千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
その日はクライ・アンドリヒにとって厄日だった。
クランハウスを訪れたガーク支部長に《探索者協会》まで連れ去られ……面倒な依頼を受けろと迫られてしまう。
「クライ、グラディス伯爵家から感謝状と指名依頼が来ている。あのハンター嫌いのグラディス卿からだ。……指名依頼だって言ってんだろ!」
クライは貴族が苦手だった。
帰り道、たまたま探索者協会にいたクレアに護衛を頼み、ついでに【ミツゴシデパート】に立ち寄ると……顔見知りらしい2人のハンターに声をかけられてしまう。
「クライさん、お久しぶりです。会って早々に、申し訳ないのですが……貴方とお話したい事があります」
「もう……あーるん! いきなり走らないでよ!」
クライは2人の事を全く覚えていなかった。
仕方ないので、ミツゴシデパート内の喫茶店で話を聞くことになってしまう。
「単刀直入に言います。手を引いていただきたい。貴方はシャドウガーデンなる組織を利用し、ノト・コクレア一派を逮捕し、残党を壊滅させようとしている。このまま行けば貴方はレベル9へとさらに近づく事になるでしょう。しかしそれは……看過できない。それが我々の総意です。貴方が上に立てば我々が……侮られる」
クライはあーるんが何を言いたいのが全く理解できなかった。
何かに手を出している覚えは無いし《シャドウガーデン》を利用した覚えも無い。ノト・コクレアという名前も初耳だ。
聞き返す気にもならなかったので、手を引くと二つ返事で答えた。彼女達と別れた後、クレアの言葉にクライは肝を冷やしてしまう。
「誰って……アンタねえ……彼女達の事は私も知らないけど、三叉の杖の紋章が見えたわ。確か……
クライは《魔杖》を恐れていた。
《
指名依頼と魔杖、頭を悩ませながらクライはクランハウスの最上階、クランマスター室に戻った。しかし、エヴァの言葉で頭が真っ白になってしまう。
「クライさん! 『白剣の集い』の招待状が届きました! おめでとうございます!」
クライは何一つ嬉しくなかった。
皇帝主催だとか、招待されるのは最高峰のハンターの証だとか、そんな事はどうでもいい。高名なハンターや貴族が出席する集まりになんて、出席したいと思うわけが無い。
決断は一瞬だった。
「ごめんエヴァ。白剣の集いに招待された事はとても名誉な事なんだけど……ちょっと帝都を離れなきゃいけないんだ。重要な用事があってね。集いに出席できるかどうかはわからない。まあでも…………なるべく早く戻るよ」
逃走。全てから逃げ出す事をクライは決断する。
***
足早にクランマスター室を飛び出したクライ。彼は帝都の中でも護衛が必要な男。護衛無しで逃走する気は無かった。階段を降りる彼の前に、リィズ・スマートが姿を見せる。真っ先に頼りたいと思った《
「あ、クライちゃん! ちょうどよかった! ルークちゃん達、帰って来たよ!」
その報せは、まさに朗報。クライはハードボイルドな笑みを浮かべ、リィズと共に1階ロビーへと向かう。
「クライ! なあ奥のアレなんだ? 魔獣か? どこだ? 斬っていいか!?」
赤髪の
「リーダー……なんですかその笑い? またろくでもない事を考えてますよね?」
クライの義妹、黒髪の魔導師《万象自在》ルシア・ロジェは怪訝な表情を浮かべていた。
「う~む……」
身長4メートル近い全身鎧の巨漢《不変不動》アンセム・スマートも渋い顔だ。
レベル8宝物殿【万魔の城】から戻ってきた3人、彼らを出迎えていたシトリー、一緒に来たリィズ、クライの周りに《嘆きの亡霊》5人の幼馴染が揃った。
「みんないいタイミングで戻ってきてくれたね。これでエリザもいればよかったんだけど」
「エリザちゃんならちょっと前に見たよ。今度は海行くって言ってた」
「なんだエリザはまた迷子かよ。せっかく土産話も持ってきたのに」
《嘆きの亡霊》最後の1人は不在だが……仕方ないと、クライは自分の計画を話し始める。彼はなるべく早く帝都を離れたいと考えているのだ。
「帰って来て早々悪いんだけど……実は僕、帝都を出ようと思ってるんだ。今日中に出発したい」
「ずいぶん急ですね……クライさん、目的は何ですか?」
「バカンス、かな。そうだ! クランのみんなも連れて行きたい。クラン旅行にしよう」
クラン旅行と答えた瞬間、周囲の空気が一変する。盛り上がるリィズとルーク、笑顔を浮かべるシトリー、ルシアとアンセムは眉をひそめ……ロビーにいたハンター達は恐ろしい物を見る目をクライへと向けている。
「きゃー! クライちゃん素敵! ティーも連れて行っていい?」
「バカンスか! それで俺はどんな剣士を斬ればいいんだクライ!?」
