千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
かつては《ディアボロス教団》最高幹部ラウンズの1人だった《痩騎士》ことルスラン・バーネット。オークションの一件で彼が逮捕されると、教団は証拠隠滅を謀った。バーネット邸の放火、痕跡の廃棄……
ここはルスランが計画に向けて使っていた隠れ家。その部屋の1つでディアボロス教団の工作員が白目をむいて倒れている。
「――はあ……教団も秘密主義を徹底してるようですね」
そう呟いたのはシトリー・スマート。倒れた工作員を横目に、彼の懐にあった指示書を眺めていた。そこに書かれていたのは、今いる隠れ家の場所と資料の破棄指示だけ……シトリーの望む情報は無い。
すると別の部屋から、リィズ・スマートが戻ってきた。引きずって来た別の工作員を床へ放り捨てる。
「シト、コイツで最後っぽい。そっちは?」
「ダメ。指示を出したのが誰かすらわかんない」
「え~っ? ったく、これだからデカイ組織はやなんだ。秘密、秘密でコソコソしやがる……」
床で伸びている工作員を足蹴に、リィズは苛立ちを隠さない。彼女が腹を踏みつけると、顔の穴から尋問用のスライム「シトリースライム6号」が飛び出した。
なぜ《
しかし決定的な情報は掴めなかった。わかったのは《ディアボロス教団》に協力する一部の者の名前だけ。さらなる情報を求め、今はこうして隠れ家を囮に工作員を捕まえている。が、成果は芳しくない。スライムを片付けるシトリーは、不満そうに眉をひそめている。
「クライさんは襲ってきたのだけでいいって言ってたけど、こうなる事がわかってたのかな」
「そうじゃね? てか飽きた。怪しい連中の名前はわかったんだし、もう充分でしょ」
「もう……お姉ちゃん、いっつも飽きっぽいんだから。でも今回は賛成。そっちのを尋問して最後にする」
2人ともうんざりした顔を見せるが……結局、他の工作員への尋問も無駄骨に終わった。薬物強化された《ディアボロス教団》の尖兵、チルドレンの大多数は精神が壊れている。組織の捨て駒にすぎないのだ。
ディアボロス教団は巨大な組織だ。徹底した秘密主義でその存在を巧妙に隠している。いくら下を潰しても、本体にたどり着くのは難しい。根本的な問題として、組織と戦うには組織力が必要になる。実力勝負ならともかく、ハンターの規模で同じ戦いの舞台に立つ事は難しい。
「大した資料は無いし、来た構成員はこの程度。この感じだと……ゼノン侯爵もルスラン副学長も下っ端かもしれないね」
「貴族が下っ端って上は王様か何か? 《蛇》とか《狐》みたいな規模じゃん」
「それより上かも。でも――……っ?」
言い淀むシトリー。自分の言おうとした言葉に驚いたのだ。妹の様子にリィズも首を傾げた。
「どうしたのシト?」
「――でもそんな大組織が、シャドウガーデンの偽物を演じた」
「ディアボロス教団はシャドウガーデンが嫌いかぁ……じゃあシャドウガーデンの方は? アイツらの目的……ひょっとしてディアボロス教団だったりして」
「それは……あるかも」
思いついたままを喋るリィズ。あながち的外れでは無い言葉に、シトリーは目を細めた。《シャドウガーデン》と《ディアボロス教団》の関係を踏まえうえで、これまでの情報を再確認すれば――彼女はそのまま考え込もうとしている。だが、リィズの視線は冷ややかだ。
「シトぉ……こんな所に長居する気? 考えるのは後にして早く帰ろ?」
「……そうだね、お姉ちゃん。後は少しずつやる事にする」
小さく息を吐き、シトリーは白紙も同然な指示書を手放す。クライは潰せと言わなかった。つまり《ディアボロス教団》を泳がせろという事だ。積極的に調べるのはここまで――そうシトリーが考えた時、彼女の視線は工作員へと向けられた。
「ところで、コイツらどうしよう? 薬物で強化してるのは気になるけど……さすがに持ち帰れないから」
「殺せばよくない? 放火の奴らと違って頭いかれてるし」
「でもクライさん殺すの嫌がるし……縛って放置すればどっちか始末しに来るんじゃない?」
「じゃあそうしよっか? 私らが殺すのと変わんないと思うけど」
リィズとシトリーは、世間話のように工作員の処遇を決める。ろくな情報を持っていない工作員など、もはやどうでもいいようだ。
***
《
「クライさん。その宝具もオークションでですか? また借金を増やして……」
