千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
広々とした会食スペース、ふかふかのソファ、寝台は個室。ローズ王女の好意で乗せてもらったのは、超VIP仕様の高級客車。帝都に来た時の自由席とは大違いだ。金持ちに寄生するモブ……最高かもしれない。
「どうしたんですかシド君? 何か珍しい物でもありましたか?」
「いや、僕にとっては全部が珍しいですよ」
せっかくだし、部屋を作る時の参考にしよう。この絨毯って何製だろ?
「あらためてシド君、オークションの時はありがとうございました」
「いや僕は無我夢中で……結局何もできませんでしたし」
「そんな事はありません。でも、あんな無茶は2度とダメですよ」
できたての昼食を食べた後は、オークションの事件について話す事になった。事件にはまだ裏があるとか《シャドウガーデン》はどうとか……ローズ王女はシリアスな顔で話している。
「――ですが《
「そうなんですか」
「会場の視線があの男……シャドウと呼ばれるあの男に集まった瞬間を見計らい、
「やっぱりローズ王女って……嘆霊のファンなんですか?」
「えっ……はい。大ファンなんです!」
あまりにもクライ達を褒めるから聞いてみたら、ローズ王女は恥ずかしげも無く堂々と頷いた。他国の王女さえファンにするなんて、さすが帝都を代表する高レベルハンターだね。
――優雅な夕食を終えて、ワイン片手に歓談。窓の外を夜が流れていく。
今の話題は『女神の試練』についてだ。なんでも1年に1度だけ聖域の扉が開いて、古代の戦士の幻と1対1で戦えるらしい。
でもある程度の実力が無いと幻は現れないし、幻は挑戦者より少し強い戦士が現れるそうだ。勝てばかなりの名声を得られるとか……駅にハンターが多かったのも納得だ。
それと、ローズ王女は前回の『女神の試練』で《嘆きの亡霊》のファンになったらしい。当時の感想を興奮気味に話している。
「――観客席まで冷気が伝わって来たルシアさんの魔法。体格差を覆すリィズさんの早業。そして……木剣で魔法を切り裂き、幻を一刀両断したルークさんの剣! 誰かの剣に目を奪われるのは、あれが2度目でした」
「2度目?」
「はい。幼い頃に助けてもらった……それが1度目です。あの時に見た剣は、どんな美術品よりも美しく見えました。対してルークさんの剣は力強く尚且つ速く……鋭すぎる危うい剣。まるで違うのに、いえ違うからこそ目を奪われたのかもしれません」
ローズ王女の目は真剣そのものだ。それだけ剣に対する熱い思いを抱えているのだろう。僕にとっての陰の実力者のように。
遥か高みを目指す剣士……修羅になるのが夢だと言うなら、僕も応援しよう。
「なんだか素敵ですね。憧れを追い続けるのって」
「ありがとうシド君。でも今の話、誰にも言わないでくださいね。……気恥ずかしいので」
「はい、わかりました。誰にも言いません。……それで今は『剣聖』の道場に通っているんでしたっけ?」
「ええ。先生は私が王女だろうと容赦しません。おかげで実力は随分と上がりました」
そこからは消灯時間になるまで、道場の話を聞いた。最初は鍛錬方や技についてだったけど、話題は同じ道場に通うルークや姉さんへと移り変わっていく。
「――え? ルークって木剣で人を斬るの!?」
「はい。私も斬られました。そのせいで先生から、彼との模擬戦を禁止されています」
「さっきの聞き間違いじゃなかったのか……」
「ふふ……その気持ち私もよくわかります。とても信じ難いでしょうが……私はこの目で、この体で体験しました」
木剣で人を斬る……か。その技、この目で見てみたいね。
――明かりの消えた通路で彼女と別れ、個室内のベッドに体を投げ出す。さすがVIP仕様、僕の部屋にあるミツゴシ製のベッドと遜色ない気持ちよさだ。
寝転がって取り留めも無く考えてると……『女神の試練』について気になってくる。アルファはそれに出るつもりなのかな? きっと強い幻が出てきて、見ごたえのある戦いになりそうだね。
でも僕はどうだろうか? やっぱり気が変わったとか言えば、ローズ王女とリンドブルムに行けるだろうけど。
それで『女神の試練』に参加したとしよう。……シド・カゲノーとして参加して、現れた戦士との戦いで実力バレする……それはマズいね。となると、シャドウとして乱入し実力を見せつける……そんな感じだろうか。
でもトーナメントならともかく、1回戦って終わりのイベントなんだよね。乱入イベントは……もっと相応しい舞台にとっておきたい。アルファには悪いけど、予定通りイータの方に行く事にしよう。体を起こして、持ってきたパンフレットをあらためて開く。
『ミツゴシ温泉ランドは複合型リラクゼーション施設。竜の涙の伝承をモチーフとして――』
竜の涙……なんだか聞き覚えがあるけど……なんだっけ?