「もちろん、お供します。武器は必要ですか?」
「あっ……ティノならリンドブルムに行ってもらったよ。聖教からの手紙がしつこくてさ。誰も斬らなくていいし、武器は最低限で構わない。バカンスだからね」
「リーダー、その場の思い付きに他の人を巻き込まないでください!」
「ダメかな? バカンスだよ? 人数 多い方が楽しいって」
ルシアのダメ出しにクライは首を傾げた。そのまま周囲を見回し……そばの机にいた1人のハンターに話しかける。
「やあライル、一緒にバカンス来るよね?」
「すまねえクライ、急にお腹が痛くなってきた……バカンスには行けそうにねえ」
クライが話しかけた途端に、急な腹痛……の演技で彼は逃げ出した。腹痛は嘘だが、その鬼気迫る表情にクライはすっかり騙されてしまう。同じ机にいたハンター達も誘いを断り、別の机もいつの間にか人が減っている。クランハウスの入り口には、慌てて逃げ出す人影も見えた。
「クライちゃ~ん! クレアちゃんはバカンス行くって!」
いつの間にか2階ラウンジに上がっていたリィズが叫んでいる。ラウンジにもメンバーがそれなりにいたはずだが……どうやらクレア以外は都合が悪いらしい。その報告に、クライは不思議そうに首を傾げている。
「バカンスに行けないって……みんな忙しいんだね」
「いや……」
「前は花見って言って、宝物殿発生の瞬間に居合わせたじゃないですか。それでみんな警戒してるんですよ」
「ええ……? ちょっと運が悪かっただけで、あれは僕のせいじゃないのに」
「誰が悪いとか、アレは、そういう問題じゃない!」
***
「それじゃあクレアちゃん、また後でね~!」
「後で会いましょう」
1階へと落ちるリィズを見送り、ラウンジのクレアはバカンスに向けて考え込む。どんな魔獣と戦わされるのか? はぐれ
そんなクレアに2人の女性ハンターが近づく。
「あの……いいんですかクレアさん?」
「バカンスとか言ってるけど、絶対ロクな目に遭わないわよ」
《
「心配してくれるの? だったら一緒に来なさいよ」
「絶対に、嫌」
「アークさんの不在に、勝手な事は出来ません」
即答である。《聖霊の御子》の2人は千の試練を受けるつもりはさらさら無い。ただ危険に飛び込もうとしているのを止めたいだけだ。2人の答えにクレアは肩をすくめる。
「だったらどいてくれないかしら? バカンスの準備しなきゃだから」
「……私は止めたわよ? 後悔しても知らないんだから」
強気な態度で鼻を鳴らし、イザベラはクレアのそばから離れていく。そんな彼女とクレアを交互に見回し……ユウは迷った末、おずおずとクレアに問いかける。
「最後に1つだけ聞かせてください。クレアさんはどうしてクライさんに近づくんですか?」
「……ユウって
「はい」
「例えば余命半年の病人が前にいたら、何て声をかける?」
「それは……なかなか難しい問ですね。でもなんで急にそんな事を?」
「前に自分がそうだと思った事があるのよ。それ以来、できる事は全力でやるって決めたの。だから私はクライのそばにいたい。アイツのそばにいるのが……強くなれそうだから」
戸惑うユウに対し、クレアはハッキリと自分の考えを告げた。遠い日……体に浮き出た黒い痣を悪魔憑きじゃないかと怯えたあの日から、クレアの価値観は変わった。
最短で強くなり、最速で成功する。生き急いでるとニーナにはからかわれたが……この生き方を変えようとは思わなかった。
「クレアさん……でも、気をつけてくださいね」
「ありがと。土産話、期待してるから」
「はい。……土産話? あの私はどこにも――」
呼び止めるのも聞かずにクレアはラウンジの出口へと向かう。
(イザベラ、ユウ、私は誘ったわよ? 後悔しても恨まないでよね)
頭をよぎるのはクライと《魔杖》の2人との会話。
***
日が傾き始めた頃。クランハウスの前に停まる《嘆きの亡霊》の馬車の周囲に、準備を終えた面々が続々と集まってくる。仏頂面のクレアをリィズは手を振って迎えた。
「クレアちゃん、どう? シドちゃんいた?」
「ダメ、アパート尋ねたけど引っ越した後だったわ。こんなことならニーナに調べてもらえばよかった」
「あーあ、残念。せっかくならシドちゃんも誘いたかったのにぃ」
「バカンスから戻ってきたら徹底的に探すわ。次は絶対に捕まえてやるんだから」
幼馴染で集まってバカンス……そんな状況にクレアは弟のシドを探していた。シドがいない事をリィズも残念がり……そこにルークが興味津々に口を挟む。
「シドの話か? アイツどんなハンターやってる? やっぱり剣士か?」
「すごいんだよシドちゃん。前に模擬戦したんだけどぉ……私の動き見えてたの。すぐにクレアちゃん追い越すかも」
