千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
クライ・アンドリヒが帝都を離れた。その報せは《ディアボロス教団》の幹部《
「――そうか。とうとう出発したのですか」
「馬車で北門を抜けたらしい……なら行き先はグラディス領に間違いないだろう」
薄暗い室内で《細柳》の対面にいるのは《アカシャの塔》の幹部フーリオ。ここはアカシャの塔の隠れ家の1つ。《細柳》は新たな共同作戦の打ち合わせに来ていたのだ。
「ならば計画通り……グラディス伯爵の屋敷で仕掛けるとしましょう」
「ああ。あの男を仕留められずとも、グラディス伯爵を消せれば……罪を被せられる」
「『
彼らの目的はクライ・アンドリヒの暗殺――立て続けに教団の計画を阻止したハンターに対する報復だ。グラディス伯爵の指名依頼を利用した突発的な計画だが……暗殺部隊の編成は既に終わり、鉄道でグラディス領へと先回りする準備は出来ている。
「アカシャの塔の協力に感謝します」
「こちらもだ。教団の援助無しに今のアカシャは存在しえない」
《細柳》とフーリオ……裏社会で恐れられる大組織の幹部同士が固い握手を交わした……その瞬間、天井が爆発した。いや正確には、地上の建物部分が爆発した。
「ッ!?」
「これは一体!?」
崩落する天井、襲い来る熱風、彼らが会談していた地下室が、地上に剥き出しになってしまう。そして小雨が2人を濡らす中……月光を背に、2人の魔導師
鋭い眼差しの青髪の少年アルドバラン・ヘニング。明るい金髪の少女マリー・オーデン。昼間にクライを尋ねた2人が、臨戦態勢で《細柳》を睨んでいる。
「あーるん、あの人……!」
「司書長? まさかあなたもアカシャの塔だったとは」
そしてもう1人、魔導師が姿を見せた。炎のように赤いローブを纏った老練の魔女。深い皺の刻まれた顔で、炎のような赤い瞳が爛々と輝いている。
「おやおや……その顔は手配書のフーリオじゃないか。まさか帝都に隠れていたなんてね」
「貴様は……《
帝都最強の魔導師と謳われるレベル8ハンターが、不敵な笑みで新たな魔法を唱えた。その腕に赤く赤く燃える炎が巻き付く。
「『
《細柳》の視界が一瞬にして燃やし尽くされた。
***
《深淵火滅》が動いた。その報せは帝国第3騎士団の団長アイリス・ミドガルの耳にも入る。
「ビルを消し飛ばした……!? いったいどういう事です!」
「アイリス姉様、落ち着いてください……!」
第3騎士団本部の団長室にて。妹のアレクシアと談義していたアイリスだったが、駆け込んできた部下の報告に、思わず立ち上がってしまう。
「それが……彼女は我々を見ると、これを団長に渡すようにと……」
「見せなさい!」
部下の手からひったくるように手紙を受け取り、手早く内容を確認する。そこには《
「こんな……いくらなんでも、こんなやり方は……!」
「っ……お姉様、こうなったらもう2つに1つです。戦うか、守るか。私達がやらなくては!」
「! アレクシア……」
狼狽えていたアイリスだが、隣のアレクシアの言葉に我に返る。妹の言う通りだ。こんな時だからこそ、帝国第3騎士団の本分を全うしなくてはならない――落ち着いて状況判断し……アイリスは方針を部下へと伝える。
「我々もアカシャの塔と戦うべきですね。魔杖と連携を取ります! 探索者協会と
「了解しました!」
報告を届けた騎士が敬礼し、部屋を退室。別の部屋で待機していた騎士が指示を聞き、にわかに建物内が騒がしくなる。
団長室に残されたのはアイリスとアレクシアの2人だけだ。するとアレクシアが不安な顔をアイリスへと向ける。
「アイリス姉さま、あの男を……千変万化を頼るのですか?」
「不服ですかアレクシア?」
「いえ……そういうわけではなくて……」
「彼の神算鬼謀は本物です。アレクシアもよく知っているでしょう」
「しかし、あの男をあてにすると私達もどうなるか……わかったものじゃありません」
「千の試練……ですか」
