千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
オークションで7億ギールを手に入れ、リィズとの模擬戦も終えて……しばらく上々だった気分も、ようやく落ち着いて来た。
最近は部屋をいろんな角度から眺めて、どんなインテリアが似合うか考える日々を送っている。なんたって7億ギールもあるんだ。陰の実力者に相応しい部屋を作りたい……
そんなこんなで、オークションから10日たったある日。朝の鍛錬から戻ってきた僕は、マンションの管理人に呼び止められた。渡されたのは2通の手紙。差出人を確認すると……片方はアルファからの、もう片方はイータからの手紙だった。実は管理人さんも《シャドウガーデン》の一員なんだよね。
部屋に戻って、まずアルファからの手紙を確認……そこにはたった一言。『暇なら聖地リンドブルムに来て』と書いてあった。
【聖地リンドブルム】……女神ベアートリクスを崇める《聖教》の聖地の1つだ。そこでのイベントに僕も参加してほしい……って事かな?
帝都でのイベントは……高名な貴族やハンターが集う『白剣の集い』まで無いし、それも興味が薄い。今の僕は割と暇してる。それにアルファの事だ。陰の実力者としての舞台を用意しているに違いない。たった一言だけど、魅力的な誘いだ。
続いてイータの手紙を確認しよう。イータはアルファ達と同じく、僕が治療した元悪魔憑きの1人だ。七陰の7番目。マッドな
懐かしみながら厚めの封筒を開くと……色々と入ってる。手紙に、チケットに、チラシに、何枚かの写真……
「なにコレ?」
写真を見て思わず声が出た。写っていたのは檻、檻の中にいる人型の生物。一瞬、白黒写真に見えたけど目は黄色……灰色の肌は自前らしい。髪は明るめの灰色で……それが無数に枝分かれして鉄格子を掴んでいる。その亜人は両手でも鉄格子を掴み、歯をむき出しに威嚇の表情をカメラへと向けていた。
2枚目は、亜人が地面の大穴に飛び込む瞬間。3枚目には……岩の道、岩の壁、溶岩の川が周囲を赤く照らしている。天井付近から撮影されたのか見下ろし視点だけど、写っているのは広大な岩窟だ。亜人、穴、岩窟……まさか。
手紙を手に取ると、そこにはたった一言。『地底都市、見つけた』とだけ。地底都市!?
アルファの手紙と同じくらい魅力的な言葉だ。いや、具体的な分イータの方が気になるかも……地底人との異文化接触だなんて、かなりの大イベントじゃないか。友好的なら伝説とかお宝とか教えてもらえるかもしれない。好戦的で地上侵略を目論んでるなら……陰の実力者として介入するチャンスだ。
同封されたチケットには「ミツゴシ温泉ランド」の文字。チラシには温泉ランドの場所とアクセス方法が書いてある。温泉……その2文字が最後の一押しになり、僕はイータの誘いに乗る事にした。リンドブルムの温泉は行った事があるからね。
「地の底に封じられし者達が、安らぎの地へと誘われる……その先に待つのは創造か、破壊か」
本気ダッシュなら1日で行ける距離……でも今回はモブらしい移動手段を使おう。手早く荷物を纏めてマンションを飛び出す。向かうは帝国鉄道網の一大拠点、帝都ゼブルディア駅だ。温泉と地底都市が僕を待っている。
朝のゼブルディア駅は人が多く、結構な混雑具合。正面の馬車乗り場も混雑している。人波をかき分け、駅の入口にある時刻表を確認すると……目的の列車は30分後の発車予定。いいタイミングで来られたみたいだ。
さっそく中のチケット売り場に向かおう。と思ったんだけど……入口で金髪の女性に呼び止められてしまった。ゼブルディアオークションで知り合ったローズ王女だ。
「そこの貴方、もしやシド君ですか?」
「はい。……おはようございますローズ王女」
「もうケガは大丈夫みたいですね。安心しました」
「ええ。おかげさまで」
カジュアルな私服姿の彼女は、僕を見て胸を撫でおろしている。王女なのにモブの僕を心配してくれるなんて……ただの重要人物とは思えない、主役級のポジションを狙える逸材だ。ますます彼女から目が離せないな。
「それでシド君はどちらに? もしかしてリンドブルムですか?」
「いえ。同じ列車みたいですけど、僕は途中で降ります。友達が待っているので」
そう、僕が乗るのはリンドブルム行きの列車だ。リンドブルムまでは3日、僕の降りる駅までは2日かかる。その事を伝えるとローズ王女は少し考えて……それから笑顔を見せた。
「同じ列車……なら途中まででも構いません。席が余っているので、ご一緒しませんか?」
「……僕なんかがご一緒してもいいんですか?」
「シド君のような方なら大歓迎です。それに……あの時、助けてもらったお礼がまだですから」
モブとして王族と一緒にいるのは避けたいけど……断る方が目立ちそうだ。仕方ない、ローズ王女の好意に甘えるとしよう。
列車の待つ3番ホームに降りると、ここにも人が多い。他を見回しても……ここが一番混んでいるホームに見える。特にトレジャーハンターらしき姿が多い。ちょっと不思議だ。
ハンターは基本的に馬車を使う。主に戦利品の輸送にだけど。だから「ハンターは馬車を使うようになって一人前」みたいな言葉もある。
みんなリンドブルムに行くとしたら……力試しみたいなイベントがあって、アルファもそれに出るつもりで手紙をくれたのかな?