***
「――帝国の北部高原に伝わる伝承ですね。私も詳しく知っているわけではありませんが……昔、そこに小さな国があってドラゴンが住んでいた。そんなおとぎ話だったはずです」
「へ~……そんな話があるんだ」
「……そのドラゴンが目的なんですかリーダー?」
「いや違うよ。そもそもドラゴンがいたら温泉ランドなんて建たないじゃないか」
《嘆きの亡霊》一行の馬車は、夜の街道を緩やかに進んでいた。馬車の中には4人、快適なクライは気楽にくつろいでいるが、彼を見るルシアの視線は険しい。穏やかな笑みを浮かべるシトリーとは対照的だ。
一方で、クレアは退屈そうに窓の外を眺めていた。クロ達3人は御者と見張りを務め、他のメンバーはいつも通り外を走っている。
外はいつにもまして暗い。分厚い雲が月を完全に隠し……不意にクレアの視界を獅子が横切った。竜の翼を持つ獅子……ノミモノだ。その上で手綱を握るのはキルキル君。威圧感充分、躍動感あふれるその姿は魔獣さえ逃げだすだろう。クレアは顔をしかめて視線を馬車の中へと戻す。
「目的が温泉なのはわかったけど、どんなルートで行くのよ?」
「私もそれを確認しようと思っていました。クライさん、どうしますか?」
そう言ってシトリーが地図を広げ、クライがその隣に小さなランプを置く。照らされたのは、帝都を中心に周辺地域が記された地図だ。使い込まれたその地図を覗き込み……クライは指である一帯を丸く囲った。グラディス伯爵領だ。
「とりあえず、この中は通らない」
「……北にまっすぐ進むなら通りませんよリーダー」
「念のためさ。ここは通らない方がいい。勘だけど」
「わかりました。そうなると……北の山を縦断すれば『雷竜』に出会えるかもしれませんね」
「じゃあ東に迂回しよう。バカンスに来てるのに、危険な道を行くことは無いよ」
「しかし……それでは実入りが――」
「今回の目的はバカンスだよ。みんな働きすぎだからさ。心身ともに休養が必要だと思う。ただの旅行。他意は無いよ」
言葉の裏を深読みするシトリーに、クライはハッキリと宣言する。しかし他の3人はその言葉を全く信用していない。シトリーは首を傾げ、クレアとルシアは白い目をクライに向けている。
なぜなら……クライにその気は無くとも、旅にトラブルはつきものだからだ。例えば今、馬車の天井を鳴らす雨。
雨脚は瞬く間に強くなり、暴風が吹き荒れる。激しい嵐の真っただ中、稲光が馬車の中を照らした。直後に響く雷鳴、落雷は近い。
早速の不運にクライは眉をひそめ、その顔をまたも稲光が照らす。
「嵐か……幸先が悪いな」
「シト、町まで行けそう?」
「馬を使い潰してもいいのなら……それでもこの嵐じゃ、明け方になりますね」
「ならもう止めましょう。外に出てテントを――」
ルシアとシトリーが地図を確認する中、突如として馬車の扉が開いた。雨風が入り込み馬車の中を濡らす。外から扉を開けたのは……期待で目を輝かせるルークだった。全身びしょ濡れである。
「シトリー! 誘雷薬くれ! 今日こそ俺は雷を斬る!」
「はいはい」
ルークの要望に応え、シトリーは鞄から白い液体の入ったポーション瓶を取り出す。1本2本……どうやら人数分の用意があるようだ。小さな箱に誘雷薬と
「クレアちゃんの分もありますけど……使いますか?」
「おお、そいつはいいな! クレアも一緒に雷を斬ろうぜ!」
「……えっと、まず誘雷薬って何よ?」
ルークの爛々と輝く眼差しに気圧されるクレア。彼女の恐る恐るな問いかけに、シトリーはにこやかな笑みで答える。
「雷に打たれて雷耐性を鍛えるための薬です。クレアちゃんも知ってるでしょ? マナ・マテリアルによって耐性を得る方法」