「マジか……!? うおぉぉっ! 早くアイツと斬り合いてぇ!」
「シドが……私を追い越すですって? あのシドが……」
シドの成長を自分の事のように喜ぶルーク。彼は強い剣士と斬り合う事を、どんな時も強く望んでいるのだ。対してクレアは喜ぶに喜べない複雑な思いを抱いていた。シドは自慢の弟だが、姉としての威厳が揺らぐ事に戸惑っている。
そこにクランハウスの入り口からアロハシャツを着たクライが姿を現した。隣には不安そうな表情のエヴァと、不機嫌な表情のルシアが並んでいる。
「お待たせみんな。全員そろった?」
「いや……」
「シトリーがまだみたいだぜ。まあいつもの事だな」
「そっか、それなら急いでチャージしなくてもよかったねルシア」
「パンチしますよ?」
そう言ってルシアは、早々に馬車に乗り込んだ。クライに宝具の
「みんながいれば何も怖くないね。楽しいバカンスになるに違いない」
「はあ…………クライさん、できるだけ早く戻ってきてくださいね」
「そうだ。エヴァ、白剣の集いっていつだっけ?」
「白剣の集いなら、毎年開催日は同じ……今日からちょうど3週間後です」
「ありがとう。それさえわかれば後は大丈夫だ」
「クライさん、お待たせしました」
爽やかな笑顔で頷くクライ。するとそこにシトリーが姿を見せた。後ろには灰色肌の巨漢……魔法生物キルキル君と、怪しい3人組を引き連れている。
「紹介します。私の協力者です」
「え?」
「クロとシロとハイイロです。お試しで連れて行こうかと」
いかにも悪人面、あからさまな偽名、そんな3人の男女にクライは目を白黒させる。エヴァも眉を顰めた。この3人、正体は
クロ達の首には、シトリーによって奴隷用の首輪がはめられている。簡単には外れず、遠隔操作で電流が流れる仕掛けまでついている。……ちなみにゼブルディア帝国で奴隷行為は犯罪である。この首輪は別の国で流通している物だ。
「ねえアンセム、あれいいの?」
「う~む……」
黙っていられずクレアが問いかけるが、アンセムは唸るばかり。彼は妹に甘い。しかしアンセムに睨まれクロ達は緊張している。その巨体に圧倒されているのだろう。ルークも興味深そうに3人を眺め……シトリーに問いかけた。
「なあシトリー、コイツら斬ってもいいのか?」
「「「ッ!?」」」
「そうですね……クライさん、気に入らないメンバーはいますか? いるならルークさんに斬ってもらいますが――」
「困るなぁ……バカンスなんだから、斬らない方向で頼むよ」
「……だ、そうです。私に恥をかかせないでくださいね?」
シトリーの笑顔にクロ達は表情をこわばらせた。クライの返答次第では刃傷沙汰になっていただろう。しかしクライの返答は気楽な物だった。なぜなら快適だから。
『
準備が整い、いよいよ出発……というタイミングで、今度は数人のクランメンバーが慌てた様子で姿を見せた。全員が包帯をあちこちに巻き、悲壮な顔を浮かべている。
「待ってくれマスター! 帝都を出るって言うなら……ノミモノを連れて行ってくれ!」
クライの答えを待たずに、彼らは必死の形相でノミモノを引っ張り出す。すっかり大きくなったノミモノは2メートル近い体高があった。
立派な蓼髪を生やした顔は獅子、背中には竜の翼、恐ろしい見た目のキメラは、クライに可愛らしく「にゃー」と鳴く。鋭い牙をむき出しにして。
バカンスという言葉のイメージからかけ離れていく状況、しかしクライは快適だった。一方、ノミモノを初めて見たルークは目を輝かせている。
「コイツは何だクライ? 斬っていいのか?」
「シトリーに聞いてよ」
「斬っちゃダメです! あ、そうだ。クロさんたちにはノミモノの世話をお願いしましょうか」
「そうだね。クロさん達の事はシトリーに任せるよ。そろそろ出発しようか」
ノミモノに睨まれ青ざめるクロ達。彼らを尻目にクライは馬車へと乗り込んだ。中で相変わらず不機嫌なルシアがクライを睨みつける。
「私達がいない間に、いろいろあったみたいですねリーダー」
「うんうん、そうだね」
「なんで! そういう事を! 話す間もなくバカンスなんですか!」
「うんうん、そうだね。いろいろあったんだよ」
義妹に怒鳴られてもクライはどこ吹く風。なぜなら快適だから。その態度にうんざりしたルシアは深い深いため息をつく。
「はぁぁぁっ…………もういいです。それで、行き先は決めてるんですか?」
「もちろんさ。まずは北門から帝都を出よう」
ハードボイルドな笑みを浮かべ、クライが取り出したのは1枚のパンフレット。それはミツゴシデパートで手に取った観光案内。
「目指すは温泉……【ミツゴシ温泉ランド】だ」
シド・カゲノ―の幼馴染は+0~5%ほど、原作より強くなっています。