千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
激しい雷雨を凌いだクライ・アンドリヒ一行は翌朝、小雨の降る中で馬車を出発させた。ぬかるんだ道に轍と足跡を残しながら、ゆるやかに街道を北上していく……そんな揺れる馬車の中で、クレアは目を覚ました。体を起こそうとすると、体の節々に痛みが走る。
「っ!? いったぁ~……」
「おはようクレア、大丈夫?」
「クライ? ……ここ馬車? 私……どれくらい寝てた?」
「8時間ぐっすり、ですね。テントに入ってすぐバタリと倒れたんですよ」
シトリーの返答を聞き、クレアは寝起きの頭で昨夜の事を思い出そうとする。しかし思い出せるのは、何度も雷に打たれた事だけ。
車内を見回すと……アロハシャツのクライ、いつも通りの笑顔なシトリー、外をじっと睨んでいるルシア。昨夜と同じく、クレアの他に3人が乗っていた。他のメンバーも同様に外だろう。
「えっと……私が寝てる間に、ケガ治してくれたの?」
「はい。お兄ちゃんが回復術で。でも……ん? これは……」
「どうしたのよシトリー? 私の顔ジロジロ見て……」
「クライさん、クレアちゃんの顔を見てください」
「うん……あれ? ……もしかしてあの仮面のせいかな」
「ちょっと……クライまでどうしたのよ? 気になるじゃない」
そこまで言って深呼吸、クレアはゆっくりと体を起こした。痛みに閉口しながら、自分の顔を触って確かめている。そんな彼女の眼前に、シトリーはコンパクトを差し出した。
「どうぞ使ってください」
「あ、ありがとシトリー」
クレアはおずおずとコンパクトを手に取り、恐る恐る鏡を覗く。雷のせいかボサボサの黒髪、鋭い印象を作る切れ長の目、赤い瞳……赤? クレアは黒かったはずの目を見開いた。
「ウソ……何よコレ!? クライ! どういう事よ!」
「あはは……仮面に聞いてみる?」
苦笑いのクライが仮面を取り出すと、クレアは仮面をひったくって口論を始めた。
「ちょっとアンタ、起きなさいよ」
『……まさか雷に打たれる事を鍛錬とするとは、我のいた時代では考えられぬ。それとも時の流れが人をそこまで進めたと言うのか?』
「あんな特訓が普通なわけないでしょ。それより、私の目どうなってるの! なんで赤くなっているのよ」
『我は『
「魂? ちゃんとわかるように言いなさい!」
『むう……汝の魂には呪いの跡が伺える。それも魂の根源に近い呪いだ』
「ま……呪い?」
思わぬ言葉にクレアは怯んでしまう。だが仮面は変わらぬ調子で話し続ける。
『案ずるな。既に汝は呪いから解放されている。しかしながら――』
「待って。私……誰かに呪われてたって事?」
『否。その呪いは血脈に刻まれた呪い。断定する事は出来んが、汝の祖から脈々と受け継がれた物だろう。呪いは消えていたが、その力は未だ汝の内で目覚めを待っている』
「ええと……私の目が赤くなったのは、その力のせいって言いたいの?」
『然り。しかし汝は呪いに適合していたようだな。魂の根源から伸びた呪いの根が全身に伸びている。もし解呪されなければ……汝は……呪い…………に』
「ちょっと……なんで黙るのよ! 今、大事なとこでしょ!?」
不意に仮面は動かなくなった。クレアが振り回したり、軽く叩いても反応は無い。すると、そばで様子を見ていたクライが気楽に呟いた。
「あー……魔力切れだね。そういえば1回もチャージしてなかったな」
「……リーダー。あの仮面、変なこと言ってませんでした?」
風向きを見ていたはずのルシアが、顔を引きつらせながらクライを睨んでいる。
「うんうん、そうだね。でも終わった話みたいだし、興味ないかな」
「まあ……そうですね。呪いの話なんて、普通は好き好んで聞きたくありませんし……どうするクレア? 話の続きをしたいなら魔力チャージしますけど」
「……もういいわ。ルシアの言う通り、聞きたいと思わないもの」
クレアは疲れた表情で、仮面をクライへと返した。仮面の言葉は気になるが……呪いの正体に心当たりはある。かつて自身の体を蝕んだ黒い痣。
(悪魔憑き……よね、きっと。それが呪いで、もう治っている? それが本当なら私は……もう怯えなくていいの?)
