千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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彼女の名前は……そうだ、ゼータだ!

 空には漆黒の闇が広がり、周囲には霧が立ち込める。ここは【星神の箱庭】 帝都に重なるように存在する宝物殿。

 かつて【ミドガル王国】が健在だった頃の残滓が残るこの場所を、ゼータは駆け抜けた。ミドガル士官学校の本棟の壁を駆け上り、枯れた噴水に向かって駆け下りる。

 各棟に向かって石畳の道が十字に伸びる中央広場。文字通り士官学校の中心であるその場所は、まさに決戦の場として相応しいだろう。

 

 口を真一文字に結び、鋭い眼差しで振り返ったゼータ。彼女の前に、漆黒の少年が姿を現す。その少年は漆黒のロングコートを纏い、漆黒の仮面の奥で瞳が赤く輝いている。

悪夢の檻(バッドドリーム)』という宝物殿のシステムが作り上げた偽シャドウだ。互いに剣を構え、睨み合う両者に緊張感が漂う……すると突然、中央広場に悪霊の笑いが木霊する。

 

「クスクス……リリムお姉ちゃん。追いかけっこはオシマイ?」

 

 忽然と噴水に腰掛ける少女型の幻影(ファントム)が現れた。彼女こそ【星神の箱庭】の実質的な管理者「咽び泣くレディ」である。眼球の無い空洞の目から血の涙を流し、ゼータに挑発的な笑みを向ける。

 

「それとも……やっと逃げても無駄だってわかったのかしら?」

「逃げるのはお前、私とシャドウの邪魔」

「!? ……いいわ。その挑発、乗ってあげる」

 

 視線すら合わせないゼータの無関心に、レディの口元が怒りで歪む。恐怖の怪物としての誇りはもうボロボロだ。このままでは終われない。

 彼女は噴水の縁に立つと、偽シャドウに向かって叫んだ。

 

「シャドウ! あなたの全力を見せつけて、彼女を追い詰めなさい! その後、私達でじっくりと恐怖を味わわせてあげる」

 

 その言葉を合図に、偽シャドウの体から青紫の光が生じた。魔力(マナ)の光が【星神の箱庭】を照らす。偽シャドウの足元から、幾何学模様の光が広がっていく。魔導士(マギ)の使う魔法陣のような光は、ゼータをその中に収める。2人の間にいたレディもだ。

 

「……は? ありえない、人間にこんな力があるなんて!?」

 

 驚愕のあまり絶叫するレディ。ゼータの記憶を覗いたはずの彼女でも、偽シャドウの大いなる力は想定外だったのだろう。

 恐怖を与えるはずの怪物が、再現とは言え……1人の人間に圧倒されている。

 

「冗談じゃない……冗談じゃないわ!」

 

 動揺を隠しきれない叫びを最後に、レディは忽然と姿を消す。これで1対1……ゼータの望む状況ができた。幻影の妨害を気にせず偽シャドウを倒す……千載一遇の機会。ゼータの瞳に魔力の青い光が宿る。

 

(邪魔者はいない。後は……私がしくじらなければいい)

 

 恐怖、憧憬、緊張、決意……様々な感情が胸中を渦巻いても、ゼータの表情は変わらない。

 偽シャドウがやろうとしているのは『アトミック』 それはシャドウにとっての特別な力。

 

『60点かな。この程度じゃ届かない――』

 

(『アトミック』は……自身を純粋な「力」へと変える技)

 

 それは子猫のリリムを助けてくれた、あの青紫の光。間近で見たゼータは、理屈無しに感じ取っていた。『アトミック』がどんな技なのかを。ゼータの体から、青い光が溢れる。

 

『――将来の目標として、七陰はアトミックの考察と修練を行い、自らの力によって再現する事を……ここに提案するわ』

 

(私の求める力――私のアトミック――)

 

 それは《シャドウガーデン》の究極の目標。アルファの提案を聞いてゼータは『アトミック』の開発に時間を使った。試作型はできているが、まだまだ完成には遠い。加減無しの全力で使うのも初めて。だが……『アトミック』に対抗できるのは『アトミック』だけだ。