「これで終わりじゃないよ。この『蛍火のランプ』はこれからがすごいんだ」
得意気にクライがランプを撫でると……小さな緑の光がランプから飛び出していく。1つ……2つ……蛍のような小さな光が、ランプから次々に飛び出していく。やがて数十の光が飛び回り、クランマスター室を緑色に染め上げた。
幻想的な光景にクライはハードボイルドな笑みを浮かべるが……エヴァの呆れ顔は変わらない。
「もう結構です。それより手紙に目を通していただけませんか?」
「また? 昨日も来たよね」
「ええ。またオークションの件でしょうね。貴族からのお礼状が多いです」
エヴァが執務机に封書の束を置いた。元々積まれていた分と合わせると、2倍の高さになってしまっている。クライは露骨にイヤそうな顔を作り……黙ってカーテンを開いた。陽の光を浴びると、自然と緑の光が消えていく。『蛍火のランプ』は日光に弱いと言う弱点があるのだ。
いつもの様子に戻ったクランマスター室で、クライは封書の山にうんざりした視線を向ける。彼はハンターにしては珍しく、貴族や商人と関わる事を嫌っていた。執務机に戻っても封書を取ろうとはしない。
「いつも通り適当に返事を書いておいてよ。依頼とかは全部断っといて。僕は忙しいから」
「……【オリアナ王国】のローズ王女からも来ています。こちらで返事を書くにしても、クライさんが目を通さないと……国際問題に発展するかもしれません」
「ああ……うん……国際問題か……それは困るな」
エヴァに睨まれながら、クライはようやく封書の山へと手を伸ばした。貴族からの封書を除外し、商会からの封書も無視。そうやってローズ王女からの手紙を探していると、ひときわ豪華な装丁の封書で手を止めた。封蝋の紋章を見ながら眉をひそめる。
「エヴァ、この紋章ってなんだっけ?」
「三角形の中央に点……これは聖教の紋章ですね」
「うげっ……勘弁してほしいな」
《聖教》と聞いた途端に、クライは顔をしかめた。
聖教は女神ベアートリクスを主神とする宗教である。《光霊教会》と世界を二分し、教義の中にある「魔人ディアボロスと3人の英雄」のおとぎ話は有名だ。
1年前……《
「なんで僕に手紙出すかな……うちのアンセムは光霊教会の
「そういえば、もうすぐ女神の試練ですね。それで送ってきたのかもしれません」
「また来いって? 無理だよ……もう聖教の催しには行かないってアンセムと約束したんだ」
アンセム・スマート。《嘆きの亡霊》のメンバーで、リィズとシトリーの兄だ。帝都随一の回復術の使い手で《光霊教会》で多大な評価を受けている。
そんな彼に無断で《聖教》の祭典『女神の試練』の見物に行ったのが、例の騒動の発端だった。最終的にクライがアンセムに土下座し、その光景が噂の元となったのだ。
クライは毅然とした態度で、封書をエヴァに突き返す。
「エヴァ、うん……そうだな、僕個人にはもう送らないでって伝えておいて」
「わかりました。その旨を伝えます。……ですがクライさん。中身を確認せず方針を決めるのは、どうかと思いますが」
「見ても見なくても一緒だよ」
あらためてクライが封書の選別を再開しようとした時、部屋の入り口からノックの音が聞こえた。扉を開けたのはティノだ。その後ろに白髪の少女……ミリアも続いている。
「ますたぁ。失礼します」
「失礼いたします」
「やあティノ。それと……ミリアだっけ。今日はどうしたの?」
「先ほどマーチスさんが私の家に来て、鑑定した宝具を届けてくれたんです」
「ん……? ああ! あの腕輪か。オークションですっかり忘れてたよ」
執務机を離れ、クライは2人の来客を出迎える。途中で識別を投げ出された封書の山に、エヴァの顔は渋い。
「説明を聞いても使い道がわからなくて……でもクライさんならわかると、ティノさんに言われたんです」
「どうぞますたぁ。私達、の見つけた宝具と鑑定書です」
「なになに……『
鑑定書を斜め読みし、早速クライは差し出された腕輪を身に着ける。そのまま掌をかざすと……上に緑の光球が生じる。さらに小さな緑の光が光球から飛び出していく。1つ……2つ……蛍のような小さな光が、次々に飛び出していく。やがて数十の光が飛び回り、クランマスター室を緑色に染め上げた。
幻想的な光景を作り出したクライは、ハードボイルドな笑みをティノ達に見せる。緑の光に見とれる2人に。