恐怖。それはクレアにとって、一種のアイデンティティでもあった。痣を見つけ死に怯えた幼少の記憶。理不尽な運命への逆上。その原体験が、クレアをハンターとして突き動かしてきたのだ。
しかし今、恐怖の正体は判明し、しかも解決していると知った。アイデンティティの一部を失ったクレアは、恐怖からの解放を素直に喜べずにいる。
そんなクレアの葛藤とは無関係に話は続く。今度はシトリーが仮面を注意深く見つめていた。興味津々のようだ。
「身体能力の強化と会話……もしかしてクライさん。今回の旅の目的は、強化合宿ですか?」
「え? いやバカンスだけど……」
「参加者1人1人にその仮面を被らせ、クランメンバーの強化を図ろうとした……でもクレアちゃんしか来なかった。そういう事ですね?」
得意気なシトリーの笑みに、クライは大きなため息をつく。その目には強い決心があった。
「シトリー、何度も言うけど目的はバカンスだ。バ・カ・ン・ス。みんな帝都に来てから休む間もなく頑張ってる。クレアもそうでしょ? 僕はみんなにゆっくり休んでほしいんだ。だからバカンス中は……強くなるための行動は全部禁止。訓練禁止だ。暴力行為も禁止」
「そ、そんな……!?」
力強いクライの宣言に、シトリーは目を見開いて言葉を失う。前衛では無い彼女も、錬金術師としてポーションの調合や作戦の考案を訓練として常日頃から行っている。驚くのも無理はない。クレアも納得はしている様子だ。しかし、シトリーが問いただすより早く、呆れた表情のルシアが反論を始めた。
「それ、外で走ってるアンセムたちにも言うんですか? あれも訓練ですよ」
「うんうん……あ。アンセムが馬車に乗れないか」
「それに魔獣かなんかに襲われた場合は? まさか戦うなとは言いませんよね?」
「ルシアは心配性だな。そんな襲われるような事なんて……なんて……う~ん」
言葉を詰まらせたクライは、そのまま腕を組んで考え始める。訓練禁止では旅もままならない事に気づいたようだ。やがて考えがまとまったのか、大きく頷いてみせる。
「訓練禁止は温泉ランドに着いてからにしよう。でも戦うのは襲われた時だけ。こっちからケンカを売るのはダメ。それと……バカンスを楽しむ事。いいね?」
「――訓練禁止ってつまりよぉ……修行を禁止する修行って事だろ?」
「やっぱルークちゃんもそう思うよね? 歩き方とか呼吸法とか……身に沁みついちゃって止めるの大変そー。今から練習しようかな?」
分厚い雲が空を覆い隠していなければ、日没の瞬間が木々の隙間から見えただろう。雨の中、濡れるのを構わずルークとリィズは立ち話をしていた。
ここは帝都の北、グラディス領の東に位置する交通の要所ガイラの街。……からさらに北に進んだ街道沿いだ。後ろではテントの設営をシトリーが1人黙々と進めている。
ガイラは大きな街だったが、昨夜からの悪天候のせいで空いてる宿が見つからなかったのだ。そのため、消耗品の補給と昼食だけを済ませ《
振り続ける雨は、一向に止む気配が無い。さらに、収まっていた風もまた強くなり始めた。通り抜ける風をリィズが訝しむ。
「また追い風ふいてる。朝からそうだったけど……あの嵐、私達を追っかけてきてるよねぇ」
「そうなのか? 確かにずっと雨なのは変だと思ったけどよ」
2人の視線は自然と上空を覆う厚い雲へと向かう。中を雷が通り抜けているのか時折、暗雲の隙間から光が漏れている。近づく嵐の気配に、2人は不敵な笑みを浮かべた。この異常事態に期待の眼差しを向けている。
「これでただの嵐だったら拍子抜けだな」
「それは無いでしょ。だってクライちゃんが一緒だもん」
「――僕のこと呼んだ?」
ちょうど馬車を降りたクライが、2人の話を聞きつけたようだ。雨の中でも『
「あのねクライちゃん。ずっと嵐に追いかけられてるって話をしてたの。いったい何が起こるのかな? すっごい楽しみ!」
「雷を吐くドラゴンの剣士来い。雷を吐くドラゴンの剣士来い! 雷ドラゴン剣士よ来い!」
「……と、とりあえず2人ともテントに入ろう。ずっと雨に当たってたら風邪ひいちゃうよ」
トレジャーハンターが風邪をひく事など殆どありえないが、クライは2人をテントへと促した。設営が完了したテントには、アンセムが荷物を運んでいる。《嘆きの亡霊》のテントは身長約4メートルの彼も使える特別製だ。
入口の脇では、ルシアが魔法で馬に暖を取らせていた。ハンターは風邪をひかないかもしれないが、馬は違う。クライ達の接近に気づくと、ルシアは彼に向かって口を尖らせた。
「リーダー、馬を酷使してまで急いだ理由は、この嵐ですか? 何をする気か知りませんけど」