 

 これは賭けだ。偽シャドウに『アトミック』を使わせ、自身の『アトミック』で防ぐ。そして……幻影達が戻る前に、1対1で決着をつける。ゼータの青い魔力も魔法陣のような幾何学模様を描き、偽シャドウをその中に収めた。

 

「耐えてみせる。私の――」

 

 やがて……2色の光が2つの螺旋を描き、それぞれの剣へと収束していく。輝く刀身、体から溢れる光、眩い瞳が睨み合う。

 

「私の『アトミック』で!」

 

 示し合わせたかのように、2人は同時に動いた。同時に突き出した剣が激突。その瞬間、爆発的な光が全てを飲み込んだ。大いなる2つの力が【星神の箱庭】そのものを激震させる。

 

***

 

 天地を揺るがす光が収まった時……中央広場は消滅していた。代わりに巨大なクレーターが大地に広がり、校舎各棟を巻き込んで倒壊させている。そして……暗黒の空にも亀裂が入っていた。表と裏、世界を隔てる壁さえも『アトミック』の激突で傷ついてしまったのだ。

 

「くぅっ……練習不足……」

(これじゃあ……いいとこ30点だ)

 

 クレーターの中でゼータは倒れ、苦痛に顔を歪めている。焼けただれた右腕から出血が止まらない。『アトミック』未完成故の反動だ。

 それでも歯を食いしばり、彼女は立ち上がる。左手で漆黒の剣を握り、クレーター中心に向かって走りだした。まだ戦いは終わっていない。中心に偽シャドウが佇んでいる。

 

「これが……最後の勝負だ……シャドウ!」

 

 声で痛みを紛らわせ走った。だが、偽シャドウの前で剣を構えた時……ゼータは目を見開いた。彼女の目の前で偽シャドウの体がひび割れ……バラバラの欠片になって崩壊していく。まるで負けを認めたかのようなタイミングの良さに、ゼータの口から笑いがこぼれた。

 

「はは……(あるじ)はズルいな。偽物でさえ……カッコいいなんて」

 

 全ての力を使い果たしたのか、それとも『アトミック』の再現に問題があったのか……どちらにせよ、偽シャドウは霧散しマナ・マテリアルへと還っていく。【星神の箱庭】の切り札『悪夢の檻』にゼータは勝利したのだ。

 

 気が緩んだのか、ゼータの脚から力が抜け……座ってしまいそうなのを、どうにか堪えた。

 

「まだ……終わってない」

 

 右腕を止血し、ふらつく足取りでゼータは歩き出す。目指すは廃教会……濃霧の中心点。彼女の目的は……この地に眠る魔人ディアボロスの力だ。

 

 

 

 ついに恐れをなしたのか、執拗だった幻影の妨害も鳴りを潜め、ゼータは廃教会へと難なくたどり着く。中の隠し通路を降りて地下へ……

 

(教団の資料が正しければ……「リリ」の写し身がいるはず。勝てるかな?)

 

 最後の戦闘に備え、息を整えるゼータ。体力も魔力も限界が近い。応急処置はしたものの、右腕は満足に動かない。

 撤退も視野に入れて、最奥の広間へと足を踏み入れる。そこには何も無かった。

 

「……? ……っ!? これは!?」

 

 目の前の光景に彼女は息を呑む。そこには、あるべきものが何も無かった。

 

 壁から伸びる鎖は封印のための物だろう。しかし巻き付くべき存在がそこには無い。おそらく巨大な扉で塞がれていたはずの横穴が、むき出しになっていた。隣の部屋がゼータのいる入口からも良く見える。

 当然、隣の部屋には封印されるべき物……魔人ディアボロスの右腕があったはずだ。獣人の英雄リリが封印した右腕が。

 

 しかし……あるのは仰々しい台座だけ。力の痕跡さえ感じ取れない。

 

「これで満足した? リリムお姉ちゃん」

 

