千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
帝都のとある酒場にて、アーノルド・ヘイルは飲み干したジョッキを乱暴に置いた。その顔には隠せない苛立ちが見える。
「くそっ、今思い出しても腹立たしい。あの仮面、1ギールにもならないとは……」
「仕方ありませんよアーノルドさん。百人近い規模の賊が会場を占拠するなんて……想像つきませんって」
アーノルドを宥めているエイも、あまり納得は出来ていない。同じ机を囲む《
彼らは今朝、競売の結果を受け取りにオークションの運営本部を訪れた。しかし、そこで予想外の事実を告げられたのだ。
『申し訳ありません。『肉の仮面』は競売中止になりました』
『……なんだと?』
あの瞬間、周囲から奇異の目で見られた事をアーノルドはハッキリと覚えている。
『ご存じかと思いますが……あの晩、会場が占拠されました。それがちょうど『肉の仮面』の競売が終わった瞬間で……正式な取引が行われておりません』
『だったら仮面を返してもらおう。どこだ?』
『……申し訳ありません。犯行グループが仮面を持ち出し、その後の所在は不明です』
結局、その場は踵を返すしかなかった。周囲から向けられる憐みの視線……それさえ腹立たしく思いながら。
「なにが『消えた五億ギール』だ! 面白おかしく書きやがって……」
「こんな大事件……ネブラヌベスじゃありえなかったぜ」
「なに? ……そうだな」
仲間が呟いた言葉にアーノルドは考え込む。【霧の国ネブラヌベス】の霧には魔獣が潜み、人間同士が争う「余裕」は無かった。
しかしここは【帝都ゼブルディア】周囲を宝物殿に囲まれてはいるが、街も国も平穏だと言える。その本当の違いに気づき、アーノルドは自嘲気味に笑った。
「ふっ……どうやら俺達は、帝都を甘く見ていたのかもしれん」
「どういう事ですアーノルドさん?」
「この前のレックスもそうだが……この街は悪党が暗躍できるほど平和だと言う事だ。魔獣や宝物殿にばかり目を向けていれば、足元をすくわれる……今の俺達みたいにな」
「そういや占拠事件を起こした賊は《シャドウガーデン》と名乗ったそうです。レックスも同じ組織を名乗っていやしたね」
「ほう。シャドウガーデン……か。その名、覚える必要があるな」
アーノルドの言葉に《霧の雷竜》の面々は一様に真剣な顔を作る。彼らが望む通り、アーノルドは高らかに声をあげた。
「高い授業料になったが、おかげで俺達は自らの弱点に気づく事が出来た。だが、これは借りだ。もしまたシャドウガーデンと遭遇したなら、この借り……利子をつけて返してやるぞ!」
「「「おぉぉっ!!」」」
《霧の雷竜》は決意を新たに《シャドウガーデン》をも標的に据える。彼らの挑戦はまだ始まったばかりだ。
(見ていろ《千変万化》……俺達はこの程度で止まりはしない。いずれ貴様を超えて見せる!)
***
トレジャーハンターの聖地と呼ばれる【帝都ゼブルディア】 帝国の中心でもあるこの都市には、鉄道の大きなターミナル駅があるんだ。帝国の各地方や、諸外国へと線路が続いている。
僕のマンションから《
というわけで路面列車に乗って、ターミナル駅前の停留所で降りた。日が傾きそうな昼下がり、混雑はしていなかったけど――
「シド君!」
降りた途端、ここ最近よく聞いた声が聞こえて来た。よく見たピンク髪の少女が駆け寄って来ている。シェリー・バーネットだ。
「シェリー? こんなところで奇遇だね」
「ケガしたって聞いたけど、大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫。騎士団の人に治してもらったから」
仮面を拾った後、急いで正面玄関の方に行ってモブ怪我人に紛れ込んだんだよね。いなくなったらさすがに不自然だろうし……アリバイ工作ってやつだ。おかげで時間が無かったんだけど。
話を戻そう。シェリーはどこか寂しそうな笑顔で、僕を見上げている。
「私……ちょうどシド君の事を考えてました。最後にお話ししたいなって」
「最後?」
よく見ると、今の彼女は大きな鞄を抱えている。旅行用にしては大きすぎる鞄、そしてここは駅前。答えはそう多くないだろう。
「引っ越しでもするの?」
「はい。【ラワガス】まで……実は前々から留学の誘いが来てたんです」
「へえ……学術都市だっけ。すごいね」
世界有数の研究者が集う都市に誘われるなんて……重要人物だとは思っていたけど、シェリーは想像以上の天才だったようだ。
感心していると、彼女は周囲を見回し……真剣な顔で、小声でささやく。
「あの……シド君、時間はありますか? シド君には話しておきたい事があるんです」
断る理由も無いし、シェリーと一緒に喫茶店のテーブルを囲む事になった。……クライならこの店のおいしいスイーツも知ってるのかな?