「そんな、何もしないよ……僕はただみんなと一緒にバカンスがしたいだけだ。急いだのは、早く温泉に入りたいって思ったからで、他意は無いよ」
「……この嵐を連れて行ったら、温泉ランドだって入れてくれませんよ?」
本気か冗談か、ルシアの剣呑な眼差しにクライは肩をすくめた。まさにその瞬間、瞬く閃光が外にいた全員の視界を白く染め上げる。そして凄まじい轟音と衝撃が地面を揺らした。クライが目を白黒させる中、他の《嘆きの亡霊》メンバーが走り出す。
「ルークちゃん、お先ぃ!」
「待てリィズ!」
「シトリーを連れてくる」
「リーダー、テントの中に隠れててください! 絶対に、絶対に! 外に出ないでくださいね!」
「え? ……うん。言われなくても、おとなしくしてるよ」
慌ただしく走る皆を見送ると、クライは気楽な表情でテントへと入った。入ってすぐ、外に出ようとしていたクレアとぶつかりそうになる。彼女の表情には不安の色があった。
「ごめんなさいクライ。それで今の何? ただの雷とは思えないんだけど……!」
「さあ? みんな調べに行ったよ。気になるならクレアも行ってくれば?」
「……いつも通りってわけね。じゃあアンタはどうすんの?」
「行かないよ。ルシアにも釘を刺されたしね……知ってるかもしれないけど、僕って雷に打たれやすいみたいだから」
そう言ってクライは苦笑いし、クレアは呆れた視線を送る。彼の言葉にクレアは心当たりがあるようだ。
「その話、ルシアから聞いた気がするわね。まあいいわ。私も行ってくる」
「そうだ。仮面はいる?」
「もういらない」
クライに見送られ、クレアも嵐の中へと飛び出す。その途端、凄まじい稲光と雷鳴が目と耳に強い衝撃をもたらした。
「~~っ!? もう! どうなってんのよ!」
悪態をつきながら周囲を見回し……嵐の中にも関わらず、林が燃えているのを見つけた。クレアは炎に向かって一直線に走りだす。彼女がシトリー達を見つけるまでの間にも、爆発的な落雷が何度も発生した。衝撃と風が、嵐を加速させる。
「いた! シトリー!」
「クレアちゃん、あなたも来たんですか」
「置いてくなんてひどいじゃない。で? 何かわかった?」
「ルシアちゃんが言うには、精霊の仕業だそうです。雷の精霊……『雷精』ですね」
「せ、精霊……!? なんでこんな所にいるのよ!?」
開いた口が塞がらないとはこの事だろう。精霊とは意思を持つ自然現象とも呼ばれる超常的な存在だ。総じて莫大な力を持ち、上位精霊ともなれば国を滅ぼす程だと言われている。
それがこんな街道沿いまで、人里近くまで降りてきているのだ。そんな異常事態にシトリーは小首をかしげて呟いた。
「誘雷薬、強すぎましたか?」
「知らないわよ!」
クレアが叫んだ瞬間、凄まじい雷が連続して落ちて来た。周囲の木々がことごとく炎上して倒れ始める。その内の1本がクレアとシトリーに向かって倒れ……間にアンセムが立ちふさがった。彼の武器は拳だ。気合の一撃が倒木を叩き折り、2人への直撃を回避する。
「無事かクレア?」
「あ、ありがとうアンセム」
「気を抜くな。戦闘が始まれば庇う余裕は無いかもしれん」
「やっぱりやる気なのねアンタ達。ならつきあわせなさいよ。でなきゃクライについて来た意味が無いわ」
「むう……」
クレアの目には強い覚悟があった。例え悪魔憑きに怯える必要が無くなったとしても……彼女は幼馴染と一緒に冒険がしたいのだ。
「ちょっとお兄ちゃん。私の心配は?」
その一方で、シトリーがアンセムに対してむくれていた。
そして……ついに雷精が姿を現す。光り輝く雷の化身が《嘆きの亡霊》の前へと降りて来た。激しさを増す嵐の中リィズとルークが我先にと飛び出すが……
「くそっ! 直接 斬らねえとダメか……もっと降りてこい!」
「いったぁ~……蹴ると痺れるのすっごい面白い! でも痺れて跳べな~い……ムカツク」
最初の攻撃は失敗に終わった。雷精は高速で空中を飛び回っている。あれでは、近接攻撃のチャンスは滅多に訪れないだろう。魔法を狙って当てるのも困難だ。……狙って当てるような魔法を使うならの話だが。
「もう……もう! 確かに街から離れたここなら! 全力で魔法が使えます!」
「だからクライさんはガイラを通り過ぎたんですね。ルシアちゃんが全力を出す必要があると」
「う~む……」
魔力の集中により、ルシアの黒髪が浮遊し空中に広がる。ルシア・ロジェ、彼女は《万象自在》の二つ名をもつ魔導師。契約した水の精霊の力も借りて、最も得意とする魔法を最大の力で放つ。
「『ヘイルストーム』!」
吹き荒れる嵐が吹雪と化した。