千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
《
「どうしたんですかクライさん? ここ数日……ずっと変ですよ」
「いつも通りだよエヴァ……ああ、そうだ。ニーナがどこにいるか知らない?」
「ニーナさんですか? 実はここ数日、貴族や商会から彼女に関する問い合わせが何件も来ています。それから逃げるように、ニーナさんも最近は姿を見ていません」
「……なんで?」
「彼女、オークションでいくつも宝具を落札したようですね。誰かの代理人をしたのかもしれません。そのせいで注目されているのでしょう」
「そっか……僕が悪いのか。もうダメだ。引退したい」
「っ!?」
クライの口から飛び出した言葉に、エヴァは思わず息を呑んだ。聞き慣れているはずの口癖でも、不意を突かれればつい驚いてしまう。
「オークションの件は、何もかも想定通りだったと聞きましたが……?」
「何もかも想定外だよ……賊は出てくるし、ニーナには逃げられるし……クランマスター失格だ。僕は引退するから、クランマスターはエヴァに引き継いでほしい」
「お断りします」
引退宣言から始まるいつも通りの展開に、エヴァもいつも通りの答えを返す。しかし、クライはいつもより元気がない様子だ。
「……お茶でも淹れますね。精神疲労によく効くハーブティーがあるんです」
言い終わる前にエヴァはお茶の準備を始めていた。そんな彼女の手際の良さに、クライはまたしてもため息をこぼす。
入り口の扉が開いたのはそんな時だった。疲れた顔のティノが、重い足取りで入室する。
「ますたぁ……私どうしたらいいんでしょうか?」
「あぁ……うん。どうしたんだいティノ」
ティノが姿を見せると、クライはおもむろに姿勢を正した。さすがの彼も、後輩にみっともない姿は見せられないのだろう。ティノに愛想笑いを向ける。
「ミリアの様子が変なんです。あの日シャドウに会ってから、ずっと思いつめた様子で考え込んでて……シャドウって、シャドウガーデンっていったい何なんですか?」
「……僕が教えられることは無いかな。リィズ達に聞いてみたら?」
「それが……お姉さまはここに来てないんです。クレアも知らないって……どこに行ったかわかりますか?」
「シトリーが連れて行ったけど、まだ帰ってきてないんだ」
「シトリーお姉さまが?」
「確か……シェリーがどうとか言ってたっけ」
「シェリーって……オークションの時に見た
「おそらく、彼女の父親についてですね」
訝しむティノの言葉を遮るように、エヴァが戻ってきた。カップとポットを部屋中央のテーブルに置きながら、話を続ける。
「オークションを占拠した賊、その首謀者がルスラン・バーネット。シェリーさんの養父です」
「え……そうだったんですか、ますたぁ!?」
「……うんうん、そうみたいだね」
「彼について調べるつもりなのでしょう。それとシェリーさんについてですが――」
シェリーが帝都を離れる事、《始まりの足跡》を辞めると言った事、それを拒否し名前を名簿に残した事をエヴァは話した。
「――いつ戻って来てもいいようにしましたが、よろしいですか?」
「構わないよ。ニーナも同じようにして」
「わかりました。……ところでクライさん。騎士団が家宅捜索に向かった所、既に書斎が荒らされていたそうです。リィズさん達がやったって事は無いですよね?」
「……冷蔵庫にケーキが残ってないか見て来るよ」
エヴァの視線から逃げるように、クライが立ち上がった瞬間……室内を風が通り抜けた。
「ん……? 窓なんて開けてたっけ?」
「ますたぁ、私が見ます」
クライが背を向け、エヴァがお茶を注ぐ中……ティノはカーテンを開け、月光に照らされたバルコニーを見回す。ガラス戸は閉まったままだ。しかしその時、室内のエヴァが悲鳴を上げる。
「だ……誰ですかアナタは!?」
「エヴァさん? っ!!?」
シャドウがいた。漆黒のロングコートを纏う仮面の男が、ソファに座っている。賊に占拠された客席に突然現れ、ミリアを誘惑した謎の男。
その姿を見た瞬間、ティノの心臓が早鐘を打った。一撃で昏倒させられた記憶が蘇り、背筋が凍りつく。口が恐怖で震え、満足に喋る事ができない。
「しゃ……シャドウ……」
「シャドウって……まさかシャドウガーデンの!?」
突然の乱入者に戸惑っていたエヴァも、ティノの言葉に青ざめた。帝都襲撃事件の主犯、そしてオークション会場の占拠事件でも暗躍した謎の組織シャドウガーデン。そのトップと目される男。
その噂を聞いていたエヴァは、シャドウから視線を外す事が出来なかった。それでも距離をとろうと、1歩ずつ後ずさっていく。
シャドウの出現で部屋の空気が変わった。殺伐とした緊張感がティノを縛り付け、動くことを許さないでいる。今の彼女はまるで、蛇に睨まれた蛙だ。
(いったい何をしに来たの……いったい何者なの……)
聞き出そうにも口が動かない。ティノの思いも虚しく、シャドウは何も言わない。ただ堂々とティーカップを口に運び、何かをじっと待っている。時間にしてほんの数秒だが、ティノにはとても長く感じられた。そんな中、あの男が戻って来る。
「ごめんケーキ1人分しかなかったよ。でも代わりにチョコバー持ってきた。みんなで食べよう」
緊張感の欠片も無い声が階段から聞こえた。上がってきたのはクライ・アンドリヒ。彼が戻ると、シャドウが口元に笑みを浮かべる。
「クライ・アンドリヒ」
「ん? 君は……シャドウだっけ」
声をかけられ、クライは首を傾げた。実力を測ったリィズが「めっちゃ強かった」と評した男。それを知っていても、クライの態度は変わらない。
彼は堂々とソファに腰掛け、シャドウと向かい合った。まるで危機感を抱かず、そのまま世間話のような態度で話しかける。
「君がシャドウガーデンのリーダー……でいいのかな?」
「そうだ。『強欲の瞳』は気に入ってくれたか?」
「アレなら騎士団に渡したよ。持ってたら『十罪』だって言われてね」
「だろうな」
「それで何の用? 前にシトリーを助けてくれたみたいだし、オークションの時も協力したけど……君達は犯罪者ってことになってる。真っ当なハンターとして、あんまり関わりたくないんだよね」
クライの剣呑な視線を受け……シャドウはティーカップを置いた。そして懐から1枚の仮面を取り出す。蠢く肉の仮面……『
睨むエヴァ、怯えるティノ、そして……羨望の眼差しを向けるクライ。
「そ……それは……!?」
「あの会場で我が拾ったものだ」
「いくらで売ってくれる?」
(クライさん?)
