは立ち上がった。切りかかる彼の剣を受け止め、シャドウは涼しい顔で淡々と問いかける。

 

「貴様はなぜその仮面を手に入れようと思った? その仮面の噂を流したのは誰だ?」

「せ……千変万化……だと?」

「貴様の失敗は、クライ・アンドリヒを侮った事だ」

 

 ルスランの目が見開かれる。それはシャドウの発言に対してか、それとも胸を斬られた痛みか。シャドウの一撃でルスランは倒れ、その額から『肉の仮面』が剥がれ落ちてしまう。

 

「ま、まさか……あの噂は罠!? たかがトレジャーハンターが、我らの計画に気づいたと言うのか……!?」

「奴なら命まで奪いはしないだろう。だが我は違う」

 

 荒い呼吸を繰り返し、震える手でルスランは這いつくばる。もはや立ち上がる事さえできない。そんな彼にシャドウは容赦なく剣を構えた。天高く掲げた剣を、躊躇いなく振り下ろす。

 

 

「やめてください!」

 

 

 ルスランの眼前で、シャドウの剣が止まった。声の主……シェリーが息を切らせながら、じっとシャドウを見つめている。その姿にルスランは息を呑んだ。

 

「シェリー……なのか……?」

「お養父様を……殺さないで……!」

 

 声も肩も震わせながら、シェリーは2人の間に割って入った。養父を守ろうと勇気を振り絞って飛び出したのだ。涙目の彼女と数秒にらみ合い……やがてシャドウは、何も言わずに剣を収めた。そのまま踵を返し、歩いて遠ざかっていく。

 

 

「よかった……大丈夫ですか、お養父様?」

「ああ……シェリー……お前は――」

「酷いケガ……待ってください。今ポーションを――」

「本当に……都合のいい娘だ」

「ふぇ……あっ……いやぁぁぁぁぁっ!?」

 

 

「やはり……な」

 

 シェリーの悲鳴を聞き、シャドウは呆れたように呟いた。まるでわかっていたようだ。背中を見せれば、ルスランが何かしらの悪あがきをする――と。

 漆黒の剣を構えて振り向き……彼は目の前の事態に目を細める。シェリーの顔には『肉の仮面』が憑りついていた。

 

「ああぁぁぁぁぁぁ……!!!」

「シェリー……その仮面の力で、私を傷つけたあの男を倒してくれ」

「は……はい……お養父様……ぁ……」

 

 ルスランに渡された剣を引きずり、シェリーがシャドウへと近づいていく。しかしその足取りは重い。シャドウと戦う事に迷いがあるのだろうか?

 一方、ルスランは彼女の後方で醜悪な笑みを浮かべている。ふらついてはいるが、彼の体に傷はもう見当たらない。足元に空のポーション瓶が転がっている。

 

「甘い、甘いぞシャドウ! 貴様がそんな甘い男だったとはな! どうする? その娘を斬らずにいられるか!? ククク……ハーッハッハッハッ!」

 

 勝利を確信した高笑いが響く。するとどうだ? シェリーの足取りがますます重くなり……やがて彼女は止まってしまった。おもむろに振り向き……据わった目でルスランを見据える。

 彼女の脳裏に浮かぶのは、母が死んだあの夜の記憶。クローゼットに隠れて息を潜め……聞こえたのは母の断末魔と、犯人の高笑い。

 

「何をしているシェリー? 奴を斬れ!」

「同じ……だ」

「シェリー……?」

「同じだ……! あの時の……笑い声!」

 

 怒りの形相をシェリーは作り、ルスランに向けて走った。『肉の仮面』によって強化された身体能力が、一瞬で距離を詰める。がむしゃらに振り上げた剣が、ルスランの右腕を切り裂いた。

 

「何をする、シェリー!?」

「お母様の仇……お母様の仇ぃっ!」

 

 それまでのたどたどしい動きとは違う、迷いの無い動き。それは明確な殺意。仮面によって増幅された憎悪で、シェリーは復讐の剣を振り回している。

 

「この……小娘がぁっ! 誰が今まで面倒を見て来たと思っている!」

「殺す! 殺してやるぅぅっ!」

 

 本性を露わにルスランは逆上、シェリーを取り押さえようとする。しかし仮面の力は絶大だった。剣を生まれて初めて握るシェリーが、自身のポーションで治したルスランを切り刻み……とうとう追い詰めてしまった。

 

「おのれ……母娘共々、最後に私の邪魔をするというのか……!」

「はぁ……はぁ……見てて……お母様」

「やめろ……やめてくれシェリー……!」

「死んじゃえっ!」

 

 尻餅をつくルスランに対して、乱暴に掲げた剣を躊躇いなく振り下ろす。――だが、剣は空中で止まってしまった。刃を掴んで止めているのは、漆黒のグローブに包まれた手。

 

「もういいだろう」

「んぁ……!?」

 

 諭すような声と共に、シャドウの手刀がシェリーの意識を奪った。剥がれ落ちた仮面を掴み、倒れそうな彼女を抱きとめる。そして視線を……無様な姿をさらすルスランへと向けた。彼の顔はすっかり恐怖で歪んでいる。

 

「シャ……シャドウ」

「何を怯えている? 我か……それともこの仮面か」

 

 不敵な笑みを浮かべ、シャドウは躊躇いなく『肉の仮面』を被る。

 

「ヒッ……ウアァァァッ!!?」

 

 悲鳴を上げ、ついには意識を失うルスラン。……しかし何も起こらない。シャドウは着けた時と同様に、何事も無く仮面を外した。下から出てきたのは……気の抜けた顔。

 

 

「規定以上の能力はダメ、か……思ったより安全な宝具だね」

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