千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
列車で夜を明かした翌日の昼。帝国北部の駅に列車は停まった。ここは帝国の北西にある【オリアナ王国】と、東にある【リンドブルム】を結ぶ交通と交易の要所だ。
ミツゴシ温泉ランドに行くには、列車を降りて馬車に乗り換える事になる。ここまでの礼をローズ王女に伝えて、降りるとしよう。
「ローズ王女、乗せていただきありがとうございました」
「こちらこそ、ご一緒できて楽しかったですシド君。やはり貴方は信頼できるハンター……またいつか、同行を頼んでもいいでしょうか?」
「それは……ちょっと困ります。レベル1ハンターが王女と仲がいいなんて噂されたら、他のハンターに目をつけられてしまいますから」
「そうですか……わかりました。迷惑をかけるわけにはいきませんね。貴方がハンターとして1人前になったら、その時あらためて依頼しましょう」
角が立たないように断ったつもりなんだけど……当分、認定レベルは上げない方がよさそうだ。
ホームに降りて列車を見送って、そのまま駅を出る。これで僕に列車を降りたというアリバイができた。アリバイ作り……1度やってみたかったんだよね。後は本気ダッシュで先回りして、例の計画を実行に移そう。
***
夜通し走る寝台特急。列車の揺れがカーテンを揺らし、隙間からの月光が車内で踊る。ミリアはベッドの上から、その光景をぼんやりと眺めていた。不安と焦りが心で渦巻き、眠れずにいる。
(聖地リンドブルム……そこにシャドウガーデンは、ホントにいるの?)
《シャドウガーデン》について教えて欲しい――あの時、クライにそう言ったのはミリアだ。オークションの事件でシャドウガーデンを利用した彼は、ティノの言う通り何でも知っているように思えた。そして《千変万化》の二つ名を持つ男は、困り顔で【リンドブルム】の名前を挙げる。
そこからはあっという間だった。ミリア以上に気合の入ったティノが、手早く準備をしてくれた。そして次の日には列車に乗り込み……もう帝都から、かなりの距離を移動している。
ずっとティノに助けられていた。ここまでさせて、もし空振りなら……ミリアは向かいのベッドで眠るティノを見つめる。
(1人で追いかけるつもりだったのに、結局ティノさんを巻き込んでる)
ティノにはやるべきことがあると、彼女の師匠リィズは言っていた。それはきっとトレジャーハンターの本分だろう。少なくとも《シャドウガーデン》と《ディアボロス教団》のような裏社会の組織を追う事では無いはずだ。
それなのにティノはミリアを助けてくれた。それは同情か憐みか、それともただのお人好しか。右も左もわからなかったミリアにとっては、ありがたい話ではある。だが……だからこそ、危険に巻き込みたくないと思ってしまう。このまま彼女に甘えてていいのか?
(でも、私には時間が無い)
ベッドに腰掛け、右手のひらを見る。そこには小さな黒い痣があった。やがてこの黒い痣が全身に広がり、体が腐り落ちていく不治の病……それが「悪魔憑き」だ。シャドウの言ったとおり、完治していなかったのだ。
そして悪魔憑きは忌み嫌われる存在。ティノに助けられてからずっと……ミリアは悪魔憑きの事を黙っていた。
(ティノさんが知ったら……どんな顔するかな。怖がるかな……悲しむかな)
打ち明ける勇気は無かった。もし悪魔憑きだと知られれば《聖教》に殺されるか《ディアボロス教団》に実験台にされるか……だがシャドウは悪魔憑きを治せる――そんな口ぶりだった。
ミリアは悪魔憑きを治すため《シャドウガーデン》に会わなければならない。もし空振りなら……もう間に合わないかもしれない。
不安と焦りが心で渦巻き、それはミリアの表情にまで表れる。そんな彼女の顔を青紫の光が照らした。指の隙間から顔を照らすその光に、ミリアは顔を上げる。蛍火のように小さく、今にも消えてしまいそうな光が、彼女の前に浮遊している。
その青紫の光は、オークションの事件でシャドウが見せた光と酷似していて――気づけばミリアは、その光を目で追っていた。光は空中を滑るように悠々と移動し……扉の隙間から通路へと出てしまう。ミリアは息をする事さえ忘れていた。
ティノを起こすか迷い……短剣を片手に、静かに扉を開け、独りで通路へと出る。