「綺麗……」
「わぁ……すごいです! ますたぁ!」
「あのランプの再現ですね」
「そうだよ。この腕輪はイメージした幻を生み出せるみたいだ。チャージ済みで返してくれるなんて……マーチスさんも気が利くね」
エヴァの指摘を受けて、クライは緑の光を消した。新たな幻をイメージし……掌の上に皿、その上にフルーツタルトの幻が現れる。しかしクリームや生地がのっぺりしていて、食べられそうには見えない。ティノの表情が怪訝な物へと変わる。
「……あれ? 変ですね、このタルト。なんと言いますか……全体的に微妙に違います」
「う~ん……細部まで再現するのは難しいな。この宝具は練習がいるね」
タルトを消し、今度はティノの顔を幻で作り出す。本物が隣にいるだけあって再現度は高い。自分の幻に驚き、ティノは思わず身構えてしまう。
「わ、私!? なんで頭だけなんですか、ますたぁ!?」
「ほら……体は難しいからさ。ローブを着せたら誤魔化せそうだけど……」
「や、やめてください! 恥ずかしいです!」
『踊る光影』を満喫した後、クライは真剣な表情をティノ達へと向ける。その態度にエヴァは胸騒ぎがした。
「この宝具……僕に譲ってくれない? もちろんタダでとは言わない。僕のコレクションの中から、君達に相応しい宝具を見繕ってあげるよ」
「そ、そんなに気に入ったんですか!?」
「……まあ借金が増えないなら、私は構いませんが」
「どうかな? 悪い話じゃないと思うんだけど」
エヴァに白い目で見られても、クライは態度を変えない。宝具コレクターと呼ばれるほどの収集癖が、彼を突き動かしている。一方でティノは、クライがここまで喜ぶとは思っておらず……今の状況を信じられずにいた。
(これは……罠? ニーナの時と同じように……私を罠にはめる気なんじゃ……)
戸惑うティノは、思わず視線を隣のミリアへと向ける。すると彼女は、思いつめた顔でクライを睨んでいた。
「私は……宝具はいりません。代わりに欲しい物があります」
「ミリア……?」
「何かな? なんでも……お金以外なら……僕のできる範囲で用意するよ」
「教えてください。シャドウガーデンの事を」
「っ!?」
ミリアの言葉にティノは目を見開く。《シャドウガーデン》……ミリアが父の仇だと追い求める陰の組織。確かにますたぁならその足取りを知っているかもしれない――ティノは彼女の決意の強さを思い知り、力を貸したいと考える。それに……ニーナの置き土産の真実を、ティノも知りたかった。
一方でエヴァは眉をひそめ、クライは目を白黒させている。
「教えて、って言われてもな……僕だって詳しくは知らないよ」
「嘘、クライさんは帝都の全てを知ってるって、ティノさんは言ってました」
「ますたぁ……私からもお願いします! ミリアのために……力になりたいんです!」
「お、お願いします!」
頭を下げて懇願する2人に、クライは困り顔だ。助けを求めるようにエヴァに視線を向け……彼女が抱える封書に注目する。
「……そうだ。リンドブルムだ」
「! 聖地リンドブルム……」
「そうだね。そこで今度、女神の試練って祭典が開催される。それに出るといい」
「リンドブルムに行けば……シャドウガーデンに会えるんですか?」
「いるかいないか、五分五分ってところかな」
(五分五分……私達があの腕輪を見つけた時も、ますたぁは五分五分と言っていた……!)
「ありがとうございます、ますたぁ! 早速準備してきます!」
「待ってティノさん! あ、ありがとうございました!」
クライの言葉を信じ、意気揚々と部屋を飛び出すティノ。それを追いかけるミリア。慌ただしい2人を見送り、クライは首を傾げてエヴァを見つめる。
「これ……腕輪は僕にくれるって事でいいのかな?」
「クライさん……ホントにリンドブルムにいるんですか? あのシャドウガーデンが」
「さあ……いないんじゃないかな」
「……もしかして嘘を? 確かに犯罪組織との接触は危険ですが、嘘で宝具を手に入れるのはどうかと……」
エヴァの呆れた表情に対し、クライはハードボイルドな笑みを返す。
「いやいや、根拠はあるよ。この前のオークション……そして女神の試練、この2つには共通点がある」
「まさか、どちらも大きなイベントだ、なんて言いませんよね?」
「え? なんでわかったの?」
不思議そうに聞き返すクライに、エヴァは言葉を失った。