 不意に聞こえた少女の声に、すかさずゼータは剣を向けた。何度もゼータの邪魔をしてきた悪霊の幻影は……うんざりした様子で、瓦礫に腰掛けている。攻撃するような素振りはない。

 

「もう帰って。あんたみたいなのは、ここにいちゃダメなのよ」

「何をした?」

「……知らないわ。私が初めて来た時には、もうこうなっていたもの」

 

 不機嫌な口ぶりの返答に、ゼータは眉を顰める。幻影の言葉なんて信用できない。しかし何か情報を聞きださないと、文字通りの骨折り損だ。

 

「なら、ここに来た教団の奴らは――」

「残念、時間切れよ」

 

 そこでようやくゼータは、幻影が何かしらの力を発動させた事に気づいた。ゼータの視界が揺らぐ。そして光が視界を埋め尽くしていく。

 

「バイバイ、リリムお姉ちゃん。二度と入れてあげないから」

「待て――」

 

 次の瞬間、【星神の箱庭】からゼータの存在が消えた。強制帰還。行き先は表の世界の空き教室……彼女が入ってきた「扉」のある場所だ。その「扉」を消去し、レディは空っぽの台座に向かって呟く。

 

「ここは星神様の箱庭……他の神の力なんて、あってはいけないのよ」

 

 

***

 

 

 明け方、昇る朝日が帝都ゼブルディアを照らしていく……そんな時間帯。日課の鍛錬から帰ってきた僕が玄関を開けると……部屋の中から香ばしい香りと何かを焼く音がする。……このニオイは魚だな。

 キッチンに足を踏み入れると、金の髪、金の猫耳、金の尻尾……見覚えのある金猫獣人がラフな格好でフライパンを握っていた。

 

「起きたんだゼータ。ケガは平気?」

「ん。平気。主のおかげで」

 

《シャドウガーデン》七陰の6番目、ゼータ。……今はこうして思い出せるけど、あの夜は顔を見ても一瞬、彼女の事を思い出せなかった。

 オークション会場から帰って来たあの夜……彼女は玄関扉の横で、眠るように倒れてたんだ。酷いケガだったから治しておいたけど……元気そうで何より。

 

「どれくらい寝てた?」

「丸1日と……半分くらいかな。お腹すいたの?」

「ん。腹ペコ」

 

 いつも通りのクールな態度。だけどよっぽど腹ペコなのか、彼女の視線はフライパンに釘付けだ。尻尾も踊っている。そんなわけで、早めの朝食は焼いたアジの干物になった。食事の後、話を聞こうと思ったんだけど……彼女は僕に体をこすりつけてくる。

 

「こら、マーキングはよしなさい」

「ごめん主。でも今は、本物を感じたい」

「本物?」

「偽物じゃない……優しい本物の主」

 

 まるで僕の偽物がいたみたいな口ぶりだねゼータ。

 

 ――なんて思ってたら、ホントに僕の偽物と遭遇したらしい。今は彼女と向かい合って、何があったか話を聞いている最中だ。

 

「つまり、この帝都には【聖域】があって、でもそこは宝物殿になってて、ゼータの記憶から僕の偽物を作りだした……であってる?」

「ん。あってる」

 

 裏世界にあるもう1つの魔術学院、記憶から再現された師匠を超える……まるで主人公みたいなイベントじゃないか!?

 いつもなら「凝った設定だな」って感心するとこだけど、今回は事情が違う。つまりゼータは本当の事を言っている可能性が高い。なら……僕も近くで参加したかった!

