千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
オークションから始まった今回の事件、振り返ってみると長い1日だったな……
今回、僕は陰の実力者としていい活躍ができたと思っている。会場の注意を引いて、クライ達やイプシロン達が突入する隙を作って、『強欲の瞳』を託して、事件の首謀者ルスラン・バーネットと対峙した。
それにしてもあの男、オークションを『強欲の瞳』の実験場にするなんて……元武帝はいつの間にか、マッドサイエンティストに転職していたようだ。きっと病が彼を変な方向に進ませたんだろう。偽シャドウガーデンとの関係はわからずじまいだけど……利害が一致したのかな?
そして最後はシェリーとその母親の件による因果応報……まさに典型的なテンプレ悪役キャラだったね。
どこまでクライの筋書きなのかはわからないけど……互いに利用し合う関係はまさにライバル。今後もクライとはこういう関係を続けたいものだ。
さておき、事件の翌日……僕はニューの案内で、ミツゴシデパートの屋上屋敷を訪れていた。ガンマを尋ねてなんだけど、ちょうど留守。どうやら事件の事情聴取を受けているらしい。
「騎士団本部にはイプシロン様も同行しました。聴取は一緒に受けた方が手っ取り早いと」
「へえ……運営側だし、厳しく追及されそう」
「しかし、商会としては売り上げと知名度を大きく伸ばしました。差し引きでプラスになったと考えています」
「なるほど、抜け目がないね」
感心してると、ニューが他の店員とアイコンタクトして、頷き合った。無言の合図……いいね。
「それではシド様、準備が整いましたのでこちらへ」
「準備ってなんの?」
「コーヒーとケーキです。私共が用意できる最高級の物を揃えました」
ちょうどいい、ガンマが戻るまで堪能するとしよう。
***
騎士団本部での事情聴取を終え、独りトボトボと歩くシェリー・バーネット。昨夜、騎士団に保護された彼女は今日になって目覚め、話せることを全て話した。7年前の事件……母を殺したのがルスラン・バーネットであることも。
騎士団長は真相究明を約束してくれたが、しかし彼女の心は晴れない。昨夜の光景が……何度も何度も、脳裏をよぎっている。
『この……小娘がぁっ! 誰が今まで面倒を見て来たと思っている!』
『殺す! 殺してやるぅぅっ!』
『そうだ……混沌に身を委ねよ』
養父の本性、自分の本性、仮面の不気味な声、どれも忘れられそうに無い。あの時、シャドウが止めていなければ……自分さえも信じられなくなったシェリーの表情は暗い。
(私……独りぼっちだよシド君……どうしたらいいのかな)
「シェリーちゃん。やっと見つけました」
「ふぇ……?」
声をかけられ顔を上げると、すぐ目の前でシトリー・スマートがニコニコと微笑んでいた。尊敬する先輩との突然の出会いにシェリーは戸惑う。
「こんにちはシトリー先輩。私を……探してたんですか?」
「はい。シェリーちゃんに頼みがあって」
「頼み……ごめんなさい、今はちょっと――」
視線を逸らして俯くシェリー。今は誰かと話す気分ではない。そんな彼女に対し、シトリーはそっと耳打ちする。
「一緒に真実を探しましょう。例えば……ルスラン・バーネットが所属していた組織について」
「っ!? それって……」
シェリーはハッと息を呑み、思わずシトリーに顔を向けた。目に映ったのは、変わらないニコニコとした微笑み。
「あの会場を占拠するだけの人数と装備……揃えるのに、どれだけの時間とお金がかかるでしょうか? どうやって用意したのか、協力者がいたのか……知りたくありませんか?」
「し……知りたいです! じゃなきゃ……お母様が報われません!」
ギュッと小さな手を握りしめるシェリー。母を殺したあの男の罪を全て暴く……彼女の目に宿る決意を見たシトリーは、変わらぬ笑みで頷いた。
「そう言うと思って、既に研究室の資料は持ち出しました。今頃お姉ちゃんが書斎の鍵を開けている頃です」
「ふぇ……? 書斎って……私の家ですかぁ!?」
「はい。証拠を消される前に、動く必要がありましたから」
「なる……ほど……?」
(消されるって……だからって、勝手に私の家に? もしかしてシトリー先輩って……けっこう危ない人なんじゃ……)
事件を経て、シェリーは人を疑う事を覚えたようだ。しかし自宅のバーネット邸に戻ったシェリーは、シトリーの判断が正しかったとすぐに思い知る事になる――
***
僕がコーヒーのおかわりを頼むか迷っていると、部屋の外が騒がしくなった。走る足音が応接室に近づいて来て……扉が勢いよく開け放たれる。
「
「やあイプシロン。今日もスタイルいいね」
「主様……! そんな、勿体ないお言葉です! ささ、どうぞこちらに」
ふむ、今日はスライム率82%。走ってきたのに乱れは最小限。見事な
もてなしてくれたニューに礼を言って、ここからはイプシロンと一緒に行くとしよう。……と思っていたら廊下でガンマも姿を見せた。慌てて来たのか髪もドレスも乱れてる。それに――
「あ、主様……お待たせしてしまい申し訳ありません」
「鼻血出てるよ」
2人と玉座の間に戻ってきたけど、すぐ終わるし今日は座らなくていいかな。
「さあ主様、玉座にお座りください」
「いや、ここでいい。たいした用事じゃない」
「そうですか……」
……なぜか2人とも残念そうにしてる。玉座を見上げるのってそんなに楽しいのかな?