彼女が話を切り出したのは、そんな事を考えた瞬間だった。
「この前の事件……私の、養父、だった男が首謀者でした」
「みたいだね。新聞で見たよ」
「……なので今朝、旧姓に戻しました」
「そうなんだ」
【プリムス魔導科学院】副学長ルスラン・バーネット逮捕のニュースは、どの新聞も大々的に報道していた。……僕はあの時、彼を殺さなかったんだ。
できれば殺そうと思ってたけど、状況が悪かった。もし殺していたら……彼女はどうしただろうか? 自分の選択が正しかったかどうか、彼女に聞いて確かめたい。
「僕はケガしてずっと動けなかったけど……事件の時、シェリーはどうしてたの?」
「どうって……私、シド君を探してました。それで……見たんです。あ、あの男とシャドウって剣士が戦っている所を」
「へえ」
「あの時は、あの男を……ち、父のように思ってたから、思わず庇ったんです。そしたら――」
そこからは僕も知っている。シャドウとして目の前にいたんだから。話している間、彼女はずっと辛そうにしていた。
「――シャドウさんが止めてくれなかったら……私は……私は……」
「……口にできない事をしていた?」
「はい…………きっと、そうしていました」
……殺さなくて正解だったかな。もしルスランが死んでいたら、彼女は自分が殺したと言い出しかねない。僕は危うく、無実の人間に罪をかぶせる所だった。
そんな陰の実力者として失格の行為を回避できたのは嬉しい。でも彼女は辛そうにしている。
「なんか……ごめん」
「いえ……これで良かったんです。そのおかげで……真実に近づけましたから」
「……真実って?」
「シド君、よく聞いてください。あの男は裏社会の大きな組織の一員だったんです。私の家は放火されそうだったし、研究室や書斎から組織の存在を示す証拠が出てきました」
「うん?」
「詳しくは言えませんが……《シャドウガーデン》と対立する別の組織があるんです。それがあの男を
「へえ」
なんだか聞き覚えのある話だ。アルファ達が設定を漏らすとは思えないし、偶然の一致だろうけど……つまりは……アレだ。一連の出来事がショックすぎて、今のシェリーは冷静じゃないんだ。
こういう時は、下手に否定するとますます悪化してしまう。話を変えるのが一番だ。
「――わかったよシェリー。信じるよ。僕は君の味方だ」
「シド君……ありがとうございます」
「それで話は変わるんだけど、ラワガスに行くって事はハンター活動はどうするの?」
「ハンターは……やめるかどうか迷ってます。研究に集中したい気持ちもありますし。でも……」
「でも?」
「必ず、必ず帝都に帰ってきます。今はまだ……あの男の事を思い出して辛いですけど……ここには、お母様との思い出もありますから」
シェリーが見せたのは……少しぎこちない、切ない笑顔。それなら、こっちも笑顔を返そう。
「そっか……立派になって帰ってきたら、きっとお母さんも喜ぶよ」
「はい! 私……頑張ります!」
喫茶店の前でシェリーを先に行かせて……ずっと彼女を尾行している、黒髪ショートの色白美人に声をかける。
「ニーナ先輩、何してるんですか?」
「っ!? けほっ! ごほっ! ……よくわかったね弟君」
「見ればわかりますよ」
「……いつから気づいてた?」
「喫茶店に入ろうとした時からですね」
髪の色も目の色も違うけど、顔以外はニーナ先輩だったし、顔もよく見ると肌の色が首と違う。変装してても、細部が甘い。
「そんな変装してシェリーの後をつけて……何か企んでます?」
「いやいや、何も企んでないって。ちょっと帝都を離れようと思ったら、シェリーちゃんの留学を知らされてね。行く当ても無いし、ボクも一緒に行く事にしたんだ。こっそりとね」
「なんだか元気が無さそうですね」
「はは……わかる? マスターの代理人やってオークションで目立っちゃってね……だから、ほとぼりが冷めるまで逃げるつもり」
そう言って疲れた笑顔のニーナ先輩は、自分の頬を指で叩いた。一瞬だけ日焼けした素顔が見えて……またすぐ変装の色白顔に戻る。
「もしかしてソレ『
「せいか~い。担保として無断で借りる事にしたんだ。代わりに落札額と同額の小切手は置いておいたし、帰ってきたら返すつもり」
「……よく持ち出せましたね」
「まあね」
得意気に鼻を鳴らしてるけど、それ答えになってないよニーナ先輩。クライから盗むなんて……リィズのいないタイミングを狙ったのかな。第一印象通り抜け目の無い人だ。
クライには後で代わりの仮面を渡すとしよう。
「それじゃあ行ってくるね弟君。シェリーちゃんの安全は私に任せておいて」
「過保護はよくないと思ので、ほどほどにお願いしますね」
「……わかりましたシド様。その意思に従いましょう」
そう言ってニーナ先輩は恭しく頭を下げた。何で急に敬語? そういうの流行ってるのかな。