 

「強かった?」

「……強かった。助かったのは偶然……運が良かった」

 

 ゼータがそこまで言うなら……かなりギリギリの戦いだったみたいだね。ますます気になる……けど、他にもっと確かめたい事があるんだ。ここは話を変えよう。

 

「記憶を覗いてくるなんて、変わった宝物殿だね。他に変わった事はあった?」

「ん……幻影。幻影も変だった。人の言葉を話して……私を怖がらせたいって口ぶり。もし殺すつもりだったら、いくらでも機会はあったのに」

「ふむ。なるほど……何か持ち帰ったりした?」

「いや……追い出された」

 

 ホラーがテーマの宝物殿、いわく付きのアイテムは無し。それなら僕やガンマ達に……いや、ゼータに起きた異変は足を踏み入れたことが原因かな? 侵入者にルールを強いる宝物殿の一種、つまりは――

 

「呪い……呪われた宝物殿か」

「……呪い?」

「ゼータ、君は呪われたのかもしれない」

「どういう事?」

 

 さて、ここからが本題だ。これから彼女に怖い話をする事になる。恐怖を煽るような語り方もあるけど……彼女を怖がらせる理由は無いか。普通に話そう。

 

「昨日、僕はガンマとイプシロンの2人と話をしたんだ。その時、七陰の事が話題に出たんだけど……ゼータ、2人とも君の事を忘れていたよ」

「私を……忘れていた? どんなふうに?」

「顔が思い出せないとか、名前を思い出せないとか……そんな生易しい話じゃない。七陰は6人で全員……そんな態度だった」

「っ!? それが呪い……でも主は覚えてる」

「……実は僕も忘れていたんだ。君の顔を見るまでは」

「主まで!? そんな……」

 

 いつもクールなゼータが、今は目に見えて動揺している。無理もないか……僕は1人でも陰の実力者の道を進むつもりだけど、七陰は普通の仲良しグループ。世界から忘れ去られるなんて、とても恐ろしい話だろうね。

 

「そうだ、ガンマ達には思い出させるような事は言わなかったよ。呪いの事は、下手に口にしない方がいいのが定石だからね」

「それは……ん。正しい判断だと思う。でも、こんな事になるなんて……」

「僕は思い出せた。つまり呪いは完全じゃない。会えば思い出すだろうし……何もしなくても、そのうち思い出すんじゃないかな」

「呪い……ん? んん?」

 

 目を細め、真剣な面持ちでゼータは考え込んでいる。

 

「教団も呪われて……だから最近の資料が無くて、右腕を探してる? もしかしたらまだ……!」

「何か気づいた?」

「わからない。でもまだある。『永遠の命』の可能性」

 

 そういえばそんな話だったね。望むお宝は【聖域】には無かった。けど、別のどこかにある……そんな感じかな。

 お宝を見つけて『永遠の命』を手に入れる……それがゼータの夢か。

 

「まだ七陰のみんなには内緒かな?」

「手がかりを見つけるまでは……もう少しみんなと一緒にいる。今回の事は言わないで」

「そっか……じゃあ黙ってるよ。後はゼータ次第だ」

「ん……ありがとう。やっぱり、本物の主は優しすぎる」

 

 どうやら、ゼータの反抗期はひっそりと……まだ続くらしい。

 

 

 

「もう行くんだ?」

「呪いが帝都の外まで届いてるならマズい。早く戻らないと」

「ふむ……何がマズいのか聞いてもいい?」

「ヴィクトーリア。私の指示を忘れて暴走してるかも」

 

 ヴィクトーリア……ああ、悪魔憑きだった聖女の子か。虫も殺せなさそうな子に見えたけど……暴走しちゃうくらい元気になったんだね。

 

「あの子、今はゼータと一緒にいるんだ」

「主を神みたいに崇めてるよ」

 

 それが別れの言葉になった。……崇められても困るな。僕がなりたいのは陰の実力者だ。しかし強者にファンとアンチが生まれるのは世の定め。前世でもよく見た真理の1つだ。

 例えば……《嘆きの亡霊(ストレンジグリーフ)》に目を輝かせるローズ王女みたいに。

 

「これも実力者の定めか……」

 

 そっと呟いて『進化する鬼面(オーバーグリード)』を片手に6階からの景色を眺めた。遠くには……実力者の集う《始まりの足跡(ファーストステップ)》のクランハウスが見える。

 

「そろそろ挨拶に行く時かな。ちょうどいい手土産もあるしね」

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