「それでは主様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うん、今日はガンマに見せたい物があってきたんだ。イプシロンも一緒だと助かるんだけど」
「私に……ですか?」
「むむ……主様、私ではダメなのですか?」
「う~ん……まずはガンマに任せたいんだよね」
物欲しそうな目で見てもダメだよイプシロン。この仮面は……強いと発動しないんだ。
「わかりました。このガンマ、どんな物だろうと必ず主様の期待に応えて見せましょう」
「ありがとう。じゃあ……これを試してほしい」
「……それは!?」
「『肉の仮面』……主様が回収していたのですね」
仮面を見た瞬間、ガンマの自信満々な笑みが凍り付いた。隣のイプシロンも怪訝な目を向けている。生々しいというか、肉々しい見た目は確かに怖いかもね。
すると、手に取った仮面が動きだした。その口から、かすれた声が聞こえてくる。
『なんという実力……我が進めた者を2人も相手取り、息1つ切らさず制圧するとは……もういちど、基準を変える必要がある』
「しゃ、喋った!? 喋りましたよ主様!?」
そうだねイプシロン。被った時だけ喋るのかと思ったけど違ったみたいだ。とにかく珍しい宝具に違いない。せっかくだし……話をしてみよう。
「君、名前は?」
『我が名は『
「なかなか褒め上手だね君」
そういう事なら……やっぱり《最弱》のガンマにピッタリじゃないか。壊滅的な運動神経も少しはマシになるかもしれない。
「喋る仮面……意思を持つ宝具……そういう事ですか主様! その仮面は『
早速ガンマに被せてみた。それだけで仮面は張り付き、滑り落ちる気配はない。僕の見立てだと……ガンマなら発動するはずだ。どうかな?
「待ってください主様!? 私にも心の準備が……」
「……いくら主様の頼みでも遠慮したいわね……」
『むう……運動神経E-だと? まさか、このような者がいるとは……』
「な!? 何ですか急に。わ、私が気にしている事を……! ええい黙りなさい!」
イプシロンがドン引きしてる横で、突然ガンマが叫びだした。僕達ではない何かに向かって怒っている。
「!? 主様、ガンマの様子が……!」
「大丈夫だよ。もう少し様子を見よう」
「ですが……ガンマ、しっかりしなさいよ!」
『筋力、敏捷、体力、魔力、成長性……総じて優れた素質を持ちながら、我が発動条件を満たすとは……このような事態、前代未聞。我の創造主も想定外だろう』
「言わせておけば……だったら私に力を貸しなさい! 私だって……私だって皆と一緒に戦いたいんです!」
その叫びが通じたのか、仮面が蠢き……伸びる触手がガンマの頭部に憑りついた。すると彼女は糸の切れた人形のように項垂れ……やがて、おもむろに顔を上げる。仮面が一体化した顔を。
「主様……ふふ、ふふふふ……」
「ガンマ……大丈夫……よね?」
うっとりした笑顔のガンマに、心配して近づくイプシロン。ところが、ガンマは彼女を無視。僕に向かって一直線に駆け寄って……抱き着いてきた。仮面の奥の瞳が潤んでいる。
「なっ……何してるのよ!?」
「ありがとうございます主様。私がずっと望んでいた力を与えてくださったのですね」
「うん……1回、離れようか」
「イヤです。主様は私を選んでくださったのですよね? 隣に立つのはこのガンマが相応しいと……七陰は私1人で十分だと。ならばよいではありませんか」
こりゃダメだ。シェリーみたいに暴走してる。僕の胸に顔をうずめて……普段のガンマならこんなこと絶体にしない。止めるなら仮面を引っぺがせばいいけど、それじゃあ被せた意味が無いよね。何かさせないと……
「主様から……離れなさい!」
「きゃっ!?」
どうするか悩んでると、怒れるイプシロンがガンマを引きはがしてくれた。すかさずガンマは自分を掴む手を振り払って、挑発的な笑みをイプシロンに向ける。
「あらあら……嫉妬ですかイプシロン? 見苦しいですよ」
「見苦しいのはそっちよ! 何が起きたか知らないけど、主様に抱き着くなんて……!」
イプシロンも怒りの眼差しで睨み返す。でも悪いのはガンマじゃなくて、仮面を被せた僕じゃないかな。……とりあえず仮面の感想を聞いてみよう。
「あー……ガンマ、調子はどう?」
「最高の気分です主様! 見てください、体が思う以上に動きます!」
「おお!」
あのガンマが、ちょっとした段差で躓いて転んでたガンマが、その場で回ったりスキップしてる……! いつもなら絶対に転んでるのに。仮面の力、恐るべし。