「人は生まれた時に、逃れ得ぬ運命を背負うと言われている」
「っ……!? シャドウ……!」
「ならばこの邂逅は、どのような運命のイタズラか」
地獄の底から響くような声。青紫の光が隣の客車へ続く扉へと向かい……漆黒のロングコートを纏った男の指先に触れて消える。仮面の奥の赤い瞳が、じっとミリアを見据えていた。睨まれながらミリアは、腰の短剣へと手を伸ばす。彼女の顔に浮かぶのは、困惑と緊張だった。
「シャドウ、どうしてあなたがここにいるの?」
「遥か深き地の底からの声が、我を呼んでいる。だがその途上に貴様がいた。運命が我らを引き合わせたのだろう」
「運命……? ふざけないで。あなたの目的はなんなの……!?」
「我が貴様に問う言葉はただ1つ……力が欲しいか?」
「っ!?」
「悪魔憑きという、呪われし運命を変える力が」
シャドウの掲げた手に青紫の魔力が集まる。その光景も問いかけも、オークションの時と全く同じだ。あの時はシャドウガーデンを信じる決断ができず、答える事が出来なかった。だが今のミリアには……時間が無い。歯を食いしばり、藁にもすがる思いで苦渋の決断をする。
「欲しいわ。悪魔憑きが治るなら、なんだっていい。私を救えるものなら救ってみろ!」
そう啖呵を切った次の瞬間、彼女の視界は青紫の光に支配される。一瞬の輝きが収まった時……ミリアは全身に力が漲るのを感じた。震える自分の手を見て……そこにあった黒い痣が、綺麗さっぱり無くなっている事も確認する。
「ウソ……治ったの? こんな簡単に……」
「その力で貴様は何を成す?」
「何って……私は……」
予想だにしない事態に戸惑い言葉を詰まらせるミリア。彼女の足元に、シャドウの投げた1枚の封筒が突き刺さる。
「我々を追うつもりなら、魔人の怨念と古の記憶が眠る地……聖地リンドブルムに行け。その手紙が貴様とアルファを引き合わせるだろう」
「っ!? アルファ……私を治した精霊人……!」
ミリアが聞き返そうとした瞬間、客車の扉がひとりでに開いた。外からの突風でミリアは思わず身構えてしまう。するとシャドウは、開いた扉へと脚を向けた。
「ま、待て!」
慌てて呼び止めるミリアだったが……客車と客車の間、彼女の目の前でシャドウは飛んだ。漆黒のロングコートを翻し、闇夜に躍り出たシャドウ。その行方を視線で追いかけるミリアだったが、瞬く間に遠ざかっていく。
最後に見えたのは、月を背景に跳ぶシャドウの姿だった。
***
本気ダッシュで列車を離れ、僕が温泉ランドにたどり着いたのは夜遅くだった。立派な門の向こうに、高層ホテルと大きな施設が見える。ミリアの事はアルファに任せるとして……僕は少し急ぐとしよう。今、目の前で門が閉じられようとしている。
「すみませーん。中に入れてくれませんか?」
「あ、はい……あの、失礼ですが、歩いてこられたのですか?」
「朝を待たず、こんな時間に……?」
いきなり怪しまれてしまった。2人の職員に疑いの眼差しを向けられている。でも自分でも怪しいと思う。温泉ランドは山の麓、最寄りの街から徒歩か馬車か悩む距離にある。
「いろいろあってね。でもチケットはあるよ」
「……拝見させていただいても?」
「どうぞ」
「ではお預かりします。……っ!? え…………!?」
「み、ミスリルチケット……もしやあなたは、シド・カゲノ―様ではないでございますか!?」
「何が言いたいのかよくわかんないけど……僕はシド・カゲノーだよ」
どうやらイータがくれたチケットは、かなり特別な物のようだ。名前を伝えたら、職員があからさまに動揺している。
「あ、あわわ……!? 失礼いたしました! 今すぐご案内させていただきます!」
「シド様、どうぞこちらへ……!」
うって変わっての丁寧な対応。彼女達と一緒に門をくぐった僕は荷物を預け、そのままホテルの奥まった場所まで案内された。
「こちらでイータ様がお待ちです」
「イータが?」
「はい。シド様が到着したら案内するようにと、指示を受けております」
「なるほどね。案内ありがとう」
ノックして声をかけても反応は無し。扉に鍵はかかっていなかった。不用心……いや、イータの事だ。何かある。警戒しながら部屋に足を踏み入れると、まず目についたのは巨大ゴーレム。それをよく見る暇も無く、赤い光に出迎えられた。これは……ドラゴン絡まる剣のキーホルダーと並ぶ男子の憧れ、レーザーポインターだ!