前のめりなクライの発言に、横で見ていたエヴァは呆れかえった。しかしそのおかげで、恐怖による金縛りが解け、エヴァはすかさず声をあげる。
「ちょっとクライさん……また借金を増やすんですか?」
「あ、いや……違う! ここに八千五百万ギールある!」
「ほう……?」
そう言ってクライが取り出したのは1枚の紙きれ。ニーナの署名が入った小切手だ。それを手にクライは、真剣な顔でシャドウを見つめる。
「僕にはその仮面が何としても必要なんだ!」
腰を浮かせて叫ぶクライ。その熱気に押されたのか、シャドウの視線が揺らいだ。小切手を一瞥している。
「もし足りないなら追加で……五千万……いや一億出せる!」
「な、なんだと」
さらにクライは、金額の書かれていない小切手を取り出した。いざという時のためにと、義妹のルシアから渡された小切手だ。シャドウは2枚の小切手に目を奪われている。しかし……彼は苦しそうに自分の意思を告げた。
「……金はいい。この仮面、貴様にくれてやる」
「え!? いいの?」
「今回の事件、貴様の脚本に助けられた。その礼だ」
「脚本? 何を言ってるのかわからないけど、ありがとう!」
仮面を受け取ったクライは喜色満面の笑みを浮かべた。そのまま仮面を食い入るように見つめ始める。ところが……仮面の口がひとりでに動き出した。
『ほう、貴様が新しい
「しゃ……喋った!!」
思わずクライは立ち上がっていた。歓喜に肩を震わせ、勢いのまま仮面を被る。
「ますたぁ!? ダメです!」
その瞬間、ティノの悲痛な叫びが部屋に響く。事件の日、ステージの上で起きた惨劇を彼女も目撃していたのだ。賊の1人が仮面を被って暴走し、切り伏せられた惨劇を。あの仮面は危険だ。
しかしティノが止める間もなく、クライは仮面を被ってしまった。絶望のあまり、ティノの全身から力が抜ける。
(もうダメ、もうオシマイです。ますたぁが暴走したら、この帝都は……あのシャドウだってきっと止められない。ますたぁは神だから)
……しかし何も起こらない。クライは着けた時と同様に、何事も無く仮面を外した。下から出てきたのは……気の抜けた顔。
「なんだ……『転換する人面』じゃないのか。エヴァ、ガラスケースを用意して」
「まさか、受け取るんですか?」
「そうだけど……何かマズい?」
「……い、いえ。すぐに用意します」
怯えた様子でエヴァが退室すると……シャドウが手を叩いて鳴らした。そのままゆっくりと拍手を続ける。
「まさか我と同じ結果になるとは……やはり貴様は面白い」
「僕は面白くないよ。でも珍しい宝具に変わりはないし……大切に使わせてもらうよ」
「ふっ……」
おもむろにシャドウは立ち上がり、堂々とした足取りでバルコニーへと向かった。腰を抜かすティノの横をすり抜け――
「仮面が効かないなんて……ますたぁはすごい。ますたぁは神」
シャドウはロングコートを翻して振り返った。月光を背に、赤い瞳が怪しく輝いている。
「また会おうクライ・アンドリヒ。次の舞台も期待している……我が好敵手よ」
不敵な笑みで颯爽と飛び去り、シャドウは夜の闇へと姿を消した。帝都の夜風が部屋の中を通り抜ける。
「ますたぁ……結局シャドウは何者なんですか?」
「う~ん……宝具をくれたし、悪い人じゃなさそうだね」
『進化する鬼面』を眺めながら、クライは得意気に答えた。
2章本編はこれで完結です。
3章完成の目途が立ったら、章間エピソードを投稿する予定です。
感想と評価、できればお待ちしています。