「今ならアルファ様……いえアルファにだって負けません!」
そして七陰のリーダーであるアルファを呼び捨てにするなんて……仮面の暴走、恐るべし。後は変わった実力を見せて欲しいんだけど……それはどうやらイプシロンがやってくれそうだ。
「もう見てられないわ……主様! あの仮面、ガンマから奪っても構いませんか?」
「いいよ。でも壊さないでね」
「はっ!」
返事をした次の瞬間、イプシロンはもうスライムスーツを纏っていた。その手の中でスライムが蠢き……漆黒の大鎌へと変わる。
「なるほど……わかりました主様。まずはイプシロンに勝って、私の新たな力を証明してみせましょう!」
一方、ガンマもスライムスーツを纏い、漆黒の大太刀を構えた。どうやら2人とも最初から本気みたいだね。
「調子に乗りすぎよガンマ! 私が止めてあげる!」
「ふふふ! まずは貴方を、次はベータにしましょうか? 私をバカにしてくれたデルタも……予算を無駄遣いするイータも! 最後はアルファも……私に皆ひれ伏してもらいます!」
「あ~もう! 聞いてるこっちが恥ずかしいのよ!」
……ゼータの事を忘れてるよガンマ。とりあえず僕は壁際に下がって、観戦を決め込む事にする。2人とも元「悪魔憑き」で体は頑丈だ。心配があるとすれば……この玉座の間の無事だろう。それも杞憂に終わると思ってるけど。
「じゃあ……始め!」
睨み合う2人が、僕の合図で同時に動いた。
***
「ど、どうして……」
「……最初はびっくりしたけど、結局いつものガンマだったわね」
予想通り、決着はあっという間についた。ガンマは倒れ、引きはがされた仮面が床へと落ちる。
ガンマは全く強くなっていなかった。僕が被った時、規定以上の能力は出せないって言われたし……あの仮面はガンマの運動神経を多少マシにしたけど、それだけ。それだけで、規定の限界に引っ掛かったんだろうね。
なら身体能力は互角。でもデタラメに大太刀を振り回すガンマに対し、イプシロンは舞うように華麗に大鎌を使いこなしていた。練度はイプシロンがはるかに上、この結果は当然だ。
どこか呆然としているガンマに、イプシロンが手を差し伸べている。
「ガンマ、ケガは無い? 立てるかしら?」
「イプシロン……あ、あぁっ!!?」
「大丈夫!? どこかケガしたの!?」
「わ、わ、私……な、なんて事を言ってしまったの……! しかも主様にあんな……」
「あー……仮面のせいよ! だから気にしなくていいわ。主様も気にしていませんよね?」
ガンマに気を使っているのはわかるよイプシロン。でも僕は何て答えればいいのさ? とりあえず愛想笑いはしておくけど……こっちを見てガンマは耳まで真っ赤にしてる。もう何を言っても逆効果でしょ。
「主様……私を、ガンマを見ないでくださいぃ~!」
「ちょっとガンマ、どこ行くのよ!?」
取り乱したガンマは屋敷の奥へと走り去ってしまった。体当たりで扉が壊れてしまっている。
「追いかけない方がいいよ。今はそっとしておこう」
「主様……」
「……あんな風に走ってガンマが転ばないなんて、仮面を被せた甲斐があったかな」
「!? それが理由だったのですね……! それを知ればガンマも喜びます。彼女……会長になった今でも鍛錬は続けていましたから」
「そうなんだ。でも今のガンマに直接は言えないし……代わりに伝えておいて」
「わかりました。必ず伝えます」
仮面の限界も分かったし……もう用事は無い。『進化する鬼面』を拾って帰るとしよう。
「主様、その仮面はどうするのですか?」
「秘密。でも、もしガンマがイプシロンより強くなってたら……次はイプシロンの番だったね」
「!? あ、危なかった……」
ガンマにしか使えないんじゃ渡すわけにはいかない。七陰は7人……1人だけにプレゼントするのはマズい。
特にデルタが「デルタもボスからのプレゼント欲しい!」とか言い出して……全員分のプレゼントを用意する羽目になったかも。
「あっそうだ。イプシロン、他の七陰が何してるかわかる?」
「はい。アルファ様はデルタと共に西の【トアイザント】へ。ベータは【クリート】の街に。ですが、今回の件を聞いて間もなく戻って来るかと思われます。
イータもそろそろ【アレクサンドリア】から戻って来るかと。何かご用命でしょうか?」
「……いや、みんなが元気でやってるならそれでいいよ」
やっぱりイプシロンもゼータの事を忘れてる。起きたらしっかり話を聞かないといけないな。