レーザーポインターを構える部屋の仕掛けから、ポン、という音と共に白い物体が飛んでくる。半身になって躱すと、その物体は壁にへばりついた。トリモチ……っぽいスライムか。それで侵入者の動きを封じるみたいだね。2発目、3発目も躱すと仕掛けは沈黙。
「レーザーポインターが照準として使われるの、現実で初めて見たな」
「……マスター? もう来たの?」
「いい仕掛けだねイータ。普通の賊ならこれで十分だと思うよ」
「少し待って、他の仕掛けも切る」
部屋の奥から顔を覗かせたのはイータ。赤っぽい暗色の長髪。青い瞳の眠そうな目は昔のまま。七陰の7番目、僕が治療した元悪魔憑きだ。マッドサイエンティスト気質の
「お待たせ、サンドイッチ持ってきた」
「ああ、ありが……何その恰好?」
姿を見せたイータは、なぜかバニーガール姿だった。……この世界ってバニーガールいるんだ。
「新発明、魔力で色が変わるスライム。スケスケも可」
「着替えなさい」
「えー……マスターはスケスケ嫌い?」
どんな反応を期待していたのやら。渋々と言った様子で、イータは白衣に着替える。それから籠を机に置くと、中のサンドイッチを僕に差し出した。なぜか僕が口に運ぶのをじっと眺めてる。
「……なかなか痺れる味だね」
「むう……今回は自信作だったのに」
残念そうにイータは口をへの字に曲げている。やっぱり毒を盛ってたか。こうやって実験台にされるのも懐かしい。
「他の人で試した?」
「……ベータで試したら、1口で倒れた」
「修行が足りないな」
【
「マスター……アルファ様に誘われなかった?」
「うん。リンドブルムに誘われたよ。でもこっちの方が面白そうだと思ったんだ」
「……意外。マスターがアルファ様の誘いを断るなんて」
「そうかな」
七陰の誰かを特別扱いした覚えは無い。付き合いがいちばん長いのは確かにアルファだけど、誤差みたいなものだ。それでイータだけど……なんだか気まずそうにしてる。
「こんなに早く来ると思ってなかったから、準備できてない」
「そういう事か……準備って何するの?」
「道具をそろえるのと、塞いだ穴を開ける作業。どっちもすぐ終わる。でも防衛戦力の準備は時間がかかりそう。建物を直すのは簡単だけど、客に被害が出たらアルファ様やガンマに怒られる。予算が減らされる」
塞いだ穴……穴ってあの写真のだよね。ってそうだ、まず写真について聞くべきだった。
「そもそもイータ、あの写真に写ってたのって何? やっぱり地底人?」
「あれはアンダーマン。普通は洞窟の奥に群れで住み着く亜人種。でも私が見たのは、群れって規模じゃない。アンダーマンの街……いや都市が地底に広がってた」
「へえ……?」
地底都市……やっぱりワクワクする単語だ。スリルとロマンの大冒険が待っているに違いない。さらにお宝でもあれば……期待に胸を膨らませてると、イータが気になる言葉を口にした。
「マスターが『掘りつくせ』って言ったの、地底都市が目的だった?」
……そんなこと言ったっけ?