「シド君、どうかなさいましたか?」
「ちょっと気になる事があるんだけど……後でいいです。先に荷物を席に置きましょう」
「そうですか……わかりました。では向かいましょう」
ローズ王女の席は最後方の客車みたいだ。混雑するホームを歩くと、他の客と何度もすれ違う。すると、その中に顔見知りの姿を見つけた。黒髪の少女と白髪の少女……ティノとミリアの2人だ。彼女達も僕に気づいたみたいで、軽く手を上げている。
「シド……さん、おはようございます」
「おはようミリア。シドでいいよ」
「シド・カゲノー……あなたもリンドブルムに?」
軽く挨拶して離れようと思ったけど……なんだかティノに元気が無い。俯きがちで、目もしょんぼりしてる。
「ティノはどうしたの? 落ち込んでるみたいだけど」
「その……ティノさん。クライさんと行けると思ってたみたいで……」
「わ、忘れてたんです……ますたぁがアンセムお兄様に謝罪してたの……」
「へー」
クライはリンドブルムに行かないのか。アンセムって確か《光霊教会》の
「クライさんが……つまり
「あなたは……確か、ローズ王女……!?」
「ごきげんよう。オークションの際は、貴方達はクレアと一緒にいましたね」
「は、はい! ティノ・シェイドです。クレアとは……ライバルのつもりです」
「それは……当日が楽しみですね。貴方が試練に打ち勝つ事を私も応援しましょう」
「ありがとうございます。それで……どうしてシド・カゲノーと一緒にいるんですか?」
「先日の事件で彼に助けられたのです。そのお礼として、余っていた席を彼にお譲りしました」
さすがローズ王女。しどろもどろなティノに比べて、とても落ち着いた対応をしている。でも挨拶はこれくらいでいいかな。
「ローズ王女、そろそろ行きましょう。じゃあ僕達はこれで……」
「待ちなさいシド・カゲノ―!」
「え、なに?」
別れを告げようとしたら、ティノに呼び止められた。なぜか険しい顔を僕に向けている。……何かしたっけ? ミリアもティノの態度に首を傾げている。
「あなたも来るんですね……リンドブルムに」
「いや僕は――」
「今度こそあなたの実力、見させてもらいます!」
……いや行かないよ? そう言おうと思った瞬間、今度は通りすがりの、金髪の巨漢が話に割り込んできた。身長約2メートル、大剣を背負い、後ろには仲間を引き連れている。
「千変万化の女、貴様もリンドブルムに向かうのか」
「お、お前は……!?」
「奴は、千変万化はどこだ?」
「ま、ますたぁは……いない!」
「ほう? この俺に隠し立てするつもりか」
金髪の男は強気な笑みでティノを睨み、ティノは苦虫を嚙み潰したように顔をしかめている。2人は因縁があるみたいだけど……誰?
「違う。ますたぁは来ない。ますたぁにはやる事がある」
「……ふん。なら貴様に用は無い。千変万化に伝えろ。
そう言って金髪の巨漢は去って行った。その背中をティノは悔しそうに睨んでいる。……思い出した。あの男、探索者協会ですれ違った事がある。別の国から来た高レベルハンターの噂って、アイツの事なのか?
まあそれがわかった所で、クライと何があったかは知らないし……そろそろ時間が危ない。
「行きましょうローズ王女」
「よろしいのですか? 放っておいて……」
「あれはハンターの誇りの問題です。下手な慰めは彼女を傷つけるだけですよ」
「誇り……ですか。ハンターの世界も厳しいのですね」
ミリアに軽く手を振って別れ、最後方の客車へと向かう。ミリア……リンドブルム……そうだ、いいことを思い付いたぞ。陰の実力者として、面白いことができるかもしれない。