千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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エピローグ_陰の実力者は挨拶したい!

始まりの足跡(ファーストステップ)》クランハウス最上階……クランマスター室にて。クライ・アンドリヒの口からため息がこぼれた。オークションが終わってからずっと彼の顔は冴えない。執務机で頬杖をつく彼に、副マスターのエヴァが心配そうに視線を向けている。

 

「どうしたんですかクライさん? ここ数日……ずっと変ですよ」

「いつも通りだよエヴァ……ああ、そうだ。ニーナがどこにいるか知らない?」

「ニーナさんですか? 実はここ数日、貴族や商会から彼女に関する問い合わせが何件も来ています。それから逃げるように、ニーナさんも最近は姿を見ていません」

「……なんで?」

「彼女、オークションでいくつも宝具を落札したようですね。誰かの代理人をしたのかもしれません。そのせいで注目されているのでしょう」

「そっか……僕が悪いのか。もうダメだ。引退したい」

「っ!?」

 

 クライの口から飛び出した言葉に、エヴァは思わず息を呑んだ。聞き慣れているはずの口癖でも、不意を突かれればつい驚いてしまう。

 

「オークションの件は、何もかも想定通りだったと聞きましたが……?」

「何もかも想定外だよ……賊は出てくるし、ニーナには逃げられるし……クランマスター失格だ。僕は引退するから、クランマスターはエヴァに引き継いでほしい」

「お断りします」

 

 引退宣言から始まるいつも通りの展開に、エヴァもいつも通りの答えを返す。しかし、クライはいつもより元気がない様子だ。

 

「……お茶でも淹れますね。精神疲労によく効くハーブティーがあるんです」

 

 言い終わる前にエヴァはお茶の準備を始めていた。そんな彼女の手際の良さに、クライはまたしてもため息をこぼす。

 入り口の扉が開いたのはそんな時だった。疲れた顔のティノが、重い足取りで入室する。

 

「ますたぁ……私どうしたらいいんでしょうか?」

「あぁ……うん。どうしたんだいティノ」

 

 ティノが姿を見せると、クライはおもむろに姿勢を正した。さすがの彼も、後輩にみっともない姿は見せられないのだろう。ティノに愛想笑いを向ける。

 

「ミリアの様子が変なんです。あの日シャドウに会ってから、ずっと思いつめた様子で考え込んでて……シャドウって、シャドウガーデンっていったい何なんですか?」

「……僕が教えられることは無いかな。リィズ達に聞いてみたら?」

「それが……お姉さまはここに来てないんです。クレアも知らないって……どこに行ったかわかりますか?」

「シトリーが連れて行ったけど、まだ帰ってきてないんだ」

「シトリーお姉さまが?」

「確か……シェリーがどうとか言ってたっけ」

「シェリーって……オークションの時に見た錬金術師(アルケミスト)の人ですよね? なんでお姉さまも……」

「おそらく、彼女の父親についてですね」

 

 訝しむティノの言葉を遮るように、エヴァが戻ってきた。カップとポットを部屋中央のテーブルに置きながら、話を続ける。

 

「オークションを占拠した賊、その首謀者がルスラン・バーネット。シェリーさんの養父です」

「え……そうだったんですか、ますたぁ!?」

「……うんうん、そうみたいだね」

「彼について調べるつもりなのでしょう。それとシェリーさんについてですが――」

 

 シェリーが帝都を離れる事、《始まりの足跡》を辞めると言った事、それを拒否し名前を名簿に残した事をエヴァは話した。

 

「――いつ戻って来てもいいようにしましたが、よろしいですか?」

「構わないよ。ニーナも同じようにして」

「わかりました。……ところでクライさん。騎士団が家宅捜索に向かった所、既に書斎が荒らされていたそうです。リィズさん達がやったって事は無いですよね?」

「……冷蔵庫にケーキが残ってないか見て来るよ」

 

 エヴァの視線から逃げるように、クライが立ち上がった瞬間……室内を風が通り抜けた。

 

「ん……? 窓なんて開けてたっけ?」

「ますたぁ、私が見ます」

 

 クライが背を向け、エヴァがお茶を注ぐ中……ティノはカーテンを開け、月光に照らされたバルコニーを見回す。ガラス戸は閉まったままだ。しかしその時、室内のエヴァが悲鳴を上げる。

 

「だ……誰ですかアナタは!?」

「エヴァさん? っ!!?」

 

 シャドウがいた。漆黒のロングコートを纏う仮面の男が、ソファに座っている。賊に占拠された客席に突然現れ、ミリアを誘惑した謎の男。

 その姿を見た瞬間、ティノの心臓が早鐘を打った。一撃で昏倒させられた記憶が蘇り、背筋が凍りつく。口が恐怖で震え、満足に喋る事ができない。

 

「しゃ……シャドウ……」

「シャドウって……まさかシャドウガーデンの!?」

 

 突然の乱入者に戸惑っていたエヴァも、ティノの言葉に青ざめた。帝都襲撃事件の主犯、そしてオークション会場の占拠事件でも暗躍した謎の組織シャドウガーデン。そのトップと目される男。

 その噂を聞いていたエヴァは、シャドウから視線を外す事が出来なかった。それでも距離をとろうと、1歩ずつ後ずさっていく。

 

 シャドウの出現で部屋の空気が変わった。殺伐とした緊張感がティノを縛り付け、動くことを許さないでいる。今の彼女はまるで、蛇に睨まれた蛙だ。

 

(いったい何をしに来たの……いったい何者なの……)

 

 聞き出そうにも口が動かない。ティノの思いも虚しく、シャドウは何も言わない。ただ堂々とティーカップを口に運び、何かをじっと待っている。時間にしてほんの数秒だが、ティノにはとても長く感じられた。そんな中、あの男が戻って来る。