「燃やされれば火の耐性が、毒を受ければ毒の耐性がつく。だから雷に打たれるって?」
馬鹿げた話だ。筋は通っているが、普通のハンターは思いついてもやらないだろう。そんな薬を作って、ましてや使おうなど。
しかし《嘆きの亡霊》は普通のハンターでは無い。そばで活躍を見て来たクレアはよく知っている。シトリーの言葉が冗談なんかではないと、すぐに理解した。
「上等。強くなるためなら、なんだってやってやるわ」
「それならクレアちゃんの分も入れておきますね」
「ようし! 先に行ってるぞクレア!」
「アンセムも、シトリーもいる……だから大丈夫。死にはしないはずよ……」
嬉々として去るルークに対し、クレアの表情は硬い。自分に言い聞かせるように呟き、決死の覚悟を固めている。思いつめた表情を見たルシアは、外に出る準備の手を止めてしまった。
「止めても無駄でしょうけど……リーダーはクレアを止めないんですか?」
「ん? ああ、クレアか……」
どこか他人事のようにクライは頷いている。なぜなら快適だから。『
「クレア、これ使ってみる?」
『むぅ……我の出番か……?』
しわがれた声で喋る仮面に、クレアは息を呑む。『
「それって……オークションの奴じゃない!? なんでアンタが持ってるのよ?」
「いろいろあって貰ったんだよ。使うと強くなるらしいね? 僕は見た事無いけど」
「リーダー、また変な宝具を手に入れて……しかもクレアを実験台にする気ですか?」
「クレアでもこれ使ったら雷に耐えられるんじゃない?」
ルシアの抗議をあしらい、クライは仮面を差し伸べた。仮面と視線が合い、クレアは顔を引きつらせる。しかし……僅かな逡巡を経て不気味な仮面を手に取った。クライの思い付きの言葉を挑戦だと受け取ったのだ。
「一応、先に礼は言っておくわ。ありがとクライ」
「うんうん、ほどほどにね」
『おお、新たな糧か。なんとも奇怪な魂の芳香だが……我は人を進める者。秘めたる激情と力を開放し、汝が存在、その全てをあらゆる外敵を討つ刃と化そう』
クレアの事を気にいったのか……饒舌に喋る仮面に対し、クレアは不愉快そうに顔を歪める。
「やっぱり気色悪い仮面ね……私がこれから行くのは命がけの特訓。敵なんていないし、余計な事はしないで」
『ほう。我をただの鍛錬に使うとは。しかし安全上の観点から、初心者にはオートモードをお勧めしております』
「うるさい。黙って使われなさい」
『よかろう』
戯言を話す仮面を手にクレアは嵐の中へと飛び込んだ。吹き荒れる暴風が雨を容赦なく叩きつける。ぬかるんだ地面は踏ん張りが効かない。立って歩く事さえ困難な環境で、クレアは悪魔のような怪物を見た。ノミモノに乗ったキルキル君だ。その威容と咆哮に足を止めるが……かぶりを振って足を動かす。
草原の真ん中で、先に戻っていたルークが軽く手を上げ、リィズがいたずらっぽく笑い、アンセムが心配そうに見つめていた。3人共、嵐をものともしていない。
「遅いぞクレア、先に始める所だったぜ」
「クレアちゃんもやるのぉ? じゃあアンセム兄、クレアちゃんの事よろしくね」
「むう……クレア、無理につきあう必要は無い」
「無理をして……強くなったんでしょ? だったら……私にもやらせなさいよ……!」
「違いねえ。無理をしなきゃ、クライに置いてかれちまうからな!」
「……うむ」
「あーあ。ティーもクレアちゃんみたいに根性あったら、もっと強くなれるのに……」
「そうだ、乾杯しようぜ乾杯!」
思い思いの言葉を口にし、4人は誘雷薬を一息に飲み干した。そしてクレアは『進化する鬼面』を被り、脳に響く仮面の声を聞く。
『マニュアルモードで起動します。慣れないうちは使用後に身体上の問題が発生する事があります。ご了承ください』
クレアの目が赤く輝いた。