クライは誰彼構わず関わった人間に試練を与えると評判だ。誰が呼んだか『千の試練』……誘拐、監禁されたアレクシアの言葉には実感がこもっていた。そんな妹の不安を理解しつつも、アイリスはクライに全幅の信頼を置いていた。彼の言葉と働きに何度も目を奪われ、憧れのような感情を抱き始めている。
(私にも、彼のような情報網と知恵があれば……)
……しかしこの後、クライが帝都から離れたと知り、アイリスは頭を抱える事になる。
***
クライ・アンドリヒが帝都を離れ《深淵火滅》が動いた。その報せは《シャドウガーデン》の代理指揮を執るニューの耳にも入る。
「――はい。深淵火滅が……ガンマ様の読み通りです」
『そうですか……できればこの読みは、外れてほしかったのですが』
ニューは執務室で遠距離会話用の宝具『共音石』を使用していた。通話相手は七陰の参謀役ガンマだ。ここは《シャドウガーデン》の帝都拠点。普段ならアルファを始めとするシャドウガーデンの最高幹部「七陰」の誰かが指揮を執っているのだが、しかし今、帝都に七陰はいない。
『やはり私は帝都を離れるべきではありませんでした。ニュー、すぐに戻ります。それまで――』
「ガンマ様、帝都は私達にお任せください。ガンマ様は予定通り、ラムダとの特訓を」
七陰の殆どは【聖地リンドブルム】で行われる「女神の試練」……それに合わせた作戦のため帝都を離れている。帝都に残り留守を預かるはずだったガンマは今、シャドウガーデンの本拠アレクサンドロスに戻っていた。
『ニュー……大丈夫なんですね?』
「それはこちらのセリフです。宝具の力で運動神経が改善したといえ、ガンマ様は《最弱》……ラムダの厳しい特訓に音を上げていませんか?」
『……言ってくれますね』
「恐縮です。ガンマ様がいなくても平気だと言ったのは、私ですから」
淡々と受け答えを続けるニューの言葉に『共音石』の向こうから笑い声が漏れ聞こてくる。
『わかりました。ならば私からの指示は1つだけ……魔杖に先んじなさい』
「承知しました」
ガンマとの通話を終え、ニューは『共音石』を執務机へと置いた。ガンマの代わりに帝都の留守を預かるのは、ニューのように名前を与えられた精鋭……ナンバーズ達である。
ニューが通話を終えたのを見て、兎獣人のナンバーズ、イオタが陽気に話しかける。
「あ、終わった? ガンマっちはなんて?」
「早期解決に向けて動くように、との事です」
「なるほどね~深淵火滅のお婆ちゃん、いきなりデカいのかましたみたいだし……長引くとマジヤバ、みたいな?」
砕けた口調だがイオタの目は一切笑っていなかった。苛烈な《深淵火滅》率いる《魔杖》は周囲の被害などお構いなしだろう。対する《アカシャの塔》も追い詰められれば何をするかわからない。この帝都拠点が巻き添えになれば……《シャドウガーデン》の活動に多大な影響が出るのは目に見えている。
留守を申し出た身として、ニューは考える。《千変万化》は魔杖との会談を【ミツゴシデパート】で行った。偶然? それとも《ミツゴシ商会》がシャドウガーデンだと気づいているのか? しかしそのおかげで、この事態になんとか備える事が出来た。ニューは無言で佇む東国出身のナンバーズ、シグマに視線を向ける。
「シグマ、アカシャの塔についての情報は?」
「既に精査済みだ。隠れ家についてもいくつか目星をつけている」
「ならば先回りをしましょう。魔杖の苛烈な攻撃が始まるより先に、我々で制圧します」
「御意」
次いでニューは、白と黒の獣耳を持つ犬獣人のナンバーズ、パイへと向き直る。すると彼女はニューの視線に身をすくませた。
「パイ。あなたにも隠れ家の捜索をお願いします」
「は、はいぃ~がんばって探してきますぅ~」
ニューの指示に、パイは緊張の面持ちで頷く。彼女はナンバーズに選ばれて日が浅く、まだ立場に慣れていない様子だ。
3人が部屋を去るのを見届け、ニューはふと窓の外へと視線を向ける。降りしきる雨が窓を叩く中……夜の街並みに昇る黒煙は《魔杖》の仕業だろうか。それを見て彼女は悔しさで顔を歪める。
(《千変万化》……またあの男に利用されてしまうのね)