 

「ごめんケーキ1人分しかなかったよ。でも代わりにチョコバー持ってきた。みんなで食べよう」

 

 緊張感の欠片も無い声が階段から聞こえた。上がってきたのはクライ・アンドリヒ。彼が戻ると、シャドウが口元に笑みを浮かべる。

 

「クライ・アンドリヒ」

「ん? 君は……シャドウだっけ」

 

 声をかけられ、クライは首を傾げた。実力を測ったリィズが「めっちゃ強かった」と評した男。それを知っていても、クライの態度は変わらない。

 彼は堂々とソファに腰掛け、シャドウと向かい合った。まるで危機感を抱かず、そのまま世間話のような態度で話しかける。

 

「君がシャドウガーデンのリーダー……でいいのかな?」

「そうだ。『強欲の瞳』は気に入ってくれたか?」

「アレなら騎士団に渡したよ。持ってたら『十罪』だって言われてね」

「だろうな」

「それで何の用? 前にシトリーを助けてくれたみたいだし、オークションの時も協力したけど……君達は犯罪者ってことになってる。真っ当なハンターとして、あんまり関わりたくないんだよね」

 

 クライの剣呑な視線を受け……シャドウはティーカップを置いた。そして懐から1枚の仮面を取り出す。蠢く肉の仮面……『進化する鬼面(オーバーグリード)』それにクライ達の視線は釘付けになった。

 睨むエヴァ、怯えるティノ、そして……羨望の眼差しを向けるクライ。

 

「そ……それは……!?」

「あの会場で我が拾ったものだ」

「いくらで売ってくれる?」

(クライさん?)

 

 前のめりなクライの発言に、横で見ていたエヴァは呆れかえった。しかしそのおかげで、恐怖による金縛りが解け、エヴァはすかさず声をあげる。

 

「ちょっとクライさん……また借金を増やすんですか?」

「あ、いや……違う! ここに八千五百万ギールある!」

「ほう……?」

 

 そう言ってクライが取り出したのは1枚の紙きれ。ニーナの署名が入った小切手だ。それを手にクライは、真剣な顔でシャドウを見つめる。

 

「僕にはその仮面が何としても必要なんだ!」

 

 腰を浮かせて叫ぶクライ。その熱気に押されたのか、シャドウの視線が揺らいだ。小切手を一瞥している。

 

「もし足りないなら追加で……五千万……いや一億出せる!」

「な、なんだと」

 

 さらにクライは、金額の書かれていない小切手を取り出した。いざという時のためにと、義妹のルシアから渡された小切手だ。シャドウは2枚の小切手に目を奪われている。しかし……彼は苦しそうに自分の意思を告げた。

 

「……金はいい。この仮面、貴様にくれてやる」

「え!? いいの?」

「今回の事件、貴様の脚本に助けられた。その礼だ」

「脚本? 何を言ってるのかわからないけど、ありがとう!」

 

 仮面を受け取ったクライは喜色満面の笑みを浮かべた。そのまま仮面を食い入るように見つめ始める。ところが……仮面の口がひとりでに動き出した。

 

『ほう、貴様が新しい(あるじ)か……我が本分もこれで果たせよう』

「しゃ……喋った!!」

 

 思わずクライは立ち上がっていた。歓喜に肩を震わせ、勢いのまま仮面を被る。

 

「ますたぁ!? ダメです!」

 

 その瞬間、ティノの悲痛な叫びが部屋に響く。事件の日、ステージの上で起きた惨劇を彼女も目撃していたのだ。賊の1人が仮面を被って暴走し、切り伏せられた惨劇を。あの仮面は危険だ。

 しかしティノが止める間もなく、クライは仮面を被ってしまった。絶望のあまり、ティノの全身から力が抜ける。

 

(もうダメ、もうオシマイです。ますたぁが暴走したら、この帝都は……あのシャドウだってきっと止められない。ますたぁは神だから)

 

 ……しかし何も起こらない。クライは着けた時と同様に、何事も無く仮面を外した。下から出てきたのは……気の抜けた顔。

 

「なんだ……『転換する人面』じゃないのか。エヴァ、ガラスケースを用意して」

「まさか、受け取るんですか?」

「そうだけど……何かマズい?」

「……い、いえ。すぐに用意します」

 

 怯えた様子でエヴァが退室すると……シャドウが手を叩いて鳴らした。そのままゆっくりと拍手を続ける。

 

「まさか我と同じ結果になるとは……やはり貴様は面白い」

「僕は面白くないよ。でも珍しい宝具に変わりはないし……大切に使わせてもらうよ」

「ふっ……」

 

 おもむろにシャドウは立ち上がり、堂々とした足取りでバルコニーへと向かった。腰を抜かすティノの横をすり抜け――

 

「仮面が効かないなんて……ますたぁはすごい。ますたぁは神」

 

 シャドウはロングコートを翻して振り返った。月光を背に、赤い瞳が怪しく輝いている。

 

「また会おうクライ・アンドリヒ。次の舞台も期待している……我が好敵手よ」

 

 不敵な笑みで颯爽と飛び去り、シャドウは夜の闇へと姿を消した。帝都の夜風が部屋の中を通り抜ける。

 

「ますたぁ……結局シャドウは何者なんですか?」

「う~ん……宝具をくれたし、悪い人じゃなさそうだね」

 

『進化する鬼面』を眺めながら、クライは得意気に答えた。




2章本編はこれで完結です。
3章完成の目途が立ったら、章間エピソードを投稿する予定です。
感想と評価、できればお待ちしています。
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